5.布教への使命感
桜も散りつつある4月の中旬の週末、今日は戸田が終礼まで学校にいた。
─入学当時は昼休み以降は気付けばいなくなってたし、仲良くなった最近は帰る時に声をかけられてたし、終礼までいるの珍しいな。
しかも6限目と7限目の授業中は珍しくしっかり起きてたみたいだし、そういえばめずらしくノートを取るような気配もあった気がする。どう言った風の吹き回しだ。
終礼が終わって鞄を持って、戸田の方を見たら、合わせるように戸田も立ち上がって当然の様に一緒に帰る感じになった。
教室を出て靴箱に辿り着くまでに戸田は女の子に声をかけられまくり、挨拶だけで済まない子もいたりして難儀したが、なんとか絡まれるのを長引かせずに校庭を出た。
「…そう言えば戸田ってどこら辺に家があるの?」
「駅の近くだよ~」
「あぁ、徒歩通?」
と聞くとうんうん~と返事をされた。
学校の最寄り駅は、学校から僕の家の間にある橋を渡って家とは違う方向に向かって歩いて15分ほどのとこにある。
橋まで一緒に帰る感じだなと思いつつも、そう言えば友達と登下校するのは小学生の頃以来だなと思った。
別に虐められていた訳でもないし、話をするクラスメイトはいたのだけれど、個人的に進んで個人行動をしていたため、1人行動に慣れてしまっていたのでまたしても新鮮さに内心でソワソワしていた。
「直哉のお家はどこなの?」
「高台の下の方だよ。」
僕の家の周りは高台に作られた広めの住宅街で、この周辺に住む人からは″高台″や″上″などの名称で認識されている。
僕の家はその高台の麓の方にある。
坂の上の方だと移動が大変だから下の方で良かったなと常々感じている。
戸田は中学は遠かったし、多分この春に引っ越してきたから高台って言って伝わるかな?と思ったが普通に伝わったようで「直哉も家から学校近いね~」と戸田は返事をした。
「高校選んだ理由の一つがそれだからね、戸田も近いから選んだの?」
戸田の出身中学はここの最寄り駅から4つくらい離れた大きめの繁華街がある少し都会な街にある中学だった筈だから引越しでもしたのかなと漠然と考えながら聞いた。
「いや~、家の人間がここに通えってうるさかったから。」
そう答えた瞬間の戸田の目に、少し不愉快な時の気だるさが浮かんだ気がした。
この高校は進学校だけどめちゃくちゃ偏差値が高い訳でもなく、進学校的な入試の難易度はあるけれど、入ってしまえば勉強に対する指導や規則はけっこう緩めだ。
校内の空気は″勉強に力を入れてる生徒″と″勉強はほどよく~な生徒″とできっちり分かれていて、後者の方が多い気もする。
とは言ってもそれは入学してから分かったことで、勉強に自信がそこまでない僕にとっては、受験前は普通に難関よりの進学校と言うイメージであった。
─部活動に力は入ってるけどスポーツマンでもない限り親から絶対ここに通えと言われるような学校ではないような…
何か家庭の事情があるんだろうな、と思ったけど僕に踏み込んだことを聞く勇気はなかった。
「へー、そういえば戸田授業中いっつも寝てるけど勉強出来る方?僕は勉強苦手だからこの学校ですら受かるために必死だった」
自分と話していて、初めて戸田の表情が暗くなったのに少し焦って、ちょっと無理矢理、変な自虐を込めて話を変えてしまった。
「ん~暗記は得意かなぁ?直哉は授業態度真面目だよね~。」
いつもの様にヘラりと笑った戸田にちょっと安心する。
「要領が悪いから勉強は苦手だけど、嫌いではないからね。いい成績取ると小遣い増えるし、しかもこの高校受かったら買わなくて良くなる定期代を小遣いにプラスしてくれるって言うから、受験も頑張ったし、それで漫画買えるし、」
─あ、気が緩んで、なんか自分の話し過ぎたかも。
と僕が一瞬だけ戸惑って言葉をとめたら、戸田は言う。
「直哉 小説だけじゃなくて漫画も好きなの?俺読んだことない。漫画っておもしろい??」
この世に漫画を読んだことがない人間がいることを知った衝撃で固まってしまった。
確かに漫画に興味が無い人はいるだろう、でも全ての人が何かのきっかけで1度は読んだことはあった上での合う合わないを判断しているのだと思い込んでいた。
少なくとも今まで自分の周りにいた同級生は何かしらの形で漫画と言う文化に1度は触れている。
親が厳しくて買って貰えないと嘆く同級生も学校や友達の家でこっそり読んでいた。
─読んだことがない人間がいるなんて…
そんなの人生の損失だ!!と僕は一瞬我を見失いかけた。
そしてすぐさま自分を落ち着かせる。
─いやでもここで「読んだことないの!?」と強めに驚いたり「それは損してる!読んでみて!」とか自分の価値観を相手にぶつけるのはなんかもしかしたらヤな感じなんじゃないか…?
と、無事に思い直せた。危ないところだ。
「…めちゃくちゃ面白いよ、僕は小説よりも漫画の方が好きだしね。」
小説はどちらかと言うと学校での一人の時間を潰す便利グッズとしての役割が高かった。
今は習慣化して物語を活字のみを読む楽しさも多少は見いだせているが、お金をかけたくないから図書室で借りてるし、戸田と仲良くなってから読むペースは前より落ちている。
漫画は流石に学校で読み耽る訳にはいかないから小説に手を出していただけの話だ。
「へー…、読んでみたいな。」
「うち来る?」
戸田の小さな囁きに間を置くことなく僕はそう答えていた。
読んだことがない、それを読んでみたいという人間に布教しない。
そんな選択肢は僕にはなかった。
戸田は一瞬呆気にとられたような顔をしたが、パッと笑顔になって「行く~!」と頷いた。
「あ、用事とかなかったら、良かったらだけど。今日じゃなくてもいつでもいいんだけど」
「ないない、なんにもない~!」
そんなこんなで、初めて友達を家に招待することになったのだった。
直哉(主人公)は自分は無神経だと自覚し、そんな自分が嫌いなので真っ先に「これ言ったら失礼なるかな?相手は嫌な気持ちなるかな?」と考えます。
考えすぎて何も言えなくなることも多々ある。
次は「お前も漫画厨にならないか」です。




