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防弾チョッキって、縫い込まれた金属板がもこもこに盛り上がってすごく目立つ

《十一月か。もうすぐリアと孝市が最初に機関に襲われる日だな。本番はクリスマスだが》


『やっぱり私も戦った方がいいですか?』


《もう発想が完全に戦闘民族で草》

《違う違う。孝市が夜遅くに疲れて戻ってくるから、温かい飲み物くらい用意しておいた方がいいんじゃないかってこと。ほら、小都ちゃんと一緒にさ》







(11月28日 木曜日)



 孝市の家は、夜の静けさに包まれていた。午後十一時を少し回った頃、私と小都は彼のキッチンに立ち、温かなスープを用意していた。煮込んだ野菜やハーブの香りが部屋に広がり、心地よい温もりを感じさせる。コンロの火を止めて、鍋の蓋をそっと閉じると、静かな部屋に戻ったような気がした。




 ソファーに戻り、小都と並んで腰を下ろす。部屋の明かりは少し控えめで、孝市の家特有の落ち着いた雰囲気が漂っている。カーテン越しに街灯の光がかすかに差し込み、窓の外の夜の静寂が、部屋の中の穏やかさを際立たせている。


「そういえば小都ってさ、孝市と昔した約束とかない?」


「どうしたの突然」


 住人たちに聞いたところによると、幼馴染の武器はなんといっても長年の絆らしいのだ。他のヒロインにない、唯一無二のもの。なら、孝市と小都にないわけがない。


 小都は、しばらく考え込んでいたものの、困ったような表情で、ちらりと私を見た。


「ある、けど。覚えてないと思う。もう、ずっと昔のことだから」


「あるんだ。さすが幼馴染」




 そして、なぜかその後も小都はちらちらとこちらを見てきた。ソファーの上で膝を両手で抱え、顔を埋めながら口を開く。


「ちなみに、江麻ちゃんは覚えてる?」


「孝市との約束? した覚えないけど……?」


 せいぜい孝市としたことがあるのは、「明日屋上な」のような、業務連絡みたいなものくらいである。さすがにそれを幼馴染の約束と言い張るのは違う気がした。私はもっと、例えば幼い日に結婚の約束をしたレベルのものを求めているのだ。


「じゃあ、わたしとは?」


「えっ小都と私の?」


 小都との約束も、これまたいっぱいありすぎて、どれのことだかわからない。日々の約束ならいくつもあるものの、これまた将来の話なんて……そういえば、何回かしたなと思い当たるのはあるけれど。




 すると、小都が息をすうっと吸った後、くるりと私の方に向き直った。そして、仰々しく作った声で、「ではクイズです」と言い出した。



「第一問.わたしたちが成人したら?」

「一緒に初めてのお酒を飲む」


「第二問、高校を卒業したら?」

「昔見に行った線路を一緒に見に行く」


「第三問、恋人ができそうになったら?」

「事前に報告する……そろそろやめない? 合いの手みたいになっちゃってるから」



 すると、小都はくすくすと嬉しそうに笑った。ただ、なぜ笑うのかは分からない。


「どうしたの? 嬉しそうだね」


「ううん。やっぱり、江麻ちゃんには敵わないなって」






 まだ、午後十一時三十分。コメント情報によると、孝市が帰ってくるまであと2時間以上ある。それからも、小都とたわいのない話をしていると、時間はあっという間に過ぎた。







 そして、午後2時前。肩を落としてリビングに入ってきた孝市が、驚いたように目を剥いた。やあお帰り、と私が手を挙げると、疲れたように溜息をつかれる。


「なんでよりによって今日来てるんだよ」


「あ、別に用はないの。小都があったかいスープ作ってくれたからおすそ分けに来ただけ」


「江麻ちゃんがほとんど作ったけどね」


「なんでお前ら、深夜にスープ作ってんの?」


 ソファーに倒れるように座り込んだ孝市は、確かにとても疲れているようだった。服もよく見たら泥と草だらけである。よっぽど大変な目に遭ってきたらしい。吸血鬼の子を追っている機関と戦っているのだったか。字面だけでお疲れさまである。





 そして、私の視線をどう解釈したのか、孝市はしばらくじっと考え込んだ後、ゆっくりと顔を上げた。まるで、何かを決意したような表情だった。


「あのさ、なんで俺がこんな時間に帰ってきたかって不思議だったと思うんだけど。ちょっと事情があるとしか、まだ言えなくて」


「あ、説明は別にいいや。疲れてるだろうからゆっくり休みなよ。ほら、小都、帰ろ」





 そのまま、有無を言わせず私は小都を連れて、自室へ退却した。孝市はポカンと口を開けていた。ちなみに今日はちゃんと玄関から帰った。深夜に屋根を伝って窓から出入りするところをご近所の方々に見られたら、さすがに誤解を与えてしまうだろうからだ。






