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59.戸田啓吾 side-K

啓吾は学校の教員をしている父と専業主婦の母の元に生まれた一人息子だ。


専業主婦、と言っても母は元々水商売をしていて父と出会い結婚し仕事を辞めたが、自分が5歳くらいの時に離婚してまたその仕事に戻ったと言うのはなんとなく父から聞いていた。

父の祖父母は母との結婚に大反対し、父はそれに反抗し、絶縁し母と結婚に至ったらしい。

家は貧乏ではないが裕福でもなかった。


父は啓吾にとっては頼り、信頼出来き、甘えられる父ではなく、神経質で、厳しく、ただただ苛烈な人だった。

教育熱心と言えば聞こえはいいが、体罰を含めた度を越した躾は幼い啓吾にとっては苦痛でしかなかった。


勉強、食事のマナー、生活態度、大人への口の効き方、友達付き合い、全てに口を出され、子供にとっては高いハードル設定で父の理想となるように強制されたが、啓吾には逆らい方などわからず一人で泣くだけだった。

テレビを見て笑っても叱られるし、怒られて泣くともっと怒られる。

手をあげられ、暑かろうが寒かろうが深夜だろうがベランダに締め出される。


そしてそれでも、そんなに掃除も料理も得意じゃないのに家を綺麗にし、毎日ご飯を用意してくれて、体調を崩した時は看病してくれた。

毎日大変そうな父を見て、男手ひとつで自分を育てる父を良い父親だと思っていたし、認められよう、喜んでもらおうと子供心に必死だった。



小学生5年生の時、帰り道にクラスの女子が、6年生の男子生徒に泣かされていたのを見た啓吾は、その女子生徒が髪の毛を引っ張られたのを見た時に咄嗟に男子生徒を殴って問題になった。

小学校高学年の頃には周りの生徒と比べるとかなり体が大きくなっていた啓吾はあっさり1学年上の男子生徒を退け、女子生徒に感謝されたが、教師からは注意され、父親からは激しい叱責を受けた。


─なんでだろう?父はいつも女は男に守られていればいいと言っていたのに。


母親が離婚後に商売で成功している話を知ってからの父が酔った時の口癖だったので啓吾はよく覚えていた。

生意気だ、女のくせになどよく分からないことも言っていたがそれは″男が女を守る″という前提があるからこそ言っている言葉で、子供心に父が正しいことを言っているような気がしていたのだ。


母のことが関係なくとも、父が正義や道徳について指導する時は男ならば弱いものを守るものだと教えられていた。


─父さんは悪いことする僕を殴るのに、悪いことをしたやつを僕が殴るのはなんでダメなの?


父親の言動に違和感を感じた啓吾はそこから自分の父を疑い始めた。


そして疑いだしたら、子供ながらに見える矛盾や感じる虚勢を、言葉には出来ずとも気付く。

自分が認識していた父像が素早くボロボロと崩れ出したのだ。

そこから啓吾は父に認められたいとは思わなくなり、殴られるのを回避するためだけに父の言うことを聞き、内心で父を嫌悪するようになった。



啓吾が同級生を殴った事件のあと、父はすぐ再婚した。再婚したのは祖父が紹介したお見合い相手だった。

啓悟は父と祖父母が、その相手と再婚することをきっかけに絶縁を解消したという事を、あとから義理の母親から聞いて知ることになる。


祖父母は数年ぶりの孫との再会を果たした時に挨拶をすると「大きく育って」と泣いていて、啓吾は知らない老人の涙にかなり戸惑ったのを覚えている。

父はずっとバツが悪そうに椅子に小さく座っていて、祖父母の言うことにとても従順で、いつもの横柄な態度を全く見せなかった。


祖父母には初めて会ったはずなのに、何故数年ぶりなのかと当時は思っていたが、後から知ったことだが結婚後に啓吾が生まれた時に母親が父に秘密で祖父母に孫の啓吾を抱かせに行ったらしい。

