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このままだと私は死亡率200%らしい

 世間から地味だと言われたから染めたのだと、そう述べる私に対し、小都は懸命に主張した。


「でもね。誰かがそんなこと言ったとしても、わたしは、そのままの江麻ちゃんが好きだよ。そんな無理に変える必要ないと思う」


「けどっ、小都はさ、私のこと、地味と派手だとどっちだと思う?」





 私は、小都をじーっと見つめながら聞いてみた。すると、小都はなぜか不自然に目を落とす。そして、手元から全く視線を上げようとしないままで口を開いた。


「いや、その2つだと……地味……だったけど。それで、確かに今はめちゃくちゃ派手だよ? でも江麻ちゃん、その髪似合ってない」


「そうだそうだ、小都の言うとおり」


 むむむ。2対1とは卑怯ではないか。ここは、誰か助っ人意見を拝借すべし、と私は脳内のデータベースを検索する。「脳内で聞こえる声が……」とはさすがに言えないので、必然的に答えは決まっていた。





「でも、可愛いって、その方がいいって、言ってくれた人もいるもん」


「……誰だ?」


「隣のクラスの転校生って言ってた。孝市と同じクラスだよね? 河原崎さんって人」


「あいつに? 知り合いなの?」


「うん、音楽室に案内してあげたらそんな話になって。なんて言ってたかな、ギャップ萌え……? がどうとか。それとさ、なぜか私の名前知ってたんだけど、孝市何か話した?」





 すると、私を無視して、ひそひそ、と再び少し離れた場所で内緒話を始める孝市と小都の2人。「まさか髪もその人の指示で?」「落ち着け小都。その目やめろ。まだ決まったわけじゃない」という声がかすかに聞こえる。 




 困惑している私をよそに、戻ってきた孝市は、覚悟を決めたように顔を上げた。


「わかった。俺が話をする」


「……なんの?」


「江麻ちゃんは何もしないで黙って見てたらいいからね」


「うん。え、何を?」








 昼休み。「今日は2人で、江麻のことで作戦会議をする」と言われ、私は孝市と小都から置いていかれた。「私のことなのに私は呼ばれないんだ……」と歩きながら私が不思議に思っていると、河原崎さんが1人で屋上に通じる階段を上っていくのが見えた。気のせいか、ちょっと寂しそうな顔だった。


 私はしばし考える。音楽室のことも考えると、ひょっとしたらあの人はまだ友達がいないのかもしれない。いい人なのに気の毒だった。






 そして、屋上にひょっこり顔を出してみると、ちょうどコンビニの袋をぶら下げた河原崎さんがフェンス近くに腰を下ろすところだった。予想通り、他には誰もいない。


 どうも、と会釈して、私も隣に腰を下ろす。


「お、江麻ちゃんどしたの?」





 友達がいないのかとかそういうセンシティブな話題は避けた方がいいか、と判断した私は、優しい顔で微笑んだ。


「たまには外の風に当たりながら食べるお弁当もいいものだと思うんですよ」


「君、ひょっとして友達いない?」


 気を遣って聞かなかったら向こうから言われた。私はちょっとムキになって言い返す。



「普段は一緒に食べる友達いますから。今日はなぜか私はいちゃ駄目なんだそうです。何気ない感じでいいよと答えましたが、内心すっごくショックでした。……河原崎さんは?」


 聞いちゃまずいかなと思ったけど、いいやと思う。だって先に聞いてきたもの。





「俺も一緒に食べる友達いるけど、そいつは今日は用事があるんだってさ」


 へえ、偶然ってあるんですね、とだけ返事し、いそいそと私はお弁当の包みを開いた。


「そうだ、ところで私って地味だと思います?」


「地味かどうかっていうか、普通に変だよね」


「えっ……普通に変……?」





 私は少々愕然としたものの、地味じゃないならまあいいかと考え直した。



 そのまま、また、なんでもない話を2人で交わした。無人島に1つだけ持っていくならなんだとか、小学校の時の自由研究のテーマは何だったとか、昨日見たテレビのニュースで外国からの何とかという使節団がこの町にやってきそうだと言っていたとか。