《きちんと学習できてえらい》

《普通の神経だったらそもそも屋根から入らないだろ》

《いまだに時間帯の問題だと思ってるみたいで草》







(12月7日 土曜日)



 翌週、12月の1週目の土曜日。今日は、吸血鬼の子のリアと孝市が、機関との2度目の戦いを終えて孝市宅に戻ってくる、はずだ。リアは、吸血鬼らしく血もたしなむものの、他にザクロジュースだったら飲めるらしい。私は買い出しして揃えたザクロジュース24本入りの箱を眺め、うんと満足げに頷いた。ちなみに今日は小都はお休みである。リアは人見知りらしいので、まずは私が1人で顔合わせを行う方がいいかと判断したためだ。





 例によって、深夜に戻ってきた孝市をリビングで迎える。孝市は一瞬びくりと体を震わせたが、諦めたように肩を落とした。その後ろから、ぴょこりと金髪の少女が顔を出す。


「お帰り孝市、おやつと紅茶を用意してるから、とりあえず座って休みなよ。そちらの人も、紅茶が駄目なら、ちょうどいっぱい買いすぎたザクロジュースならあるけど、いる?」


 困ったように、少女は孝市の顔を見つめた。孝市は肩をすくめ、私の方へ顎をしゃくる。


「こいつ、江麻。変わってるけど、別に悪い奴じゃない」


「江麻です。孝市の幼馴染。あなたは?」


「……リア」


 さらさらとした金髪で、どこか厳しい印象は受けるものの、顔立ちの整った美人だった。私は髪を染めたときをなんとなく思い出す。もうなんだかずっと昔のような気がした。



 そして、孝市が席を立った時に、リアに顔を寄せ、私はそっと囁く。


「吸血鬼なんだよね。血が必要な時、私の部屋に来たらあげるよ」


 すると、戸惑った顔をされた。日本語分かりません、みたいな顔で首をかしげられる。


「必要になったらでいいの。私、隣の家の2階に住んでるから」


「……っ」



 引かれたような気がする。けれど、これは言っておかないといけないことだ。機関の人間に襲われ、負傷した際、リアは人間の血を求めるはずだから。結果として、原作で孝市の部屋にやってきたリアは、その場では断られるわけだけれど。





 リアのルートに進んだ場合、孝市は自分の血を吸わせるかどうかを終盤まで苦悩する。吸血鬼になってしまう可能性があるからだ。しかし、結果として、ハーフだからなのか、リアが血を吸っても相手を吸血鬼にすることは、ない。それを私は知っている。


 よし、とりあえず、打つべき布石は打った。あとは、準備をするだけだ。









『そういえば、経典って結局何なんですか? 下手に関わりたくないんですけれど』


《触れると異界と繋がれる代わりに気が狂うらしい。結局出てこないんだが……あれ?》

《どうした》

《これって、江麻ちゃんが今やってることじゃない? 異界に関わって、普通は気が狂う》

《なんだそうか。じゃあ問題ないな》

《安心してヨシ!》


『……いいんですかね?』








(12月23日 月曜日)



「ねえ、明日って江麻ちゃん予定空いてるよね? 今度こそ、孝市くんと3人で……」


「ごめん、ちょっと予定入っちゃった。ほら、教会でライトアップしてるらしいから、孝市連れて2人で行って来たら?」


「えっ……? そ、そう……なんだ。うん、わかった」


 どこか顔が暗くなった小都と会話しながら、私はイブ当日のことを考えた。孝市には、絶対に小都とデートに行ってもらいたい。だがそうすると、リアを庇う人間がいない。




 ……やはり私がやるしかないか。なんと言ったって、銃で撃たれるらしいのだ。ちょっと怖いのは事実。丸腰で挑んだ孝市はやはり尋常ではないと思う。さすが主人公。




 いちおう、防弾チョッキと防弾ベストは通販で注文しておいた。代金は、孝市母から食費として受け取ったお金を当てた。まさか孝市母も、こんな使い方をされるとは思っていまい。実際にチョッキを着てみると、縫い込まれた金属板がもこもこに盛り上がってすごく目立ったけれど、上からセーターとコートを着こむので良しとする。








