57.【番外編】伊藤沙耶香の独白
納涼祭で戸田君のグループから引きがし、柿本と合流させたリナが、予想通り「柿本と抜けるから後は好きにして」と言ってきたので同意して解散し、私は一人、足早に祭り会場を歩く。
リナは小学校の時に同じ市営団地に住んでいた幼馴染だ。
昔から可愛くて気が強くて派手で、自分とは正反対なのに、リナは私を連れ回すことを好んだ。
最初は彼女の可愛さや自信のありそうな態度を素敵だと思ったのを覚えている。
でも彼女から地味だとかトロいとか言われて悲しい気持ちになったり、私のダメな所と彼女が勝ってるところを比べて勝ち誇られたりし、私が全然興味無い遊びや行動に付き合わされても私の臆病な性格では嫌とも言えず、家の近さからズルズルと関わり続け、その内彼女に対してポジティブな感情を持つのは難しくなった。
私は昔から地味で、大人しい方だった。
冴えない容姿で、人前に立つのもすごく苦手だし、大きい声を出すのも得意ではない。
授業中に先生に指されて答えを言うのすら少し緊張する。
リナの言う通り、要領だって良くは無い。
だかと言って良くなりたい、人に認められたいとは特に思わず、目立たず静かに本でも読みながら過ごせればそれで良かった。
リナはそんな私を引っ張り出して、私とは全然ノリの違う人たちの輪に無理矢理入れて「サヤもなんか喋れば?」なんてバカにしたように笑う。
2人きりの時でもそれなりに嫌な気持ちにさせられるが、リナの周りに人が増えれば増えるほど私を見下したり馬鹿にするのが悪化する傾向があった。
さっきまで戸田くん達がいた場所にはも違う人が座っていたので、場所を変えたようだ。
スマホを開くと高校の同級生の凛子から、戸田くんの現在地についての情報が入っていた。
高校に入ってから、同級生の戸田啓吾のその美しい容姿にドハマりしてから、なんと彼のファンクラブに誘われ、同じ様に隠れて戸田くんに心酔してる人達と仲良くなれた。
凛子はその1人だ。
情報を元に慎重に移動すると、人混みの中から頭ひとつ飛び出た戸田くんを発見する。
残念ながらその端麗なお顔には狐の面がしっかりとセットされており、もう直接拝むことは叶わなくなっていた。
リナが余計な接触をしたおかげだと思ったが、写真を撮るために彼女を放置したせいであの接触が生まれたのには違いなく、自業自得な部分もあるし、前半戦で撮れ高は確保出来たので、私的にはまぁ及第点だ。
気付かれないけど見えるギリギリの位置から戸田くんたちの様子を見る。
今は射的を楽しんでいるようだ、玩具の銃を構える戸田くんが面をつけてても格好良過ぎて死にそうだ。
もっと近くで見たいけど、先程軽く接触してしまった私はもう目立つ真似は出来ない。
きっとこの写真は仲間が確保しているだろうと自分を宥める。
そして間近で戸田くんの写真を撮っているであろう、野崎陽菜を見る。
さっき見た時も思ったが、浴衣姿がなんとも似合っている。
″なんかイケメンの戸田くんとちゃっかり仲良くなってるの、流石ヒナって感じじゃない~?″と柿本と合流する前の移動中、リナが嫌味ったらしく言っていたのを思い出す。
ほんと、流石野崎さんだわ。と、リナとは違う意味で、私は心底そう思った。
中学1年になって、リナとクラスも離れ、クラスで親しい人がいなかった私は、当然のように孤立した。
1人でも静かに過ごせればそれでいいと思っていたけれど、運の悪いことにクラスの意地悪な女子に目をつけられてしまった。
筆箱の中から筆記用具を一つだけ捨てられたり、ノートが1冊や小物がなくなってたり、問題にするには小さいセコいことしかされなかったけど、私が何かする度にクスクスと笑ったり、常に分かるように悪口を言われてる感じがあったりして、学校生活は苦痛だった。
1度だけリナに物を盗られたことを相談した時は″地味だからバカにされるんじゃん?″と笑われた。
それからも変わらず、たまに人を引き連れてクラスにやってきて、少し大きな声で尊大に振舞い注目を集めることはするが、それだけだ。
