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第一章 9 『勇ましい者』


「っはッ!!」


目を覚ますと、すぐ横にはミアが居た。けがはひどいままであるが、息はある。


辺りを見まわたすと、すぐ目の前には崖があった。


およそ俺たちはあの高さから落ちてきたのだろう。


しかし死んでいない。


と言うことは……


「クリス……」


あの夢のようなものは、夢ではないのだろう。


状況は最悪にある。

辺りは森の中の森。


瀕死の少女と、剣一本。

俺の剣はどうやら落としてしまったらしい。

ミアの剣しかない。


それに……


「この匂い……焦げ臭い?」


俺は立ち上がり、助走をつけて崖を中間ほどまで駆け上がった。

辺りを見渡すためである。


このくらいの高さなら、ある程度遠くまで見えるだろう。


「は? え、待って。え……?」


信じられない。

信じてはいけない。


無数のドラゴンが森を焼き尽くしていた。

舞い上がる灰と、そして燃え上がる木々。


それはまさに地獄であった。


遠くには町もある。

いや、あれはもう手遅れだ。


大きな炎と煙が上がっている。


——————ゥォオオオオオオオオッッ!!!!


「————ッ!!」


強風と共に、頭上に現れた怪物。

それは紛れもないドラゴンであった。


こちらを絶好の獲物とばかりに見据え、舌をたらし、皮膚からは高温のガスが噴き出している。


すぐさま崖を駆け下り、ミアを担ぐ。逃げるしかない。


「ぅ……あなた……」


ミアはうっすらと瞳を開き、俺を見た。


「大丈夫だ。俺が、お前を守る」


守る。

もう嘘にはしない。


いや守って見せる。

必ず。



俺は全速力で走った。向かう先は崖とは真逆。

街へは崖を上らなくちゃならない。

しかしあちらからドラゴンが迫る。


「くんなくんなあああッッ!!」


どこに町があるかは話分からないが、もうそんなこと言ってられない。


「ヴオオオオオオッッ——————!!」


背後から死の予感がした。

振り返ってる暇はない。


横へと飛びのく。



俺がいた場所。

そこへ一直線に炎のブレスが通過し、地面を溶かしていった。


「は?」


ふと、自分の肩が視界に入った。

子供にしては鍛えられた肩だったと思う。




だが、今は肩の上部がぽっかり無くなっていた。




「ぃぐあああいいあッッッ!!」



燃えるような痛み、否、ドラゴンの炎の玉によって一部が溶けてなくなり、死んでしまいたいと思うような痛みが走る。


肉が焼ける匂いと、溶ける肌と筋肉。


「ぃちく、しょおおおッッ……」


なおものしのしと迫るドラゴン。

まともに喰らえば、死ぬ。


これは紛れもない死の予感だ。


「ち、ちくしょうッ!!」


ドクドクと鼓動が速まる。


死をここまで近くに感じることはあっただろうか。

この感覚は前世で死んだときと同じだ。


「ちくしょぉ……っ!!」


この背筋から凍りそうになるほどの恐怖と、

逃げ出してしまいたいと思ってしまう心の弱さ。


なにか間違えば、人生が終わる。

積み上げた努力も、育んだ幸せも。

守り続けた思い出も、大切に結び付けた関係も。


今まで、俺が俺であるために、生き続けた証拠が。


何もかもなくなってしまうのだ。


一つのミスで決まる。

もしかしたら、石につまづき転ぶことかもしれない。

ほんの0・0001秒回避の反応が遅れることかもしれない。


何で死ぬか、分からない。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


突如、心の底が凍てついた。


「ぁああぁあああ……!!!」


叫んだ。

泣きたい気持ちを殺して叫んだ。

そして、走った。

走って。

走って。

逃げて。

跳んで。

転んで。


生きたいと叫んで、守りたいと口を噛んで。

無力だと嘆いて、変えたいと願った。



走って走って。

転んで。

立ち上がって。


前を向けと心に鞭をうち、走り出せと足を回した。

死にたくないと唾を吐いて、死ねないと泥水を啜った。


生きるために。

ここに生まれてきた。

転生してきた意味を、見出すために。