(12月24日 火曜日)



 クリスマスイブ。防弾チョッキとベストで完全装備した私が自室で待っていると、空が赤く染まり始めた夕暮れ時、コンコン、と遠慮がちに窓がノックされた。リアが外から部屋の中を覗き込んでいる。ああ、確かに外から覗き込まれるとホラーかもしれない。私は今更ながら、孝市に悪かったなとちょっぴり思った。



 とりあえず、リアを部屋の中に入れる。リアは右肩を押さえており、服にはあちこち血が滲んでいる。確か、機関とやらの追手に、銀の弾丸で撃たれてピンチなのだったか。とすると、まず、体内にある弾丸を処理しないといけない……? え、これ、私が取り出すの……? ハサミとナイフで何とかなるかな……?




 私がカッターとハサミを握ってリアの方を振り向くと、恐怖の表情でじりじりと後ずさりをされた。どうやら違うらしい。聞いてみると、体内で弾を消化するために、血を吸わせてほしいとのことだった。

私はリアに向けて、そっと両手を広げる。誰かの体内から弾丸をえぐり出すのより、だいぶ心理的ハードルは低かった。






「じゃあどこからでも吸って。あ、あと日本語で話していいよ。孝市には言わないから」


 すると、リアは少し迷った後、遠慮がちに口を開いた。


「……いいの? ひょっとしたら、あなたも吸血鬼になっちゃうかもしれないのに」


「うん、別に問題ないから。ほら、早く。急いでるんでしょ?」




 しばらく躊躇っていたリアは、それでも覚悟を決めたように首を振ると、かぷりと首筋に吸い付いてきた。ちうーっと何かが吸われているような、どこかひんやりと冷たい感触がした。痛みや痒みはなかった。蚊にも見習ってもらいたい。




 吸い終わると、リアは窓からどこかに飛んで行った。私はある相手に連絡しようとし、肩が重くなる。急に、やめてもいいんじゃないかな、と思う。無理やりその気持ちを押し込めて、連絡先をタップした。その瞬間どこからか、チリン、と鈴の音がした。




 本当なら小都と孝市のクリスマスデートを見届けたいところではあるけれど、そちらはいつものように河原崎さんが追跡しているだろうから、明日そっちに聞こう。にしても、なぜ彼は2人の恋路を気にしているのだろう。「興味本位」という四文字が頭に浮かび、私は考えるのをやめた。今は、それよりも、考えないといけないことがある。……さあ、教会へ。






 教会に着いた私は、裏口からそっと身を滑りこませた。表は既にライトアップを待つカップルたちでいっぱいだったが、こちらは閑散としている。「立ち入り禁止」と札が下がったロープは2回くぐった。薄暗い廊下には、なぜかあちこちに鏡が立てかけられている。




 ……おそらく、組織の追手とリアは、ここの礼拝堂で戦うはずだ。組織の追手はグールとかいう怪物を従者として連れているらしいから、厳しい戦いになるだろう。1人で戦えば、だが。できれば他人を巻き込みたくはなかったけれど、頼れる人間もいなかったし。


 私は、後ろにいる同行者に軽く頭を下げる。


「ということで、遠野さん。来てくれてありがとう。やってほしいことは1つ。柱の陰に隠れて、グールを弓で狙撃してほしいの。のそのそ動くらしいから、きっと狙いやすいよ。人間の方は銃を持ってるみたいだから、あんまり近寄らないようにね」


「いえ、借りを返しに来ただけなんで。じゃあ、結界張りますね。……ていうかグールって何ですか。後でちゃんと説明してもらいますから」





 そして、私は、その後始まったリアと機関の追手の争いに目を走らせながら、物陰に隠れつつ距離を詰める。礼拝堂は灯りがついていたものの、リアも機関の人間もお互いのことしか見ておらず、接近するのは意外に簡単だった。まあ、孝市も同じことをしてるわけだしね。それにしても、追手が1人みたいで助かった。





 そうして、援護してくれる遠野さんの光の矢によって、グールはすぐに打ち倒された。同時に、機関の追手が銃を構える。そのまま、祭壇の前で硬直するリアの前に、私は両手を広げて割り込んだ。同時に銃声が鳴り響き、私はぎゅっと目を閉じる。


 ――ドンッ、という胸から響く音。それより先に、息が全部どこかに飛んでいった。「あ、これ……死ぬ?」って、本気で思った。

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経典ってもしかして、掲示板?
買ってて良かった防弾チョッキ
撃たれたら死ぬ……ほんとに?
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