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第一章 8 『何かが壊れる音がした。』


森の中は完全な自然だと思っていたがそうではなく、今馬を走らせているのは大雑把に開かれた道であった。


「しっかりつかまってろ。振り落とされても助けんぞ」


隊長が馬の手綱をにぎり、彼女の前に俺とミアが座る形になっている。

俺はミアの腰に手を回し、ギュッとつかまっている。

だが今は、そんなこと気にしている時ではない。

隊長はそう言って脅してくるが、きっと俺たちのどちらかが振り落とされれば助けてくれるはずである。この人は、そういう人だ。


俺たちの進行方向にはドラゴンの郡勢がいる。


まだかなり遠いが、あの大きさで空を飛ぶ生物などドラゴンしかいないだろう。


「なんで、クリスを助けることにしたんですか?」


東地域が魔獣の群れに襲われたと報告が来たときは、この隊長は確かに東に応援を向かわせると言った。

それはクリスの捜索を断念したことの他ならない。しかしこの判断は間違っていない。

正義の名のもとに動くものであるのなら、この判断を下すはずなのだから。


しかし、状況が変わった。

突然の地鳴りと、ドラゴンの襲来。


普通なら、東地域の救援すらも後回しにせざるを得ない事案である。

しかし、隊長は現に、クリスの捜索に向かっている。


「状況が変わり、何よりも優先するべきことになったからだ」


「なんでですか?」


すると隊長は少しだけ考えるように黙った。


「お前は齢五つを越え、そして何者かの声が聞こえたのだろう。

現にこうして状況は最悪にある。神のいたずらのようにな」


「意味が、分かりません……」


「すべて説明してやりたいが、そんな時間はなさそうだな」


「来た」


ミアと隊長の視線の先、狼のような獣の群れがこちらに向かって来ている。


目は赤口走り、よだれが垂れる口からは日本の大きな牙が逆立っている。額には一本の黒い角が聳え立ち、強烈な獣臭と共にこちらへ襲い掛かる。


「相手している時間はない。突っ切るぞ。舌をかむなよ」


そう言うと、彼女は手綱を強く打ち付け、馬を加速させた。


迫りくる魔獣から逃げるように馬を走らせ、追いつかれれば隊長は剣を切り抜き倒す。


俺とミアは確かに剣を持っているが、この状況ではお荷物もいい所であった。


「道がない。馬では無理だ。降りろ」


数十分の後、あたりは確かに木の険しさを増している。


「ここからは私だけではお前たちを守ってやれない。

剣士なら、己の道は切り開いて見せろ」


そうして俺たちは真に、森へと足を踏み入れた。


まだ日が高いと言うのに森の中は暗い。

木々の陰によって異様な涼しさと、獣臭が漂っている。


はやる鼓動と、震える足。


人間は死の危険を感じるほどに、生きた実感を持てるらしい。


「ねえ、大丈夫?」


「ああ」


ミアは相変わらず不愛想だ。緊張とかしないのだろうか。

だが俺の様子から何を感じ取ったのだろう。


「私たちの冒険だ。ここから始まる」


ああ、こんな時でもその目は輝くのか。

そうだ、俺たちの冒険の第一歩である。


生きて、生きて、生きて。


そんでクリスを助けて、また日常を取り戻す。


俺も前を向く。


「行こう」


そうして俺たちは、真に森へと足を踏み入れた。



——————————


森に入って数十分が経過した。


目的地まではおよそ一キロと言ったところ。


