ちなみに、お勧めの防弾チョッキとかあります?
ともかく次。ヒロイン2人目は、リアという名の、ルーマニア生まれの吸血鬼。吸血鬼といっても、人間とのハーフであるらしい。そのせいか、血を吸っても相手が吸血鬼になるわけではない。強い日光は苦手なので、日中はコウモリに化けて物陰に隠れており、夕方以降に活動する。日本語がちょっぴり苦手で、単語でぽつぽつとしか話せないのだとか。
『そもそも、孝市はどうやってこの方と知り合ったんですか……?』
《夜にコンビニに行った帰りに道で襲われたんだよな》
《持ってた食料全部差し出してなんとか許してもらえたんだよね》
《ただの追剥ぎで草》
『というかなんで日本に?』
《観光じゃなかったっけ? 少女漫画好きだから、聖地巡礼に来たんだ》
《俗物で草生える》
そしてリアは、貰った食べ物が美味しかったからという理由で、夜になると孝市の部屋にやってくるようになった。その後も事あるごとにリアに血をねだられるが、孝市は断固拒否する。そんな中、リアを追ってきた機関との戦闘に、孝市は否応なく巻き込まれていく。しかし、機関の真の目的は、この地に眠る、異界の知を授けるという経典だった――。
『この町ってなんでそんな色々あるんですか? あと経典って吸血鬼関係ない気が……』
《確か吸血鬼の血が経典を開放する鍵になるんだよね》
《それに戦闘って言っても、今度は相手は人間だぞ。違う奴もいるけど》
『違う奴ってなんですか?』
《なんか不死者みたいなのを連れてるんだよね。グールみたいな。タフで面倒な相手だよ》
《現代日本の話とは思えなくて草》
『あと、リアさんっていちおう日本語は分かる人なんですね』
《いつも片言で話すんだけど、実は日本語がペラペラということが最終章で明かされるよ》
『怖い』
《あそこだけ完全にサスペンスホラーだったよな》
そして、リアとの関係が本格的に動くのは、クリスマスイブの日。小都と一緒に、教会で行われる夜のライトアップを見に行く約束をしていた孝市は、突如、救援要請を受ける。
『この時点でなんだか嫌な予感がしてきました』
《この後ドタキャンする孝市を、小都ちゃんは優しく送り出してくれるんだ。「わたしはいいから。本当は江麻ちゃんを誘おうと思ってたんだ」ってな》
《で、結局その教会の中で機関の人間と戦うんだけど。外で1人で寂しそうにライトアップを眺めてる小都ちゃんが一瞬映るんだ。芸術的だよ》
『ひどすぎる……せめて私を誘ってよ小都……!』
憤っていた私は、そこでふと疑問に思った。原作では、救援要請を受けて孝市が助けに行ったあとは、その吸血鬼のリアさんのルートに行く。これはいい。だが……。
『他のヒロインの人のルートに入る場合、リアさんはどうなるんですか?』
《孝市の部屋に来ることがなくなるな》
《教会での戦いで、銀の弾丸で撃たれたリアを、孝市が身を挺して庇うから。他のルートだときっと教会で仕留められてるんじゃないかな》
『また死ぬんですか……? わかりました。そっちも私がなんとかします』
《段々結論早くなってきて草》
『つまり、教会で撃たれた時に庇えばいいんですよね? 当たらないですか?』
《孝市は脇腹かすっただけで済んだけど……まさか》
『当たるんですね。……ちなみに、お勧めの防弾チョッキとかあります?』
《ガチで庇う気だ……》
《ヤバいヤバいヤバい。こいつが死ぬかどうか俺らに掛かってるぞ》
『そういえば、食堂のお姉さんは?』
《隠しキャラだから、よっぽど食堂に行かなきゃ進展せん》
『今のところ孝市は毎日行ってますね。お弁当作ろうかな』
《甲斐甲斐しくて草》
《で、どのシナリオでも、本格的に動き出すのは4月からなんだが……》
『とりあえずいいです。3月には決着がつくはずなので』
うん、小都の分も作って、3人でお弁当を食べるというのはどうだろう。食堂に行かせず、小都と孝市の仲は深まる。一石二鳥ではないか。よし、これでいこう。
そして、私は、もう1度、自分がなすべきことを整理した。ノートを開き、丁寧に、さらさらと方針を書き込む。
(1)まず、小都と孝市の仲が進展するよう応援する。
(2)他のヒロインに関する事件で、命にかかわるような部分については介入する。
(3)さらに、私自身も幼馴染が地味であるというイメージからは脱却する。
「結構やること多いなぁ……うん、がんばろう」
これから忙しくなりそうだ。ひとまず、今から1人でできることとしては、3番目だろうか。とはいえ、幼馴染のイメージを変えるといってもいまいちふわっとしているため、何をすればいいのかがよく分からなかった。
私は、何かできることがないか、幼馴染の特徴一覧をもう1度、順に追ってみた。かと言って、簡単に改善できそうな項目なんて……えーっと、世話好き、料理上手、黒髪、優しくて真面目……。次はカラコンでも入れていったら面白いのではないかと一瞬思ったけれど、別に面白さを追求しているわけではないので却下とする。
……いや、待てよ。やりようによっては、これは……。
私は再度、一覧の真ん中あたりにある単語を指さして、声に出して確認した。
「――料理上手」
(9月19日 土曜日)
小都が、私の家にやってきた。つっかえながら喋る小都の話によると、なんでも、料理が苦手だから教えてほしいらしい。エプロンをぎゅっと胸元で抱きしめてもじもじとしている小都は、とても可愛らしかった。