父は頑なに祖父母を拒絶していたから、母親が父には内密にし、年に数回面会の祖父母との機会を作っていたと知った。

2人が離婚してからはその機会も失われて、遠くから見守っていた、と。


ちなみに啓吾が背が高いのは祖父譲りらしい、祖父は自分も子供のころ誰よりも背が高かった!あの時代では珍しくて外国人の血が入っていると思われてたんだぞ、そんなことはないがな!と自慢された。



ここで父から得られなかった愛を祖父母に注いでもらって満たされて傷だらけの少年は救われました、めでたしめでたし、とは残念ながらならなかった。


祖父母の愛はそれは身勝手なもので、啓吾には受け入れられなかった。


放っておけば啓吾の将来の進路や職場や結婚相手まで決まりそうな発言内容は、暴力がないだけで父親の教育時の発言と似ていた。

朗らかな笑顔でそれが当然かのように言っているのを見て、何故か父に色々言われる以上に恐怖を感じた。

啓吾が欲しいと言ったものは「こんなものは良くないぞ」と否定するくせに、啓吾の好きじゃないものを喜ぶはずだと押し付けてくるのにも身勝手さを感じる。

絶縁はもう解消しているのに、祖父は父に対して「あいつのせいで孫と過ごす機会を何年も奪われた」「昔から出来の悪い子だった」などと言われても子供の啓吾はなんと返せばいいか分からない。

しかも父を目の前にしても言う時もある、父と義理の母は黙り、祖母はまぁまぁと宥めるばかりだ。

啓吾は困って黙ってヘラッと笑うと「お前はほんとに利口で可愛い」「何よりも大事な孫だ」と愛でられる。


─でも僕のその″利口さ″はお父さんの言うことを聞いてるからなのに…


と啓吾は思ってしまう。


何を言われても、欲しいと言った覚えのないものを買い与えられても、通帳は義理の母が持っていて下ろし方すら知らない銀行の口座に毎月お小遣いを振り込んでることを伝えられても、喜べない。

どうせそのお金も自分が欲しいものを買って、祖父母の趣味に合わなければ文句を言われるのだろうとも思っていた。


全てに整合性が取れず、どこがどうなのかと聞かれると子供の啓吾には分からないが全てのバランスが悪く、この人たちにも心を許せない、その気持ち悪さは子供ゆえに形に出来ず言葉にも出来ず啓吾を蝕んだ。


─もう考えたくない。


気持ちを押し込んで笑うしかない啓吾はそんな家族の歪さと向き合う度にそう思った。



産みの母に対しても祖母は「赤子の頃の孫に会わせてくれたのだけがいい所だと」と言う、それ以外はロクでもないと暗に言っているのは子供でも分かる。

お見合いした再婚相手にも「孫の面倒見れるのかしら」と不安視してる事を本人にぶつけていた。

祖父母らが引き取ろうかという度々話も出たが、父が拒否し、その頃丁度父の兄、つまり長男家族に待望の孫が産まれ、祖父母と同居することになったことでその話も立ち消えた。

子供心に啓吾は祖父母の家に行かなくて良くなったことに安心した。


父は再婚し、祖父母との関係が復活してからは過激な躾をしなくなった。

今思えば義理の母から祖父母に話がいくのを父が恐れていたのが分かる。

だから啓吾は昔よりは家が過ごしやすくなっていた、口うるさく文句を言ってくるのは変わらないが叩かれたり、締め出されなくなっただけ良かった。


再婚相手の女性は、控えめな見た目の、優しくて穏やかそうな人だった。

ただ、自分にものすごく気を使ってるのを感じていた啓吾は、その人に心を許すことなく父に教育された通り、礼儀正しく接して過ごした。

啓吾の暴力事件が祖父母に伝わる→お前に任せてられないから孫を預けろと迫る→父断固拒否→ならせめて母親役を作れと良家だけど傷モノで行き遅れた女性をあてがう→内心育児に疲れ果て、教育にも自信をなくした父が承諾する→絶縁解消。

が本当の流れです。


次は「出会い」です。

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