後編
後編です。
前編を読まれた方はぜひ最後までお楽しみください。
では、どうぞ……
★
「綾乃!」
俺はその声とともに飛び起きた。え?夢、か……。でも最後のあれはなんだったんだ。綾乃が出てきて、それから……。い、いや、アレは夢だ。現実じゃない。絶対に生きてる。そう信じたかった。
「ふぁぁ~」
義之が目を覚ました。
「おはよっす」
「おう」
のんきなやつだな。俺の夢の中でもそうだったんだが。
「山梨、おい。起きろ」
「ん?ふぁぁ~」
義之と同じくらい大きな欠伸だな。
「おはようさん」
「ん?ああ」
山梨はまだ寝ぼけているようだった。普通なら俺が昨日、あんな夢を見て疲れているはずなの
に、なぜか一番元気だ。それに夢の内容もはっきりと覚えている。これも普通じゃないぞ。
「腹へったな」
義之が呟いた。
「そういえば俺も昨日から何も食ってない。冷蔵庫には何か入ってないのか?」
「まあ、あることにはあるが、でも少ないぞ。俺たちがここを見つけた時から使ってたからな」
山梨が言った。少なかろうと何だろうと、俺は食べてない。なぜ今になっていきなり腹が減り
出したのかわからない。夢の中では、ホテルの飯を食ったんだが。
「お、パンとチーズ、それから酒?があったぞ」
「何でもいいから何かくれ」
義之が言った。
「ちょっとまってろ。今、皿に分ける」
「ああ、たのむよ」
三人で軽く朝食をとったあと、探索の準備をし始めた。地図をテーブルの上に広げる。今、居
るところは集落から少しはずれた一軒屋。倉庫や物置の方が、家より多い。細長い道沿いに建て
られている。地図で言うと一番下の所から左横に道が伸びていた。この地図を見つけた倉庫の
近くだ。その道に入るとすぐにつり橋がある。その先は昔炭鉱があった場所だ。
先へ進まず一軒家から戻って見てみると、俺がここに来るまで探し回ったあの商店街や焚き火
跡の広場も載っていた。とりあえず探したところ、この二つの場所にはいなかった。とするとさらに先へ進むしかなさそうだ。拠点はこことして行動した方がいいだろう。
「さて、どうするか」
山梨が言った。
「とりあえず先へ進んで見ないか?わかる範囲で」
「そうだな」
「こ、このつり橋はだ、大丈夫なのか?」
義之が戸惑いながらも聞いてきた。
「ん?大丈夫って何が?」
「だ~か~ら~、落ちないかってことだよ」
義之がさらに説明した。
「そうだったな。忘れてた」
山梨が言った。
「何を?」
「義之は高所恐怖症だ」
そうだったのか?まあ、そんな雰囲気は前から出てたんだが。
「まずはその橋を見てみないと分からないな」
山梨がそう言って立った。
「よし、行こう。義之、いつまで座ってんだ?」
俺は義之を立たせると、先に行った山梨の後に付いていった。外は相変わらず雨だった。
地図にあったつり橋を山梨が見つけると、俺たちも後に続く。少し古めの橋だったが、落ちる
ことはないだろう。下からの高さは十五メートルくらいだったが、こう見てみるとけっこう高いもんだ。おまけに霧が出ていて視界が悪い。それに雨もさらに強くなってきた。
「早く渡っちまおうぜ」
「ああ、そうだな」
俺たちは急いで。いや、ここは誰かが先に行って様子を覗うのがいいだろう。
「ちょっと待ってくれ。先に俺が渡って様子を見る。あとから山梨を義之は来てくれ」
「そうか?大丈夫か?」
「そ、そうしてくれ……」
山梨は心配してくれたが、義之は高所恐怖所のため俺が先に行ってくれとのことだ。
前を確認しながらゆっくりと渡り出す。
突然、ガタッっと橋が揺れた。何だ?
