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私たちは、幼馴染の恋(※1)を応援したい(※2)  作者: うちうち


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生徒指導室? 今すぐ行きます!

(9月15日 火曜日)



 次の日、私は金髪のままで堂々と登校した。いつもざわざわと騒がしいはずの教室内は、何か恐ろしいものを見たかのように静まり返っている。その沈黙の重みは、とうてい昨日の比ではなかった。まるで泥水で満たされたようなどんよりとした空気の中、引きつった顔で、小都が私の机に歩み寄ってくる。


「江麻ちゃん……叱られたから染め直してくるって言ってたじゃない……」


「ごめん、小都。でも私、まだやりたいことがあるから」


「それってその髪じゃないとできないこと?」


 うん、と私は力強く頷く。そして、口を開こうとした小都をじっと見つめた。


「ごめん、小都、今日だけだから。今日だけ、黙って見守ってほしいの」


 昨日の母に続いて2回目であったため、説得の時間は短く済んだ。何事も経験である。




 そして、朝のホームルームの時間、浦木先生は教室にやって来たかと思うとくるりと踵を返し、そそくさとどこかに去っていった。そして、ドカドカという足音とともに、生徒指導の先生が入口から顔を出す。


「萩森ぃ! 今すぐ生徒指導室に来い!」


「はい! 今行きます!」


「……なんでそんないい返事なんだお前……」








 怒られた。昨日より遥かに困った表情をした生徒指導の教師から、「昨日ああ言った手前、お前をその髪のまま教室に入れるわけにはいかん」と言われ、私は黙って一礼し、生徒指導室を後にした。




 屋上で秋風に吹かれながら端に腰を下ろして教科書を眺めていると、ふと人の気配を感じ、私は視線を上げた。すると、そこには不思議そうな顔をした河原崎さんが突っ立っていた。思わず時計を確認する。……十時二十分。まだ授業中の時間のはずである。いったいこの人はここで何をしているのか。


 私がそう思っていると、河原崎さんもまったく同じ疑問を口にした。


「江麻ちゃん、ここで何してんの?」


 私は開いている数学の教科書に目を落とした。二次関数のグラフ上を動く点Pの描く図形の面積を求めよ。


「見ての通り、勉強してます」


「マジで? なんでここで?」


「生徒指導の先生から、髪を染め直さないなら私を教室に入れないと。でも、どうも授業時間を何もせずに過ごすことが落ち着かなくてですね」


「それで?」


「終わりです」


 と、そこまで話していて気づいた。そういえば、図書室とかに行けばよかった。あえて屋外にいるこの状況は確かに変かもしれない。最近よく来ているから、つい。





「やばい、最後まで聞いても意味がわかんなかったわ」


 爽やかに、髪をかき上げて笑う河原崎さん。ただ、確かに変なこの状況を見ても変だと言わない態度には、ちょっぴり好感が持てた。人間関係とはいつも礼儀と思いやりが大切である。


「それで、あなたはなんでここにいるんです?」


「サボり」


「わかりやすくていいですね」


 すると、驚いたように河原崎さんは目を少し見開いた。


「江麻ちゃん怒らないんだ」


「まあ……何か理由があるんでしょうから」





 河原崎さんはそれを聞いて、浮かべていた笑みをふっと消した。そして、目を細めて軽く頷く。顔がめちゃくちゃ整っているだけに、まるでなにか企んでいそうに見えた。この人悪役面だなぁ、と私は思ったものの、あえて口にはしなかった。人間関係は常に礼儀と思いやりである。


「江麻ちゃんも意外に話が分かるね」


「意外にってなんなんですかさっきから」


 礼儀と思いやりを一気に飛び越えてきた河原崎さんに、私も先ほどまでよりはつっけんどんな態度で即座に応戦した。殴っていいのは殴られる覚悟のある奴だけである。


「もうちょい真面目ちゃんかと思ってたから。外見はともかく。それが面白いんだけどさ」


「私だって、小学生の頃は休み時間に昼寝スポットを探して校庭を巡ったものですし……。それに、明日から面白くなくなりますよ」


 早くどこかに行ってくれないかなぁ、と私が内心思っているのをよそに、河原崎さんは、よいしょとその場に腰を下ろした。どうやら先客に譲って退出してくれるつもりはないらしい。思いやりに欠けるところがある、と私は心の中の河原崎さんの成績表に△をつけた。


「で、江麻ちゃんは明日からなんで面白くなくなるの?」


「黒に戻すので」


「……なんで?」


「ノーコメント」


 もう話は終わりだ、と意思表示するために教科書に目線を落とす。しかし、河原崎さんは興味深そうに、こちらを覗き込みながらさらに尋ねてくる。私は、心の中の成績表にさらに追記する。河原崎君はもう少し他人の話を聞きましょう。


