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脳内で変な声が聞こえます

 そして、放課後、私は誰よりも早く教室を飛び出した。そのまま、史上間違いなく最速にランキングされるタイムで自宅に走り込むと、自室のベッドの布団の中に飛び込んだ。そして、しばらくして布団を思い切り跳ね上げる。こんなことをしている場合ではない。



 とりあえず机に向かい、私は現状を整理する。


(1)小都は孝市が好きである。


(2)孝市は小都が好きではない。


(3)諦めるつもりだった小都は、近日中に孝市に告白するつもりである。





 2番目と3番目を書き終わり、思わずぐしゃぐしゃとペンで塗りつぶす。(3)が特にまずい。こうするよう仕向けたのは、どう考えても私の考えなしな助言がきっかけなのだ。




 きっと、小都は振られた後、自分の部屋で1人でひっそりと泣くのだろう。いつもそうだ。悲しいことがあった顔を他人に見せるのが駄目だと思っているのだあの子は。そりゃあ、恋愛ごとだから、うまくいかないことだってあるだろう。だけど、それでも。落ちる必要のない落とし穴にまで嵌るのは違うだろうと思う。そして、それを仕向けたのは他ならぬ自分なのだ。




 私は頭を抱え、思わず机に突っ伏した。目を開けているのに世界は真っ暗で、耳の奥から、ズキズキと響く脈動の音だけが響く。そのまま、部屋の中をぼやけた目で見回すと、ボードに貼ってある、小都と2人で撮った写真の数々が目に入ってきた。色々な年齢の小都と私は、何も悩みがないようなキラキラした顔で、写真の中で笑っている。



 真剣に、この状態を解消してくれるなら悪魔に魂を差し出してもいいとすら思った。


 そして、視界がぼやけた私の目に、不意に、机の上のスマホが辛うじて飛び込んできた。……そうだ、陽葵。











「で、あたしに何の用なわけ?」


「神社の話、もう少し詳しく聞かせて」


 はあはあと息切れしながら、私は電話の向こうの陽葵に頼み込んだ。全速力で走っているはずなのに、周囲の景色は腹が立つくらいに変わらない。


「ちょっと待って、今って外なの? 走ってんの? どんだけ切羽詰まってんのさ」


「いいから。どこにあるの?」


「えっとねー、場所は決まってないんだって。何を犠牲にしても叶えたい願いがある人の前に、階段と鳥居が現れるんだって。夕方が多いらしいよ。え、マジで探してんの?」







 

 その後も私は、ひたすらに街中を走り回った。しかし、何時間経っても、私の前に、神社はとんと姿を現してくれず。そして、ついに、限界が訪れた。肺が口から飛び出しそうになり、足はがくがくで、もうこれ以上は、どうやっても走れない。





 とぼとぼとそのまま所在なく歩き、なんとなく空を見上げてみる。いつの間にか空は赤紫に染まっており、星がチカチカと瞬き始めていた。どうして、神社は現れてくれないのだろう。……何を犠牲にしても、叶えたい願いが、あるのに。




 そのとき、チリン、と、鈴の音がしたような気がして、私は背後を振り返った。すると目の前、さっきまで空き地だったはずの場所に、石畳の階段が続いているのが、見えた。そして、階段に覆いかぶさるように、目の覚めるような赤い鳥居がトンネルみたいにいくつも連なって、どこまでも続いている。階段の上の方は、霧で白く靄んでおり、何があるのかは見えない。




 いつの間にか、周囲には、誰も、いない。さっきまで確かにいたはずの通行人たちは、1人残らず姿を消していた。私はもう1度、陽葵に電話してみた。



「陽葵、鳥居ってさ、ひょっとして、何個もあるの? ほら、千本鳥居みたいな感じで、連なってるとか?」


「おお、なんかそうらしいけど。……え、ちょっと待って。まさか」


「わかった、もういいや。ありがとう」



 私はそこでぷつっと通話を切った。そして、えいやと気合を入れて、鳥居の中をくぐっていく。きっと、ここには、神様がいる。そう決めた。


 鳥居の下をくぐるたびに、薄い霧がふわりと揺れ、動いているのは自分だけなのか、それとも霧そのものが生き物のように動いているのか、判断がつかなくなる。鳥居の柱には黒い筆文字で奉納者の名前や祈願の言葉が書かれているが、霧の湿気に滲んでいて、はっきりとは読めない。階段の先は、濃密な霧に包まれて何も見えない。まるで世界が途中で途切れているかのように、そこには不確かな白い空間しか広がっていない。




 そして、どれだけ階段を上っただろう。突然、霧が晴れた。


 代わりに目の前に現れたのは、小さな神社と、玉砂利の敷かれた参道。人影はひとつも見当たらない。そして、静かだった。その静寂は、まるでこの場所そのものが時間から切り離されているかのようで。境内の周囲を取り囲む低い木々が、微かな風に葉を揺らし、さらさらと小さな音を立てている。霧はここでもまだ薄く漂っているが、先ほどの階段ほど濃くはなく、庭全体を優しく包み込むように覆っている。