「おい、山梨おどかすなよ」
後ろを振り向いて言う。霧のせいで姿は見えない。
「何言ってる?何もしてないぞ?」
山梨から返事が返ってくる。
じゃあ義之か?あいつめ自分が怖いからって俺たちにまでそれをわけなくても。
そう思って前に振り向いた瞬間、あの時、俺たちが見た村人が……
「う、うわぁぁぁ!」
村人は俺に襲いかかってきた。俺は一瞬何が起こったのかわからなかった。義之と山梨の声を
聞いたような気がする。俺は体勢を崩し、下に落ちた。いったい何が起こったんだ?そして激しく地面に叩きつけられた。また一人ぼっちか……俺は薄れゆく意識の中でそう思った。
どのくらいの時間が経ったのだろう。俺は生きていた。あのつり橋から落ちて、奇跡的にも生
きていたのだ。運が良かったというか。しかし激しく体を打ち付けたことは間違いない。体中が痛んだ。くそ!いったいどうなっちまうんだ?俺は手を壁において、よろよろと立ち上がる。橋の下、今いるここは岩に囲まれている暗い空間だった。壁の横にちょうど、洞窟というのか炭鉱なのかわからないが、その入り口がぽっかりと開いていた。
この崖を上にあがるのは無理だ。しかたなくその洞窟か炭鉱かわからない。まあ、たぶん炭鉱だろう。そこに入る。ここからどこかへ行くとすれば、道はそこしかなかった。
「いったい、どこまで続いてるんだ?」
足元に気を配りながら、奥へ進んでいった。暗く、重い雰囲気を漂わしている炭鉱は一人だと
心細い。道も複雑に曲がっていたりする。こんな時に綾乃か沙耶、それとも山梨と義之がいてくれればいいのだが……未だに綾乃と沙耶は行方不明、山梨と義之とは逸れてしまった。どうすればいい?俺は一人で考えていた。
「ん?」
ふと、足元にカツンと何かがあたった。下を見ると、ピッケル?作業用のモノらしい。それが落ちていた。やっぱりここは炭鉱なんだ。今となっては使われていない古い炭鉱。どこまで続いているのかはまったくわからないが。とりあえず足を進める。
「ふう」
一息付く。この辺で休憩しよう。座るところがないかと、あたりを見回した。
ドン!
その時、後ろで鈍い音が聞こえた。そして振り向く。炭鉱夫姿の男がピッケルを構えている。目のあたりを布で巻かれ、血が滴り落ちていた。こいつは?そう思った瞬間、男が襲い掛かった。躓きながらもそれをうまくくぐり抜け、俺は走った。
男が後ろから追いかけて来る。武器もない俺は逃げるほかなかった。戦うわけにもいかない。
男はおぼつかない足取りで迫ってくる。幸いなことに追いかけてくるものの、追い付きはしなかった。
しばらくして後ろを振り向くと、男の足が止まっていた。何だ?
追いかけてこない。奴はいったいどうしちまったんだ?でも、諦めてくれたと考えれば……
そう思って先へ進む。
どんどんと歩いていくと出口らしきものが見えてきた。やっとのことで外に出られたのだ。長いような短いような感じだった。
また、一人になってしまった。このループはいつまで続くんだ?それとも永遠に遭ったり、逸れたりして抜け出せないってことはないよな。
山梨、なんでこんな島に……
外に出ると、あたりは緑で覆われていた。木や草で覆われている。さらに真っ直ぐ道があった。空は曇っていたが、雨は降ってない。
それにしてもここは何処だ?ポケットの中にしまって置いた地図を取り出そうとする。だが……。ない。しまって置いたはずの地図がなかった。
おいおい、ないじゃないか。崖から落ちた時に、どこかにいっちまったのか?
まいったな……。心ではそう思いつつも、足を進める。とりあえず道は続いているのでまっすぐ歩くことにした。
まっすぐ進んで行くと、広い場所に出る。焚き火跡?ということは……
ここはあの古い商店のある村のはずれだった。沙耶と一緒に綾乃を探しに行った時の場所。たしか道が三つに分かれていて、前は正面の道を通ったっけ。ここに繋がってたんだ。あの時は確か血の跡をたどって、そのまままっすぐ進んだけど。とりあえずは戻ってこられたわけだ。でも、またここから一人で探さなければならない。
とりあえずアパートに行って見よう。綾乃か沙耶が戻ってるかも。少し休みたいし……
やっぱりつり橋から落ちた時の怪我は軽いものではなかった。奇跡的に動けたものの、歩き回っ
たので相当疲れてる。肉体的にも、精神的にも。今になって疲れとか痛みとかいう感覚に気が付
き始めた。
ゆっくりとした足取りで商店のある村へ進んでいく。村は依然として静かだった。奴らが潜んでいるのか?そういえば奴らはいったいどこにいるんだ?奴ら。狂ったあの奴らだ。たぶん村人だったであろうものなのだが。どこかに隠れているかもしれない。注意して行こう。
とりあえずは綾乃と沙耶を期待してアパートへ向かう。
アパートの四階。ドアの前。たぶん居ないと思う。というか居ないだろう。でも、入ってみよう。スッと入り口を開けようとしたその時……
ドカッ、ガンッ
鈍い音が部屋の中から聞こえた。おいおい、怪物でも居るのか?開けるのをやめて、そっとドアに耳をあてる。いきなり入るのもまずいだろう。いや、でも綾乃か沙耶が誰かに襲われた……というのもある。とりあえず、ドアは閉めておいて叫んだ。
「おい、誰かいるのか?」
……
返事が返ってこない。
「おい!」
もう一度叫んだ。
「け、けん、健二、か……」
声がした。
「誰だ?」
聞き返す。義之なのか?
