人形屋敷
この世界のどこかに人形が住む屋敷がある。
そこに入れる人間はこの世界の王となる存在。その屋敷に入った人間は今までで二人しかいない。
でも、最近三人目が選ばれたとか───
「え?」
「だからエリックが選ばれたんだって!」
「嘘だろ……?」
「嘘な訳あるかよ! みんなその話で持ち切りでさ。あ、お前も後で来いよな。広場でパーティー開くんだって。ご馳走も食えるぞ!」
そう言って去って行った友人は俺があの屋敷に入る事を目標にしていた事を忘れてしまったかのようなはしゃぎっぷりだった。
「あーあ……」
友人が去った後一人だだっ広い屋敷に取り残され誰も見てないからとその場に倒れ込み腕で顔を隠すとため息のような嗚咽のような声が自然に洩れた。
最初の王に選ばれたのは俺のじいさんと呼ばれる人だったらしい。
小さな時からそう言われていたけど、俺はじいさんに会った事もなかったし、じいさんが王だった頃は何千も昔の話だ。
でも、父さんや周りのみんなが俺が王になってくれたら嬉しいって出来る事が増えたらみんな喜んでくれて父さんは偉い偉いと頭を撫でてくれた。
でも、あの泣き虫エリックが選ばれたんならそんな未来永遠に来ない。
今までの努力は何だったろ。ここはじいさんの持ち家だったんだけど、王が所有するって事になるんだろうか? だったら出て行かないとな。
「ケイン泣いてる?」
「アーシャ…」
立ち上がってとりあえず荷物を纏めるかとか、これからどこに行こうかと悩んでいたら幼なじみのアーシャがやってきた。
「なんか用か?」
「用って言うか……ほら、王が決まっちゃったし」
「俺の事笑いに来たのか?」
「んな訳ないじゃん」
「じゃあ、なんだって言うんだよ! 俺は今忙しいんだよ! 帰ってくれ!!」
今は誰もかれもがエリックが王だと浮かれていて落ち込んでいる俺を嘲笑ってるような気がしてつい怒鳴ってしまった。
「ごめん。八つ当たりだ。ごめん。今は本当に帰って欲しいんだ」
これ以上アーシャが居たら涙が止まらなくなりそうだ。
「帰らないよ」
「でも……エリックのお祝いはどうすんだよ」
「そんなの関係ないよ。だって、ケイン泣いてんじゃん」
「泣いてない」
「泣いてるよ」
「うるさい。泣いてないから帰れ」
「やだ」
ははっと思わず笑ってしまった。
泣くつもりはなかった。でも、何でかな? アーシャが来てから何か楽になったっていうか気付いたら泣いていた。
アーシャは何で泣くのと驚いていたけど、そんなんこっちだって知りたいよと言いたかったけど、自分の嗚咽がうるさくてアーシャに返事が出来なかった。
◇◇◇◇◇◇
その日の晩夢を見た。
「ここは?」
「今から人形屋敷に向かいます。ここは馬車の中であなたはお客さま。私は人形屋敷に仕える人形です。はじめまして」
聞き覚えのない機械的な声に驚いて声がして方を急いで見れば銀色の長い髪をサイドは垂らして後ろは纏めてすっきりと青い瞳はまるで宝石のようにキラキラと輝いているが、表情が無表情のせいか、せっかくの綺麗な顔も少々おっかなく見える少女が、俺の向かい側に座っていた。
「人形屋敷……? あ、でも、王は決まったって!」
「ですからあなたはお客さまです。初代様のお願いであなた様をお連れするだけですので」
「客? 初代ってもう死んだんじゃないのか......?」
「到着までもうしばらくありますのでお静かにお願いいたします。質問は後程お願いします」
「あ、はい......」
客だなんて……今まであの屋敷は王しか入れないって話だったのに何で急に……何で俺なんだ?
