【第4話:ララティの驚くべき申し出】
カナと俺の危機をララティが救ってくれた。
いくら感謝してもしきれない。
大した食材はないけど、腕によりをかけて夕食を作った。
「うん、旨い。おっ、これはなんだ? おお、このスープも旨いな!」
「でしょでしょ! お兄ちゃんが作る料理は、どれも美味しいんだよ!」
「そうだね」
俺が作った料理を無我夢中で食べるララティ。嬉しいな。
コイツは魔族だけど、やっぱりとてもいいヤツだ。
それに気が強そうだけど、こうやって見せる無邪気な姿は案外可愛い。整った顔をしてるし。
「……な、何じっと見てる?」
「あ、ごめん。つい」
「つい、何だ?」
うわ、めっちゃ睨まれた。
ガン見するなんて、失礼なことしちゃったな。
ここは変に誤魔化すよりも、誠実に本心を言った方がよさそうだ。
「つい見惚れてた」
「は? なんで?」
「いや、あの……可愛いなと思って」
うわっ、言っちゃったよ。
セクハラだとか、キモいとか思われたらどうしよう……
「ぶふぁっ……!」
ありゃ、ララティが吹いた。
やっぱ引かれたかも。
「や、ご、ごめん! キモかったよね?」
「いや、キモいとかは全然ない! だ、大丈夫だ」
「そっか。よかった」
「でも、フウマはなんでそんなこと言うんだ? あたしを持ち上げて、なにか言うことを聞かせようとしてるとか?」
「いや、それはない。特に何かして欲しいとかないし」
「じゃあなぜ?」
「それは、友達のいい所はできるだけ素直に伝えたいと思うからだよ」
「と、友達?」
あっ。すっげぇびっくり目になってる。
しまった。友達と思ってたのは、俺の一方的な勘違いだったか?
「あ、ごめん。俺はララティのこと、もう友達だと思ってたけど。違うんなら謝るよ」
ララティは真っ赤な顔をしてる。
よっぽどムカついたのかな……
「いや、いい。あたしも友達だと思う」
「そっか。よかった」
「ああ。ホントは……」
「……え?」
「いや、なんでもない」
「そっか」
なんだろ。なにか遠慮してるのかな?
「お互い友達だって思ってるってことで、よかったよ。さあ、続きを食べよう」
「そうだよお姉ちゃん! 食べよっ!」
カナにも言われて、ララティはようやく笑顔になって「そうだね」と答えた。
それからしばらく三人で食事を楽しんだ。
「なあフウマ。キミ達は二人きりで生活してるのか?」
「うん、そうだよ」
「ほう……父や母は?」
「いや、まぁ。色々と事情があって」
「なるほど」
深く詮索されるかと思ったけど、親がいないことに対して、ララティはそれ以上は突っ込んではこなかった。
「じゃあ、お願いがある。しばらくあたしを同居させて欲しい」
「ああ、いいよ……って、ええーっっ!? ちょっと待って! ダメだよ!」
「なぜ?」
なぜって……女の子と同居だなんて、そんなことダメに決まってる。
「ララティのお父さんに怒られるでしょ」
そう言ってから思い出した。
彼女のお父さんは魔王だった。
ララティが嘘をついてなければ、だけど。
うわ、めっちゃヤバいんじゃないのか?
魔王を怒らせなんかしたら、俺殺されるよな。比喩じゃなくマジで。
「それは大丈夫。パパは何も言わない」
ホントかな……
「いや、それでも。若い女の子が同世代の男と同居だなんて、普通は問題あるでしょ」
──と、そこまで言って気づいた。
ララティって何歳だ?
魔族ってめちゃくちゃ長生きなんじゃないか?
俺と同年代に見えるけど、実は100歳とかだったらどうしよう?
「あたしは魔族だ。フウマは人間だ。問題なんかないだろ」
「まあ、そりゃあ……」
いやいやいや。魔族って言ったって、これだけ可愛い女の子と同居だなんて、緊張するに決まってる。
例え100歳だとしても。
「フウマは同年代と言ったけど、何歳なんだ? ちなみにあたしは16歳だ」
「あ、同い年だよ」
「おおっ、そっか……」
100歳とかじゃなくてホッとした。
ところでララティはニヤニヤ笑ってる。
なんでだ?