「おい、何が……」
そう言いかけた時、扉が勢いよく開いた。
ガンッ
俺はよろける。
「おい!義之!」
飛び出してきた。いや、倒れ込んできたのは義之……全身血だらけだ。
「おい、何があったん……」
部屋のなかに目を遣る。
「よ、し、ゆ、きぃ……」
そう言ったのは奴だ。奴が居た。狂った人間。血まみれの包丁を持っていた。
「義之!」
彼をおぶさり、階段を駆け下りた。
「くそ!」
グウォォォォ~
奇妙な叫び声を上げながら、奴が追いかけて来る。急がなければ追いつかれる。俺は疲れていることも忘れ、走った。とにかく逃げるんだ。東の方向へ向かった。石段を降りて、倉庫の中へ。義之を外から見えない所に降ろし、その隣で壁によりかかって息をこらした。
ザ、ザ、ザ、ザッといった音が聞こえてきた。奴が追ってきたんだ。どうかここがばれませんように……神様。と思わず神に祈っていた。
ザ、ザ、ザ、
ザ、ザ、
だんだんと遠くなってゆく……。なんとかやり過ごしたようだった。とりあえず外の様子を覗う。奴の姿はない。またもや危機が去っていった。洞窟の中でも途中で追いかけてこなかったし。ってこんなことを考えてる場合ではなかった。義之が大変だ。
「おい、おい」
声を上げて言う。義之の反応はない。ちきしょう!どうすればいいんだ?義之がこんなことに。他のみんなはどこにいるんだ!焦っている。自分でもわかっていた。でも、本当に……
「う……」
くそ!あの頭痛だ。突然襲って来た。頭を抱える。キリキリと絞めつけるような痛み。やはり俺の頭は耐え切れずに気を失った。
「は!」
突然目を覚ます。痛みが治まってきた。
「おい、よしゆ……」
隣にいるはずだった……が、義之はどこにもいなかった。倉庫の中には見当たらない。そんな、あの怪我じゃ動けないはずだ。義之は何処かへ消えたのだ。そう思って起き上がる。周りを見ると、引き摺られたような跡が残っていた。血がかすれていて、外まで続いている。誰かにさらわれた……もしや、奴らに連れて行かれたのか?い、いやでも俺はここにいるし、もしそうだったら気がつかないはずがない。とりあえずはこの跡をたどってみよう。義之が何処にいるのか?みんなの手がかりも掴めるかもしれない……
倉庫から出て、血の跡が続く方へ歩き出す。港の方にそれは続いていた。
血の跡を辿って行く。港沿いの道へ出て、ゆっくりと血の跡が途切れるまで追っていった。やがて到着したのは砂浜。血の跡がここで砂に混じって掻き消されている。海の方を向いた。誰かが水に浸りながら倒れていた。あれは……義之だ!
急いで駆け寄る。
「おい、おい、義之!目を覚ませ!」
必死になって叫んだ。だが、彼の体は冷たく、ぐったりとしていた。それから何度も声を掛けてみたりしたが、まったく動く気配はなかった。
……
……
そんな……義之、嘘だろ?、おい!
「おい、たのむから……」
これは何の悪夢だよ……誰か、答えてくれ……俺は義之を抱えた。
「沙耶に何て言えばいいんだ……」
義之の返事はもちろんない。
「おい、俺はこれからどうすれば……」
……
……
あまりにも突然で、あまりにも納得がいかない。しばらくの間その場に座り込んで、悲しみと悔しさを胸に溜め込んでいた。普段はあまり泣かない俺だったが、この時ばかりは涙を抑えられなかった。
それから数分後、義之をおぶって港のほうへ歩き始める。こんな時、山梨がいてくれたら良かった。義之が奴らに殺されて、俺一人じゃどうしようもない。とりあえずは義之をどうするかだ。倉庫へ戻ろう。
義之を横たわらせて、俺も隣に座る。
「なあ、義之……」
……
答えるはずもない。俺も自然と言葉を失う。
「そう、だよな。お前は、もう……」
……
「義之、すまない。助けられなくて……」
ふと前に山梨と三人で寝た日を思い出す。状況ははっきり言って良くなかった。綾乃と沙耶が行方不明になり、おかしな奴らはうろついている。でも、三人、そう……三人でお互いを励ましあったから、乗り越えられたのに……今、俺は一人。山梨とはつり橋が落下した事故以来、行方がわからない。きっとあいつも俺たちを探してるのかもしれない。もしくは山梨も……い、いや大丈夫だ!そんなことがあってたまるか!
