「まさかだよね」って言う時って大抵当たってるよね
小都は、好きな相手に、「恋してるなら応援する!」と言われたらしい。絶望的である。しかし、話はこれで終わったわけではないようだった。陽葵は、視線で続きを小都に促した。
すると、小都は、気まずそうに視線を逸らしながら、口を開いた。
「わたし、『じゃあ頑張る』ってつい言っちゃって」
「へー、粘るじゃん。そこで『好きなのはあなたです』って言えば良かったのに。それで?」
「そうしたらね。今日、なぜかその人、いきなり金髪になって登校してきたの」
一瞬、陽葵は小都の言葉の意味が分からなかった。何度か反芻し、そして脳が内容を消化した瞬間、思わず立ち上がる。
ガタガタッと椅子が大きく音を立てたが、陽葵はもうそれどころではなかった。今日金髪で登校してきた人間は1人しかいないというか、そんな酔狂な奴はこれまでの陽葵の人生の中でも1人しかいないではないか。
「え⁉ 江麻なの相手⁉ ちょっと、色々衝撃すぎるんだけど……え、なんで金髪?」
「全然分からない……応援の表明のつもりなのかも……いやなんだろあれ。悪い人にそそのかされてるのかと思ったら、それも違うみたいだし……」
そう言って、小都は両手で自分の頭を抱え込んだ。その頭皮への指の食い込み具合に、陽葵は小都の苦悩の重さを見た。そして、小都が顔をがばっと上げたので、陽葵は思わず少し身を引いた。すると、小都は悲しそうな顔で陽葵を見つめ、そっと首を横に振った。
「あ、陽葵ちゃんは別に恋愛的には全く好きじゃないから大丈夫です」
「しおらしく煽ってくるのやめろ。で、マジなの?」
「どれのこと?」
「全部だよ!」
陽葵が思わず叫ぶと、小都は苦笑いをしながら深々と頷いた。そして、怖い話をするかのように、ゆっくりとした口調で口を開く。
「それでね」
「まだあんの……? もうお腹いっぱいなんだけど……」
陽葵がこわごわと見つめると、小都は遠い目で窓の外を眺めながら、ぽつりと口にした。
「江麻ちゃんから、孝市くんにアプローチするつもりはあるのかと聞かれました」
「いや、なんで孝市?」
孝市は小都と江麻の幼馴染だということは知っているが、今の経緯だと全く関係なさそうではないか。まさか……。陽葵が疑念を込めて小都を睨みつけると、小都はどこか気まずそうな顔で、あは、と笑った。それを見て陽葵は確信する。こいつ、やりやがった。
「江麻ちゃんは、わたしが好きなのは孝市君だと思ってるから」
「いちおう念のために聞くけど、それはなんで?」
「……わたしがそう言いました……」
「下迫ォ! お前コラァ!」
「ちょっ……苗字呼びやめて!」
バン! と陽葵は小都の机を両手で強めに叩いた。小都が遠回しに言った云々はまあいい。ただ、他人を巻き込むのはさすがに笑えなかった。
すると、小都は、慌てたような顔で首を振って弁明してきた。
「いや、そのね、落ち着いて? 孝市くんには事情を説明済みだから」
「……それで? なんて言ってた?」
「俺でよければぜひ協力させてくれって」
「そこもなんだその上下関係」
「実はね……」
「あ、もういい。聞きたくない。聞いたら駄目な気がする。それで? どうすんの?」
「とりあえず、江麻ちゃんにさりげなくアピールしてわたしの方を向いてほしい」
「そこ諦めてないんだ……」
呆れた陽葵は、それでも大人しく座り直した。そう、小都がすぐには孝市にアプローチしないと言っている以上、これ以上何か事が動くわけもないからだ。――普通に考えれば。
「……ま、明日になれば染め直してくるだろ」
【9月15日 火曜日】
小都と陽葵は、揃って頭を抱えたまま、放課後の教室で向かい合った。まず、絞り出すような声で、陽葵が口火を切る。
「今日もそのまま金髪だったな……あいつマジで何なの? 気に入ったの? 死ぬほど似合ってないぞって誰か言えよ……」
「江麻ちゃんのことだから、きっと何か理由があるんだと思う」
顔の前で両手を組んで、真剣な顔で答える小都。それを見て、陽葵は呆れたように溜息をついた。そんな理由なんて、あるわけがないのに。
「そういや、お前ってファンクラブあったじゃん。そっちは大丈夫なの?」
「大丈夫、みんな、応援してくれるって言ってくれたから」
ほら、と顎をしゃくる小都。日葵はその方向に耳を澄ませてみた。すると、隣の空き教室から、何やら大勢がしゃくりあげたり、唸ったりする声が聞こえた。その中には、少ないが、女性の声も含まれていた。総じて、亡霊のようだった。
「俺らの姫の小都ちゃんが……!」
「小都お姉様が、誰かのものになるなんて……⁉ 皆で拝むものなのに!」
「みんな、泣くな……! ガチ恋勢が多かったのも知ってる! だが、俺たちが一番願ったのは、小都ちゃんの笑顔、小都ちゃんの幸せじゃなかったのか⁉ なら、応援すべきじゃないか! だからこそ、彼女が頷いてくれるならと、告白もNGじゃなかったんだから」
「会長……!」
亡霊のリーダーらしき号令に対し、おお、と感にむせぶ大勢の亡霊の声。陽葵は、それ以上考えるのをやめた。これ以上亡霊の招き声に耳を傾けていると、仲間にされてしまう。
【9月21日 月曜日】
「最近、江麻ちゃんがコーチみたいなこと言ってくる。どうやったらわたしの恋愛がうまくいくんだろうって一生懸命考えてくれてる」
電話の向こうから聞こえる悲壮な声に、陽葵はため息をついた。顔を覆っている小都の顔が目に見えるようだった。
「傷口に塩塗られててウケる。よく平気な顔でいられたもんだ」
「吐きそうになったけど、気力で耐えてセーフだったよ」
「まあ、驚くもんな。友達が目の前でいきなり吐いたら」
「江麻ちゃん優しいから、背中さすってくれた」
「……それほんとにセーフか? 困らせてないか?」
どう考えてもアウトな気がした。しかし、それにしても……。
「ああでも謎が1つ解けたわ。なんで江麻の前だけあうあうしてるのかって思ってたんだ」
「そんなに目立つかな?」
「普段しっかりしてるから余計に。でもまさか好きだったからだとは」
そして、しばらく小都は沈黙した。しかし、何か言いたそうである。陽葵が促してみると、小都はどこかこわごわと切り出した。さっきまでよりもだいぶ小さな声だった。
「それとね、料理が青いの」
「……え? マジでどういうこと?」
「最近ね、江麻ちゃんが変な色の料理を作ってるの。青いカレーとか」
「うわまずそう」
「おいしいの。それがかえっておかしいの」
「なんだそれ、意味わからん。どっちにしても、明らか奇行だよな……さすがに小都の相談だけでそうなってるとは思えないよな。また変なこと言い出し始めたら注意だな」
「なんで突然おかしくなり始めちゃったんだろう……?」
陽葵は電話を切った後、この前江麻と交わした会話をふと思い出した。願いが叶う代償として、頭がおかしくなる神社の話。陽葵は、ぽつりと独り言をつぶやいた。
「まさか、だよね」