誰よりもリナが、普段から私を見下しているのは分かっていたから、私を助けてくれる訳が無いよね、と思いなおし、それからは誰にも訴えることはせず、ひたすら耐えて過ごした。
中学2年も、私をバカにしてたグループの主犯格の女1人と同じクラスになってしまって、私は暗澹とした気持ちだった。
そいつはまた3人くらいのグループになって、私のことを標的にした様だけれど、クラスに好きな男がいるらしく、表立っては悪口を言われなくなって、そのかわりに紛失物が前より増えた。
迷惑行為とその女どもを頭の中で呪いながら過ごしていたら、何回目かの席替えで、野崎陽菜の隣の席になった。
野崎さんはクラスの中心的人物で、男子にそれはもう好かれていて、女子にも友達が多かった。
勿論その分影で悪口を言う子もいたけれど、そもそもが言動に嫌味なとこが一つもないので、悪口も嫉妬の範疇で終わってしまって、本人に対して悪い態度を取れるような人は一人もいなかった。
彼女はリナとは違った可愛さのある子だった。
陽だまりみたいな毒気のない笑顔が魅力的で、クラス委員をしていて普段から気さくに挨拶したり、声をかけてくれる子。
リナみたいに強気な自己主張をしてマウントやポジション取りをしなくても人の目を引きつけ集める、私にとってはそんな印象の女の子で、陰ながら素敵だなと思っていたけれど、私の性格的に、そうは思っていても進んで関わることはなかった。
体育の後の授業で、シャープペンシルがまたなくなっていることに授業が始まる直前に気付いて、油断してたなと辟易しながら仕方ないからこの授業だけはボールペンでノートを書くかと考えていたら「シャーペンなくしたの?私余分に持ってるから使って!」と野崎さんはシャープペンシルを貸してくれた。
ボールペンを持っただけでシャープペンをなくしたことに気づくなんて、すごく目端の効く人だな、とぼんやり思いながら小さくお礼を言った。
それから私がまたシャープペンを失くし、彼女から気付いて自分の予備を貸してくれる流れの3度目の時、流石に迷惑をかけてる気がして、お礼を言いながらも顔色を伺った。
嫌な顔はされなかったけど、何か考えるような、含みがあるような、そんな顔をされた。
そしてある日の休み時間、野崎さんがこれあげる!と可愛くラッピングされた袋を私にくれた。
戸惑いながら封を開けたら、紙袋の中に、キラキラとしたチャームがついてる可愛らしいピンクのシャープペンが入っていた。
「サヤちゃん、よくシャーペン失くすでしょ?だから無くさないように、目立つやつにしたの~。次なくしたら見つかるまで私も一緒に探すから!」
そう言いながら、野崎さんは私ではなく迷惑行為をしてくるクラスメイトの女をじっと見たのだ。
私が誰に何をされているのかに気付いて、牽制してくれたんだと、守ろうとしてくれたんだと、鈍い私でも理解できた。
自分の好きな男と仲の良い野崎さんに、自分の悪行がバレて、慌てて、うつむくしかなかったクラスメイトの女を見て、胸がすくような気持ちになった。
「ありがとう」と泣き出してしまいそうな気持ちを我慢しながらお礼を言うと野崎さんは嬉しそうに笑った。
そしてその日から物がなくなることはなくなった。
後日、お母さんと一緒に焼いたクッキーをお礼にと野崎さんに渡したら、「めっちゃ美味しい~!サヤちゃんお菓子作り上手過ぎない?」と褒めてくれて、その時近くにいた野崎さんの友達にも分けていいかと聞かれて、それを食べた友達にも褒められて、作り方教えて欲しいとか言ってもらえて、私は内心で舞い上がった。
自分はこんなに平和に、穏やなか気持ちで人と会話が出来るんだと驚いた。
野崎さんが優しいから、周りの人も皆優しいのだと私は思った。
それから野崎さんと、その周りの女の子だけは臆することなく会話が出来るようになった。
席が離れても変わることなく、何かのグループを作る時も私が一人にならないように自然に誘ってくれて、野崎さんが仲良くしてる子の一人と趣味が合って特に仲良くなったりもして、私は一人でいることがなくなった。