あいつは生きてる……そう思いたかった。それから綾乃と沙耶。あの二人も未だに手がかりすら掴めていない。どこで何をしているのか?早く二人にも会いたかった。
それから……もう一つ、思い出したことがある。島に来たあの日、絶対全員で脱出するって決めたのに……それはかなわなかった。
「俺も寝るよ……」
倉庫の扉を閉めて、寝る体勢になる。体はヘトヘトだ。疲れも相当たまっている。島に来てずいぶん経つけど、疲れはやはりとれなかった。寝る時もおかしな夢のせいであまりすっきりはしない。悪夢はもう充分だ。何も起こらないでくれ……そう思って眠りに落ちた。
★
ん?ここは?身に覚えのない場所だ。そうか、夢か……時々俺は夢を見る。それはあまりにも不可思議な夢。夢の中では自分の意識があり、自由に行動できる。今、居るのは夢の中だとわかる。また、夢を見て起きる。それが普通なのだが、この夢はいつも続きから始まるのだ。そして、夢から覚めても忘れることはない。今も覚えている。この夢はいったいなんだろう……
とにかく今日も夢の世界にいるようだった。
ここは病院?だとしたら随分古い病院だ。所々錆付いている。その病院の廊下に立っていた。静かすぎる。誰一人としていない。周りもうす暗かった。なんとか前は見えるもののなんとなく不気味だ。とりあえず進もう。
ゆっくりと前へ進んでいく。コツコツと自分の足音だけが廊下に響いた。まるでホラーアドベンチャーゲームの世界に迷い込んだみたいだ。一人で、考えて進んでいく。まさにその通りの状況だ。
カコンッ
後ろで音がした。ビクッとする。振り向くと懐中電灯が転がっていた。何かの拍子で棚から落ちたらしい。それを拾い上げる。何かの拍子に?でも、ここにいるのは俺だけ。地震も起きてない。ということは……
チリン……チリン……
何だ?今の音。鈴の音みたいな感じだ。懐中電灯が点くのを確かめて、廊下の先を照らす。誰か居る!今まで気が付かなかったが、誰かが立っていた。
「だ、誰だ!」
「……」
相手は答えない。
「おい」
と言って、そいつに近づいた。
声に反応するかのようにそいつが振り向いた。
「お、鬼……」
言葉に詰まる。そこにいたのは人ではない。白い衣装に身を包んだ鬼だった。体は人間のようだが、顔は人間ではない。昔話によく出てくるような鬼だった。
『勇士よ』
「え?」
『我に変わり、光届かぬ地の幻夢を滅せよ』
「な、なんだ?」
カァァァ……
その鬼が言葉を発すると、あたりが白くぼやけ始めた。
「うぉ!」
俺は何がなんだかわからないまま、目を閉じた。
★
数時間が経過。
……
……
「グ、ゴホッ」
隣で声がした。目を覚ます。ここは……現実。夢から戻ってきたらしい。
俺は手に何かを感じた。見るといつの間にか刀らしきものを握っている。なんでこんなものが?その刀は柄の部分に何かが彫られていた。動物?角が生えた動物が書いてあって、白く塗られている。
「グ……痛てぇ~」
え?俺はすぐに義之を見る。
「義之?」
彼は俺に寄りかかって言った。え?生き返った?おい、まさか!
「か、勝手に死なすなよ。ゴホッ」
「お前、生きてたのか!」
俺は信じられなかった。大量出血で、体も冷たかった。どう考えても助かる確率は低かった。
「そ、そんな顔すんなよ。グッ、生きてるぞ」
「本当か?」
「あ、ああ」
「ホントに本当なんだな」
「ゴホッ、そうだよ」
義之は生きていた。しっかりと話をしている。ホントに生きてるんだ。
「良かった……てっきり死んだのかと」
「ああ、一度は死んだのかな?」
「ん?おい、どいうことだよ」
「まあ、信じてくれるかは別としてだ」
義之がおぼえていることを話し始めた。
「まず、気を失った。その後はあまり覚えていないんだが、どこか遠くの世界にいたらしい。そこで不思議なことが起こった。目の前が白く染まって、気が付いたら現実に戻っていたってわけさ。隣にはお前が居たしな」
「なるほど」
「っていうかお前のそれ、なんだ?」
義之が刀を指差した。
「俺にもわからないんだ。目が覚めたら握ってて」
「世の中は不思議な事だらけだからな」
「え?」
突然の声に外に目をやるとそこにはある人物が……
「山梨!」
「そのとおり」
「生きてたのか?」
山梨と再会したのだ。驚きの連発だった。
「ま、俺に死なれてはお前も大変だろう?」
「あたりまえだろう!」
また二人が帰ってきた。心強い味方が。
「義之も生きてたのか」
山梨が壁に寄りかかる義之に言う。
「なんだよ山梨、俺が生きてちゃいけないのか?」
「いやいや、そういうわけではない。もちろん嬉しいぞ」
「山梨は義之と一緒じゃなかったのか?」