 そして、その中で、好きな季節の話になった。


「私、冬の朝が好きです。深呼吸すると気管の中に冷たい空気が入ってくる感じが好きで」


 なんと表現したらいいのかわからないけれど、冬の朝は独特の匂いがする気がする。と言いつつ、私自身は低血圧なので、早起きは苦手なのだけれど。




「『冬はつとめて』って言うしね」


「枕草子ですね」


 すると、河原崎さんはくくっと笑って、「変だよ」ともう1度口にした。










 そして、学校が終わり、帰宅した後。私はベッドの上で膝を抱えながら、今日1日のことを振り返り、海よりも深く反省した。確かに考えてみると、染めていったのはさすがにまずかった。それは認めよう。でも……そうはいっても、もう少し何か好転してもよかったのではないか。私としては、人生で一番と言ってもいいほど思い切って行動したつもりだった、のに。



 そうしていると、頭の中に、またコメントが流れてきた。








《幼馴染ってもう何もアドバンテージないよな》





 ぷちん、と私は頭の中で何かが切れる音を聞いた。今日がうまくいかなかったのは、彼らのせいではない、けれど。他に、この腹立ちをぶつける先がなかった。






『あなたたちのアドバイスを聞いて髪を染めて学校に行ったら、酷い目に遭いました』


《また来たよこの子》

《染めろなんて一言も言ってないのに困惑で草生える》

《なんだ、酷い目っていったいどうしたんだ》



 いきなり乱入したというのに、一応聞いてくれるらしい。意外に親切だった。





『幼馴染からの認識を変えたくて髪を染めて登校したら、教室でみんなに腫れもの扱いされて、生徒指導の先生には怒られ諭されて。親にもこの後絶対怒られます』


《ヤバいぞ意味がまったく分からん》

《住民一同困惑してて草》

《……ちなみに染めたって何色に?》


『金色です。この店で一番目立つ色をくれ、と言いました』


《頭悪そう》

《注文の仕方が成金そのもの》





 くそう、と私は歯噛みする。その後「ちょっと見せてよ」と言われ、試しに髪の房を手に乗せて念じると、写真のように脳内に映像が流れていった。原理は全く分からないが便利である。





《こんな髪の色の奴ヤンキー漫画でしか見たことねえ》

《折り紙の金みたいな色で草》

《これ見て地味って言う人間はいないだろうけど。けどさあ……》


《で、肝心の幼馴染の反応は?》

『あんまりよくありません。ちょっと距離を取られている気がします』

《そうか、まあでもいい兆候じゃないか?》





 意外な反応が返ってきたので、ぴくりと私は肩を震わせた。いい兆候。そんな要素がいったいどこにあったというのか。







『どういうことですか』


《明らかに幼馴染、反応してくれてるじゃん。つまりは今までのお前の方がいいって思ってるってことだろ? それはそれで、関係が動くきっかけになるんじゃね?》


『ならそう言ったらいいのに……』


《無理言うな。思春期男子が口に出してそれを伝えるのは大きな壁があるもんだ。まして幼馴染相手ならな。わかってやってくれ》






 なるほど。思春期男子の気持ちというのは私にとっては想像するしかないが、そういうものらしい。ということは、1歩前進だろうか? それにしても……。






『なんだか今日は優しいですね』


《正直染めたって聞いてドン引きしてる。だが、その覚悟は受け取った。できる限りのアドバイスならしてやろう》






 やっぱりとんでもない行為だったらしい。徹夜明けのテンションはなんとも恐ろしい。さて、それはともかく、住民の彼らは手伝ってくれるらしい。さっきみたいに、私が気付いていない点を指摘してもらえたりするだろうか。




 私は迷いながらも、今困っていることについて、個人は特定できないようにぼかしながら相談してみた。自分の幼馴染がもう1人の幼馴染のことを好きなこと、その子を応援したいこと。転校生の話をしたら2人の様子がおかしくなってしまったこと。