「待ってくれ。初代のお願いって言ってたな。初代とは誰だ?」
「誰と言われましても」
そう彼女が告げたのは誰でも知っている王の名前だ。でも、違う。俺が知りたいのはそう言うのじゃない。祈るような気持ちでじっと彼女を見つめていると彼女の表情は変わらなかったが、明らかに嫌そうに身じろぎをした。
「言い方を変えます。あなたのおじい様と言えば伝わりますか?」
今まで半信半疑だったけれどやっぱり祖父が王だと彼女の口から出たら、すんなりと納得出来た。
どうして? と直ぐに納得する自分にびっくりしたけど、これは夢だ。だから、簡単に納得出来るんだ。
「もうすぐ着きます」
彼女が案内してくれたのは普通の屋敷だった。
もしかしたら今俺が住んでいる屋敷の方が大きいかもしれなかったが、景色だけは俺の屋敷よりも、いや、どこよりも素晴らしいかもしれない。
どこよりも高い位置にある屋敷から見る満天の星空は地上よりも大きく澄み渡り、ずっと見ていたらなんだか頭がくらくらしてきた。
「こちらです」
ぼーっと星を見ていれば案内人の少女はいつの間にか玄関に移動していた。
慌ててそちらへと向かえば少女は綺麗なお辞儀をしてから中へと案内してくれた。
中は外の質素な佇まいが嘘のように様々な部屋があった。
先程の空のように満天の星空を閉じ込めたような部屋や誰が使うのか分からない断崖絶壁を模した部屋、膝ぐらいまでしかない人形が料理や掃除、洗濯を忙しなくしていたりと賑やかな部屋まである。
中と外の大きさが違い過ぎてくらくらしてきた。
「どちらに案内いたしましょうか」
「……この屋敷の書斎が見たい」
「かしこまりました」
書斎には屋敷の主人の性格が反映されると聞いた事がある。じいさんの次の王が弄っている可能性もあるが、それでもいいからじいさんの事が知りたかったんだ。
みんな俺が王になる事は望んでいたけど、誰もじいさんの事は教えてくれなかった。
俺は本に書いてあるじいさんじゃなくて、生身のじいさんが知りたかっただけだったのに。
「なあ、じいさんがこの屋敷にいた時の事を教えてくれ」
もしかしてもしかしたら、俺はじいさんの事が知りたかっただけで、本当は王になりたくなかったんじゃないか? それが知りたくて黙って案内してくれる少女に聞いてみたが相変わらず無表情で何を考えているのか分からない表情だったが、俺には困惑してるように見えた。
「俺は偉大な王としての話なら知ってる。だけど、じいさんが何が好きだったとか、毎日どういう風に過ごしていただとかは全く知らなかったんだ」
「……それなら」
そう言って彼女は温室へと案内してくれた。
「ここは、書斎ではありませんが、初代様のお気に入りの場所でいつか孫を連れて来たいとおっしゃっていました」
「そういえば不思議だったんだが」
「はい?」
「じいさんが王だったのは何千年も昔だったんだろ? 寿命とかどうなってんの?」
「下、下界とは違う空間でここは時間が捻れています。初代様が昨日まで居たと思えばこの屋敷もそうなります。そしてそれは少なからず下界にも影響していて、確か下界では王は……」
「ふーん」
全く分かりそうもない答えは無視して温室の中を動き回る。小さい温室だけれど、あの小さい人形たちがちゃんと手入れしてるからか、綺麗で居心地の良い空間となってる。
あと、派手派手しくて花です! って主張してるようなのがないのもいい。小さくて野草と見間違えそうな花もあるけど、素朴で可愛いらしい。
「初代様がこちらにいらした時あなた様はまだ生まれたばかりで、私も一度顔を見た事があるんですが、成長されましたね」
一体いくつなんだと思ったけど、ここは人形屋敷。それならばこの少女だって人形なんだろう。
「初代様はあなた様の事をとても可愛がっていたんです。だからあなた様が王に選ばれない事を知ってそれはもう残念がられていました」
「そう……」
じいさんも知ってたんだ。それならどうしてみんな俺に王になれって言い続けたんだ?
