31.期末テストと黒歴史
「いや~、勉強頑張ったよね~」
怒涛のテスト勉強を経て、季節も今年は短く感じた梅雨から、いつの間にかすっかり夏に移り変っていた。
期末テストの前日、クーラーの効いた僕の部屋で麦茶を飲みながら戸田がそう呟く。
─いや、でも君テスト勉強に並行して青春バレー漫画完結まで読んでましたよね?
なんて野暮なツッコミはしまい。
今までの戸田に比べるとそれはもう勉強した方なのだから。
「だね。でもまだ英単語と歴史総合の暗記自信ない」
「なんか歴史だけ範囲広く感じるよね」
と二人で明日の教科の最後の詰めをしながらボヤく。
今でさえ二人で一緒に過ごすのが当たり前になってはいるけど、唐突に疑問が浮かび上がった。
─戸田ってなんで僕と友達になったんだろ?
聞けば多分、考えて答えてくれると思う。けど、今そんなことを聞くのは唐突過ぎるし、それを聞くのって「自分のどこがいいと思ったのか」を言わせたい人みたいで恥ずかしくて聞けないなと思い、結局聞くことはしなかった。
テスト期間は1日2~3教科を受け、計4日間ある。
下校時間が早いのはいいが、帰っても次の日のテスト勉強が待っている。
3日目にもなるとしっかり疲労は溜まる。
テストの時は座る場所が出席番号順に変わるから、4月の時の席の並びになんだか懐かしさを感じる。
ちなみに7月の席替えで僕と戸田は、変わらず窓際の1番前と2番目を取り、戸田の隣の席を浅葱さんが座るようになっている。
─浅葱さんが1番前なんかに座ったらノートに落書きしてるの即バレすると思うけど大丈夫なのかな。
僕は若干心配する。
前に座りたい人を募った時に浅葱さんが手を挙げた時はその積極性に驚いたけど、多分休み時間の度にこちらに移動する手間を省きたいんだろうなと僕は察した。
1ヶ月も一緒にいると、浅葱さんが実はめんどくさがりで色んなことを端折ったりショートカットする癖があるのを理解出来るようになった。
あとめちゃくちゃ教科書を忘れる浅葱さんと、完全置き勉の戸田はとても相性がいいなと見ていて思う。
休み時間に英単語帳を睨んでいると、戸田のスマホに通知が来たらしく、戸田が「陽菜ちゃん、明日は家の手伝いないらしいから、テスト終了の打ち上げしようって~」と言ってきた。
勉強会辺りに作った4人のグループLINEに送ってきたみたいだ。
僕は格安のスマートフォンを一応持っているが、学校ではギガの節約のためにモバイルデータ通信を切って鞄に入れっぱなしで基本的に開くことはない。
家のWiFiの元なら使うけれど、外で使うのは緊急時か、かかってきた電話をとる時くらいだろう。
スマホの通信料を含めたお小遣いを貰っている身からしたら、そこは節約して1冊でも多く漫画を買いたい。僕はそんな男なのだ。
そんな僕を知ってかLINEの内容を伝えてくれる戸田に「いいね」と答える。
きっと自分の出席番号の席で次の科目の予習を頑張ってる浅葱さんも、あとでそのメッセージを見て喜んで同意するだろう。
英語のテストを解いて、見直しもする。
10分ほど時間が余った僕はなんとなく思案する。
─打ち上げ、きっとファミレスかカフェに行くことになるのだろうな…。
戸田は「このお店ポテトあるかな~」とメニューを開く。
浅葱さんは野崎さんの隣にピタッとくっついて座ってて、野崎さんは頼んだケーキの写真を撮ったりする。
ここ数回外食をしただけなのに、もうそんな映像が容易く目に浮かぶようになった。
スマホの通信費にはお金をかける意義が見い出せないけど、友達と近い未来に行くカフェで使うお金にもったいなさは感じない。
これはきっと″漫画買う方が大事だ!″とはなってはいけない類のものなのだ。
─昔の自分だったら考えられないな。
中学校の頃の悪い意味での天上天下唯我独尊だった自分を思い出す。