そういえばつり橋から落ちた時以来に会ったのだが、その時二人は一緒だったはずだ。
「それがだな、俺たちは奴らに襲われて、そこでいつのまにか逸れてしまったわけだ。つまり、三人バラバラにな」
「そうだったのか……」
うなずく。そんなことが遭ったなんて思ってもいなかった。
「しかし、義之よりお前がよく生きてたもんだ」
「そういやそうだ。つり橋から落ちたんだろ?」
義之も聞いてきた。
「なんとか助かったみたいなんだ。奇跡に近いよ」
「神のご加護というやつだな」
山梨がそう言って、俺の傍にあった刀を持つ。
「これも神のしわざか?」
「さあな?」
実際によくわからない。目が覚めた後に突然現れた刀。何かに関係が?そういえば夢の中に出てきたあの白い鬼。あいつは何だったんだろう。考えられるとすればその白い鬼が俺にこれを渡したとしか考えられない。でも、俺がこれを持って何を?確かあいつ……何か言ってたな、なんだったけ?よく思い出せない……
「山梨の方こそ何かわからないのか?」
しばらくして山梨が何かをポケットから取り出す。
「これを見てくれ」
山梨が持っていたのは手帳だった。所々破れて、汚れている。
「この島を訪れた探検家が残していったものらしい」
「この手帳……」
義之が何かに気が付く。
「そうだ。覚えてるか?三人で村の家に泊まった時、同じ手帳を見つけただろ?たぶん何人かで一緒に来て、全員が同じ物をそれぞれ所持していた」
そう言って裏を見せた。
『小川彰一(東部未開発島研究部・係長)』
「途中でこの手帳を見つけてな、この島に関する重要な手がかりが見つかった」
「なるほど。で?」
「まあ、まて。ここを読んでみろ」
山梨が指差した欄は汚れていたが、なんとか読めそうだった。
『この島には昔からのいわれがある……二人の鬼についてだ』
『大昔、鬼たちはこの島の神の様な存在だと言われている。だがある時、一人の鬼が密かに地に降り立ったのが始まり……それから恐ろしいことが起こった。鬼はまず村人に自分の分身を取り付かせ、次々と襲っていった。鬼、人々を苦しめたその鬼は「食夢鬼」と呼ばれ、人々の夢の中に入り込み、人をコントロールする。鬼の配下になった者達は、食夢鬼に捧げる特別な存在の生贄を探し求めて、地を彷徨う。これを止めようとしたのがもう一人の「生夢鬼」だ。彼は「食夢鬼」が地に降り立ってから数年間、戦ってきたが止める事ができなかった』
「なるほど。今の状況からしてこれは本当だな」
俺はそう確信していた。俺が見続けていたあの夢、そして夢の中に出てきた白い鬼……たぶんあれは「生夢鬼」。奴が言っていた言葉……くそ!思い出せない!
「お、おい、まだ続きがあるぞ?」
義之がページを捲る。
「そう、実はこんなことも書かれていた」
『八月二十五日、今日は寝てる間に夢を見た。食夢鬼に襲われたのではない。
はっきりとは覚えてないが、白い鬼が出てきた。奴は俺に向かってこう言った。
「幻夢を……」その言葉に誓い、探索を進めた』
「そうか!」
思わず叫んでしまう。
「いったい何がそうなんだよ?」
義之に言われ答える。
「幻夢を滅せよ」
思い出した。
「幻夢を滅せよ?」
山梨が聞く。
「ああ、そうだよ!これだ!夢に出てきた!この話と同じ白い鬼が」
「本当か?」
「ああ、本当だ。ということは、小川って奴も会ったんだ!この鬼に」
「なるほどな。杉並も同じ夢を」
山梨が腕を組む。
「とにかくその食夢鬼ってやつを倒せばいいんじゃないか?」
義之が言った。
「そういうことか!だから白い鬼……たぶん生夢鬼は幻夢を滅せよって言ったのか」
「だが、奴は何処に居る?」
「そうか……」
それがわからなければ倒しようがない。小川さんもそのくらいわかっていただろう。
「夢の場所にいけば手がかりがあるかもしれないんじゃあ」
義之が呟いた。
「杉並、お前が夢で白い鬼に会ったのはどこだ?」
山梨が手帳のページをめくりながら言った。義之の言葉を聞いて何かを感じたらしい。
「えっと、確か病院だった」
……
「ほう、やはり」
「どうしたんだ?山梨?」
「ここだ」
手帳の中ほどのページに簡単に島の地図が書かれていた。あのつり橋の反対側に病院がある。そこは赤鉛筆で印がされていた。
「彼もここへ向かったに違いない」
山梨がそう言って手帳をしまう。
「俺たちも行くのか?綾乃と沙耶はどうすんだよ!」
義之が立ち上がった。少しふらついていたが二人で支える。
「義之、奴らはもしかしたら二人を生贄にしようとしてるかもしれない……」
「その可能性はなくはない。まずはこの病院へ行って確かめよう」
山梨が付け加える。
「そ、そうか……」