頭を過る疑問に心が蝕まれそうになる。アーシャの前であんなにみっともなく泣いたのに全然駄目じゃねえか。
「なっさけな……」
「でも、会えて良かったです」
少女の言葉にバッと顔を上げれば笑っていた。
ずっと無表情で、でも、それは人形だからと思っていたからで、こんな顔も出来るだなんて知らなかった。
「ずっと初代様にあなた様の事を伺っていたので、どんな方かと思っていたんです」
「王になれない奴なのにか?」
「そんな事は関係ありません。私はあなた様が優しそうな方で良かったです。それにあなた様には初代様の面影があって、見ているととても懐かしい気持ちになります」
「……そう」
それから俺は彼女が話すじいさんの話にずっと耳を傾けていた。
彼女の話すじいさんはそこかしこに残ってて、俺の知らないじいさんはここで、この子の中で生きていたんだなと思ったら胸が熱くなった。
以前はのっぺりとした文字だけでしか知らないじいさんしか知らなかったけど、この子のおかげでじいさんが身近に感じられて、それがとても嬉しい。
「そう言えばあんたって名前あるの?」
「名前ですか?」
「そう、名前。人形屋敷に仕える人形って言ってたけど、じいさんやもう一人の王だってあんたの事人形って呼ばなかったと思うんだ。というか、ずっと人形って呼ぶのもおかしい気がして……もし、良かったらあんたの名前を教えてくれないか?」
「……」
「えっと、客には教えられないとか?」
「いえ、初代様も二代目様からもお名前をいただきました。ですが、私はもうすぐ三代目様にお仕えするので、今までの名前は使えません」
「あっ、そっか……」
そうだった。あの泣き虫エリックが王に選ばれたと昼間散々泣いた事を思い出す。
そこまで思い出して顔が熱くなる。アーシャに縋り付いて泣いたんだった。
明日からどうやってアーシャに顔を合わせればいいのか分からない。
ああ、違うんだ。あんなのいつもの俺らしくない。というか何であんな事をしたんだと今更ながら恥ずかしくて悶絶しそうになる。
「どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもないんだ……」
これからどうしようか。じいさんの後を継ぐ事は出来なくなってしまったけど、俺に出来る事はあるだろうか? 目の前に立つ少女ならば何かしらの答えをくれるんじゃないかと期待しそうになるが、それは期待し過ぎだろうか?
ちらりと彼女を見やればこちらではなく小さな人形たちが仕事をしているのを見てるのを見て少しだけならいいんじゃないかと思ってきた。
「あの、やっぱり話を聞いて貰っていいかな?」
「はい」
それから長い長い話をした。小さな頃からじいさんのように王になるようにと育てられていた事。それは叶わずに泣いた事。じいさんの事を知れて嬉しかった事。泣いたのが恥ずかしくて縋った女の子にこれからどういう顔をして会えばいいのか分からない事。
「それからあなたに会えてとても嬉しかった。ありがとう」
◇◇◇◇◇◇
数十年後
「せんせー! またあの話してー!」
「……またか、お前らはいつになったら飽きるんだ?」
「だって、あの話好きなんだもん!」
そう言って笑う子どもたちの顔は嬉しそうで思わずケインも自然と笑顔になった。
「そうだな。それじゃあ先生が人形屋敷に招かれた時の話をしよう」
あれから俺は教師となり、こうして沢山の子どもたちに囲まれて充実した暮らしをしているが、エリックが王に選ばれた直後は大変だった。
みんな腫れ物に扱うように俺の事を見てくるし、父さんは俺に失望したとか言ってそれ以降連絡が取れなくなった。
それでも、変わらずに接してくれたのはアーシャだけだった。彼女が居てくれたから今の俺があると言っても過言じゃない。
そしてアーシャは今も尚俺と一緒に暮らしていて孫までいて幸せだ。
正直あの時の事は今でも夢だと思っている。だけど、確かにその夢は俺の中に残りこうして今も色付いている。
みんなの見る目が変わって怖かった、辛かったけれど、それでも、俺はこうして生きて暮らしてる。
あの時あの少女に沢山話して沢山聞いて色々とスッキリしたおかげだと思う。もし、もう一度人形屋敷の少女に会う事が出来たのならば君に会えて良かった。ありがとうと伝えたい。