『女子高生が2階の窓の外に立ってるのはただのホラーなんよ』
「ど、どうしたの?」
「……えへへ。いえいえそんな、江麻ちゃんのお菓子の方が」
なんだか一瞬おかしな間はあったものの、定番のようなやり取りを小都と交わした後、本題に入る。というのは、ずっと気になっていたことがあったのだ。お菓子を渡してもあっさりしたものだった、という河原崎スパイからのタレコミである。
「そういえば、この前さ、孝市にお菓子渡した反応どうだった?」
と聞くと、小都はしばらく宙を見上げ、うーん、と唸った。
「微妙だった、かな。困らせちゃった。こんな顔してたよ」
指で眉を下げるリアクションをして見せる。まさか、そんなわけが……。
「嘘だぁ。ねえ、次は私がいる前で渡してみて」
「えっ……」
すごく嫌そうな顔をされた。小都もなんでなの。だが、ともかく、明日もお菓子を作って持っていこうということになった。いやしかし、まさか、そんな。
ところが翌日、出来上がったお菓子を受け取った孝市は、確かに一瞬、眉をひそめた。困惑する私の隣で、困ったように、小都が頭を下げる。
「孝市くん、毎回ごめんね」
「ああ、分かってる」
「えっ分かってるって何が? 孝市って実はお菓子嫌いなの?」
「いいから江麻は黙ってろって」
「???」
『あの、女子から手作りお菓子をもらっても嬉しくないものですか』
《誰がくれたかによるよな》
《もらったことないからわからないよ》
《草》
《笑うなァ!》
『渡したのは学年一番の人気者で美人で優しい子とします』
《感情あるのか孝市》
なんと、有識者会議の結論によると、孝市は感情が欠落している可能性が高いという結論が出た。こんな疑惑を幼馴染に持つ日がこようとは。しかし、正直、私も同じような疑惑を持っていた。ここは確認せねばなるまい。
(11月1日 金曜日)
翌日、私は、孝市を呼び出した。もはや定番の場所となった屋上は、寒々しい風が吹き抜ける。既に季節は秋が終わり、早くも冬が訪れようとしていた。
「前に、私はそういう対象に見られないって言ってたけどさ、小都のことはどう思う?」
「世界で一番付き合わない相手だな」
私はそれを聞いてカタカタと震えた。決して寒さのせいではない。
「……そこまで、き、嫌いなの……?」
「嫌いじゃないけど、そういう対象ではない、ってこれ前も言ったよな俺。だってあいつ、好きな奴いるし」
お前だよ! と言おうと思って私は口をつぐむ。自分のことじゃないと信じてやまない顔だった。なんて鈍感なんだろう……。
もう一度、私は、自分の部屋で小都と作戦会議を行った。しかし、途中で口をつぐむ。
……だって、世界で一番付き合わない相手とか言ってた。ひどい。「世界中の女性を全員追い抜けばいいだけだよ」とはさすがに言えなかった。だからきっと小都も積極的になれないんだ。
どうしたら意識してくれるようになるのか。別に、嫌いだから好きになれとまで言うわけじゃない。ただ、せめて、せめて、ちゃんと考えてほしかった。
沈黙が部屋を包む。何か考え込んでいた小都が、何か言おうとしたのが見えた。諦めよう、と言うのだと思った。私はそっと目を閉じる。だって、小都に「諦めるな」なんて、そんなこと言える立場じゃない。孝市の気持ちもきっと伝わってしまっているだろうし。
小都が、ゆっくりと口を開いた。
「そんなことより江麻ちゃん、この前告白されたって本当?」
「そんなこと……? でも断ったから。小都の恋が成就するまで私も恋愛しないから」
「……」
小都はいったん黙ったが、明らかに不満げな感じが伝わってくる。何が不満なんだ。
「小都? どうしたの?」
「やっぱりわたし、もっと頑張ってみる。江麻ちゃんを放っておいたら何するかわからないっていうのも、最近のでよく分かったし」