走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って走って————————。


どれだけ走ってもドラゴンは追って来て、どれだけ巻いてもドラゴンは追ってきた。



気付けば森を抜けていた。



そこに町が在ればまだ救いだったのかもしれない。


誰か人がいればまだ希望はあったのかもしれない。


だが、そこにあったのは、



「なん、だよ……これ……」



俺の目の前には崖があった。

いや、崖と言うには生易しいものであった。


崖には必ず底があって、だから、淡い希望がある。飛び降りてももしかしたら助かるかもしれないと思える。


だが、目の前の崖に底はなかった。


なぜか。


それは、これは崖ではなく、端であった。

真下に広がるのは空で在り、同時に、ここが()()()に存在している場所であることを示している。


なんでここまで来たんだっけ。

なんであんな無様に逃げてたんだっけ。

血を流して、涙流して。

小便漏らして、鼻水垂らして。



なんでこんな必死に生きてんだっけ。




「ぅ……」


視線をミアへと向ける。

彼女の肩は、無惨にも肉が見え、骨の白さが垣間見える。


衣服には大量の血が付着し、今も尚、血が流れている。


これが、俺が生きる理由だったのか。



俺はミアを見て、そして視線をドラゴンが来るであろう方向へと移す。


「ミア、借りる」


俺はミアの腰に下げられた剣を引き抜く。


左腕に力は入らない。溶かされた肩は断面が焼けたおかげか血は止まったが、痛いを通り越して感覚が無くなってきている。


「いき、て……あー、く」


彼女はそうこぼした。

全くひどい女だ。今まで名前なんて頑なに呼んでくれなかったじゃないか。

いつもツンツンして、無愛想で、嫌味なやつ。

今、そんなこと言われたら…………。


俺はミアの隣を通り過ぎる。


逃げ場はない。

引けない。

負けれない。


ドラゴンはのしのしとこちらやってきた。

口から炎を漏らし、そして、目を狂わせながら。

俺はミアの前に立ち、そして強く剣を握った。


後何度、この世界の空気を吸えるのだろうか。


後何度、彼女らを想うことができるだろうか。


後何秒、俺は生きることができるだろうか。


「こおぉおいやあああああああああ!!」


喉を潰し声を張り上げる。

逃げてしまわぬよう。

折れてしまわぬように。


この子だけでも守れるように。

あの子だけでも救えるように。


地を蹴った。


体からあふれる力を足に集中させ、そして爆発させる。


凄まじい速さでドラゴンに迫り、それはドラゴンでさえもとらえられなかった。


風となってドラゴンの足に剣を滑らす。


「ヴォオオウウウ……ッッ」


硬すぎる皮膚に一筋の亀裂が入るが、さして致命傷にはならない。


俺は止まることなく走り続けた。木を蹴り、地面を蹴り、振り回される岩のような尻尾を剣で受け流しながら。


「ぅううううッ!!」


少しずつ少しづつ、足を切っていく。

膝の裏、そこを何度も切っていく。

一撃では無理でも、同じ場所を切り続ければいつか切れる。


「ヴァアオオオオッッ!!」


ドラゴンはぶんぶんと尻尾を振り回し、俺が距離を置いたすきを狙い火を吐く。


回避越しに腕が焼ける。だが、今更火傷ごとき気にしない。


躱して躱して、削いで切って。


首に潜り込むのはムリだ。

俺の速さじゃ無理だ。


だがこうやって足を切り続ければ勝機はある。


「うおおらあああッッ!!」


俺の一撃でドラゴンはガクッと体勢を崩す。

右足の腱が切れたようだ。


これは紛れもない隙だ。チャンスだ。


勝つんだ。


俺は走る勢いで地を蹴り、跳ね上がった。


勝つんだ。


空中でドラゴンの背を見下ろし、そして、体重と共に剣を振り下ろす。


勝つんだ。


狙うは首。

これなら断てる。


勝つん———


「っ………!!」


突如、視界が歪む。


ドラゴンはノールックで首を空中で振り回し、切りかかる俺をたたき飛ばした。


ばきばきと骨がきしむ音がした。

あばらが俺、そして飛ばされた勢いで木にぶつかる。


え?


「かふっ」


血の塊が口から零れた。


え?


