ただの幼馴染をヒロインにするために、君は
小都は、江麻に1つだけ、ずっと、聞きたかったことがあった。
今でも、想像の中では聞いてみることがある。小都は、もうずっと前に卒業した小学校の屋上で、江麻と向かい合う。想像上の江麻は、懐かしそうにフェンス越しの光景を見下ろしていた。
「ねえ、江麻ちゃん。あの日、誘ってくれたのは、どうして? クラスで浮いてたわたしへの同情だった? それとも、あの時言ってくれたみたいに、一緒に行くと楽しそうだって、本当に思ってくれたから?」
どっちも、ありそうな答えに見えた。小都にも今になってみればわかる。江麻が変なことを言う時は、決まって誰かのために嘘をつこうとしてるときだったから。
「でもね、どっちでもいいの。あの日、トンネルの中でのわたしが、どれだけ救われたか。きっと江麻ちゃんは知らないと思う。けど、『友達です』って言ってくれたあの日、確かに願ったの。……わたしは、ずっとあなたの隣にいる。どんな形でも。だから、どうか――」
* * * * * * * * * * * *
小都が話し終えると、河原崎は黙って肩をすくめた。
「それ、そのまま伝えたらいいんじゃない? 立派な告白の台詞だったよ」
「口に出して言うつもりはない、って言ったでしょ」
「言うつもりがないなら、今こんなことになってないはずだけど?」
小都は何も言わず、そのまま、屋上から去ろうと踵を返した。しかし、途中で振り向いた。その顔には、苦笑いが浮いていた。
「わたし、やっぱりあなたが嫌いだな」
「そりゃどうも。それで告白はいつ?」
「応援する、って言われてるんだから、玉砕するに決まってるじゃない」
「でも、しないとは言わないんだ。幸運を祈るよ」
「無理だってば」
「気分屋な江麻ちゃんがずっと一緒にいるんだから、君も特別扱いはされてるよ」
それを聞いた小都は、苦笑した。そして、頭上を仰いで、大きくため息をつく。そして、屋上のフェンスに手を掛け、「江麻ちゃん! 好き!」と、空の向こうに聞こえるくらいの大声で叫んだ。まだ校内に江麻がいるかもしれないけれど、また何かの理由で都合よく聞こえないに決まっていた。
「あーあ、あーあ! 頑張ろうっと!」
そして小都は、すっきりした顔をして、階下に降りていく。陽葵も河原崎を一瞥したのち、その後を追った。それを1人でじっと見送った河原崎は、屋上に誰もいなくなった瞬間、ぴたりと笑うのをやめ、どこか拗ねたような顔を浮かべた。
≪第四章≫
(3月14日 金曜日)
外では、工事か何かが行われているらしく、ガガガガガ! と大きな騒音が響いている。しかし、防音シートと雨戸のおかげか、会話が聞こえなくなるほどではなかった。かと思うと、パッと電気が消えた。停電だった。しかし、それも、すぐにランプの灯りがつけられる。ホームセンターに行った私が、「雰囲気が出るかも!」とウキウキで買ってきたものだった。
そして、小都は話を続ける。
「……ねえ、江麻ちゃん。うちの家って、昔はとても躾が厳しかったの。わたしは孝市くんや江麻ちゃんともっと遊びたいのに、お母さんはそれは駄目だと習い事ばっかり」
「もちろん、それがお母さんの愛情であることは知ってる。だから、全部こなした。わがままなんて、言った覚えがないくらい……たぶんこれから先も、言わないと思う。だから」
「お願い。たった一度のわがままくらい、聞いてくれてもいいじゃない……」
突っかえながら、ポロポロと涙をこぼす小都を、私は見つめた。さすがに、ここまできたら、はっきりと言われなくても分かる。好きな相手が孝市ではないなら、たぶん……。
「ねえ、江麻ちゃん。恋人を作ったらだめって、言ったよね。あれ、取り消す。解禁だよ。わたしね、江麻ちゃんが好き。誰にも渡したくない」
私は、即答できなかった。だって。小都をそんな風に見たことがなかったし……。
「ごめん、小都」
私がそう言うと、小都は寂しそうに笑みをこぼして俯いた。私は慌てて手を振る。
「いや、そういうごめんじゃなくて! 小都のことは好きだよ。でも、これが恋なのかどうかがわからないの。だってそういう目で見たことなかったし!」
