前編
初めての投稿になります。
前編と後編の二つに分かれた小説です。
どうぞお楽しみください。
午後三時三十分、船は荒波によって揺れていた。昼ごろまでは明るかった空が、午後になるにつれてだんだんと暗くなり、ついには嵐がやってきた。船内では皆固まってじっとしている。やっぱり来るんじゃなかった。まあ、しかたがないが……姉さん、今ごろどうしてるかな。なんだか昨日までが懐かしく感じる。
★
二日前。
「おい、杉並。ちょっといいか?」
大学の昼休み。廊下で声をかけられた。
「なんだ?山梨」
「ちょっとな」
いったいどんな話だってんだ?まあ、こいつのことだ。またくだらん話だろう。
「いいから聞けって」
山梨が話し始める。
「大学最後の思い出を作らんか?夏休みに」
「は?」
何を言ってるんだ?
「だから、何か大学最後にやらないかと言うことだ。あしたから休みになるだろ?」
たしかに俺たちは大学四年。今年で卒業だ。それに夏休みに入る。だけどなぁ~
「何かやるって、具体的には?」
「そうだな。まあ、島に観光というのはどうだ?」
「島?」
「そうだ。島といってもただの……」
「まて!」
「ん?」
山梨のことだ。何か伝説とか神話とかがある所に決まってる。彼は小型船の免許を持っていて、そういう所に行っては何かと調べたがるのだ。
「その島っていうのは、普通の観光地なんだろうなぁ?」
「ん?普通?というと?」
「たとえば、八丈島とかあるだろ?」
俺の普通はそんな感じだが、山梨の普通は普通じゃない。
「まあ、そんなようなとこだな」
本当だろうか?やはり気になる。
「具体的には?」
「ん?ああ、その島には古くからの言われがあってな。夢、まあ、人が寝たりしてみる夢だな。その夢の変わった伝説があるんだ。な~んと、夢の……」
「もういい」
山梨の説明を途切れさせる。話が何分続くかわからないからな。
「何だ?これからがいい所なのに」
「もうわかったから」
「そうか?じゃあ……」
「行かない」
そっけなく答える。
「何でだ?」
「面倒」
「そうか。残念だ。まあ、出発は明後日だ。それまで考えてくれ」
「まあ、適当に考えとくよ」
「あ、そうそう。後、島の名前だが……」
その島の名前も聞きもしないで、さっさとその場を去った。俺は普通でいいんだ。そう思って次の講義の教室へ向かった。
その日の放課後。講義も終わり、帰ろうとしてる時。
「お~い、健二ぃ~」
またもや声をかけられる。
「なんだよ、義之」
「一緒に帰ろうぜ。飯、奢ってやるから」
「え、まあ、いいけど。どういう風の吹き回しだ?」
義之が急に奢ってくれるなんて、何かありそうだな。まあ、いいか。
「別に何もねえよ」
「何もないって言ったな、それじゃあ奢ってもらうかな」
「へ~い、了解」
何だか怪しいが、ついて行くことにした。せっかく奢ってもらうのだから、これを逃すチャンはない。
近くの飲食店に入る。
「まあ、何でも頼んでくれ」
「ん?ああ」
何か高いものにしてやろう。金はけっこう持っているらしい。
「あのさ……」
「ん?」
ちょうど注文したハンバーグランチを食べている時、義之が話し出した。
「明後日、暇か?」
「なんだ急に」
「まあ、聞けって」
「~たく」
義之が話し始める。
「いやぁ~食った、食った」
店の外に出た。義之がまさかホントに奢るなんてなぁ~
「どうも、ごっそうさん」
「それよりもたのんだぞ?」
そう言って義之が俺の肩に手をおく。
「分かってるって、まあ、考えるよ」
「って、おい、考えるんじゃなくて、決めてくれ!」
「わかったわかった」
適当に答える俺。
「くそ、しかたない。今日の夜には絶対に……」
「え?夜がどうしたって?」
「いや、なんでもない」
なんだよ?変な奴だな。まあ、いいか。
「とにかく頼んだぞ」
義之は俺にそう言って帰っていった。
その後、我が家に到着。
「ただいま」
「おかえり~」
「あれ?姉さん」
出迎えたのは、姉だった。杉並柚希。俺の三つ年上で、今は学校の先生をしている。俺は大学に行くにあたって、引っ越してきた。だけどまさか、俺の大学の付属高校に姉さんが新人教師として入ってくるなんて思いもしてなかった。まさに偶然というものだ。そんな出来事があってから姉さんは同じアパートに住んでいる。男女が二人屋根の下、いつ間違いが起こっても……って、姉と弟の関係だからそれは絶対ない。それはそうと今日は会議がどうのこうので遅くなるって言ってたはずだけど。
「会議じゃなかったの?」
「ん~、サボって来ちゃった!」
「え……?」
いいのかそれ?
「って嘘よ、う~そ。予定より早く終わったの」
「嘘ねぇ……はいはい」
ため息を付く。ったく、いつまでも子ども扱いして、第一俺はもう大学三年だぞ。
まあ、充分子供っぽいところはあるけど……
「そういえば、健二」
姉さんが出してくれたお茶を飲みながら、話していた。
「え?何?」
「明日、予定ある?」
「明日?」
「うん、そう」
「そうだなぁ~」
夏休みの初日か……予定と言えば、山梨が……って、それじゃない。まったく、まさか義之までが……。店で義之と話していたこと。それは山梨と同じ。島に行かないかということだった。義之まで山梨の味方か。別に山梨が悪い奴ってわけじゃあないけど、やっぱりそういうのはちょっとな。なんとなくそう言う気分じゃない。それよりもゆっくりと過ごしたいのは本音だ。せっかくの夏休みなんだし。
山梨が言うには何日か泊まりになるらしい。
「で、どうなの?」
姉さんがもう一度聞いてきた。
「大丈夫だけど、どっか行くの?」
そう答える。
「ちょっと買い物にね。私も休みだから付き合ってくれる?」
「ああ、いいよ」
姉さんと買い物か。久しぶりだな。しばらくは穏やかな日々が続きそうだ。
翌朝。目が覚めた。今日は土曜日。夏休み初日。朝はゆっくりと、ん……?
そういえば今日は姉さんと買い物に行く約束があったっけ。時間を見ると八時四十五分。やばっ!急げ!約束は八時半。早く起きたのなら起こしてくれればいいのに。
って、そういうところが子供なんだな俺は。そんなことを思いながらも大急ぎで支度を済せた。
部屋から出てリビングに行くと思っていたとおり姉さんが待っていた。
「おはよう、姉さん」
「健二、待ってたわよ」
「ごめん、ちょっと寝坊しちまって」
「まあ、そんなことだろうと思ってたけど」
「ごめん」
そう言うと姉さんは俺を見つめた。
「な、何?」
「じゃあ、奢ってもらおうかなぁ、健二くんに」
「え?俺、金ないよ?」
「遅れたのは?」
「……」
「ふふっ、行くよ」
「はい……」
なんだか複雑な気分で、それでいて楽しみなような。そんな感じがした。
駅前のデパートにやって来た俺たち。家から徒歩十五分たらずのところにある。食料品や洋服、本屋、DVDショップなどよくある普通のデパートだ。今日みたいな土曜日の休みには大勢の客で賑わっていた。
「で、何買うの?」
「う~ん」
なにやら悩んでいるご様子だ。
「もしかして買うもの決まってない?」
「えっと、そんなことはないわよ」
「?」
よく分からん。姉さんならしっかりと買うものを決めてきてるはずだけど……
「えっと、健二」
「ん?」
「ううん、やっぱりなんでもない」
ますますわからない。どうしたんだろう?