 私は、ゆっくりと参道を進み、本殿の前までやってきた。そこには、ぽつんと置かれた小さな賽銭箱があり、その木目には長年の風化が刻まれている。その横には、大きな鈴と、立派なしめ縄が掲げられていた。



 さて、何を祈ったらいいのか。「小都の恋を成就させてください」だと、孝市の意思を無視することになってしまう。嫌なのは、小都がスタートにすら立たせてもらえないことだった。うまくいかなくてもそれは仕方ない、と思う。けれど、最初から問題外だと切り捨ててほしくないのだ。せめて、孝市にもきちんと考えてほしかった。だから、願うことは1つ。



『小都の恋が、前に進みますように』



 もし神様がいるのなら、世の風潮みたいに幼馴染を不当に貶したりせず、手を差し伸べてくれるに決まっていた。そして、鈴から垂れ下がっているしめ縄に手を伸ばそうとしたとき。頭の中に、いきなり流れるように文字が流れ込んできた。







《幼馴染って、何のメリットもないよな》

《負けるために存在してるもんね。小都ちゃんが負けると他のヒロインがちょっと映える》

《まるで刺身のタンポポみたいで草》







「……は?」













(9月5日 土曜日)



 あの後、どうやって家に帰ったのかはよく覚えていない。気が付いたら自分の部屋のベッドの上で、膝を抱えて座り込んでいた。そして、私は息を殺して宙を見上げる。あの神社に行ってから、どうも変なのだ。




《小都ちゃんはかわいそうで可愛いね どう頑張っても結ばれないところがいい》

《いや、孝市もあそこまでスルーするのはちょっとどうかと思うね俺は》




 これだ。時折、頭の中に文字というか、コメントのようなものが流れてくる。コメントの主はどうやら複数いるみたいで、会話をするみたいに言葉が次々と紡がれていく。





 そして、しばらく眺めた結果、気づいたことが2つある。


 まず1つ目。このコメントの主たちは、幼馴染がよっぽど嫌いらしい。そして、2つ目。なぜか彼らの会話には、当たり前のように、小都や孝市、そして私の名前が出てくる。







《小都ちゃんの良さって分かる人少ないんだよね》

《顔は一番いいだろ 問題は公式から冷遇されまくってることだけだ》

《原作で個別ルート整備されずに隠しルートが食堂のお姉さん相手だったとき草生えた》

《いろんな形で負けていくの美しすぎる》

《正直知ってた》






《毎日起こしに行ってたのに他のヒロインのルートに入ったら潔く身を引くしな》

《まるで小都ちゃんルートもあるみたいな台詞はNG》

《これには親友の江麻ちゃんもブチ切れ》

《江麻ちゃん主人公と3人で登校してたのに一切恋愛的流れにならなかった強者だよね》

《だから個別ルート期待する住民もいなかっただろ》

《健康にいいからってジュース奢ってくれるとき毎回野菜ジュースなの可愛い》

《ただのオカンで草》







 見ていて分かったのだが、コメントの主たちは、自らを「住民」と称し、小都や私のいるこの世界を「原作」と呼んでいるようだった。そして彼らは、この世界をどうやらゲームか何かだと認識しているみたいで。彼らの話す原作とやらには、いくつか選択肢があって、様々な結末があり。しかし、その中に小都の恋愛が成就する運命は1つもないらしい。




 さらに、彼らはどんどんと原作の話を続けた。そのどれもが、私の知る小都と孝市、そして今通っている学校や街の様子と、完全に一致していた。まるで、原作の中にそっくりそのまま私たちの人生が再現されているみたいに。


 ……もし、そうだとしたら。これまで歩んできた私の人生も、これからの未来も、全部、決まっていたということ? 私は、全身の血が冷たくなっていくような感覚を味わった。鳥肌の立った腕を、思わずさする。





 しかし、1つだけ救いというか、明らかな違いがあった。原作の主人公である「孝市」は、やたらと非日常に巻き込まれる体質であるらしく、街を徘徊している吸血鬼の女の子だの、霊媒師の後輩だの、突然空から降ってくる転校生だのと恋愛していくストーリーなのだそうだ。唯一の一般人(?)のヒロインは、高校の食堂のお姉さんだけらしい。




 ああよかった、と私はひっそりと安堵のため息をつく。街で吸血鬼や霊媒師なんて見たことがないからだ。少なくとも、私の知る範囲では。この前「食堂のお姉さんが俺だけ大盛にしてくれた」と孝市が自慢していたような気がしてちょっぴりきな臭さを感じたが、きっと偶然だろう。






 少し余裕のできた私は、その後も、流れていく彼らの会話をひたすら眺めた。


 しかし、改めて聞いてみても、それ以外の情報は、細かい部分まで私の今の生活と一致しているように思えた。小都の両親が海外出張に行っており小都がマンションで1人暮らしをしているだとか、孝市の嫌いなものはトマトだとか、私が初めて両親に怒られたのは小学校4年生の時にずる休みをして、街外れにある廃線になった線路を見に行ったからだとか。