迫る魔獣を何とか倒して、前に進んでいた。


やはり、隊長の剣戟は凄まじい。力が強いか振りが速いとかではない。

いや確かに振りは凄まじく速い。


だが何よりも、まっすぐな剣筋は目を奪われる。

流れるような剣戟ではなく、きっちり、硬く、まっすぐなのだ。

まるで型に当てはめたようである。


だから、美しいではなく、地味で、しかしかっこいい。



「お前たち、もっと氣を纏え。お前たちのそれはただ薄く塗りたくってるだけだ」


「氣とは、なんですか?」

「あんたそんなのも知らないの? おじさんよく言ってるじゃない」

「え? ほんと?」


いやいや、そんなこと聞いたことないぞ。


「ほら、もっと溜めろ、とか一か所に、とか言ってるじゃない。あれよ、あれ」


「いや、それ力のこととばかり思ってたんだけど」


「それも間違いではない。力とは、筋力と氣を合せたものだ」


なるほど、いまいちわからん。

そもそも氣と言うのがよく分からない。


「氣と言うのは体中を巡っている魔力の一種だ。

魔力は二種類あり、魔法を生み出し外界に働きかける体内魔力、そして体自体に働きかける体循魔力。つまり体循魔力が氣の正体だ。

魔力と呼ばれているが、本質は全く異なるがな。

お前は体内魔力が空っぽだが、体循魔力はある」


「なるほど」


そして、再び歩き出す。


「つまりは、その氣をより凝固に硬め、そして剣戟の瞬間に研ぎ澄ますのだ。

氣を固めれば防御力も上がり、そして身体能力が増大する。厚く硬めれば固く、集中させれば鋭く速く。

————こんな風にな」


突如横の草陰から飛び出した魔獣を一刀両断して見せた。

確かに、俺がどれだけ振っても届かないような速さと鋭さである。


「氣の境地に立ったのが剣王サルハダットであり、大英雄アルデアなのだ。

お前たち、死ぬ気で励め。でないと——死ぬぞ」


その言葉と共に、再び魔獣の大群が襲い掛かる。


——————


「ちょっと待て」


順調に進んでいたら、隊長が突然空を睨んだ。

ドラゴンはと言うと、それを徘徊するだけで、攻撃はしてこなかった。


「待て、まずい!! お前ら逃げろ!!」


隊長はすぐさま走り出す。

何事歌と見上げれば、そこには隕石と見紛う炎の玉だ迫っている。


「やばいやばいやばいやばいいいい!!」

「叫んでないで速く走りなさい!!」

「ひいいいっ!!」


怖い怖い怖い。


「おかしいおかしいい!! なんでドラゴンがいきなり火吹いて襲ってくんだよおお!!」


火の球が降り注いでいるのである。


これは火の雨なんて生易しいものではない。


火の隕石だ。

ぼかぼかと地面を爆破させながら、あたりを焼け野原に変えていく。


このままでは死ぬ。

絶対死ぬ。

間違いない。


すると、背後で大きな何かが着地する。どすんと地鳴りが伝わってきた。


「おいおいおい……」

「……」


なんと火の球が収まったかと思えば、次はドラゴン直々にお相手しようという魂胆らしい。


制空権を捨て、地上での戦いと行こうか、みたいな感じなのだろうか。


「お前たち、行け。私に任せろ」


俺たちが全速力で逃げ惑う背後で、隊長がそう言った。


俺たちにできることは何もない。


ただ、ドラゴンの雄たけびと、剣戟が繰り出す甲高い音だけを背後から聞き、足を回した。



———————



死にかくない死にたくない死にたくない。


「はぁっ」


まずいまずいまずいまずい。



どうしてこうなった?



いや今どうすればいい?