「それってさ、孝市がらみ?」


「ノーコメント」


「……江麻ちゃんってさ、孝市のこと好き?」


「ノーコメント」


「なんか故障したみたいになってるけど……ねえねえ、俺のことは好き?」


「……あんまり知らない人なので……」


 すると、顔に手を当てながら、河原崎さんは天を仰いだ。ひひっ、と押し殺した笑い声がする。私は内心首をかしげた。「あんまり知らない人」と言われて喜ぶ心理がいまいち理解しかねたからだ。やがて、河原崎さんは耐えられないように声を漏らした。




「……やばい」


「なんですか」


「ノーコメントって返さないんだ、ほんとに真面目ちゃんだね」




 ……真面目。後ろに「地味だね」とくっついている気がした。私は、右手をぐーぱーしながら、にっこりと笑いかける。


「次に私をその形容詞で呼ぶと、あなたのその整った顔面をひっぱたきますよ」


「なんで急にバイオレンスなこと言いだしたの⁉ 真面目じゃないって意思表示?」





 さらにじろりと睨みつけると、河原崎さんはやれやれと首を振って両手を上げた。というか屋上は広いからあっちの隅の方に行けばいいではないか。暇なのか。


「どうしてそんなに私に絡むんですか」


「面白いから。……いや、ちょっと言葉足らずだったかな」


 じとっとした視線を送ると、よいしょと座りなおして河原崎さんは続ける。一応、彼にも何か理由があるらしい。私は思わず少し耳を傾ける。


「俺さ、モテるんだ。顔がいいから」


「これはこれは、いきなりご自慢ですか。よかったですね」


 ちゃんと聞こうとしたのを早速後悔した。知らない相手の自慢話ほど、聞いていてつまらないものはないから。




 しかし、河原崎さんはそんな私を気にした様子も見せず、淡々と続けた。


「事実だし。普通にしてるだけでなんでか女子が寄ってくるんだ。でもそれを見て、男は気に食わないよな。孝市が普通に接してくれるのが俺は逆にびっくりだよ。だって俺が逆の立場だったら腹立つもん」


「孝市はそういう性格ですから」




 いい奴ではあるのだ。でも、どうやら河原崎さんはクラスの中で居場所がないらしい。意外に普通の話だった。いや、でも、ここにいる理由にはならないような。友人がいなかろうと、授業くらい受けたらいいではないか。そもそもなんでこちらに絡んでくるの?


 すると、その内心の疑問が聞こえたかのように、河原崎さんはこちらを覗き込んできた。


「……で、江麻ちゃん。君さ、俺のこと何とも思ってないだろ?」


「その件については先ほど申しあげたとおりですね」


 現在、別件で深刻な問題に直面中の私の中で、河原崎さんは理科室のメダカと同じくらいの存在であった。いることは知っているが、特にどうとも思わない。


「それが、心地いい。だから教室にいない君を探してここまで来たんだ」




 それを聞いて、私は目線を上げる。と、いうことは。


「じゃあサボりは私のせいですか?」


「いや、俺がしたいからそうしただけだ」


 キメ顔でそう言われたので、私は無表情で「へえ」とだけ頷き、手元に目を落とした。


 すると、河原崎さんはくいくいと私の袖を引っ張ってくる。寂しがり屋か。


「ごめん頼むからもうちょっと聞いてよ。もっと俺に興味持って」


「あんまり知らない人なのに、めんどくさい彼氏みたいなこと言い出さないでください」


「孝市にも問い詰められるし。心当たりがなかったから適当に対応してたらキレられるし」


「へえそうなんですか」


 話が終わったと判断し、数学の勉強に戻ろうとした私を、「聞いてよ」という河原崎さんの言葉が再度遮った。私は渋々ながら視線を上げる。正直、もう十分相手したと思う。




「あなた、わざわざ他人の勉強の邪魔をするなんてどういうつもりなんですか」


 河原崎さんはあたりをきょろきょろ見回して、不本意そうにひょいと肩をすくませた。私もつられて周囲を見渡す。涼しい風の吹きぬける屋上には、当然ながらなにも目に付くようなものは見当たらなかった。排水溝に引っかかっている誰の物とも知れないひしゃげたプリントが、時折カサカサと音を立てているくらいだった。


「なんで今俺って怒られてるの?」


「なんでかわかってないところじゃないですか?」


「あ、俺が悪いんだ」









 その日はずっと屋上で過ごし、自宅に帰った私は、髪を黒に染め直した。一通り染め終わった後、鏡を見てほっとする。染めていたのはほんの2日だけだったのに、懐かしい、見慣れた自分の顔がこちらを見返していた。うん、やっぱり、人には向き不向きがある。