 ……いや、言い訳をすると。当時、私は街を探検することに熱中していたのだけれど、ちょうど発見した廃線とトンネルに行きたくてたまらなかったのだ。ちょうどその頃、名作映画の再放送とかで、子供たちが線路の上を歩いていく話がやっていたのもまずかった。


 我慢できなくなった私は、知り合ったばかりの友人である小都と一緒に朝から自転車で出かけ、私たちは、2人で、誰もいない古びた線路と、黒く口を開ける小さなトンネルを見た。


 結局、トンネルには入ってみたけれど、怖くて、一番奥までは行けなかった。ひんやりとした空気と、どこか湿った土の匂い。幼い私にとってあのトンネルは、きっと、違う世界に続いているような、そんな気がした。ちなみに帰ってめちゃくちゃ怒られた。







《真面目って何だろうね》

《怒られたからってそれ以降優等生になってる時点で真面目だろ》






 ぼんやりと思う。

 彼らの言うことが、現実と合っているのかは、確認するべきだ。でも、どうやって……?










 その日、私はさめざめと泣く小都の夢を見て、朝方までうなされた。目を覚ましたとき、全身は汗びっしょりになっていて、起き上がる気力もないまま、ぼんやりと、天井を見上げる。全身を包む気だるさと、濡れて額にぺたんと張り付く髪の感触がうっとおしかった。



 ……確かに、コメントの主達に言われる通り。あの2人は、恋愛に発展する気配などみじんも見せたことはない。なんとなく、周囲が見守っている温かい空間の中で、ほのぼのとした関係を育んできたのだ。私はそんな2人をそばで見ているのが、好きだった。このまま引き下がるのは、それを否定されているような気分になる。そんなことは許されない。






 神様かどうか知らないが、彼らの言うことが本当なのかどうかは、簡単に分かる。孝市の周りを確認すればいいのだ。霊媒師の後輩だとか吸血鬼の女の子だとか転校生だとか、そんなおかしな存在がいるわけがない。いなければ、この声たちは嘘つきであり重罪である。この際、全員、月の裏側にでも行ってひたすら石に「幼馴染」と書く刑にでも処されればいいのだ。



 私は、ベッドからがばりと身を起こした。こうしてはいられない。










(9月7日 月曜日)



 そして、翌週。私は登校後、隣のクラスの孝市の一挙一動を物陰からじっと観察してみた。すると、いくつかの事実が判明する。


 まず1つ。どうやら孝市には後輩の女子の知り合いがいるようで、教室まで遊びに来たその子と孝市は、とても楽しそうにお喋りをしていた。ショートカットで勝気そうな女子は、ずっと笑顔で孝市を見つめていた。また、その子は何やら複雑な形の金属製のお守りを下げており、それは原作とやらに出てくる「後輩霊媒師ちゃん」の特徴と一致していた。



 2つ目。おそらく20代前半くらいの年齢と思しき食堂の美人のお姉さんは、孝市の皿だけ料理を2倍に盛る。まずカツ丼のカツが孝市1人だけ2枚入っているのだ。どばどばと注がれたつゆの量といい、どう見ても他の者の量と合っていない。孝市を見送る食堂のお姉さんの視線は、知らない男子高校生に送られる熱量を明らかに超えていた。



 改めて、昨日の孝市との会話を思い出す。奴はいったい何と言っていたか。……周りに女子がいない? あいつの認識はどうなっているんだ。





 この調子だと、空から降ってきた転校生ヒロインとやらも、現れるのはもはや時間の問題のように思えた。いや、これも一応確認しておいた方がいいか?






 さっそく私は、隣のクラスに行き、ちょいちょいと手招きして孝市を呼び出した。すると、孝市はなぜかちょっと躊躇した後、腰を上げた。私は、中庭に降り、笑って振り向いて。できるだけ優しく聞いてみた。


「ねえ、孝市。空から人が降ってくるの、見たことある?」


「なんで笑って聞けるんだそんなこと……。最近おかしいぞ。答えはもちろん『ない』だ」


「そうなんだ。もしあったら教えてね」


「おう一番に言ったるわ。詳細まで教えてやるから泣くなよ」


 見ている限り、なさそうである。考えすぎだったのかもしれない。


 それでもいちおう、聞いてみる。安心していたら足をすくわれるのは既に経験済みだ。


「降ってきてないのは分かったけど。他に、変なことに巻き込まれてたりしないよね?」


「…………変なことって?」


 ほら。なんだか嫌な間があった。念のため、補足しておく。食堂のカツ丼の量は明らかにおかしいわけだけれど、それを申告されても困るから。


「ジャンルとしては、非日常みたいな。ファンタジー的なことっていうか」


 私が補足すると、孝市は明らかに何かを迷った。目線が宙をさ迷い、はっきりと何かに焦っている。その態度がもう答えのようなものだった。


「えっ……あるの⁉」


「……」


「ちょっと! 答えて!」


「もうこの前終わったから!」






 即刻、事情聴取した。


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― 新着の感想 ―
うわ出た、世界を隔てる霧。そういやリコちゃんの時もあったね霧。
もう原作始まってたか……w
さあ!キリキリ吐け!
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