「あのさ……」
俺がそう聞こうとした時、姉さんが話を終わらせた。
「と、とりあえず行きましょうか」
そう言って歩き出す。まあ、いいか。
「で、結局何処行くの?」
デパートのエスカレーターで二階に向かっていた。
「まずは少し服を見たいから、付き合って」
ほう、服ね……って、ちょっと、引っ張らないでくれ。姉さんは俺に関わらず手を引っ張っていった。
「ちょ、ちょっと」
さすがに手を……。
「何?健二」
「これ、これ」
姉さんの手を指でさす。離してくれ。
「いいじゃない、姉と弟なんだから」
「い、いやその……」
そう言う意味ではなくて、ただ、恥ずかしいんですけど……。
「あ、あの、姉さん?」
「ねえ、これなんかどう?」
はぁ~、完全に買い物モードに入ってる。もう、いいか。俺たちは久しぶりの買い物を楽しんでいた。
気が付けば夕方。一日中デパートにいた。時間は早いものであっというまに過ぎ去ってしまう。
「今日はありがと、健二」
帰り道、姉さんの荷物持ちをしながら話していた。
「いや、いいって」
「本当?」
「ああ」
「でも、姉さん?今日はなんで俺と?」
そういえばふとそんなことを思った。別に俺でなくとも友達と一緒に……
「そんなこと決まってるじゃない」
「え?」
「ただ、楽しみたかったのよ。健二と二人で」
姉さんはそう言って微笑む。
「そっか」
姉さんの期待に答えられて良かった。今日は本当に、そして久しぶりに楽しむ事ができたと思う。俺と二人で。
「なるほどね、要するに姉さんはブラコンなわけだ」
「え?ちょ、ちょっと、何言ってるの?」
「冗談冗談」
「まったく、もう~」
いつかのお返しだ。でも。
「姉さん、ありがとな」
正直な気持ちを伝えた。
「も、もう。は、はやく帰ろ!」
姉さんはまたもや俺の手を引いて家まで帰った。
その夜、風呂から上がって自分の部屋にいた。山梨たちが島へ行くのは明日だったな。その時、机の上の携帯が鳴った。
「はい、もしもし?」
『あ、良かった。あの私、綾乃だけど』
「あ、綾乃?」
電話は綾乃からだった。三瀬綾乃。同じサークルの仲間で一年の時に出会ってからよく一緒にいることが多い。
『うん、えっと今何してた?』
「今?風呂から上がって、パンツのみになってるけど……」
『そ、そういうことじゃなくてぇ~』
綾乃は慌てているようだった。それはそうか。
「はは、ごめんごめん。で、何?」
『えっと、山梨君から聞いたんだけど、明日から島に行くってことで、一緒に行かないかって』
は、はは……。山梨の奴はここまでして俺を行かせたいのか。
『私や沙耶ちゃんも行くんだけど、一緒にどうかな?』
「え?綾乃と沙耶も行くのか?」
『うん、だから一緒にどうかな』
う~ん、綾乃と沙耶も行くのか……。沙耶は義之の妹で二年生の後輩でだ。彼女とも仲が良い。義之と一緒に三人で遊んだ事もあった。
「……」
少しの間考える。俺がもし山梨達と一緒に行ったら姉さんは……。
『す、杉並君?』
「あ、ごめん」
『それで……』
「綾乃、ちょっと考えさせてくれ」
『え?あ、うん。いいよ?』
「じゃあ、また後で連絡するよ」
『はい、三瀬綾乃、了解しました』
「おう、じゃ、また後で」
『うん』
携帯を切った。さて、どうしたものか。みんなが誘ってくれている。始めは面倒だと思ってたけど、さすがに綾乃にも誘われて面倒だからなんて言えないし、沙耶も一緒に行くことだしなぁ~。
トントン
ドアをノックする音。
「はい?」
姉さんがドアを開けて入ってきた。いつの間に?居たんだったら入れば良かったのに。
「健二、ごめん」
「姉さん……」
「明日、どこか行くの?」
「うん、姉さんにも話そうと思ってたんだけど、山梨から誘われてしばらく島に旅行に行こうと思うんだ。始めは面倒なんて思ってたけど、綾乃や沙耶も一緒に行こうって行ってくれたし、義之もね。だから……」
「へ~、そうなんだ。いいなぁ~、なんだか楽しみね」
「いや、だから……」
「え?」
「俺が旅行に行っちまったら、姉さんは一人になるんだぞ?」
「うん、わかってる」
「だから……」
「もしかして、私の心配してくれてる?」
「え?あ、いや」
そうだ。と言いたかったのだが、言葉に出なかった。そりゃ、心配だよ。兄弟だから。
「ありがと、健二。でもせっかくの夏休みじゃない、楽しんできなさいよ」
「そうだけど……」
やっぱりなぁ~、一人にするのは心配だ。
「ふふっ、やっぱり健二はシスコンね」
「え?ど、どういうことだよ」
「だって、私が一人だと心配でしょ?」
そう言って笑う。
「そりゃ、まあ」
シスコンか……さっきのブラコンのお返しだな。姉さんもなかなかやるなぁ~
「でも、本当に大丈夫だから。友達も一緒なんでしょ?」
「まあね」
「じゃあ、行かなきゃ。ホントは行きたい。違うかな?」
「あ、ああ。行きたい、かな。」
やっぱり行きたかった。面倒とか思ってたけど、今は行きたいと思う。せっかく誘ってくれたのだから、やっぱり大学最後の思い出を作らなくては。
綾乃に行くことに決めたことを連絡して、明日の支度をする。朝十一時に港に集合とのことだ。姉さんが港まで送って行ってくれることになった。明日からいよいよ大学最後の夏休み、山梨企画の島へ旅行が始まる。そういえばどこの島に行くんだ?山梨に聞いとけば良かったな……ま、でも楽しめればどこでもいいか。
その後、俺は支度も終わり眠りに付いた。
当日の朝。窓を見ると晴れ渡っている。絶好の旅行日和だった。着替えを済ませてリビングへ。
「あ、おはよう」
「おはよう、姉さん」
いつものように朝食を作ってくれていた姉。
「ご飯、出来てるわよ」
「お、ありがと」
座って食べ始める。
「いよいよだね」
「ああ、でもやっぱり心配だなぁ」
「ありがとシスコンさん」
「シスコンって言うな!」
「わかってま~す」
本当に大丈夫だろうか?やはり気になってしまう。
十時四十五分、姉さんの車に乗って出かけた。
十五分ほどして港に到着した。車から降りる。
「それじゃあ、気を付けてね」
「分かってる。姉さんこそ」
「私は大丈夫。楽しんでらっしゃい」
「ありがとう」
姉さんが帰った後、皆を探す。
「お~杉並。よく来てくれた」
山梨が俺の肩に手をかけて言った。
「おっす、健二」
義之はあいかわらず。
「ああ」
「おはようございます、先輩」
「沙耶、おはよう」
山梨、義之、沙耶、後は……。綾乃の到着を待つ。
数分後……
「ごめんね。待った?」
綾乃が荷物を抱えて走ってきた。
「いや、大丈夫」
「よし、じゃあそろそろ行こう」
山梨が言った。
「おう」
俺は綾乃の荷物を持ってやり、船に乗り込んだ。せっかくだ、思いっきり楽しもう……。
★
そして現在に至るのだが、まったくもってひどい嵐だ。楽しむどころではなくなっていた。船室の窓から外を眺めてみる。波が時折船に覆い被さり、今にもひっくり返りそうだ。
「おい、本当に大丈夫か?」
操縦している山梨に声をかける。
「なあに、心配するな。すぐにおさまる」
山梨はそんなことを言っているが、どうみてもおさまる気配はなく、むしろひどくなっているような……船が壊れなければいいが。
「おい、しっかりしろ義之」
今にも一発吐きそうな義之を見た。まあ、それもわかる。こんなに揺れてちゃな。
「ねえ、杉並くん。すごい嵐だね」
綾乃がそばに寄り添って話し掛けてきた。
「そうだな。早く着くといいんだが」
そう答えた。ふと横を見ると、沙耶もダウンしていた。
「沙耶ちゃん。大丈夫?」
綾乃が声をかけたが、うんと呟いて、またぐったりとしてしまった。
「おい、山梨。いったいあとどれくらいで着くんだ」
山梨に話し掛けた時、彼は双眼鏡を覗いて、前方を見ていた。
「ちょっとまて、もしかしてあれが……」
山梨が地図を開いて確かめる。
「やっぱり。おい、みんな見えたぞ」
操舵室から山梨が叫んだ。それを確かめるために、揺れる船内でなんとか立ち上がり、操舵室へ行く。双眼鏡を受け取った俺は覗いて見た。はっきりとは見えないが、たしかに島が前方にあった。暗くて周りが良く見えないにも関わらず、その島だけが浮かび上がっている……
「島が見えたの?」
船室に戻ると、綾乃が聞いてきた。
「ああ。無事に着けるといいんだけどな」
「……」
綾乃が心配そうにしている。
「と、とにかく早くついてくれぇ~」
義之が死にそうな声を出した。
「兄さん、大丈夫?」
沙耶も兄さんが心配らしい。自分もたいへんなのに。
「沙耶も大丈夫か?」
沙耶に言った。
「た、たぶん」
沙耶は大きく深呼吸する。
「早くついてくれぇ~」
こっちはまだダウンか。義之も災難だな。
「杉並くん、このままどうなっちゃうんだろう……」
綾乃が突然そんなことを言った。
「大丈夫だよ。きっと」
「そ、そうだよね」
大勢のほうが良かった。こんな状況でも話してくれる人がいる。その時だ。突然、船が大きく揺れた。
「みんなどこかにつかまれ!」
反射的に手すりにつかまる。
「おい、みんな……」
そう言おうとしたとき、またもや大きく揺れた。
「たいへんだ!船が座礁したみたいだ!水が!」
操舵室から山梨が叫んでいる。
「船が沈む前に脱出するぞ!」
みんなに向かって叫ぶ。皆、救命胴衣を付けて置いて正解だった。いっせいに海の中へ飛び込んだ。最後に義之がふらっとしながら飛び込んだ。いや、落ちたのか!?
