【第39話:俺がヤツを倒す】
「こうなったら最後の手段だ。俺がヤツを倒す」
「ふふふ。弱いくせに、偉そうに言う小僧だな」
「うるさい。お前なんか、俺で充分なんだよ」
「は? 貴様、ワシを怒らせたな。いい度胸だ」
ヤツと一騎打ちだ。
だけども俺の力が成長したと言っても、圧倒的にアイツの方が強い。
ましてや今の俺は、既に全身が痛めつけられている。
敵いっこないのはわかってる。
本気でヤツに向かって行ったら、きっと俺はボコボコにやられるだろう。
しかもこうやってヤツを煽ってるんだからなおさらだ。
でもそれでいいんだ。思いっきりやられて、俺が死んでしまったら、ララティは呪いから解放される。
「ララティはここで待っててくれ」
「何をするつもりだフウマ?」
「言ったとおりだ。俺がヤツを倒す」
「ダメだ。今のキミではアイツに敵わない」
「わかってる。それでもいいんだ」
そう言って、俺はララティをその場に残してクォッカの方に向かって走り出した。
「待てっ、フウマ!」
「うぐおぅゎっ……」
せっかくカッコよく敵に向かって行くはずだったのに。
背後からララティがシャツの襟首を引っ張るから、喉が絞まって情けない声が出た。めっちゃカッコ悪い。
「ゴホンッ、ゴホンッ! なにすんだよララティ!」
クォッカはきょとんとしてる。
アホを見る目で見られてる。
「フウマ、お前死ぬつもりだろ?」
「え? な、なんのことかなぁ……」
「嘘が下手すぎるぞ。目が泳いでる」
しまった。鋭いなララティ。
「いいんだよ。俺が死ねばキミの呪いが解ける」
「ダメだ。そんなのはあたしが許さない」
「なんでだよ? ちょうどいいじゃないか。俺が勝ったらラッキーだし、もしも負けて死んだらそれはそれでララティが助かってラッキーだ」
「は? なに言ってんだフウマっ!」
いきなりララティに胸ぐらをつかまれた。
真っ赤な顔で俺を睨んでる。
「ララティこそなに言ってんだよ? このままだと自我が無くなってしまうんだぞ?」
「だからと言ってフウマが死んでしまうなんてダメに決まってるだろ。キミがいなくなったら誰がカナちゃんを守るのだ?」
「うぐっ……」
それを言われると、せっかくの決心が揺らいでしまう。
ララティのために、例え命を落としてもいいと決心したのに。
「でも、ララティの心がなくなって、人形のように、俺の奴隷になっちまうんだぞ? 怖くないのか?」
「ふふふっ……」
なぜかララティは笑った。
怖いはずなのに。ついこの前、心を失うことを恐れて彼女は泣いていたのに。
なぜ笑うんだ?
「いいんだよフウマ。もしもあたしの自我が亡失しても、今と変わらない」
「は? どういうことだよ?」
「もうあたしの心は既にあなたのモノになってる。だから最終の呪いが発動して、あたしの心があなたに支配されたとしても、それは今となんら変わらない。そう思うことにした」
「……え? ララティの心が俺のモノって……?」
「恥ずかしいから何度も言わすな。言葉通りだよ。バカ」
言って、ぷいと横を向くララティ。
耳まで真っ赤に染まっている。
ララティは、俺を好き……ってことだよな。
突然の告白に驚きしかない。
そしてあまりに可愛い彼女の姿が、俺の胸にズンと衝撃をもたらす。
俺もララティが好きだ。
でも魔族の女の子を好きになっていいのかどうかわからない。
だから今までも自分の気持になんとなく気づいていたけど、あえてそこから目をそらしていた。
だけどこの瞬間、もうどうしようもないくらい、ララティが好きだと自覚した。
──俺はララティが好きだ。
「だけどフウマ。一つだけ約束してくれ」
「え? なに?」
「あたしが自我を失って、キミの言うことをなんでも聞くようになったからと言って、裸踊りをさせるのはやめてほしい。だって恥ずかしいから」
「は? させるかよっ! 俺、どんなキャラなんだよ!?」
「あはは」
腹を抱えて笑うララティ。その瞳の端には、涙が煌めいている。
ホントは悲しいんだろう。それをあえてギャグで誤魔化してるんだろう。
「それともう一つお願いがある」
「なんでも言ってくれ。俺ができることならなんでもするよ」
「あたしが自我を保ってるうちに、抱きしめてほしい。そして好きと言ってほしい」
今度はさっきと違って、冗談っぽいノリはゼロだ。
ララティはとても真剣な顏をしてる。愛おしい。
「わかった」
俺は一歩前に進んで、ララティの身体をぐっと抱きしめた。思ったよりも華奢だ。
そして唇を彼女の耳元に当てて囁く。
「ララティ。好きだよ」
ララティは全身をピクリと震わせた。
そして感極まったような、少し泣きそう震える声を出した。
「ありがとうフウマ。あたしも大好きだ」
すぐ目の前にあるララティの顔を見た。
とても穏やかな表情をしている。
だけど突然苦しそうな表情を浮かべた。
「う……」
さっきよりもさらに顔色が白くなっていく。
「ララティ! 大丈夫か?」
目はうつろで、俺の問いかけにも応じなくなっていく。顔からはどんどん生気がなくなっていく。
そして最後は──青白くて、まったく無表情な顔になった。
「ララティーーーっっっ!!」
せっかく、ようやくお互いの気持ちを素直に口にできたのに。
そこにあるのは、今までの表情豊かな彼女とは似ても似つかない、まるで人形のような変わり果てたララティの姿だった。