言っているうちに、私の視線も段々と下がる。何言ってるんだろう私。
でも、小都は、それを聞いて、どこか嬉しそうに涙をぬぐった。
「そういう素直なところも、好き。でも、それなら、少しはわたしにも目がありそうかな。だって、江麻ちゃんは友情ならすぐわかるって言ってたもん。……これまでありがとう。わたし、これから頑張るよ。江麻ちゃんを振り向かせるために、1人でも、頑張ってみる。だから、江麻ちゃんが返事ができるようになったら、わたしからデートに誘うね」
私は、その言葉に顔を上げる。小都を1人にさせたくなかった。それはずっと、変わらない。初めて会ったあの日から、きっとこれから死ぬまで。ふわふわとした私の中で、それはたった1つの、確かな気持ちだった。
「私がかっこよく誘うって選択肢はないの?」
と聞くと、驚いたように、小都はあんぐりと口を開けた。……そんなに驚かなくても。
「えっ……できる? 江麻ちゃんそんなことできるの?」
「……できると思う?」
「あは、ないかな。江麻ちゃんに求めてるのはそういうのじゃないの」
「こいつ」
私が怒ったふりをすると、小都は、あは、と笑った。
何かが変わったけど、変わらない何かも、私達の間にはあるのだと、そんな気がした。
(3月15日 土曜日)
次の日。私は、孝市の部屋に朝から殴り込んだ。そのまま、パジャマ姿の孝市を問い詰める。すると、孝市はふてくされたように何かをぼそっと言った。……え? なんて?
「だから! 俺、もうずっと前に、小都に振られてるし」
「そういう大事なことはちゃんと言ってくれない⁉」
「言えるわけねーだろ」
いつものように、コメントにも助けを求めてみようとした。でも、どうやって報告したものだかわからない。
『あの』
《どうした、元気ないな。小都ちゃんから告白でもされたか》
私は、びくりと身を震わせる。なんでわかるんだろう。
そのまま、今、何を悩んでいるかを書き込んでみた。私が一体、何に戸惑っているか。
『私はただの幼馴染だから、誰かに大事に思ってもらうなんてポジションじゃないんです』
そうだ。ずっとぐるぐると頭を巡っていた考えを、言葉に纏めるとそういうことになる。以前、男子生徒に告白された時と同じ。なんで私? という。
すると、すぐにコメントが返ってきた。
《その台詞は、お前だけは言っちゃ駄目だろ》
『どうしてですか』
《だって……ただの幼馴染をヒロインにするために、君は頑張って来たんじゃないの?》
その瞬間、チリン、と、耳元で音が鳴った気がした。
そして、不意に、コメントが読めなくなっていく。文字化けというか、脳内を流れるコメントに日本語じゃない何かが混ざり始め、私の手からどんどんと離れていく。
《な&だこれ》
《時$切れ$ゃね?》
《お%、聞こ%てる$?》
お別れが来たのだと、何となくわかった。これまで力を貸してくれた彼らに、もう伝わらないかもしれないけれど、最後にお礼を言いたかった。なんと言ったらいいだろう。
『頑張ります』
……私はまだ小都に幸せになってほしいと思っている。そういう意味では諦めていないし、決着も、ついていない。恋が何かは分からないし、そういう風に小都を見ることができる日が来るかは、わからない。でも、私1人でも、頑張ります。そういう意味を込めたつもりだった。
《縺昴≧縺九???大シオ繧》
《蜈?ー励〒縺ュ》
《草》
最後の一言は、いつものからかいと違い「そうか、頑張れ」という風に聞こえた、気がした。そして、コメントは完全に見えなくなった。
そのまま、私は小都に電話する。
「ねえ、小都。やっぱり、結論が出たら、私が誘うよ。一緒にあのトンネルの先を見に行こう」
すると、くすぐったそうにくすくすと笑いながら小都は言った。
「江麻ちゃんにできるかなぁ? だって、恋って何か、分からないんだよね?」
「それは、分からない、けど。でも、分かるよう、努力するから」
「……そう言ってもらえるだけで嬉しい。じゃあ、わたしも応援するね。江麻ちゃんに恋が何か、ちゃんと分かってもらえるように。そうしたら、わたしを恰好よく誘ってね」
「私にできると思う?」
「……うん。待ってるね、江麻ちゃん」