「義之!」
義之を助けに行こうとしたその時、激しい頭痛に襲われた。
「な、なんだ?」
頭が締め付けられるような、苦しくて激しい痛み。まるで、助けるな!とでも言っているかのように……
「杉並く~ん!」
綾乃が叫んでいる?俺の頭は痛みに耐え切れず、意識を失ってゆく。くそ!こんなところでくたばってたまるか!なんとか意識を保とうとしたが、だめだった。遠くで綾乃が俺の名前を叫び続けているような気がした。
「う、うう」
俺は目を覚まし、起き上がる。そこは砂浜だった。暗く、波の音と風の音が重なって聞こえる。
「お~い!どこだ~!」
砂浜に向かって叫んだ。どうやらみんなバラバラになってしまったらしい。くそ!誰も、誰も助けられなかった。でもあいつらもどこかにいてほしい。みんなが生きてることを信じたい。
しばらくの間その場に立っていたが、みんなを探すことにした。絶対この島のどこかにいるはずだ。そう思いながら歩き出す。砂浜には何も無い。人も誰一人いないし、手がかりになるものもなかった。ふと、先を見てみると明かりが点いていた。何の明かりかは遠くて見えないが、光っているものがあることはたしかだ。その明かりを目指してあるくことにした。船のメンバーでは無いにしろそこに誰かしらいるはずだ。
砂浜から階段を上り、上の街道沿いに歩いた。砂浜と同じく風が容赦なく吹き付ける。身屈めながら明かりに向かって歩く。少し歩いていくとその明かりが街灯だということがわかった。そしてここは港らしい。小型の漁船がいくつか止まっている。
「誰かいませんか?」
暗い港に向かって呼んでみる。返事は返ってこない。街灯の明かりだけが不気味に光っていた。まるで何かを呼んでいるように。とりあえず進むことにした。街道を進んで行くと横に細い道があった。街道は少し広かったのだが、そこに入ってしまうと、道は舗装されておらず、木が周りを囲んでいてより暗かった。足元に注意を払いながら、進んでいく。海に投げ出されてからかなり時間が経っているとは思うが時計が無いので時間がわからない。さらに先に進んでいく。
すると、ある程度広い場所に出た。周りを木に囲まれており、その端に倉庫のような建物がある。その先には階段が続き、この先も行けそうだった。先へ進むのは倉庫のなかを調べてからでもいいな。わずかな期待だが、誰かが隠れているかも。ひょっとしたらと倉庫の錆付いた扉を開け、中に入ってみる。すると……
「誰?」
ふいに声がした。やはり誰かいるのか?
「誰かいるのか?」
聞き返す。そして声の主がわかった。綾乃だ。
「綾乃!」
俺は思わず叫んでしまった。やっと逢えた。
「杉並くん!」
綾乃も叫んでいた。
「助かったのか?他のみんなは?」
綾乃にたずねる。
「う、うん。私も何が起こったかわからない。気を失って、目が覚めたら砂浜にいて、港にたど
りついたの。明かりがあったから。でも誰もいなくて。島に入ってみたらここを見つけて」
綾乃が説明した。
「そうだったのか。でも、絶対にあいつらを探し出して帰ろう。あいつらも俺らを探していると思うし」
俺は綾乃を励ました。綾乃はかすかに笑った。それを見て、俺もかすかに希望が湧いてきた。
「これからどうするか?」
綾乃に聞いてみた。綾乃もどうしようかと悩んでいると思うが……
「どうしよう。むやみに動き回って私たちまではぐれたら」
というか、もうはぐれてるんじゃないか。みんなと。
「まあ、そうだな。だが、ここにいても何も始まらない」
俺も不安だった。こんな状況じゃあしょうがない。
「この辺を探してくるよ」
綾乃に言った。綾乃も行こうとしたが、もし何か危険な目にあったら大変だ。俺は彼女をこの場所にいるように言った。
「何かあったら携帯に……」
ポケットの中を探ってみた。だが……
「って、そうか、海の中だ」
たとえ持っていたとしても使えないだろう。
「うん。だから誰とも連絡できなくて」
まいったな。どうするか?