「はぁっ、ぁっ、おいミア!! 頼むから目を覚ませ!!」


「ぅ……」


俺はミアを抱え全力で走っていた。

息が切れることなどお構いなしに、足を回す。


後ろからは魔獣の群れが迫っている。

やばいって。さすがにやばい。



全ては隊長が居なくなったのが原因だ。


隊長がいなくなれば魔獣を抑えるのは厳しくなった。


そして案の定、ミアは俺より大勢の魔獣を相手し。


そして肩と首の間を噛み付かれた。


傷をちらりと見るが、血で真っ赤に染まり、微かに白い骨が垣間見えている。


ミアはそのまま意識を失った。


出血がひどい。

それに息も浅い。


本当にまずい。


クリスがいるであろう場所はすぐだと言うのに、このままでは魔獣に追いつかれて死ぬ。


「ぁ」


しかし、目線の先に木はない、ように見える。

およそ、あそこを抜ければ、森も抜ける。抜けれるかもしれない。


森を抜けたら結界だって作動するかもしれない。


そうだ。あそこまで頑張れ。生きろ。


そして、切れる息で無理やり酸素を吸い込み、はち切れそうな足を無理やり回した。


よし、森を抜け——————


「ってうおああああッ!!」


そこは崖だった。


俺は止まるまもなく崖から飛び降りてしまったようだ。


謎の浮遊感の正体は、俺が現在進行形で宙にいるからだろう。


ああ、鳥ってこんな気持ちなのかな。


なんか、逆に心が安らかに。


なんかすげえいい気分——————。


そうして俺の意識は途切れた。



————————————————



「——ぃちゃん。にいちゃん」


「ぁ……」


温かく心地よい。この時間がずっと続けばいいのにと思う。


求めた声に呼ばれ、目を開く。




そこには、少女がいた。


いとおしい少女である。





「クリスッ!!」


俺はすぐにクリスを抱きしめた。

ああ、確かにクリスがいる。この暖かさは確かにクリスである。


死んでいない。生きている。確かに生きている。


「苦しいよー」


「ぁっ……」


俺は震える唇を抑え、溢れそうになる涙を堪えた。

そんな姿見せるわけには行かない。俺は兄貴なんだから。


「お、お前っ……なんでいきなり居なくなんだよぉ」


「……ごめんね」


クリスは泣きそうな俺の頭を優しく撫でた。


「なあ、帰ろうぜ。家は爆発してなくなっちゃったけどさ、帰ろうぜ。父さんも母さんも待ってるからさ」


そうだ。これで一件落着なのだ。

クリスが無事で、そしてみんな無事なまま帰る。

それで再び日常がやって来る。


「また今まで通り、暮らそうぜ」


今まで通り、毎朝ララが俺たちを起こそうと布団を取り上げる。それでまだ眠いと駄々こねるクリスを布団から連れ出して朝ごはんを食べるんだ。

それが終わればミアと遊ぶ。剣を交わしたり、魔法を学んだり、探検したり。

ミアは俺のことバカにして、それに俺が怒って、クリスはそれを見て笑う。

そんでお腹がすいたらララの昼食を食べに戻るのだ。

午後はララと一緒に庭の草むしりしたり、近くの畑の手伝いに行ったり。

クリスは虫が気持ち悪いとか言って泣くけど、ミアがそっと抱きしめてあげて、クリスは泣き止む。

そんな姿が姉妹みたいね、とか言ってララが微笑むんだ。

それでミアとは暗くなるくらいでお別れして、夜はジークが帰って来る。

夕飯一緒に食べて、またジークがララを怒らせて、それを俺たちが笑う。

ジークはそれでもヘラヘラして俺たちを抱きしめてくるんだけど、ジョリジョリの髭が気持ち悪いって、クリスに言われて涙目になるんだ。

寝る前にはジークとララが本を読み聞かせてくれるんだ。

それでも安心して、眠りにつく。


そんな一日。


それをまた送ろう。


あ、そうだ、ミアはどうしたんだっけ。


辺りを見渡すと、そこにミアはいなかった。


「み、ミアは!?」


「お姉ちゃんなら大丈夫。ちゃんと、生きてるから」


「なんでそんなこと……」


なぜだか、クリスが遠いように思える。

その面持ちがどこか見慣れないのだ。


「ここはどこなんだ? 夢じゃない、ないよな」


当たりを見渡せど何も無い。しかし居心地は悪くない。


「ここは妖精王の住処なの」


「妖精王?」


「そう、わがままで、捻くれ者で癇癪もちの妖精王」


何故、クリスがそんなことを知っているのか。


心のどこかで何かがざわめいている。

何か、日常が、遠いように感じるのだ。つい一日前まで続いていたのにもかかわらず。


「妖精って……それにどうしてお前はここに……?」


見た感じクリスに怪我は無い。

無事だ。健康そのものである。


森に入ったというのにどうして無事なのか。

初めて森に入り理解した。魔獣に遭遇しないというのはムリな話だ。魔獣はどういう手段か、俺たちを探していたかのように見つけ出し、そして襲ってきた。

