俺だけが萩森さんの可愛さを知ってると思ってたのに、って微妙に失礼だよね
そして、私は改めて、小都に、現時点で告白を絶対にしないように念押しした。何せまだ下地が整っただけである。小都と孝市の関係自体はまだ何も進展を見せていないのだ。
すると、小都は、怪訝そうな表情でじっと私の顔を見た。その顔には、「どうしてわざわざそんなことを言うのだろう」と書いてあった。そして突然、はっと何かに気づいたように口に手を当て、よろよろと後ろに下がる。どうしたんだろう。
「まさか、孝市くんのことが好きになったの……? だから頑張ってたの……?」
「あ、それはない」
「ほんと……?」
本当であるので、私は何度も頷いた。それを見て、どうやら小都も納得してくれたらしい。私は誇らしく思い、胸を張る。ほら、住民のみんなも見て! 私と小都の間にも、孝市への愛情に負けないくらいの絆があるんだから!
すると、ゆっくりと近づいてきた小都が身をかがめ、私を下から見上げて、ニッコリと笑った。小都の方が背が高いので、わざわざ下から覗き込んでいることになる。表情は影が差していて暗く、よく見えなかった。そして、小都はゆっくりと口を開く。
「……もし、それが、嘘だったら、わたし、2人を許さない」
やたらと区切りをつけて言われた。いつもよりずっと低い声だった。
にしても、2人とも許されないらしい。何それ怖い。私は反射的にこくこくと頷く。さっきの3倍くらいの速度で頷く私を見て、ようやく小都の疑いは晴れたようだった。
「特に孝市くんは徹底的に制裁しちゃうと思うな」
「いいと思うよ」
ごめん孝市。勝手に許可出しちゃった。まあ大丈夫だよね。幼馴染相手はありえないって言ってたもん。にしても制裁って。悪の組織の首領くらいしか言わないでしょ。怖いよ。
私が内心引いていると、小都がじっと見つめてくる。
「いや、だから、孝市のことは好きじゃないってば」
すると、小都は深い溜息をついて、私の顔に手を伸ばした。そのまま、もにもにと両頬をつままれる。文句を言おうかどうか迷い、大人しくなすがままでいることとした。さっき見せられた首領ムーブの恐怖が尾を引いていたからだ。私はびよんびよんと引っ張られる自分の頬を見て、内心ひそかに感心した。私の頬っぺたってあんなに伸びるんだ。
小都は、一通り(?)私の頬を伸ばしたあと、お詫びのようにそっと撫でてきた。その表情がなぜか寂しさを含んでいるように見えて、私は思わず口を開く。
「あ、制裁終わった? 許してくれる?」
「違うよ。やっぱり江麻ちゃんって可愛いよねって」
……どうしてそんな顔するの、小都。
(10月16日 水曜日)
私は朝起きて、もはや日課となったコメント情報の復習を行った。ふむ、今日は……孝市の行動経路によっては、他のヒロインと色々遭遇する日、か。毎晩、次は何が起こるかのチェックを行っていたから間違いない。要点を書き留めたノートは、既に5冊を超えた。
今日はまず、校門の前で、後輩霊媒師ちゃんと会うはず。
そこで私は、登校途中、孝市と小都に、今日は裏門から行こうと提案した。すると、2人はそろって怪訝な顔を見合わせる。
「いやなんで裏門……?」
「猫を見たから。一緒に行こうよ」
とぐいぐい引っ張ると、2人は不思議そうな顔をしながらついてきてくれた。回避成功。
昼休み。このまま進むと、買い出しに行った帰りの食堂のお姉さんと遭遇する、か。
「向こうの階段から降りたい。ねえ、ちょっと遠回りしていこうよ」
「なんでだよ。結構遠いじゃん」
「えーっと……あ、あそこの踊り場の鏡に幽霊が映るんだって! 見たいよね?」
「なんでそんなこと笑顔で言えるんだよ……」
放課後は小都と2人で屋上でのんびりしながら、委員会に出ている孝市を待った。ちなみに屋上で待つ理由は、孝市のクラスで待っていると後輩霊媒師ちゃんがまた来てひと悶着あるからである。孝市にも、会議が終われば屋上に直接来るよう言い含めてあった。
そこで、私は小都と今後について、作戦会議を行った。小都は、たどたどしくではあったが、珍しく積極的な姿勢を見せ、今後のプランについて私に相談してきた。その頬は真っ赤になっており、目は真剣で、私は確かな覚悟を感じた。
「ねえ、江麻ちゃんだったら、デートでどんなところに行きたい?」
「江麻ちゃんは、どう告白されたい?」
「江麻ちゃんって、何貰ったら嬉しい?」
「……私だったらって前提に意味あるのかなこれ」
それでも、小都と一緒に、デートの計画を着々と練った。やはり季節のイベントは外せないとして、来週に迫った秋祭りに3人で行こうということになった。もちろん、私は当日急用が入りキャンセルするつもりである。ちなみにこの場合の急用とはもちろん、後輩霊媒師の遠野さんと怨霊退治をすることを指す。そちらの準備も進めないといけないので、私は毎日忙しい日々を送っていた。
(10月21日 月曜日)
ところがこの日、おもむろに大事件が勃発する。事件の始まりは、私が男子のクラスメイトに放課後、呼び出されたところから始まった。
放課後の教室は、昼間の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。窓から差し込む夕日が、机や椅子の影を長く伸ばしている。私は教室の隅の席に座りながら、頼まれた通りに待っていたけれど、正直何を言われるのかなんて全く想像もつかなかった。
「えっと……萩森さん、少し話したいことがあって……」
彼――同じクラスの男子生徒――がそう言いながら、私の前に立つ。彼の緊張が伝わってくるようだった。私も立ち上がりながら、肩にかかった髪を直しつつ「うん、何?」と軽く答えてみたが、やはりさっぱりわからない。
そして彼は、一歩踏み出して深く息を吸い込むと、まるで覚悟を決めたように、はっきりとした声でこう言った。
「萩森さんが好きだ。俺と付き合ってほしい」
その瞬間、時間が止まったように感じた。夕日が一層強く感じられ、教室の静けさが耳に痛いほどだった。いや、そんなことより――今、彼は何て言った?好き?付き合う?え?