 手伝ってくれた小都に、髪を乾かしてもらいながら私が納得していると、後ろから深々とした溜息が聞こえた。小都は私の髪を指で梳きながら、何度も恨みがましく呟いた。


「綺麗な髪だったのに……こんなに痛んじゃって……」


「ごめんってば」


 小都のアドバイスがないと綺麗に染め直すことは難しそうだったこともあり、私は大人しく首をすくめた。





 そして、小都はしばらく黙り込んだ後、私の耳元で、囁くように尋ねてきた。


「なんでこのタイミングだったの? ひょっとして、わたしの言ったこと、関係ある? 好きな人がいるって言ったこと」


 自分が勝手にやっているのに、小都に気を遣わせてはいけない。思わず背筋が少し伸びてしまったけれど、不自然にならずに答えることができたと思う。


「それは別に関係ないけど」


「あるんだね」


 ああ、即座に否定したはずなのに。背後を取られているから逃げ場がない。後ろにいる小都が、どんな表情を浮かべているかは分からなかった。




「ねえ。小都は、孝市のこと、好きなんだよね」


「……うん。そうだよ」


 小都が困ったように笑う気配があった。私は少し不思議に思う。好きな人のことを話しているはずなのに、どうしてそんなに悲しそうなんだろう。







「そうだ、もし付き合えたとしたら、どんなことしたい?」


 私は、なぜか湿っぽくなってしまった空気を払拭すべく、小都にも聞いてみることにした。すると、どこか焦るような気配がした後に、おずおずと小都が口を開いた。


「……えーっと、孝市くんと、ってこと?」


 うん、と頷くと、小都は「んー」としばらく考え込んでいるようだった。






「やっぱり季節のイベントとか、一緒に行ったりしたいなぁ」


 とても可愛い答えが返ってきたので、私は、屋上で妄想を繰り広げていたどこぞの幼馴染に、頭の中でメッセージを送った。ねえ、孝市聞いてる? 未来のあなたの恋人がすっごく素敵なこと言ってる。私はね、まさにこういう答えを求めてたんだよ。


「いいじゃない。すごくいいと思う!」


 後ろに向かって、私は何度も頷いた。相槌にも熱が入るというものだった。


「それで、手、繋いだりしたい」


「うんうん」


「そうしたら、急に雨が降ってきて、神社で2人で雨宿りをしたりして」


「……ん?」





 なんだか雲行きが怪しくなってきた。同時にドライヤーの熱風が急に止んだので、何があったのかとこっそり振り向いてみると、小都は胸の前で手を握り、目を閉じて何やら熱弁している様子だった。相槌を止め、こわごわと見守る私。


「それでも雨風は次第に強くなってきて、寒くて次第に寄り添う2人」


「…………えーっと」


「それで、誰もいないところで、お互い初めてのキス、したりとか……なんて! なんて!」


「落ち着いて小都」


 ばしんばしんと背中を何度も叩かれ、けほっと息が詰まる。背後を取られているので逃げ場がなかった。私はもう一度、隣の家にいるであろう孝市に向かってテレパシーを送った。孝市、応答せよ応答せよ。私たちの幼馴染の妄想癖がやばいです。あ、でも孝市もそうだし、需要と供給が一致してる? やっぱり二人は結婚したらいいと思います。








 そして、しばらくして落ち着いたらしい小都に、私は真剣な顔をして向き合った。小都も、真面目な顔をしてドライヤーを側に置く。小都には何としても伝えないといけないことがあった。私の話を聞くと、小都は少しきょとんとした顔になる。


「告白はまだ早い……?」


「やっぱり時期尚早なんじゃないかなって」


 それを聞いて、小都はどこか怪訝そうな表情を浮かべた。


「……いや、そんなすぐにはしないけど。でも前はもう大丈夫だって言ってなかった?」


「とにかく待って。恋愛マスターの勘が言ってるの。まだ早いって」





 どうにか説き伏せようと私が両手をわたわたと振り回していると、小都は頬をぷくっと膨らませて、私の方を軽く睨みつけてきた。


「だって江麻ちゃん恋愛経験ないじゃん」


「あるかどうか関係ある?」


「そこは思いっきりあると思うよ」


 言われてみたらそうかもしれない。逆に説得されかけ、私は首を大きく振った。名選手が名コーチになるとは限らない。逆もしかり。選手でなくても名コーチになることはできるはずだ。論戦とは勢いである。私は脳内のコメントとのやり取りでそれを学んでいた。





「……とにかく、少し待って! 私がちゃんと整えるから」


「いや、だから、元々告白するつもりも………………」


 小都は、その瞬間、なぜかピタリと一時停止した。私が困惑したまま見守っていると、小都は再度動き出した。




 そして、私の目の前まで顔を近づけてきて、アーモンドのようなくりくりした瞳で、じっと見つめてくる。ふわりと、どこか甘い匂いがした。

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― 新着の感想 ―
うちうちヒロインは男に対する恋愛感情死んでるから・・・。
おやおや?
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