義之も納得し、三人でつり橋があった村を目指すことに。刀を拾い上げる。俺はこの時思った。もしかするとつり橋から落ちて助かったのも、義之が助かったのも生夢鬼のおかげかもしれない……と。
階段を登って村に向かう。あいかわらず村は静かだった。そこから先へ進む。つり橋の前までやってきた。
「おい、変じゃないか?」
義之が突然言った。
「何が?」
「今までだと奴らに出会ってたろ?でも……」
「寝てるんじゃないか?」
「いや、それはない。奴らは生贄を探すまで働き続ける」
「え?ということは……」
「奴らが生贄を見つけたのかもしれん」
山梨がそう言った。
「おい、じゃあ……」
義之が嫌な予感を感じたらしい。俺も、山梨も同じだ。
「綾乃と沙耶があぶないかもしれない……」
俺たちはつり橋を急いで、でも慎重に渡りきった。
つり橋の反対に来るのは三人とも始めてだ。周りは木に囲まれていて視界が悪い。さらに霧まで出てきた。ますます視界が塞がれる。舗装された道が一つさらに奥へと続いていた。
「病院はこの先だ」
山梨が手帳の地図を開いて言った。
「行こう」
刀を取り出して、霧の中入っていった。二人が後から続く。
しばらくして建物が見えてきた。ついに到着したのだ。夢の中の病院にそっくりだった。所々錆付いている。外観は結構大きい病院だった。
「ここか……」
俺は入り口のドアノブに手をかける。
「杉並、早く行った方がよさそうだぞ」
山梨が言う。
「健二、行け!」
義之が言った。
「なんだ?」
振り返るとそこには驚くべき光景があった。霧が晴れていくのが分かる。まるで俺たちを待ち受けたかのように……
「き、きやがったか」
呟く。山梨と義之はそこら辺にあった棒を手に持つ。周りを食夢鬼の配下たち囲まれていた。奴らがやって来た。いや、戻ってきたというのだろう。数があまりにも多い。どこに隠れていたのかというほどに……
「早く行け!」
義之が武器を構える。
「じゃあ、これを……」
と言って刀を渡そうとすると山梨が止めた。
「それを食夢鬼の本体に使うんだ!お前が生夢鬼から受け取ったものだろう!」
「そ、そうか」
「それで奴を……」
山梨は無理やり俺を中に押し込む。
ガタンッ
扉が閉まった。
「お、おい、山梨、義之!」
開けようとしたが、開かない。くそ!全員助かるには山梨と義之がやられる前に本体を倒すこと。時間に猶予はなかった。急がなければ。
「すまない、二人とも」
そう言い残して、食夢鬼を探し始める。
そう思ったものの、奴は本当にここにいるのだろうか?もしかしてこれは罠なんじゃないのか?いいや、そんなことあってたまるか!山梨と義之はどうなる!ここに奴がいることを信じて探すしかない。刀を構えて慎重に進む。やがてロビーの扉を開けると廊下に出た。扉の前の壁に棚がある。その上には懐中電灯が置かれていた。この廊下、夢と同じ。懐中電灯をつけて前を照らす。前方に人影が見えた。
こっちにフラフラと向かってきた。
「おい、あんたは……」
労働者のような格好をした男。目を布で巻かれ、血が滴り落ちている。名札が付いていた。
「小川……」
そう……あの手帳の小川さんだったのだ。だが、残念なことに奴らの仲間になってしまった。
「あんたは果たせなかったんだな」
聞こえるはずもなく、変わり果てた男は迫ってきた。手にはナイフを持っている。
「ごめん、小川さん」
そう言って刀を向ける。目の前まで近づいて、ナイフを振り上げた瞬間を狙った。
ズッ
彼の腹に刀を突き刺した。
シュウゥゥゥ~
その時、彼の体から青白いものが刃に吸い込まれていくのが分かった。そして引き抜く。自分でも驚くほど冷静だった。小川さんはその場に倒れる。今のが食夢鬼の分身か?ということは、これはやっぱり奴を倒すためのもの。生夢鬼が俺に与えた力。その場を離れようとしたその時……
「グ、ゲホ」
彼が咳をして起き上がったのだ。
「え?」
「ゴホッ、き、君は?」
腹を抑えながら言った。生きてるのか?よく見ると腹の傷がいつの間にか消えている。この刀は食夢鬼を殺すためのもので、取り付かれた人を殺す刀ではないことがわかった。
「あんたと同じことをしようとしてた」
「私と?」
「ああ、食夢鬼を消滅させる」
「で、でもそれには……」
俺は小川さんに刀を見せた。
「これだろ?これで奴が殺せる」
「そ、それだ!な、なんで君が?」
「あんたと同じ夢を見て、生夢鬼から渡された。『幻夢を滅せよ』ってな」
「そ、それじゃあ、君も」
「ああ、そうだ」
小川さんはヨロヨロと立ち上がる。
「こ、この地下に奴の巣がある。そこへ行くんだ!」
「地下に?」
「そうだ。奴は生贄、確か女の子だった。それも二人。配下から受け取って、吸収するつもり……って君!」