「えっ私? 小都じゃなくて? なんで? えっ間違い?」
「萩森さんで間違いないよ。なんでって……。それで、どうかな」
唐突すぎて展開についていけなかったので、私はそっと相手の顔を見返した。サッカー部の男子生徒だった。顔を赤くして、緊張した面持ちで返事を待ってくれている。
「気持ちは嬉しいんだけど、今は他にやりたいことがあるから……ごめん」
ところが、彼は納得できないようで、いつなら返事がもらえそうかと食い下がってきた。この諦めない姿勢は小都の告白にも生かせるのではと私は心のメモに書き留める。
それはともかく、私は内心考え込んだ。小都と孝市の問題が解決するのって、いつだろう? 今のところ、先が見えない。というか、こんなに簡単に告白とかあるんだ。告白してほしいのは私にじゃない。本当に、本当に申し訳ないけれど、正直、「自分にこんなこと起こるんだ」という困惑が先に来て、どうしたらいいのかよくわからなかった。
間が空いて気まずかったので、私のどこが好きなの? と聞いてみた。すると、彼は早口で色々と説明してくれた。いわく、入学してすぐの調理実習で作ってくれたお菓子がおいしかった、明るく話しかけてくれた、最近美人になって他の人に取られると思った。俺だけが萩森さんの可愛さを知ってると思ってたのに、云々。
……ふむふむなるほど。色々語ってるけど後半は許せん。つまり地味だってことでしょ。この瞬間、私の中で彼の評価は「なんだか失礼な人」にカテゴライズされた。
「萩森さんが他にやりたいことって、恋愛関係?」
「うん」
「好きな人がいるの?」
「いないけど」
なんだかだんだん尋問みたいになってきたな。小都は告白のたび、こんな疲れる作業を毎回していたのか。一方、答えが気に食わなかったのか、目の前の彼は口を尖らせた。
「だって恋愛関係って言ったじゃん」
「そうなんだけど、ごめん、言えない。とにかく考えたいことがあるから、本当にごめん」
とりあえず、なんとか拝みこんで、告白には応えられないことを分かってもらった。
《断るパターン最後まで1つしかなくて草》
《もう考えることサボってるよね》
《誠実じゃないのはいかんぞ》
『失礼な人でなければもう少しちゃんと対応しました!』
しかし、その事件を経て、私は考えを改めた。思ったより、告白に至るハードルというのは低いのかもしれない。
そこで、私の自室で、小都と作戦会議を行った。孝市の中の幼馴染のイメージは、間違いなく改善傾向にある。滑走路の準備は整った。今度こそ、飛ぶだけである。さあ、さあ!
「そろそろ、もっとアプローチしよ! 今ならいけるよ! ほら、例えばまたお菓子作って渡すとか。好きです、みたいなメッセージカードとか入れたりしてさ!」
ところが私の提案に、小都は頑なにぶんぶんと首を振る。その反応は意外だった。そして、どこか小都の表情が硬い。その顔は「どう言ったものか」と悩んでいるように見えた。
「さすがに倫理的にできないよ」
「……倫理に反する部分ある?」
お菓子を渡すことは犯罪だった……? それなら私は前科何犯になってしまうのか。告白してくれた男子生徒もお菓子が美味しかったと褒めてくれていたが、あれも違う意味になってしまう。アウトローな私が好きってこと?
その後も、なんだかんだ理由をつけて「渡せない」と言う小都と一緒に、半分無理やりにお菓子作りをした。2人で作ったって伝えればいい、と言えば、渋々ながら了解してくれた。しかし、愛情を記したメッセージカードを入れることは最後まで頑なに拒否された。
そして、一緒に試食して、試行錯誤した結果、クッキーは無事に完成した。小都の手つきは明らかに上達しており、それに、私は料理教室の確かな効果を見た。