「あれ? ひょっとして私の悪口言ってない? ねえ?」
かくして、「私が告白されたからアプローチを頑張る」という、ちょっとよくわからない動機の元、作戦は再開された。だがおそらく、私に先を越されたくないという話なのだろう。ともかく、これで小都も本格的に始動するということで、非常にめでたい話であった。
「頑張るぞー! おー!」
私が思い切って拳を突き上げると、小都は首をかしげた。
「今のなに? 江麻ちゃん?」
「いや、一致団結の印に。ほら、体育祭の時にみんなでやってたみたいな」
困ったように、しばらく悩んでいた小都だったが、手をそっと上げ、頬を染めながら「おー」と小さく言ってくれた。とても可愛らしかった。私は内心歯噛みする。なぜ今、孝市がこの場にいないのか。いたら全ての決着がついたというのに。
「じゃあ、まず、これからどうしようか。江麻ちゃん」
問われた私は、はて、と考え込む。孝市は確か小都のことをこう言っていた。「世界で一番付き合わない相手」だと。ならば、世界で二番目に付き合わない相手であろう私にまず並んでもらう必要があるか。
「じゃあとりあえず、玄関に靴を取りに行こ」
「……えっ、なんで靴……?」
私は屋根伝いにぴょんと隙間を飛び越え、孝市の部屋を、窓の外からそっと覗き込む。孝市は床に座って、いつもみたいにだらだらと漫画雑誌を眺めていた。後ろからおっかなびっくりでついてきた小都に、ハンドサインで「GO!」と送る。
「えっ⁉ 本当に行くの?」
「うん、とりあえず、私と同じ立ち位置には立ってもらわないと」
「待って、江麻ちゃんいつも屋根から入ってるの⁉」
「いや、たまにね? いつもは入ってないよ?」
「……たまにでもおかしいんだよ……?」
そして小都は、言われるがまま、所在なさげに孝市の部屋の窓の外に立った。室内でしばらく雑誌に目を落としていた孝市は、気配を感じたのか、ふと視線を上げる。かと思うと、まるで恐ろしいものを見つけたような声を上げて見事にひっくり返った。
小都が申し訳なさそうに、コンコンと窓をノックすると、信じられないものを見たような表情で、おそるおそる孝市は窓を開けた。私は一連の流れを見て、少し不思議に思う。
「なんかすごくびっくりしてたね……いつも勝手に入っても怒らないのに」
「なななななんだいきなり。お前ら一体どういうつもりだ⁉」
孝市は明らかに怒っていた。顔を赤くして何やら叫んでいる。
そして、恐々と屋根から部屋に入る小都の横で、私もひょっこり顔を出した。
「どう? ドキドキした?」
「違う意味でな。実際怖いぞ。2階の窓の外に人がいきなり立ってるのって」
「手を広げて『よう、俺の部屋にようこそ』くらい言えないの?」
「友達がいきなり屋根から部屋に入ってきてそんな反応する奴は心が壊れてる」
その後も、孝市からはすごく怒られた。正座で三十分も説教された。ちなみに小都は一切叱られなかった。理不尽である。
「だっていつも私には怒らないじゃん」
「お前、人間っていうよりマスコット枠だし」
ひどい……のか? 一瞬迷って何も言えなかった。
そして、小都からも三十分怒られた。計1時間の正座を強いられた私の膝は、既に限界であった。むしろ小都の方が孝市より明らかに怒っていた。
「わたしの部屋にも窓から入ってきたことないじゃない。それなのに孝市くんの部屋には屋根から入るって、いったいどういうことなの?」
「ごめん小都、怒られてるポイントがピンと来なくていまいち反省できない。だって小都の部屋って五階じゃん」
《いや、女子高生が2階の窓の外に立ってるのはただのホラーなんよ》
『2人からいっぱい怒られたので、屋根からの入室を勧めるのはもうやめます』
《自分が下がることで小都ちゃんの順位上げてて草》