「やっぱり綾乃には待っててもらう。俺が帰ってくるまで絶対に外に出ないようにな」
「うん。わかった」
綾乃は素直に聞いてくれた。やはり探しに行こう。綾乃がここにいるのなら、近くに誰かいるかも。それがあいつらなのか?この島の住民なのか?そういやさっきから人を見てないような気がする。いくら夕方でも港くらい人がいてもいいじゃないか?それなのにどこも死んだように暗いなんて。いったいどういうことだ?そう思いながら外に出る。嵐はとおりすぎたようだが、雨はまだ降っていた。
「それじゃあ、行ってくる。すぐ戻ってくるからな」
「気を付けてね」
急いで外に出る。外に出たとたん雨が強くなったような気がした。港に行って見よう。なぜかはわからんが。無駄だとは思うが、もう一度だけ。俺は雨の中、暗い小道を歩き始めた。
港に戻って見たもののやはり誰かがいる気配はなかった。あきらめて綾乃のもとに帰ろうとした時、何かが動いた。船の影に隠れていてはっきりとは見えないが。
「だ、誰か……」
ゆっくりと近寄ると、なんと沙耶だった。足を押さえていた。
「沙耶!大丈夫か?」
沙耶に手を貸す。
「あ、はい、ありがとうございます」
沙耶が答える。
「とにかく逢えて良かった。他のみんなは……」
いない。綾乃と同じく一人だった。
「なんとか島に着いたんですけど周りに誰もいなくて。そして港のほうに明かりがあったので。行こうとしたら、急に風が……私、転んじゃって」
沙耶は足を捻ったようだ。
「そうか。でも見つけて良かった。探して見るもんだな」
「え、どうして」
「綾乃を見つけた。少し歩けるか?」
小道を指差す。
「え、綾乃さんも」
「そうだ。まだ綾乃しか逢ってないがな」
沙耶が立とうとしたが、よろけてしまった。
「あの、すみません」
「いや、いいって。ほら、つかまりな」
背中に乗るように言った。
「で、でも」
「先輩が後輩を助けるのはあたりまえだろ?」
「はい」
沙耶は素直に頷き、俺の背中に乗る。と、沙耶の足に手が触れた瞬間、頭痛がした。さっきの頭痛と同じだ。今度のは少しすると治まったが、沙耶の足の方が心配だ。急がなければ。早く応急処置くらいはしたい。
「先輩?大丈夫ですか?」
「え、ああ。ちょっと疲れただけだから」
俺たち二人は歩き出す。後は男二人か。あいつら大丈夫かな。途中、沙耶がぎゅっとしがみついてきて、俺は一瞬とまどった。
「ありがとうございます。先輩」
「え?ああ」
彼女を背中に担ぎ、そのまま歩いた。暗い小道を通り過ぎ、綾乃の待つ倉庫へ。
「ここですか?」
沙耶が背中で言った。
「そうだ」
ドアを開ける。
「綾乃?」
まっさきに声をかけた。綾乃は俯いていた顔を上げる。
「あ、杉並くん。と、沙耶ちゃん!」
背中の沙耶を綾乃の傍へ下ろした。
「沙耶が怪我してるんだ。何か持ってないか」
綾乃に聞いた。だが、綾乃は首を振る。」
「そうか」
どうするかな。このまま怪我をほっておくわけにもいかない。
「何か探してくるにしてもあれだしな」
「わ、私は大丈夫です」
沙耶が足を押さえながら言った。かなり痛そうだ。
「どうみても大丈夫じゃ無いと思うが」
「でも、どうしよう」
綾乃も悩んでいる様子だった。
「よし、それじゃ雨が小降りになったら、村に行って見よう」
村がこの島にはあるはず。
「でも、村がどこにあるかなんてわかるの?杉並くん」
「あ、そうか。でもとりあえず奥に進めば何かあるかも」
あの階段を思い出した。今の沙耶には少し大変かもしれないが、ここでじっとしてても何も始まらないのだ。
「杉並くん。何でも行き当たりばったりね」
綾乃はくすっと笑った。
「たしかに先輩はそうですね」
沙耶も綾乃に同意して笑った。
「う、うるさいなぁ」
そう言いながらも、沙耶と綾乃の元気が出てきたことに安心した。
それから少したって外に出てみた。雨がやっと上がったのだが、外は闇に包まれていた。さっきよりももっと深い闇に。夜という。
「ねえ、どう?杉並くん」
綾乃がドアの前で言った。
「うーん。外は真っ暗だ」
「本当。どうするの」
「そうだなぁ。今日はここで過ごすか?」
「だね。真っ暗だもんね」
俺たちは中に入った。
「沙耶。もう少しだけ我慢できるか」
「え、まあ、今は大丈夫ですけど」
「そうか。今日はもう暗いから、明日行って見ようと思うんだが」
外を指差す。
「そうですね」
良かった。沙耶もわかってくれた。もう少しだけ我慢してもらおう。俺は沙耶の隣に座った。その俺の横に綾乃が座る。え、この位置は……いやぁ~何だか照れくさい。友達とはいえ、二人の女の子に囲まれて夜を過ごすなんてなぁ~
「あ、今杉並くん、変なこと考えなかった?」
綾乃に詰め寄られる。
「え、いやぁ。そんなこと無いぞ」
そう言いつつも、心臓はどきどきしていた。
「先輩はうそがつけない性格ですもんねぇ」
反対側では沙耶が綾乃の味方をしていた。
「な、ち、ちち違う~!」
二人の間で喚いていた。
「あ、ムキになるところがあやしい」
綾乃が言った。じ~と綾乃と沙耶に見つめられ、ますます焦った。
「と、とにかく早く寝ようぜ」
やっとのことで、話をそらした。
「そうだね。明日のために」
綾乃がくすっと笑いながら言うと、沙耶も笑った。とにかく明日はがんばらないと。なんとしてもあと二人、あいつらも探し出して島から出よう!俺は心にそう決めた。
「おやす……」
二人に言おうとしたが、先に寝ていた。ま、いいか。その夜、二人が肩に寄りかかってきたせいで俺は寝ようにも寝れなかった。
「ふ、ふぁ~」
大きなあくびをして、目を覚ます。
「あ、杉並くん。おはよう」
綾乃は先に起きて、外を眺めていた。
「あ、ああ、おはよう」
俺も外を眺める。
「よく眠れた?」
綾乃が聞いてきた。
「え、まあな」
嘘だ。でも、綾乃と沙耶のせいで寝れなかったとは、とても言えない。沙耶はまだ壁に寄りかかって寝ている。
「沙耶、起きろ~」
俺は沙耶を起こしに行く。
「ふあぁぁ」
大きなあくびをして、沙耶が起きた。まだ眠そうだ。
「あ、おはようございます」
「ああ、おはよう」
「なんだか、昨日はよく眠れました」
「そ、そうか。よかったな」
う~ん。どう答えていいのやら。それは俺のおかげかもなんて言えないし。
「で、どうするの?」
綾乃が聞く。
「そうだな。とりあえず一息ついたら、あの階段を上って行こう」
「あの上に村があるかもしれない。でしょ?」
「まあな」
俺たち三人は外に出た。雨は降っていなかったが、曇っていて薄暗かった。
「怪我はどうだ?」
沙耶の様子を見る。
「うん。少し痛いけど、大丈夫です」
「そうか。良かった」
俺を先頭に綾乃と沙耶が続く。階段を登りきったその先は、俺の読みどおりに村があった。昭和三十年時代を思い浮かべるような古い家が何軒も並んで、その脇のほうには、古びたアパートがある。そして何より人の気配が全くしない。この島は無人島なのか?いやそんなことはない。
「誰かいませんか?」
返事が返ってこない。しーんと静まりかえっている村は、曇り空に包まれ、なお不気味だった。
「ねえ、どうしちゃったの」
綾乃が不安そうに聞く。
「俺にもよくわからないんだ」
「でも絶対変ですよ」
沙耶も後にくっつきながら言った。
「どうするの?誰もいないよ」
綾乃がますます不安になる。
「う~ん。そうだな、とにかくどこか入って見よう」
そう思って近くの民家に入ろうとして時、沙耶が叫んだ。
「あ、あそこ!見てください!」
俺たち二人が振り向く。
「どうしたんだ?」
「さっき、人影が……」
「誰かいたのか?」
「はい、たぶん」
沙耶が指差したのは、古びたアパートだった。
「何階だ?」
「たぶん、四階だと思います」
俺たち三人は、そのアパートに向かって歩いた。近くに寄って見るとますます不気味だった。五階建てのアパートが今、俺たちの前にはある。
「ねえ、ホントに入るの?」
「ああ、沙耶が誰かを見たらしい」
先頭を歩いた。かなり中も静かで、誰もいない様子だった。内心不安だったが、彼女たちを先頭を歩かせるわけには行かない。俺は男だ!しっかりしろ!そう思いながらも階段をあがり、四階に辿り着いた。
「この中か?」
ドアの前で足が止まる。
「は、はは、入るぞ」
「声、震えてるよ」
「大丈夫ですか?」
綾乃と沙耶に言われて、少しためらいがちだったが、ドアノブに手をかける。
ギィィという音とともに、すんなり扉が開いた。
「誰かいますか?」
玄関ごしに声を掛ける。
「誰もいないみたい」
「そうですね」
二人とともに、部屋に上がる。中央には丸いテーブルが置かれ、食べ残しの鍋料理があった。食べ残し?いや、まるで食べ掛けだ。しかし誰もいないとは。じゃあ沙耶が見たという人影は?いよいよ本当にあやしくなってきたぞ。いったいこの島はどうなってるんだ?