「お願いだよフウマ。あたしには、この家に泊めてもらいたい理由がある」
「その理由って?」
「聞かないでほしい。フウマにとって悪いことじゃない。それだけは断言できる」
「うう……そっか。わかった。いつまでだ?」
「長くて30日だな」
「なっが……」
「だから長くて、だよ。できるだけ早く帰れるようにするから」
「わかったよ。友達に頼まれたら、断れないよ」
「ありがとうフウマ」
こうして理由はわからないけど、魔王の娘との奇妙な同居生活が始まったのである。
***
あたしはフウマとカナに「おやすみ」を言った後、当てがわれた部屋に入ってベッドに寝転んだ。
「それにしても、やっぱりフウマはいいヤツだ」
ポロリと唇から、そんなセリフが漏れた。
彼の名前を口にしたことで、急に恥ずかしさに襲われた。
「あっついな」
寝巻きのシャツの胸元を片手でパタパタと仰ぐ。
「それにしてもアイツ、いいヤツすぎるぞ。深く理由を聞かずに、普通、一ヶ月も泊める約束をするか?」
そんなディスるようなことを言いながら──
「友達か……」
ついニヤニヤが漏れてしまう。
あたしは故郷では魔王の娘として、周りから距離を取られがちだった。だから小さな頃から、特に親しい友達はできなかった。
もしかしたらフウマが人生で初めての、本物の友達かもしれない。
その友達のためにも、あたしは彼を殺す以外の方法で『眷属の呪い』を解除しなければならない。
「フウマは友達だって言ったけど、ホントは眷属だけどな。あはは」
呪いの解除方法を探るために、できるだけ長い時間を彼の近くで過ごすのがいい。
だからこの家に泊めてもらうお願いをしたのだ。
まあ、今日のできごとのおかげで、ヒントは掴んだ。フウマはとても珍しい特異な体質をしている。
人間はもちろんのこと、魔族でもあんな体質の者は見たことがない。
そしてそれを利用すれば、呪いを解除することが可能かもしれない。
あたしの立てた仮説が正しければ、だけど。
──あたしに残された時間は30日間。
その間に呪いの解除方法を見つけられなければ、究極の二択をしなければならなくなる。
フウマを殺すか、あたしが自我亡失を受け入れるか、だ。
そうなる前に……なんとかしなけりゃならない。
***
その日から3日間。
昼間はフウマとカナが学校に通ってる間、部屋にある魔法関係の書籍を読み漁った。
人間の世界における魔法を理解するためだ。
それとフウマから取り返した『古代魔法/呪いの書』を何度も読み解いた。
これは昔から我が家系に伝わる伝説の書ではあるが、長年行方不明だった。ようやく実物を見つけたのは今回が初めてだ。
現代の魔法では既に術式が不明となっている貴重な魔法の数々。
それが多数記載されているから、とても貴重な研究対象となる。
ちなみにフウマは毎日、あたしの昼食を作ってから学校に登校した。
魔族は食事は少な目でも生きていける。だけどフウマが作ってくれた食事は美味しいし、食べると気持ちがほっこりする。だから毎日美味しくいただいた。
夜はフウマが寝静まった後、こっそりと彼の寝室に忍び込んだ。
彼が眠っている間に、あたしの魔力を流し込む実験をするためだ。
フウマは布団にくるまって、すやすやと寝息を立てている。
フウマの寝顔を見たら、なぜかドキドキする。なんでだ?
高まる鼓動を必死で抑えて、実験を繰り返した。
その結果──やはりフウマの身体は、外部からの魔力を溜め込めることがわかった。
魔力を吸収するスピードには限りがある。一度に多くの魔力を取り込むことはできない。
しかしその総容量たるや、底なしかと思うほどに、いくらでも溜め込めるのではないか。
そんな気配がする。
時間をかけて徐々に取り込む必要はあるが……
──うん。これなら、あたしが立てた仮説通りにいけるかもしれない。
これからは昼間も魔力を流し込めるように、できるだけ一緒にいた方がいいな。
──そう考えた。
= 魔王の娘、ララティ・アインハルト・ルードリヒ。自我亡失まで27日 =
※次回から『学園編』です。