俺は走り出していた。間違いない!綾乃と沙耶だ。
「地下へ行くのはこの先のエレベーターを使え!」
「わかった。必ずやってみせる!」
「たのんだぞ……」
小川さんの姿が遠ざかってゆく。急がなければ……俺は刀を強く握った。
廊下先の扉を開けると小川さんの言ったとおりエレベーターホールがあった。これで地下へい
くのか。ボタンを押してみる。ウィーンという音がして、ガチャっと扉が開く。周りが錆付いているのにエレベーターは稼動していた。 間に合ってくれ!すばやくそれに乗り込んで地下へ向かった。
やがてエレベーターが止まった。地下に到着したのだ。扉が開く。目の前の光景はもはや病院ではなかった。かなり広く作られた地下室。こんなにも広い所が病院の中にあるなんて思えない。薬品が散らばっていた。以前は棚が並んでいたであろうが、すべてグシャグシャに潰されている。そして……
周り全体を赤い色の触手で覆われている。周りの壁も、天井も、あらゆる所でクネクネとその触手一本一本が奇妙に動いていた。ここが食夢鬼の巣なのか?だったら綾乃と沙耶がどこかにいるはずだ。この中を歩くのはちょっと遠慮したいものだが、早く二人を見つけないとならない。
中へ入って、奥へ進んだ。
その時、
「だ、だれ、か……」
声がかすかに聞こえた?
「お~い!」
叫んでみる。懐中電灯で奥を照らした。綾乃と沙耶がいた。壁の触手に捕えられていて、身動きできない状態だった。
「綾乃!沙耶!」
急いで駆け寄る。
「す、杉並、君?」
「せ、先輩?」
二人は息苦しそうにしていた。
「今、助けるから」
二人にまとわりついている触手を刀で切って、解いた。
「あ、ありがとう」
「せ、先輩」
綾乃と沙耶がおもわず抱きつく。何よりもまだ食夢鬼に取り込まれずにすんだのが運が良かった。
「二人とも無事で良かった」
そう言って二人を立たせる。とにかく二人は見つけたけどまだやることは残っていた。食夢鬼を殺したわけじゃない。
「二人ともよく聞いてくれ。俺はこれから二人をさらった奴を倒しに……」
そこまで言いかけたとき、二人が俺の後ろを指差した。
「ん?どうした?」
「す、杉並くん、うし、後ろ!」
「せ、せんぱ……」
とっさに振り向く。そこにいたのは俺が探していたもの。人ではなかった。長い牙を持ち、角が二本。体からウネウネと触手が出ていた。そして何よりもその全てが血のように赤かった。右腕で大きな鉈を持っている。
グガァァァァァァァァ~
耳を劈くような声でその鬼は鳴いた。鬼、目の前にいるこいつがすべての元凶。食夢鬼。鬼は鉈を振り回した。
「うわ!」
鉈は空を切ったが、俺は後ろへつんのめる。
「と、とにかく走れ!」
二人の手をとって全速力でエレベーターに向かった。食夢鬼が追いかけて来る。急いで二人だけでも……
エレベーターまで辿り着き、扉が開いた。
「は、早く、杉並君!」
「せ、先輩!」
「俺は……奴をやらなきゃいけない」
「でも……」
「いいから行くんだ二人とも!」
俺は二人を中に入れて、扉を閉めた。
「あ、す、杉並く……」
ウィーンという音と共に上昇するエレベーター。なんとか二人を地下から脱出させることができた。頼むから逃げ延びてくれ!残った俺がすることは鬼を殺すことだけだ。
目の前まで迫った食夢鬼に刀を向ける。
グガァァ
小さく吼えて、鉈を構えた。
「こいよ……」
鬼を挑発する。案の定鉈を大きく振り上げた。その隙を見る。
ザシュッ
「グ、くそ!」
先に足を斬られた。膝を付いて座り込む。隙を突いたのまではよかったが、鬼のほうがフェイントして俺の足を斬ったのだ。真っ二つにならなかったが、それでも傷は深かった。足を抑える。
グガァァァァ~
鬼はもう一度吼えて、鉈で切りかかろうとする。鬼は俺にはもう力が残ってないと思ってるようだ。
「甘いぜ!」
今度は鬼が鉈を振り下ろす前に刀を奴の腹へ突き刺した。
ググォォ、グォ
腹を思いっきり貫かれた鬼はもがいていた。が、しかしそれでも鉈を振り上げる。
「う、うそだろ……」
突き刺さっている刀は抜けなかった。
「くそ!」
ここまでか……俺は、殺される。
その時、刀が白い光を帯び始める。そしてだんだんと広がってゆく……
「こ、これは……」
カァァァッ
光に包まれた刀は鬼を吸い込んでいるように思えた。
『幻夢が消える……』
そう誰かが光の中で呟いた。
「お、お前、生夢鬼……」
カァァァァァッ
光はさらに強まった。俺は目を思わず瞑ってしまう。
光が治まったのに気が付くと目をうっすらと開ける。気が付くとそこは病院の長椅子の上。
「おい、気が付いたみたいだぜ!」
ん?誰の声だ?義之?