と、不意にあの頭痛が襲ってきた。
「く、くそ!」
「杉並くん?」
「どうしたんです?」
綾乃と沙耶が声を掛けている。だが、今度の頭痛はいままでの頭痛よりもひどかった。俺はその場に倒れこむ。なんてこった。くそ!必死に起きようとしたがだめだった。
「綾乃、沙耶……」
言いかけたところで、意識が薄れた。
★
「おい、おい!」
誰かが叫ぶ声……でも誰だ?意識がだんだんと戻っていく。
「おい、しっかりしろ!」
はっと目を覚ました。そこには義之がいた。
「義之!」
「良かった。目が覚めたみたいだな。でもどうやってここまで?」
隣には山梨もいた。ん?でも何か様子がおかしい。
「こ、ここは?」
「え、ああ、ホテルだ」
よく見るとまわりの風景がさっきと違っていた。明るく、清潔感が溢れる畳の部屋には、テーブルや座椅子が置かれており、お茶が湯気を立てている。いったいどうなってんだ?俺はあのアパートにいたはずだが……。
「あ、綾乃たちは?」
そういえば綾乃と沙耶がいないことに、気が付いた。
「ああ、それなんだが、今、警察が探してる。行方不明らしい。嵐の日、俺たちは海に飛び込んだろ?それから俺と義之は警察に運良く見つけられたが、お前と、あの二人が行方不明で……」
「何だって?」
そんなばかな、さっきまで俺と一緒にいたぞ?
「それで俺たちはこのホテルで待ってるようにって言われたのさ」
山梨が説明する。
「お前が生きてて良かった。でも、でもぉぉぉ~」
義之が叫ぶ。
「綾乃と沙耶が早く見つかることを祈ろう」
なんだか話がおかしいぞ?じゃあアレは夢で、こっちが現実?だとしたら綾乃と沙耶が行方不明?でも、反対にすると俺は夢を今、見ていることになる。で、義之と山梨が行方不明。いったいどっちなんだ?つ、つまり世界が二つあると?
「あのさ……」
「なんだ?」
山梨に聞いた。
「これって現実か?」
「え、どこか頭でも打ったか?大丈夫さ。二人はきっと見つかる」
はたしてそうなのか?俺はさっきから頭が混乱している。窓からの日差しがまぶしい。ただ、わかっているのは、むこう側とは何もかもが違っていることだ。とりあえずこのことは話さないほうがいいだろう。
「とりあえず、お前が見つかったことは俺から連絡しとくよ」
山梨はそう言って、携帯を取り出す。
「……俺、探してくる」
俺は決心した。向こう側では綾乃と沙耶は生きている。でも……
「え、綾乃と沙耶をか?」
「ああ」
「お、俺も行く!」
義之も言った。
「あ、おい!」
山梨が止めようとしたが、俺と義之は駆け足でホテルから出た。やはり外の様子も全然違う。
これが夢なのかはわからないが、でも探し出す。絶対に。
「お前さ、いったいどうやってここまで来たんだ?警察が捜してたんだぞ?」
「え、ああ。それが俺にもよくわからないんだ」
「そうか……でも、何で見つからないんだよぉ~沙耶ぁ~」
義之は沙耶のことしか頭がない。でも俺も今は二人のことしか頭にない。俺たちは港に向かった。港には警察が来ていた。
「あの、まだ見つからないんですか?」
警察官の一人に声を掛ける。
「ん?ああ、今我々が船を使って探してるんだが……そういう君は大丈夫かね」
「え、あ、はい」
「君の友人の話だと、自分でホテルにたどりついたそうじゃないか」
「あ、まあ」
実際はよくわからんのだがな。
「何より無事でよかった」
「はい、どうもお騒がせしました」
俺は警官に礼を言う。
「いや、でもそれより早くあとの二人を見つけんとな」
警官はそう言って、他の捜査員たちの元へ行った。
「はやく見つかるといいのだが、今の俺じゃあどうしようもない」
というかこれは本当に夢だろうか?何だか急に現実に思えてきた。俺たちはホテルに戻る。
「お帰り」
山梨がそう言って、お茶を飲む。
「そんなことしてる場合か!二人とも行方不明なんだぞ!」
俺は叫んだ。
「ま、まて、そんなに慌てても俺たちにできるのはここで連絡を待つことだ」
その通りだった。
「しかし……」
山梨に言おうとした時、突然電話が鳴った。
「もしもし?」
俺はとっさに受話器をとる。
「あ、君か」
さっきの警官だった。
「どうしたんです?見つかったんですか?」
「……砂浜の横の岩地で見つかったことには見つかったんだが……一人がかなりの重症だ」
「なんですって?」
俺は慌てて聞き返す。
「とにかく君たちも早く病院に。場所は……あ、おい……」
慌てて電話を切り、飛び出そうとする。
「おい、まて」
山梨がそれを止めた。
「病院がどこにあるのかわかるのか?」
あ、そういえば聞く前に切ってしまった。山梨は地図を開いてこの近くの病院を探す。
「たぶんここだな。ホテルの前の大通りを真っ直ぐ行ったところに病院がある。港とは反対側だ」
「よし!行こう」
俺は真っ先に飛び出した。後から山梨と義之が続く。二十分ほど行くと、その病院に辿り着いた。ここにも真っ先に入り込む。
「あの、今運ばれて来た患者は?」
俺は受付で聞いた。
「二階の治療室に運ばれたと思いますが……あ、あの……」
俺は階段を駆け上がった。そこには沙耶が椅子に座っていた。
「沙耶!」
はっと沙耶が振り向く。
「先輩!」
「大丈夫だったか?」
「はい、私は軽症でしたが、綾乃さんがどこかを強く打ったらしくて」
「じゃあ、綾乃が……重症……」
と、その言葉を言いかけた瞬間、あの激しい頭痛に襲われた。な、こんなときに……俺は長椅子に倒れこむ。なんだってんだ?いったい?
「あ、先輩!しっかりしてくだ……」
沙耶の声を最後まで聞けずに、またもや気を失ってしまったようだ。
★
「う、うう」
俺は唸りながら起き上がる。そこはあのアパートだった。
「良かった。目が覚めたんですね」
「沙耶……」
どうやらあれは夢だったのか。やっと四人揃ったと思ったら、綾乃が……
「大丈夫でしたか?」
「あ、ああ」
そういえば綾乃がいないことに気が付いた。アパートの一室は以前と変わりなかったが、綾乃だけがいなかった。
「綾乃は?」
俺は沙耶に聞いた。
「それが……」
沙耶の話によると、俺が倒れた後、一人で、助けを呼びに行ったらしい。くそ!もっと早く気がつけば良かった。どうみたっておかしいこの島で、一人で行動するなんて危険すぎる。
「沙耶、綾乃を探しに行くぞ!」
「え、でもここに居てって綾乃さんが」
「俺はもう大丈夫だ」
「本当ですか?」
「ああ」
俺たちは扉を開けて、階段を下りた。外に出ると、霧が出ていた。山奥でも無いのに、変だな。やれやれ、最悪の天気だ。いったい綾乃はどこまで行ったんだ?俺たちはまず、この村の中から探すことにした。
「霧ですね」
「ああ、余計探しにくくなっちまったな」
霧の中の村は驚くほど見えにくく、そして不気味だった。アパートの横にあったタバコ屋を通り過ぎようとしたとき、またもやあの頭痛に襲われた。