だからクリスが森で一度も魔獣に出くわさないとは考えられない。

それに逃げ切れるとも考えられない。


「お兄ちゃん」


「ん?」


「私、帰れないや」


「え……?」


なんで。そう聞こうとしたが、その言葉は出てこなかった。

クリスの顔である。

その何かを諦めたような悲しさを隠すように微笑む表情である。

俺が知ってるクリスはそんな顔しない。


クリスはもっとまっすぐ笑うんだ。

そして気にくわなければすぐ泣くんだ。


決して、感情を押し殺して、真意を隠すような子じゃなかった。


「私はここに残るの。残ってしなきゃいけないことが出来たの」


「……」


「だから兄ちゃん」


クリスは後ろに手を組み、健気に笑って見せた。


だめだ。手放してはダメだ。

諦めてはだめだ。


何かが終わる音がした。それはパリパリと音を立てていた。


時間だったり関係だったり命だったり思い出だったり、未来だったり。

それらにヒビが入って割れる音だ。


「なぁ、いつもみたいに俺を頼れよ! 一人ですることないだろ?! また、助けを求めたっていいんだ……」


クリスは首を横に振った。


「ダメなの。それじゃダメなの」

「なんでだよ!!」

「言えないよっ!!」


クリスの怒声が鼓膜に響いた。


これはいつもの癇癪じゃない。

へそを曲げて布団にくるまって、でもご飯の時間にはひょっこり戻ってくる、そんな子供の癇癪ではない。


「今までも、これからも。私は兄ちゃんに助けられすぎたんだよ。だから、次は私の番なの……」


「じゃあ、なんで……」


なんでそんなに悲しそうなんだよ。


クリスは涙を拭い、そしてまたあの微笑みを作った。

七歳とは思えないほどの含蓄のある笑みである。


この子は本当にクリスなのか?


俺には全くの別人に見えてしまった。


彼女は俺の手を握り、そして目の奥底を覗き口を開く。


「今まで楽しかったよ。

いつもいつもにいちゃんの背中追っかけるのが好きで、真似するの好きで……大好きで。

パパもママも大好きで、お姉ちゃんも大好きで。

でもきっと、私はお兄ちゃんの妹なら丸ごと幸せだったんだと思う」


宝箱を開いて、宝物を眺めては微笑むような、そんな儚さを灯っていた。


多分この子は俺が知るクリスでは無い。


「だから欲張りになっちゃうんだよ。欲張って、押し付けて、守られて……それで大人になるの」


何も具体的なことは言わなかった。

その言葉に意味を見出すのは、きっと難しくて、だけどきっと明確なのだと思う。


「明日の私は、今日の私よりきっと悪い子なの。いや、もしかしたらいい子なのかもしれないけど、きっとそれはそうするしか無かったんだよ」


「……なに、言って」


彼女がどこを見通してるのか、俺には分からない。



「あの夜空の下、私に勇気をくれてありがと。

手を引っ張って、守ってくれてありがと。

全部、ぜーんぶ、隠してくれてありがと。


だから、もういいよ」


何がもういいのだろうか。

俺はまだ何もしてないというのに。


「だから、兄ちゃんは進むだけでいいんだよ」


「どこ、に……」


どこに進めというのだろうか。

クリスを守るという約束が、目標が、叶えられていないにもかかわらず。


俺がこの世界に生まれ、志し続けた目標が今、瓦解しようとしている。


そんな今、俺に何を目指せと言うのか。



「———十五年後の、その先の世界へ」



何を言ってるのか分からない。目指さずとも十五年以上経てば、十五年より先には行ける。

一緒に笑って過ごせばいいじゃないか。


「お前は何言って———」


「ばいばい、兄ちゃん。私きっと、今お別れしなきゃ、もっと一緒にいたい、ってなっちゃうもん」


クリスは握った手を離し、跪く俺を見据える。


世界は光に包まれる。

ああ、だめだ。

クリスにそんな顔させちゃだめだ。

それに約束だってしたじゃないか。

守るって、一緒に冒険するって。


俺は手を伸ばすが届かない。

その頭をもう一度撫でさせてくれ。

頼む。


もうどこにもいかないでくれ。


「待ってくれええ!!!!」


届かない。

届きそうもない。


「大好きだよ兄ちゃん。

だから、いつかさ。

私のヒーローの兄ちゃんがさ。

私の大好きな兄ちゃんがさ。


私を守り続けてくれた()()()がさ。


私を———助けてね」


あぁ。


いつか、お前を。

必ず助ける。


神を敵に回そうと。

運命が邪魔しようと。


だからそこで待っててくれ。


必ずその手を握り、幸せ過ぎると、満足だよと、笑わせてみせる。



そうして、意識は途切れた。









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