痛い痛い痛い。


痛くないのが痛いのか痛いのが痛いのか。


なんでここにいるのか、ここはどこで、あの子は誰だったか。


え?


あの化け物がドラゴンで、ドラゴンがあの化け物で。


あれ、俺って受験どうなったんだっけ?

手応えあったんだよな。だから、これでようやく終わる。

そういやまだ弁当洗ってなかったな。早く洗わねえと。

後そうだ。母さんにお礼言うんだった。なに忘れてんだよ。ばか。

ほら、それに誓ったじゃん。

大事な人を大切にするって。


もう後悔しないって。


あれ? 

俺なんで後悔したんだっけ。

ああそうだ。俺一回死んでんだった。


あれ?

大切な人って誰だっけ? 


ああ家族だ。そんであの不愛想なクソガキだな。

可愛いが可愛くねえんだ。いつもつんつんして、俺に当たりきついんだよな。


ってまて。

あれここって。


思い出した。

動かねえと死んじまう。


ドラゴンのやつこっち来てる。


「ぅ」


動け。動け。

動け。動け動け動け。


「ゔああぁあああ!!」


俺は木に持たれながら立ち上がる。左手はもうだめだ。折れてる。


右手には剣を握ってる。まだ使いもんになる。


あの子だけは。守る。

俺が負ければ、あの子も死ぬ。


俺は足と右手に力を集めた。

集めて、固めて、研ぎ澄ます。


折れた骨を補強して、切れた腱を紡ぎなおす。


そして、狙うは首。首しかない。


この体だと、もう一振しか持たない。


この一振りにすべてをかける。


体がどうなろうと、構わない。


息を吐き、そして構える。


「ふぅ……——————っ!!」


俺は駆けた。


ドラゴンは口から炎を吐き出す。


大きく避ける暇は無い。

そんな暇与えたら、勝機はない。

こいつが火を吐いている隙を狙うしかない。


俺は地を蹴り、一直線に飛んだ。


頬と胸のすれすれを炎が通り過ぎる。焼けるが気にしない。



「っ」


そして身を低くして、首元に滑り込み。


そして、全体重と力を一点に込める。


俺のこの人生と、この想いを乗せる。


ツルギの先。


この岩よりも硬い首を、一刀両断するため。


大きく天に剣を構えた。


力を集中させ、いや爆発させる。


指から次第に崩れ落ちていく。

膝が力に耐えきれず爆発し、肉が飛び散るが、されど構えは崩さない。


体のリミッターを外さない限り、決して切れないのだ。


ぶちぶちと肉がちぎれ、ボキボキと骨が折れていく。


口からどす黒い血が吹き出す。


奥歯を噛み締め、覚悟を決める。


「んッッ!!!!!」



俺は剣を振り下ろした。




——————————






「みあ……」


芋虫みたく這いつくばり、そして白髪の少女の元へと行く。


足も腕ももう動かない。


だがいい。


守れたんだから。


後ろには頭が落とされたドラゴンの死体がある。


俺はミアの横に寝た。


相変わらずきれいな顔だ。

肩からの出血がひどい。

骨がむき出してるし、これは後遺症が残ってしまうのではないのか。

それは残念だ。

剣に支障が出るかもしれない。


だが、気分が良かった。


この子を守れただけでよかった。


俺の手で、俺の剣戟で、この子を守れた。


「ごめんな……ミア……」


折れた指で、彼女の頬をなでた。


「でも許してくれ……」


もう無理だ。これ以上はムリだ。


今何が来ても、詰みだ。


「ヴォエオオオオオオオッッ!!」


「———っ」


上空で、ドラゴンがこちらに向けて雄たけびを上げた。


そしてこちらにすさまじい速さで追って来くる。


「ははっ、ついてねーなあ……」


もうだめだ。

俺はがんばった。


だから、この子と一緒に死のう。

それで満足だ。


そうだ。

俺はこっちの世界に来て頑張った。


柄でもなく頑張ったんだ。

目指すものしか見ず、突っ走ってたんだ。


前世の俺じゃ考えられない。


だから満足だ。

だろ?


これだけ頑張れば、前世の母ちゃんも許してくれるだろ。


だから、もう。


「ぅぐううぅぐぎいいい」


あれ、なんで俺立ち上がろうとしてんだ?