「う、」
俺は頭を抱える。
「大丈夫ですか?」
沙耶が横で心配そうに顔を覗き込んだ。
「ああ」
本当は大丈夫じゃあないのかもしれないが、沙耶に迷惑はかけたくなかった。霧の中では、全体の様子が見えない。俺たちは慎重に少しずつ探し回る。タバコ屋の向かい側にあった、古い食堂を通り過ぎ、その横の米屋も通り過ぎる。どこにいっても静かで、人のいる気配はまったくない。
「何か出そうですね」
沙耶がふと呟いた。
「え、まあこんな状況だからな」
俺たちはちょっとずつ先へ進んでいく。と、米屋を通り過ぎた先には小道が続いていた。小道またいでちょうど反対にはバス停がある。なんでこんなところに?不思議に思って近づいてみると、それはますます不気味なものだった。
「なんだ、あれは?」
「わ、わかりませんよぉ」
沙耶は俺の後ろに隠れてしまった。もっとバス停に近寄るとそれがはっきりと分かった。血だ!俺はそう思った。バス停の看板に人間の血液と思われるものが、べっとりとついていた。それはまるで何かを示しているかのように。そしてそれに続く何かが、小道に点々と示されている。血痕が道の真ん中に奥まであった。
「不気味ですね」
「ああ、でもいったい誰の……」
その跡を調べることにした。ここには綾乃はいないようだ。どこまでいったんだ。もしかするとこの先へ進んだのかもしれない。あの血痕が綾乃じゃあなければいいが……俺はそのことだけを
心配しながら沙耶とともに小道に入った。
「大丈夫か?」
沙耶に声をかける。
「はい……」
沙耶は小さな声で返事をした。血痕のことが気になるのだろう。それはそうか。俺だってあんな血の量を見れば驚いてしまう。でもこの血痕の跡を追えば、何か分かるかもしれないんだ。俺はそう思って、歩き続ける。しばらく歩いていくと、道が分かれていた。地面の真ん中には誰かが焚き火をした跡があった。やっぱりここは誰かいたんだ。俺はそう確信した。道は三つに分かれていて、正面の道は鉄の柵の扉で塞がれていた。真ん中に鎖が巻いてあり、南京錠で閉められている。何かで壊さないと進めそうにない。しかし、血痕はその柵の向こうへ続いていた。いったいどうなってんだ?柵は錆付いているがどこも壊れた形跡がない。
「どうですか?先輩?」
沙耶が俺の横で言った。
「そうだな。見ると血の跡はあの柵の向こうへ続いているんだが……」
「え、でもあの柵」
「そうなんだ。どこも壊れてない。人間が通り越せる高さでもないんだが、ましてや血を流した人間がな」
やはり不気味で不思議なことだらけの島だ。
「何か、あの柵の鍵を壊せるものを探そう。血の跡はあの先へ続いてるし、道もある」
「でも……」
「大丈夫だよ、きっと」
沙耶が不安そうにしていたので、俺はそう言って励ました。まあ。自分もさっきから不安で始まらないのだが、こういう時こそ男を見せなければ。そんなことを思いながら焚き火跡のまわりを探し始めた。
しばらく探していると火掻き棒が見つかった。俺はそれで柵の鍵を叩き壊した。沙耶とともにさらに先へ進んでいく。血痕が長々続いている。途中、少し広い道端に廃車があったので何かないかと探ってみる。助手席に懐中電灯が置いてあった。それを手に取って確認する。少し光が点くまで遅いが、使えることには使える。それに夜には必需品だ。
その廃車があったすぐ近く、看板が立てられていた。たぶんこの先の何かの名前だと思うが、かすれていて読めなかった。左に道が続いている。しかし、その道の入り口は炎に包まれていた。近くに給油車があったので、そこから油が漏れ、誰かが火を点けた?まるで俺たちを阻んでいるかのようだ。
「どうします?先輩」
「そうだなぁ、火を消すものもないし。くそ、いったい綾乃はどこに……」
ここまで来ても見つからなかった。この先は炎に阻まれていけないはず。となるといったいどこに……
「綾乃さん、もしかするとアパートに戻ってるかもしれませんよ」
「そうか」
たしかに綾乃を探し始めてから一時間くらい立っている。だんだんと日も暮れ始めていた。綾乃もあきらめて帰ってるかも。そうして欲しい……わずかな期待を持ちながら、俺たちはいったんアパートに戻ることにした。
アパートに着く頃には、すっかり暗くなっていた。俺はさっき拾った懐中電灯を点ける。真っ直ぐ前を照らす光がなんとも不気味だった。俺たちはその光とともにアパートの階段を上がる。そして部屋に辿り着いた。思い切って俺は扉を開ける。
「綾乃?居るのか?」
返事が無い。やっぱり帰っていないのか。俺たちは部屋の中へ入る。
「綾乃さん……」
沙耶が俯いた。
「いくら助けを呼びに行ったって、そろそろ戻ってきてもいいはずなのに」
それとも綾乃の身に何かあったか?それは充分考えられる。無事で居てくれればいいが……
「沙耶、今日はもう寝ろ」
「え」
「明日、探そう……」
窓の外は真っ暗だった。俺は蛍光灯の電気を確かめる。一応、使えるみたいだった。
「でも」
「今日はもう遅いし、外は真っ暗だろ?」
「はい」
俺は入り口は開けておくことにした。綾乃が戻って来るかも……期待はできないが。
「それじゃあ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
その後、俺は一晩中起きていようと思ったが、やはり睡魔には勝てなかった。
朝、か?
ふと目を覚ます。ここに来てから二日が経っている。今日は三日目だ。
「沙耶?」
と、はっと飛び起きる。沙耶がいない……
「おい、どこいったんだ?」
部屋を見回してもどこにもいなかった。綾乃に続いて沙耶までも……いいや。俺は首を振る。そんなこと……
今、実際に沙耶はいない。どこにも。ふと、テーブルを見る。手紙らしきモノが置かれていた。
『ごめんなさい』
紙にはその一言だけが書かれていた。
「なんだって?」
その紙をもう一度確かめた。そんな、沙耶までもどこかへ消えてしまった。
一人ぼっちの部屋を見渡す。今日も最悪の天気。雨が降っている。なんで!俺は自分を攻め立てる。二人が消えてしまったのだ。振り出しの一人になってしまった。やっと綾乃を沙耶を見つけたはずなのに、どうすればいいんだ?俺は苦悩した。答えがでない。ただあいつらを探し出す以外には……
服を整え、アパートを出る。外は晴天。昨日の大雨とは正反対だ。俺の心も三日前とはまったく違っていた。誰もいない。綾乃も沙耶も、義之も山梨も……
「ふう」
一息ついて、村の商店の方へ歩き出す。タバコ屋や食堂、米屋などは昨日よりはっきり見える。深い霧がないせいか。でもやっぱり人の姿はない村は、不気味なままだった。
歩き続ける。バス停の前までやってきた。かすかだが血の跡がうすれているように見えた。それでもまだ、跡は残っている。だが、小道の血痕はなくなっていた。なぜ?