《お前、少女漫画の主人公か何かか? 代わりに転校生ルート入ってるじゃん》

《転校生の反応からして、おもしれー女、ってポジションだよね。君ひょっとして可愛い? ちょっとここに顔写真もアップしてみない?》

《露骨に食いついてて草》







 「ルート」というものが何かがよくわからなかったので尋ねてみると、どうやらあの転校生と彼氏彼女の関係になる可能性が上がった、ということのようだ。全く嬉しくない。







『だいたい、会ってすぐの人とそんな関係になりませんって』


《お前の幼馴染も何年も経つだろうに男の幼馴染の特別になれてないもんな》







 私は思わず心臓のあたりを抑えた。ごめん小都、代わりに反論してあげたいけどちょっと言葉が見つからない。








『今日は優しくしてくれるんじゃなかったんですか』


《すまんつい。でもいいじゃん、お前は転校生の方に進めば。悪いやつじゃないっぽいし》


『幼馴染の応援をないがしろにして自分の色恋を優先するくらいなら、私死にますから』


《へ、へえ、思いつめてるんだね……なら仮に、幼馴染の恋愛がうまくいかなかったら?》


『死にます』


《このままだと死亡率200%で草》









 バンバン! と枕を両手で何度も叩く。この「草」ばっかり言ってる人、本っ当に腹立つ! 笑うな。死亡率200%ってなに? 2回死ぬってこと?







《じゃあまず明日だ。せっかく染めたなら、明日もそのままで登校しろ。奇襲は2度続けてこそ意味がある。正念場だぞ》

《男の方の幼馴染に「前の私と今の私のどっちが好き?」くらい言ってみなよ》


『でも、この髪を見て母がなんて言うか』


《普通にお母さん思いで草》









 しばらく、誰も発言しない時間が過ぎた。それぞれが考えてくれているのだろう。


 そして、やがて、1つの案が提示された。









《じゃあ、母親にはこう言え。大事なことだから何も言わずに見守ってほしい、って体当たりで言ってみろ。今までのお前がいい子だったならそれできっと解決する》


『本当ですか?』


《既にやる気満々で草生える》











 もうすぐ母が帰ってくる時間になり、私は柱の陰でそっと息をついた。いっそ玄関に正座して待とうかとも思ったのだけれど、仕事終わりの母にいきなりそんな光景を見せるのもあまりよくないような気がしたのでやめておいた。えーっと、見守ってほしい、と。




 やがて、ガチャリと玄関の扉が開き、少し疲れた顔の母が顔を出した。そして、そのまま、大きな声で2階に向かって口を開く。



「江麻―! ただいま! 体調はどう?」


 それを聞いて、ああそういえば病み上がりだったっけ、と思い出す。ちょっとそれ以外にいろいろありすぎて忘れていた。





「おかえり、お母さん。今日もお仕事お疲れ様。……ねえ、ちょっと相談したいことがあるの。……時間いい?」


 私が物陰からひょっこりと顔を出すと、母は一瞬固まった。目がまん丸になっている。そして、結構な沈黙の後、震える声で口を開いた。





「どうしたのその髪……えっ……いじめ……?」


「うん、これのこと。いじめじゃなくて。一息ついたらちょっと居間まで来て」









 その後、私は居間で、正座して姿勢を正したままで母に向き合い、これは理由があるのだと、今は何も言わず見守ってほしいのだと、真剣な顔で切々と訴えた。そして、最初は困惑した表情だった母も、やがて、下を向いてぶつぶつと何やら呟き始める。


「今まで反抗期らしい反抗期のなかったこの子が……ひょっとしたらこれも形を変えた自己表現の形なのかもしれないわね……」





 母はそっと頷いた。これまでの親子の歴史の厚みが籠ったような、重々しい頷きだった。


「いいわ。あなたの思うとおりにやりなさい」


「お母さん!」















『いけました』


《実行はやっ》

《草》



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― 新着の感想 ―
普通の金髪を想像してたけどまさかの折り紙の金!そら悪目立ちするわw目ぇチカチカするって。
いやいや……草w
通勤の電車内で気色悪いニヤニヤ顔晒しながら読んでます。
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