「お、本当だ」
あれは山梨……
「杉並くん、良かった……」
あ、綾乃?
「せ、先輩、心配したんですよ」
沙耶……
……
「みんな!」
目を覚ました。
「大丈夫だったか?」
山梨は俺の体を起こしてくれた。
「健二ぃ~、心配させやがってぇ~」
義之が言う。
「お前らはどうなんだ?」
二人とも服は破けて、所々に傷はあるが、大丈夫そうだった。
「杉並君……ほ、本当に良かった」
綾乃が傍で涙ぐんでいた。
「先輩、あり、がと……」
その横で沙耶も泣いていた。
「ほら、掴まれ」
山梨が肩を貸してくれた。
「す、すまん」
外に出る。空は晴れ渡って、空気も澄んでいた。以前の霧やあの重々しい雰囲気はまったくない。今、あるのは本当のこの島の病院だった。
「終わったんだな……」
病院を見てそう言った。
「ああ、そういうことだ」
山梨がうなずく。
「さあ、帰ろうぜ。義之!」
義之がそう言って歩き出す。
「うん、帰ろう、杉並君」
「先輩、帰りましょ」
俺は空を見上げて答える。
「そうだな。帰ろう……」
俺たちは港を目指して歩き続けた。義之が先頭を行き、その後に綾乃と沙耶が続く。そして最後に山梨の肩を借りて俺が歩く。森を抜けると、そこは港町だった。あの薄気味悪い村は消えていた。この島に流れ着いた時、俺たちはすでに異世界に居たのかもしれない。でも今は違う。人々で賑わい、活気が溢れている。夢で見たホテルや街並みがこの島の本当の姿で、俺たちが来ようと思っていた島はここだった。島も町もそのすべてが、元に戻った。
島の漁師が運転する船の上で、俺たちは休んでいる。
「そういえば山梨?」
「ん?」
「この島の名前はなんだったんだ?」
「今ごろになってどうしたんだ……」
「何て言うんだ?」
「聖島だ」
聖なる島。
「またの名を幻夢島」
幻の夢……
「そっか……」
なんだかすべてが終わってから今までの出来事が夢だったんじゃないかと、そう思った。
「おかえり~!」
港で姉さんが待っていた。車に寄りかかって、こっちに手を振っている。急いで姉さんの元へ駆け寄った。
「ただいま、姉さん」
久しぶりに姉さんの顔を見た。
「おかえり、健二。どうだった?旅行」
「……」
少しの間考える。
「どうしたの?」
「今までにないくらいのとんでもない旅行だったな」
本当に今までにない旅行だったと思う。いや、これからの人生でもないだろう。一生に一回の出来事。
「とんでもないって?」
「まあ、夢を見たってこと」
「え?夢?」
「まあね」
「で、どんな?」
「それは秘密」
「え~、教えてよ」
「秘密」
「……もう」
姉さんだったら信じてくれるかもしれないけど……でも、今は秘密にしておこう。
「さ、帰ろう、姉さん」
「そうね」
やっと家に帰れる。こんなにも嬉しいことはない。
数日後、朝の新聞にある記事が載っていた。
『探検家・小川彰一が三ヶ月前から行方不明だった島で発見された。彼はこの島に伝わる謎の真相を掴んだと言う。そして、一人の青年によって命を救われたと話していた。』
「ねえ、健二」
姉さんと二人で朝食を取っていた。
「何?」
「この新聞の探検家、見つかったんだ」
「ああ、その人。助かってよかったじゃん」
「でも、この命を救った子もすごいわよねぇ」
「え?」
「だって、探検家を島から救い出すなんて、すごいと思うけど……」
「い、いや、それほどでも」
「なんであんたが照れるのよ?」
「別に、なんでもない」
こうして夏の日は穏やかに過ぎて行った。
終わり。
このお話はこれで終了です。いかがでしたか?
この作品『幻夢島』は僕が初めて最後まで書き上げた記念すべき第一作目です。色々と矛盾したり、辻褄が合わなかったりしたと思いますが、最後まで読んでくれてありがとうございます。これからも小説を書いていこうと思うので、どうぞよろしくお願いします。