小道へ入る。あいかわらず強い日差しが照りつけていた。二人ともどこへ行ってしまったのか?昨日、沙耶と来た道を探し回った。壊れた柵を越え、あの炎があった場所へ行く。だが、炎は消えていた。誰かが水で消した? ったく、昨日とは正反対の事ばかり起こるなぁ……
「沙耶、綾乃、いったいどこいっちまったんだ?」
炎を消してくれた何者かに感謝しつつも、その先へ進む事にした。先はけっこう曲がりくねっていて、細い道が続いている。この先にも別の村があるというのか?俺
は歩く速度を速めた。と、道端に一人の男が立っていた。
「おい、あんた……」
俺はおもいきって声を掛ける。労働者のような格好をしたその男が振り返った。胸には名札が付いていた。名前は『小川』というらしい。
「う、お、ぉぉ、わたしの……」
何だこいつは?俺はそいつの顔を見て、そう思った。両目を布のようなモノで縛られ、その布は男の血で赤く染まっていた。
「な、なんだ?」
俺は身を構えた……だが、そいつはうめくだけで、何もしてこなかった。
「ゆめ、の、おに、この村は……」
男がその先を話そうとしたが、力尽きたらしく道端にぐったりと倒れこんだ。
夢の鬼?なんだそりゃ?何か、この島の言い伝えか?それとも……いったいどうしたってんだ?やっぱり何かおかしい。早くあいつらを見つけ出して帰ろう。
しばらく進んで行くと、予想していたとおりにもう一つの村が見えてきた。
と、不意にあの頭痛が俺を襲った。俺は倒れこむ。なんなんだちくしょう。意識が薄れていった。
「おい、大丈夫か?」
誰かの声。でも誰だ?俺は目を覚ます。そこは畳の和風の部屋だ。そして……山梨と義之?ああ、また夢か。いいかげんにしてくれ……
「おい、起きろ!」
俺はその声に反応し、上半身を起こす。あらためて周りを見る。でも夢の中のホテルとは違っていた。古くて畳も少しはげていた。そしてあたりが暗い。どうやらここは一軒家だ。
「良かった。目を覚まして」
山梨が声を掛ける。
「お前、気を失ってたんだ。道端でな。俺たちが見つけなかったらどうなってたか」
隣で義之が言った。
「これは……夢、か?」
俺はまだ信じられない。昨日の夢のホテルとは違う。まるで現実だ。
「夢かもな。この島はなんだか変だ。俺たち二人もここに昨日からいたんだが、偶然外にに出た時にお前が倒れていて、ここまで運んだのさ。でも、綾乃と沙耶はいったいどこに?」
山梨が言った。
「え、ああ、俺も探してたんだ。三日前までは二人と一緒……」
「何?二人と一緒だった?」
義之が詰め寄る。
「ちょ、ちょっと落ち着け……そうだったんだが、二人ともどこかへ消えちまったんだ」
「消えた?」
「ああ」
「杉並!お前何で二人と行動してたのに、なんでこんなこと……」
またもや義之が詰め寄った。
「ちょっとまて、俺にもわからないんだ。気を失ってたから」
「気を失ってた?それはどういうことだ」
「お前なぁ……」
「義之!ちょっとまっててくれ!」
山梨が義之に言う。
「あ、すまん。つい……」
「で?」
「なんか、強い頭痛がするときがあるんだ。何回も。それに一回それで気を失ったとき、夢の中かなんかでお前たち二人に会ったんだ」
というか今は現実なのか?世界が夢の中とは全く違う。やはり現実か。
「それで」
「その夢が妙にリアルだった。でも今は現実」
「そうだな」
山梨が頷く。
「そういえば、俺が倒れてたあたりに、もうひとり男がいなかったか?」
「ん?ああ、あの変なやつだろう。目を布で何重にも巻かれて死んでた」
「夢の鬼ってなんだ?」
「夢の鬼?」
「ああ、そいつが言ってた」
「わからん。何かこの島と関係あるんじゃないのか?やはり言い伝えらしきものがあったな」
まだわからない。俺にも突然の出来事だった。そういえばあの男、村がどうのこうのって言ったな……やっぱりこの島の奇妙な出来事と何か関係があるのか?未だに二人は見つからない。男三人が揃って、今度は綾乃と沙耶が……
「と、とにかく、今は早く二人を探そう」
俺は言った。今はそうした方がいいだろう。謎解きはその後だ。
二人は頷いている。
「そうだ!沙耶~どこにいったんだぁ~」
義之のやつ、夢と同じ反応だな。でも、早いとこ見つけなければ。危険が迫ってるかもしれないからな。
「そうだな。何がいるかわからないから、気を付けて行こう」
山梨がそう言った。俺たち三人はまず役に立つものが無いかと、この家を探し回ることにした。
山梨と義之は一階を、俺は居間を出て、廊下の階段を上がる。二階は子供部屋や寝室、下宿部屋があった。誰かが泊まってたのか?ここは民宿か?下宿部屋に入ろうとした時、それに気が付いた。ドアの端っこに小さなシミが付いている。赤い血のような……
「お~い、杉並~ちょっときてくれ」
下で山梨が呼んでいた。俺は階段を降りる。後でもう一回、下宿部屋を調べてみるか。
「見てくれ」
山梨は居間の横の部屋にいた。そして祭壇らしきものを見ていた。そこには木でできた彫刻が飾られていた。白く塗られているものと赤く塗られているものがあって、両方何かの動物だ。角が生えている。でもこれが何の動物かまではわからなかった。
「これ、なんだ?」
義之が丸テーブルに置かれていた手帳を開いた。俺たちもそれを覗き込む。
『私がここに来たのは三日前、今日も雨。私はこの島の奇妙なうわさを聞いた。それはこの島の……についてだ』
山梨が読み上げる。文字がかすれていた。一体何があるって言うんだ?
『……がこの島にいるらしい。しかし三日経った今でも……』
手帳の文字がそこで終わっていた。この手帳を書いたのはやつは何が言いたいんだ?と、山梨がそこまで読み終わったとき、玄関がガタガタと激しく揺れた。
「なんだ?」
俺たち三人は驚く。
「う、なんだ……」
突然、頭が絞めつけられた。またあの頭痛だ。俺は必死にこらえた。
「ちょっと見てくる」
山梨はそう言って玄関へ。しばらくの沈黙。
扉を開ける音。そして……
「お、おい、あんた……」
山梨が絶句していた。
「どうした?」
俺たち二人が玄関に向かう。そこには死んだと思われたあの男が立っていた。姿は先ほどと変わらなく不気味だったが、何かに苦しんでいる様子だった。
「あんた、大丈夫かよ」
山梨が近寄ろうとした時、いきなり、山梨に襲い掛かった。
「何するんだ!」
俺は苦しんでいる山梨から男を引き離す。
「わ、私のせい、じゃ、な……やつが……」
男は低い声でそう言った。何言ってんだ?俺はそう思いつつ、向かってくる男に飛び掛った。男は地面に転がった。
「すまない」
俺はそう言ってすばやく起き上がる。そしてそばにあった木製の棒で、男の頭を強打した。男は痙攣し、そのまま動かなくなった。いったいこいつは何なんだ?そう思い、すぐに家に駆け込んで、扉を閉めた。そうだ!山梨が……俺は居間に駆け込む。
「大丈夫か?」
俺は山梨に聞いた。
「ああ、大丈夫」
どうやら平気なようだ。
「それにしてもあいつは何なんだよ?」
義之がそう呟く。俺たちは畳に座って考えていた。あの男はここに来る前にも遭った。その時から様子がおかしかったことに間違いない。あの時は死んでなかったってことか?
「始めに沙耶たちを見つけよう」
義之が言う。
「そうだな。でも、二人を見つけるにはどうしたらいい?探すと言ってもどこを?」
山梨が答えた。
「それは……」
言葉が出なかった。たしかに無闇に探しても見つかるはずがない。何か当てがあれば別だが。
「それにまたあの変な男と遭ったらどうする?ここは村だ。まだいるかもしれない」
「たしかにそうだな。綾乃と沙耶も襲われて……」
「何だって!おい、それはどういうことだ!」
義之が立ち上がって叫んだ。
「少し落ち着け。まだわからない」
義之を座らせた。
「山梨、何かいい考えはないか?」
「そうだな……」
山梨と俺は考えた。どうすればいいだろうか。義之はというと、まだ「沙耶ぁ~」と言い続けていた。
「どうだ?何か思いついたか?」
しばらく経って山梨に声を掛けた。
「まずはこの家から手がかりになるようなものを探したほうがいいんじゃないか?下手にバラバラに行動して、村人と出会うとまずいだろ」
「そうか。でも、村人の中にもまだおかしくなってないやつが居るかもしれないぞ」
山梨に言った。村人全員がおかしくなったわけじゃないかもと思った。まだどこかにひっそり隠れてるかもしれない。綾乃と沙耶もそうしてくれているといいんだが……
