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短編集  作者: こま
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いつかまた

さあああとどこからともなく水の流れる音がする。


 ああ、今日って雨なんだっけ。


 こんな日はもう少しゆっくりゆっくりしてたいとベッドの中で微睡んでるとぱたぱたと軽い足音が聞こえて来た。


「師匠起きてる?」

「んー」

「もう、朝ご飯出来たから起きて!!」


 弟子のアシェリーの言葉に布団から片手だけ上げて返事をしてると布団が剥ぎ取られたから仕方なく起き上がる。


「今日は何?」

「今日は目玉焼きと師匠の好きなレタスのサラダ! サラダにはカリカリに焼けたベーコンとチーズ掛けたよ。あと、パンはいい感じに焼けたから早く食べようよ!」

「あら、おいしそうね」


 寝間着を脱いで服を着替えながらアシェリーの話しに耳を傾けた。


 近所で子猫が産まれた。お隣の奥さんからたまごと野菜をもらったからお昼はちょっぴり豪華にしたい。今日は雨だから庭の薬草が気になるとあたしが着替えを終わるまで話題は尽きることなく続いた。


「お話はそこまでね。冷めちゃう前に食べちゃいましょ」

「うん!」


 アシェリーと一緒に部屋を出てリビングに行くと嫌な顔がいてただでさえ天気が悪くて今日する予定だった山に薬草を取りに行くことが出来ないのに。


「よ、調子はどうだ?」

「あなたの顔見て最悪よ。今日は山に薬草を取りに行く予定だったのに」

「こんな天気にかい?」


 相手の男、ブレッドは窓の外を見て眉をしかめてたがすぐにこっちにふり向いて不思議そうにして来たけど、あんたと話してるぐらいならこんな天気でも山に行った方が楽ですと言いたくて仕方がない。


 ブレッドは本名ブレッド・シ・アラン・ソロン・ドアレットというめちゃくちゃ長い名前の王族なんだけど、こいつと会うたびに厄介ごとを押し付けられて嫌いで嫌いで仕方がない。


 アシェリーもこいつに押し付けられたんだけど、アシェリーは可愛くて仕方がないからアシェリーだけは例外。


 だから、厄介ごとしか持って来ないブレッドが来たことに警戒するなと言う方が無理がある。


「ええ、ジャスミンさんが腰を痛めたとかで必要な薬草が山にしかないからね」

「誰だよそれ。別の日じゃダメなのか」

「当たり前でしょ。で、今日は一体何をさせるつもりなの?」

「おいおい、俺がお前に会いに来たとは思わないのか?」

「思わない」


 ブレッドを無視してアシェリーにも食べるように勧めているとブレッドは諦めたようにソファーに座り直した。


「全く。今日来たのは忠告だ」

「忠告?」


 カリカリに焼けたパンを一口口に入れればふんわりとしたパンの甘さと芳ばしい匂いに食欲が刺激されブレッドのことを忘れて食べているとブレッドがわざとらしくため息を吐き忠告だと言う。


「そうだ。魔女狩りが始まった」

「どこで?」


 魔女狩り。


 あたしとアシェリーは魔女。


 魔女は人と共に生きるが、生きる時間は人とは違い長い長い時間を生きる。


 魔女の特徴としてはくるぶし近くまで伸ばした長い髪にある程度の年齢に達すると見た目が全く変わることはなくなる。


 ただ、時が止まるまでに個体差があり、一説によると成長が止まる時はその魔女の一番力がある時と言われていて早い魔女だと一桁の年齢から遅いと老婆のような姿の時に止まる者もいるとか。


 幸いあたしは18の時に止まり、アシェリーは今は7歳でまだまだ成長しているのでこれからどんな風に成長していくか楽しみだ。


 魔女は自然を愛し、自然も魔女を愛するためなのか薬草に詳しくなっていく。その知識を人に授けたり、薬を作り人々を癒したり不思議な力を使って問題を起こす魔女もいれば人の為にその力を使おうとする魔女もいる。


 あたしは後者の魔女でアシェリーにも後者の魔女になって欲しいと願っている。


「まだ国境の辺りだが、その内この辺りまで来るぞ」

「なるほどね」


 魔女狩りは前者の問題を起こす魔女を人間たちがどうにかしたいと始めたもので、あたしたち後者の魔女は見てみぬ振りをしていたが、最近の人間は後者の魔女も悪ではないのか? と言い出し、人間を見限る者が相次ぎ、今は人の世に残っている魔女は半数にも満たない。


「なるほどって驚いたり怒ったりしないのか?」

「別にこうなることは予想してたし」

「そうか」


 心配して損したとぶつくさ文句を言うブレッドにこいつでも心配することなんてあるのかと不思議に思った。


 いつも飄々としていて掴みどころがなく、笑みを浮かべて厄介ごとを置いてくだけの奴なのに。


「それでどうするんだ」

「何が?」

「これからのことだ」

「ああ、それか」


 ちらりとアシェリーを見ればアシェリーもこれからのことが気になるのか食べる手を止めてあたしが何て言うのか気にしている。


「出ていくだけよ」

「どこに? もし、あれだったら俺のとこに来るか?」

「行く訳ないでしょ。適当に山奥か、そうね無人島で百年か二百年ぐらい引きこもろうかしら。アシェリー荷物をまとめましょう」

「そんなにか?」

「そんなによ」


 人間は恐ろしく執念深いところがある。そんなところさえなければもっと短く戻って来られるかもしれないが、そんなことはあり得ないだろうと告げればブレッドも同じことを考えているのか肩をすくめてあたしたちが荷物をまとめるために立ち上がろうとするのを止めなかった。


「もし、あれだったら俺のところに来るか?」

「冗談でしょ。ただでさえあなた不良王族って言われてるのにこれから当たりの強くなる魔女なんかを手元に置くなんてどうかしてるわよ」

「そうかもしれない。けど、本当にお前のことは気に入ってた」

「あら、ありがとう。アシェリー荷物はもうまとまった?」

「はい。でも」


 そこでブレッドの方をちらりと見る。


「話はもう終わったわ」

「ああ、気にするな。アシェリーも元気でな」

「うん」


 ブレッドがアシェリーの頭を軽く撫でた。それが合図だったか分からないけど、あたしたちの間でそれ以上会話もなくあたしとアシェリーは家を後にした。


「師匠、これからどこに行くの?」

「ブレッドにも言ったけど、無人島でもいいわね。アシェリーはどこに行きたい?」

「あのね」


 もじもじとするアシェリーにもう少しここに居たかったのではないだろうかと考えが過ったが、それにら気付かない振りをしてもう一度どこに行きたいか尋ねた。


「あたしたちには永遠とも言える長い時間がある」

「それじゃあ……」

「ん?」

「またいつかここに戻って来れる?」

「そうね。またいつか戻って来れるわ」


 嬉しそうに笑うアシェリーにそのいつかの時には一人立ちしてあたしとはいないだろうし、あたしたちの時間は人間とは違うよと告げられなかった。


「いつかまた2人でここに戻ってこようね」

「そうね。いつかまた」


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