「孝市って食べるの好きだもんね。そこから攻めるのはいいと思う! 孝市が付き合いたいのは家庭的な子らしいし」
「えっ、なんで江麻ちゃんがそんなこと知ってるの……?」
まずはとりあえず、クッキーの焼き方を教えることにした。小都は最初はたどたどしい手つきだったものの、私が付きっ切りで指導したこともあり、無事に焼きの作業まで辿り着くことができた。今はオーブンの前でそわそわと焼き上がりを待っている。
一方、私は私で、改めて考え込む。このイベントは、確か原作でもあった流れのはずだ。
小都が私と一緒にカレーを作り、孝市の家に持っていく。小都にとっては、初めての手作りの料理だった。すると、孝市は、鍋を覗き込み、がっかりしたような声を上げる。「上手く作ってあるんだろうけどさ……なんか、変わり映えしないよな」と。それを聞いて、小都は一瞬悲しそうに微笑んで「ごめんね」と言うのだった。
「……孝市は鬼なの? それともサイコパス?」
「ど、どうしたの江麻ちゃん。なんで急にそんなこと思ったの」
「ごめん、なんでもない」
ともかく、こんな悲しいイベントは全力でぶち壊さねばならない。しかし、手作りの料理は、とても恋人っぽいイベントのような気がするから、できれば起こしたい。
「せっかくだから一緒に何か作って孝市に持って行こうよ。小都は何がいい?」
「カレーかなぁ。江麻ちゃんのカレー好きだから」
やはりそうなるか。このままだと悲劇が起こってしまう。こうなれば、私が1人で普段とは違うものを作れば、「変わり映えがしない」という評価は避けられるか? その後で、小都が自作のクッキーを食べさせれば、より評価は上がるだろう。
料理上手だから代り映えがしないのであれば、逆をいけばいい。だが、そもそも、料理下手とは何を指すのか? これがいまいちよくわからない。それに、わざと不味い料理を作りたくもなかった。美味しくて、しかも上手ではない料理。そんなものが存在するのか。
「ねえ、料理下手な人ってどんな人かな?」
「わ、わたしのこと? 何か間違えちゃった?」
「いや、一般的なイメージを聞きたいだけ」
「なんで江麻ちゃんは急にそんなこと気になったの……?」
少々変な目で見られてしまったが、小都にリサーチした結果、料理下手とは以下のような特徴を持つと結論が出た。
・砂糖と塩を間違える
・魔女がヒヒヒと笑いながらかき混ぜているような謎の物体(※原料は不明であるが、紫色など、たいていカラフルである)を、立派な料理であると力説する
・出来上がった料理はなぜか爆発する
……難易度が上がった気がする。まず、爆発する料理とはいったい何だろうか。無重力で調理をしていたらそういうこともあるかもしれないけれど……。砂糖と塩を間違えるのも、どちらかといえばうっかりな人になってしまうのではないか。
そう考えると、今回、ヒントとなるのは2番目かもしれない。ここから導き出されることは何か。それは、味が良くても見た目がアレならば、もはやそれは料理上手とはなりえないということだ。わざと下手に作るよりはそちらの方が気分的にも良い。これだ、と私は思わずこぶしを握り締める。
結論を得た私は、近所のスーパーへ颯爽と急いだ。
――ちなみに、ずっと後のことになるが……小都は「この時の自分にもう少し止める勇気があれば、あんな惨劇は引き起こさずに済んだのに」とコメントしている。
私はとりあえず、何種類かのハーブを利用して、試しに青いカレーを作ってみることとした。普段ならタマネギや肉を炒めるところから始めるのだけれど、今回は炒めてしまうと茶色い色味が付くので、他の手段を取る。
細かく切った鶏肉をたっぷりのお湯で煮込み、そこに別の鍋で茹でておいた人参とジャガイモを加える。タマネギは市販の粉末オニオンで代用し、さらに煮込む。さて、ここからだ。
「江麻ちゃん、これ、綺麗な色だねえ」
小都がしげしげと覗き込んでいるのは、水がいっぱいに満たされたボウルだった。中には花がいくつも浮いており、水の色は見事に真っ青。
「ハーブの一種でね。普段はハーブティーに色を付けるために使うんだけど」
「今日は違うの?」
「うん、見てて」
カレーの鍋に少しずつ注ぎ入れ、青味が足りなかったので、買ってきておいた青い食紅で更に色味をつける。後ろで見ていた小都が、うわぁ、と小さな悲鳴を上げた。
そのまま、お玉で鍋を混ぜながら、味見してさらに時折調味料を加えた。鍋の中でぶくぶくと吹き上がる、真っ青な泡。その鮮やかなブルーは、まるで青の絵の具を火にかけているかのようで、客観的に見ると非常に不気味であった。
しかし、私はニヤリと笑みを浮かべる。よし、何回か味見して整えて、味は無事にカレーに調整できた、と。
私はこれを手直しの回数から、『青色7号』と名付けた。味見を買って出てくれた小都だったが、皿に盛られたまるで沖縄の海みたいに透き通ったブルーのカレーを前にその笑顔は引きつっており、スプーンを握り締めた手はカタカタと震えていた。
驚かせないように、母にも事情を説明しておくこととする。夜勤明けの母に、食卓で青いカレーをよそいながら、これは自分の人生にとって大きな意味があるのだと、私は何度も力説した。最初、食い入るように皿を見つめていた母は目を閉じ、大きく1度頷いた。
「あなたの好きにやりなさい」
「お母さん!」