「ぎいいぃいいぐうっ!!」


ぶちぶちと体の何かが千切れる音がするが関係ない。

痛みなんてどうでもいい。


いやもういいだろ?


諦められねえんだ。


もう満足だろ?


まだ死にたくないんだ。


これまで頑張ってきただろ?


やるせないんだ。


これ以上頑張る意味、あるのか?


俺はこの世界が好きだったんだ。



「ぐううあああああッッ!!」


そして何とか立ち上がる。


剣を握ろうと力を入れるが、ぼとっと落としてしまう。


俺は拾うのを諦め、腕を広げた。


ミアの前で腕を大きく広げた。


この子だけでも守れるように。


「ふんッッ!!」


刹那、何者かがドラゴンに切りかかった。


するとドラゴンは、フラフラと墜落した。


「よく頑張った」


そこに居たのは隊長さんであった。


身体中に血を浴びており、頬にもべっとりと着いている。


隊長は倒れる俺を支え、そして寝かせた。


「あとは任せろ、と言いたいがさすがに無理か」


続々とドラゴンがこちらに迫る。

群れだ。群れがここに来たのだ。


さすがのこの人でも無理らしい。


すると隊長は俺にミアを抱かせた。


丁寧に俺の腕をミアの背中に動かしてくれた。


「その子を、絶対に離すな」


声はもう出ないから俺は頷いた。


もう感覚がない腕で、されど硬く抱きしめた。


すると隊長は俺たちを抱え、そして———


「生きるんだ。

生きて、生きて、そして抗って見せろ—勇者」


「ぇ……」


そう言うと、隊長は()()()()()()()()()()()()()


「ぁ……」


凄まじい浮遊感を感じ、しかしミアを決してはなさない。


どこまでもどこまでも落ち続ける。


落ちて落ちて落ちて落ちて。


どれほど落ちても底がない。


だってここは。



いや中立国()()()()()は。




()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




俺は落ちるなか、この浮遊する大陸を眺めてそう理解した。


俺たちはずっと空に浮かぶ大陸に生きていたのだ。





——————準備の時間は終わった。試練はここからだ。





何者がそう言って、俺をあざ笑った。


どうして俺は転生したのか。

誰が俺を転生させたのか。


ラノベや漫画見たく、何の変哲もない男が死んでそしてやり直しの権利を得る。

運よくチート能力を手に入れ、バッタバッタと敵を倒し、仲間から慕われる。


そんなクソみたいなこと起こるわけがない。


そいつが前世で何をしたというのか。

どれほどの偉業を成し遂げたと言うのか。


何も成し遂げてはいないじゃないか。


それなのに、運よくやり直して、苦労もせずに無双?

そんなバカげた話があるものか。


そんなのただの妄想だ。


一生懸命生きた者への冒涜だ。


だから、やり直すにはそれと見合った対価が必要なのだ。


()()()()()()()()()()()()、そう思い知る程の後悔が必要なのだ。



俺は勇者に憧れた。


どんなに挫折しても立ち上がり。


何度負けても立ち向かう。


どこまで絶望しようが前を向く。



そんな一本の折れない剣のような人間になりたい。



だから、神よ。


俺を遊び半分で転生させた神よ。


転生しなければ、なんて後悔してやるものか。


この程度の絶望、何度でも乗り越えて見せる。


家が焼けようが、妹が居なくなろうが、肉が溶けて、骨が削れようが。

勝てるわけが無い敵と、満身創痍の状況でも。


お前からの試練など、容易く突破してやる。


困難な障壁などぶっ壊して進んでやる。


それで幸せを手にしてやる。


俺が満足して、みんなも満足できる、夢みたいな幸せを。


そして、掴んで離さず守って見せる。


転生してよかったと笑いながら死んでやる。


お前になんか決めさせない。


お前になんか決める力は無い。


この世界は、全部生きるものが決めるのだ。


だから、神。いや、見とけよ馬鹿が。






————神はサイコロを振らない。






————だったら俺が、振ってやる。







次回の『第一章 章末』にて第一章完結となります。

これまで拙い文をお読みしてくださった方々誠にありがとうございました。

どうか、最後までお付き合いして頂けると助かります幸いです。


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