「よし、じゃあ、この家で手がかりを探すやつと外に出て正気を失っていない村人を探すやつにわかれよう」
山梨が言った。
「そうだな。そっちの方がいいかもな」
頷く。
「はい!俺、俺、外を探索する!」
突然、義之が立ち上がった。お、義之のやつ、やる気まんまんだな。
「じゃあ、俺も義之と一緒に行こう。すまんが山梨、ここを頼んだぞ」
俺も外の探索へ行くことにした。
「わかった。気を付けろよ。それからじきに暗くなるからこれを」
そう言って山梨が渡したのは懐中電灯。ちょっと古臭いが使えることには使えた。
「じゃあ、行ってくる」
「ああ」
俺たち二人は山梨にそう言って家を出た。山梨には扉の鍵を掛けておくように言った。空は夕焼けに染まっている。
「よし、行こう」
「わかった」
俺たち二人は歩き出した。
「ふう、まいったな」
「どうするか」
俺たちは倉庫の中で雨がやむのを待った。今さっき出てきたばかりなのに、急に雨が強く降り出してきた。それにかすかな霧も出ている。
「今日は戻るか」
こんな天気の中探しても余計見つからない。
「い、いや、俺一人でも探すぞ!」
「落ち着け。第一こんな雨だぞ。それからもう暗い」
「懐中電灯があるだろ」
「あるといってもだな、霧まで出てるんだぞ。前が見えなくなるぞ」
と言った時にはだんだん霧が濃くなり始めた。
「く、しかたない。戻ろう」
「そうしたほうがいい」
俺たちはもと来た道を戻った。結局全然探せなかったな。探したといっても山梨がいる家の周辺やその先の炭鉱へ向かう道の手前までだった。幸い、この倉庫をさっき探したときに地図を手に入れた。これで数倍は探索がらくになるはずだ。
やっとのことで家の前に辿り着いた。
「山梨!俺だ、早く開けてくれ」
戸を叩く。
「ちょっとまってろ」
家の中から山梨の声が聞こえ、やがて戸が開いた。
「大丈夫だったか。ずぶ濡れだな」
俺たち二人は大急ぎで中に入った。
「タオルを取ってくる」
そう言って山梨は風呂場へ向かった。俺たちは玄関で顔や髪を拭いてあがった。まあ、ぬれた服はしょうがないだろ。
「どうだった?誰かいたか?」
居間に三人が揃い、それぞれの状況を報告した。
「この周辺を探したんだが、誰も見つかってない。運良く狂った村人には出会わなかったからな。だが、これを見つけたぞ」
俺は山梨の前に地図を出した。少し濡れてしまっているが、文字も読める。
「この島の地図じゃないか」
「ああ、そうだ。そういえば山梨の方はどうだった」
今度は俺の方が山梨に聞いた。
「すまないが何も見つかってない。しいていえばこの手帳だけだな」
そう言って、あの文字がかすれていた手帳を取り出した。
「そうか。でも地図があるんだから、この辺だけじゃなく広範囲を探せるぞ」
「そうしますか。今日もう寝よう」
「だな」
俺と山梨が二階の下宿部屋に行こうとしたとき、義之が前に立ちふさがった。
「お、おい、俺を置いてくなよ。俺も行くぞ」
「三人か。まあ寝れないこともないか。なにしろあまり広くないもんでな」
山梨が言った。
「なんだよお前ら二人っきりになりたかったのか?」
義之がわざとらしく言う。
「そういうお前こそ一人で怖いんじゃないか?」
俺は義之に向かって言い返した。
「そ、そんなこと、あるわけ……あるんだよぉ~俺、ホント一人はだめなんだよぉ~」
義之が喚いた。
「わかった、わかった」
義之の以外な一面が見られた。
「ほら、二人ともその辺にして、行くぞ」
山梨の後に続いて、二階に下宿部屋に入る。あまり広くはないが布団もあるし、三人は寝れる広さだった。
「なんだ、寝れるじゃねえか」
義之が呟く。
「ふう、今日は疲れた。それになんだか頭もジンジンする」
俺は布団に入りながら山梨に言った。
「早く寝れば明日には直ってるさ。寝よう」
「ああ」
俺たち三人は眠りについた。
★
「先輩!先輩!しっかり!」
「ん?なんだ?」
ゆっくりと目を開ける。そこはあの夢の病院で、隣には沙耶がいた。なんだ、夢か。続きが見れるとはこんなにも珍しいことはないぞ。それにこの前は気を失って夢を見たからなぁ、それもまた不思議だ。そして……
「先輩?大丈夫でしたか?」
沙耶が心配そうに声をかけた。
「ああ、なんとかな」
「そうですか。良かった」
沙耶はほっとした表情に戻った。
「そういえば綾乃は?」
「綾乃さんならさっき病室に行きましたよ。治療は成功しました」
「そうか。助かったのか」
「はい。無事に終わって良かったです」
俺たちは山梨と義之にも声をかけて、綾乃の病室に向かった。綾乃の病室は三階だったので階段を上がってすぐだった。まあ、エレベーターもあるのだが。
「綾乃、大丈夫か?」
俺は綾乃にそう声をかけて、扉を開く。みんなも後から入った。
「杉並くん。それに、みんな……」
綾乃は疲れた様子だった。俺は体を起こそうとした綾乃を止めた。
「あ、そのままでいいぞ」
「ごめんなさい、迷惑かけて」
「謝らなくてもいい。綾乃のせいじゃないだろ?それに綾乃らしくもないぞ」
「え?でも……」
綾乃は思ってたよりも症状がひどいようだ。今はそうでもないが。まあ、何にしろ助かったのが一番だった。
「ふぁぁ~」
綾乃が大きな欠伸をした。
「なんだ?眠いのか?」
「なんだか疲れちゃって」
まあ治療が終わったすぐ後だから、そりゃ疲れるか。
「じゃあ、また明日来るよ」
「え?もう行っちゃうの?」
「ああ、それじゃあ早く寝ろよ?」
「うん」
俺たち四人は綾乃の病室を出た。何にしろ全員無事で良かった。
その夜、ホテルで夕食をとったあと、それぞれの部屋に向かった。
「沙耶は一人で大丈夫だって?」
「え、ああ、そう言ってたぞ」
俺は山梨に聞いた。
「なんなら俺が一緒に……」
義之が突然変なことを言い出した。いや、それはいろいろとまずくないか?
「今日はもう寝るか。明日綾乃の病院に行くんだろ」
「ああ、そうだな」
俺たち二人は布団を用意した。
「おい、義之、何やってるんだ?」
俺は何かに取り付かれたようにニヤニヤしている義之に言った。義之が正気に戻って自分の布団を用意する。何考えてんだか?
「それじゃあ、おやすみ」
と言って電気を消そうとした時。
「きゃー」
沙耶の悲鳴だ。
「ん?沙耶のやつゴキブリでも見たのか?」
「いや、どうかな。おい、義ゆ……」
寝てる。それも熟睡。もう寝たのか?お前の妹に何かあったかもしれないんだぞ。しかたない。
「ちょっと見てくるよ」
そう言って俺は隣の403号室へ。
「沙耶?おい、何があった?」
と、勢いよく扉が開いた。
「あ、す、杉並さん!大変です。綾乃さ、綾乃さんが……」
何を慌ててるんだ?
「綾乃がどうかしたのか?第一あいつは病院だろ」
「で、でも、と、とにかく来てください」
「なんだなんだ」
俺は困惑しながら、沙耶に強引に手を引かれた。
「これ……え?」
「どうした?」
普通の和室だ。俺たちの部屋と変わらない。何かあったとは思えない。
「そんな……」
「だから何があったんだ?まさかゴキブリだとか言わないよな」
「そんなこと言いません!綾乃さんが倒れてて、近くにこの手帳が」
「綾乃が?熱でもあるんじゃないのか?あいつが今動けるわけないだろ」
「い、いえ、確かに綾乃さんでした」
「じゃあ綾乃は何処行ったんだ?」
「それは、わかりません」
と、俺はその手帳を見る。
「本当かぁ?じゃあこれがそこにあったと?」
「はい」
その手帳……どこかで見たような気がする。けど思い出せない。手帳にはこう書かれていた。
『鬼・夢・伝』
これは何だ?「おに・ゆめ・でん?き・む・でん?」と読める。なんだか知っているような知らないような不思議な感じだ。
「とにかくホントなんです。信じてください」
「う~ん。まあ、信じるよ。この世の中、不思議なことだらけだからな。じゃあ山梨たちにも話すよ。一人で本当に大丈夫か?」
「綾乃さん、いったい何がしたかったんだろう?」
沙耶が悩んでいた。本当だとしたら、病院に連絡すべきだろう。
「おい、本当に一人で大丈夫か?またもし何かあったら……」
「わかってます」
「そうか」
俺はそう言って沙耶の部屋を出ようとした。
ガシャンッ
何かが割れる音が入り口の方でした。俺と沙耶が廊下に飛び出した。数メートル先で誰かが倒れてる。そしてその倒れているところまでを血の跡が点々と続いていた。暗い廊下でさらに近づく。
「あ、綾……」
いかがでしょうか?
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