妹の面倒を見てたせいか、周りからいつもしっかりしてるとか偉いとか凄いとか言われていて、好きだった漫画に対する感想も子供らしくないちょっと斜に構えた感じのものだったから、同級生とも話が合わなくて、何処かで″自分は特別なんだ″と思っていた。
成績もそんなに悪くなかったし、運動能力は平均的だけど、行動力があって、クラス委員に率先してなり、クラスメイトの面倒を見るから先生からの評判も良かった。
同級生をからかうようなやんちゃな男子生徒に注意した時も「お前なんか怖ぇよ!」と言われて事なきを得たし、常に皆に一目置かれている自分に、解決できない問題はないとまで思い込んでいた。
同級生からのたまにある遊びの誘いも何故か断っていたし、2人1組になりましょうみたいなのも率先して1人を選んでいた。
他の人と違って1人行動も全然平気だし、でも誰とも平等に関われるし、誰に何を言われても関係ないし、僕は変わっていて、僕は凄くて、僕はいつか特別な何かに成る。
と盲目的に信じていた。
そんな考えは中学3年の時に天啓のように
「いや!!僕!!凡人じゃぁぁあああん!!」
と気付きを得て終わるのだけど。
気付いてからは本当に恥ずかしくて、自分の中でのたうち回った。
″僕はクールな人間だ。クールな人間はそうペラペラ喋らない″と言う痛々しかった僕の自意識のおかげで、周りに僕の考えが知られることがなかったのは不幸中の幸いだ。
客観的に見ればクールではなくタダの無口な人として存在し、僕の見た目が地味なのもあって、イキってるキモイやつじゃなくて、イキってるかどうかも分からない地味な人、としてしか認識されていなかったはずだ。
─ほんと完全なる黒歴史、厨二病のような物だ。抜け出せて良かったけど…今の自分のことを自信を持って大丈夫だとも思えないんだよなぁ。
あの時は尊い自分を妄信してたおかげか、実際本当に何事にも動じてなかった。
注意したクラスメイトの手が顔面に当たって、爪で怪我をして流血した時だって冷静だった。
今はそれがないおかげで、自分の軸になるようなとのもがなくて、常にユラユラしてる気がする。
少しでも怪我をしたらあばばばば、となりそうだし、奢ってもらった時のように、自分の頭の中で天使と悪魔が戦い葛藤する漫画みたいな場面が自分に訪れるなんて思ってもいなかった。
趣味への向き合い方も変わった。
おかしな考え方をしている時は貪るように漫画を読んでいたし、あまり思い出したくはないけど、本当に漫画こそ全て!これで全部が分かるし、他のことなんてくだらない!くらいの考え方をしていた気がする。
考え方が変わってからは、そんな思い込みがなくなって、現実をちゃんと見据えるようになった。
漫画は漫画で、他のことと無理矢理結びつけるような真似をせず、それとして愛せるようになった気がする。
色々と迷いは生まれたけど、趣味に逃避することなく、将来のこととか、家族や周りの人のこととか、凡人が真っ当にいきるためにはどうすればいいのか、みたいなこともよく考えるようになった。
正解がわからなくなった分、不安も増えた。
でも高校に入って僕には友達が出来た。
それはきっとあの変化がなかったら得られなかったものだろう。
─なくしたくないな。特に自分のマイナス要素のせいでなくすのは絶対に避けたい。
「はい、時間なのでプリントを後ろから回して~!」
先生の声と共にチャイムが鳴り出る音に僕のそんな思考は遮られて、テストが終わったのだった。
まぶたから流血したクラスメイトに表情ひとつ変えずに「クラスメイトをいじめない(3回目)」を言われた子は真剣にビビりました。
直哉(主人公)は黒歴史時代の感覚を自覚なしで引っ張ってるので実はクールぶろうとする一面があります。
捨て去ったと思っていた深淵は、まだ遠くから直哉を見つめているのです。
次は「カラオケにて」です。