不満と恨み言しかなかった毎日が一変する。
そんな私を見て、リナが内心気に食わなく思っていたのには気付いていたが、見て見ぬふりをした。
野崎さんからもらったシャープペンシルも″そんな可愛いのサヤには似合ってないでしょ″と言われた。
自分でもその通りだとは思ったけど、普通に腹が立ったので「似合わなくても、宝物だから」と答えると気に食わなさそうな顔をしてどこかへ行った。
勝手に捨てられたり壊されたりしないか一瞬心配したけど、流石にそれをしたら、私に縁を切られることをリナは理解しているだろうなと思いなおした。
私は知っていたのだ、リナが私を見下しながらも、心を許せるのもまた、私しかいないと思っていることを。
ろくでもないらしいリナの親からリナが逃げたい時の避難所になっていたのが、私と私の家だったから。
自分の性格の悪さゆえ、コロコロと仲のいい人が変わる対人関係の中ずっとそばに居てくれるのも、私しかいなかったから。
中三の終わり、親の念願だったマイホームが完成して、高校進学と共に団地から引っ越すという話をした時、どうとでもないと言う反応をするその直前に、捨てられる子供のような顔をしたリナのことを今でも覚えてる。
私はリナが嫌いだ。
でもこれからもリナとの縁を切ることをないと思う。
リナが私のことを見下しているのと同じくらい、私もリナのことを見下していて、でも見えないところで私に縋るリナの手を完全に振りほどくことはしない。
恵まれた部分もあるのに、恵まれない部分が強すぎて、ずっと満たされない心を持っていることを憐れむ気持ちもある。
そして、リナが私を求める気持ちを思うと仄暗い笑みが浮かびそうになってしまう。
私はきっとリナの手によってとっくに歪んでしまっているのだ。
だからこそ傲慢で軽率で思慮の浅いリナが、堕ちることろまで堕ちるのを近くで見たいと思っている。
助けたりなんかしない、私を助けてくれなかったように。
きっとリナと私はどちらが上下にいるとかではなく、2人とも同じ側にいる人間なのだ。
そう考えると、野崎さんは確実に向こう側の人だ。
実際、シャープペンの1件からはかなりな近さで関われるようになったのに、けして深く仲良くはなれなかった。
私のような人間を自分の線の内側に入れるわけがないと思っていたが、野崎さん自体、皆と親しくて大事にしてるけど誰に対しても一線を超える気がないようにも見えた。
それで良かった。
そうあってしかるべきだった。
どちらにせよ彼女は私の憧れで、尊敬する人で、対等になんかなれるはずも無いのだから。
野崎さんが誰にも心を許してなかったとしたら、あの人が崇高過ぎて、きっと誰も追いつけないのだろうとも思う。
なりたくてもなれない、美しいもの。
違う方向性で憧れている戸田くんと野崎さんが一緒にいるのも納得だ。
嫉妬心なんか微塵も感じない、ただただ焦がれるほどの憧憬があるだけ。
でも、心の底から野崎さんに成り代わりたいとは思わない。
静かに身の丈にあった生活をしたいと言う根本的な性質に変化はないから。
美しいものを見て、焦がれて、満たされていたいだけ。
スクールバッグにキーホルダーをつけても盗られず、なにか行動する度にクスクスと笑われず、親しい友達と穏やかに談笑出来るようになった。
リナに対しても何故か前よりは毅然とした態度が取れるようになった。
高校進学も同じ学校に野崎さんがいると思うと何も怖くなかったし、初対面の人に突然ファンクラブに誘われて、役職を与えられても、怯えて逃げる様なことにはならなかった。
それで十分だし、求めていた平和な身の丈を得られたのは全部きっと彼女のおかげなのだ。
私が、歪んでしまった心を正せなくても、これからどんな道を歩んでいくとしても、あの時もらったシャープペンはずっと私の宝物で、お守りであり続けるだろうと思う。
番外編はリナと迷いましたが、より深い愛憎を持つサヤカの方にしました。
次は「再会」です。戸田編スタートです。




