第8話 サキュバス喫茶
いかがわしい外観にいかがわしい内装。照明もBGMも店員もメニューもサービスも何もかもいかがわしいお店。
それがここ、サキュバス喫茶『ベノム』だった。
一応、喫茶店という名目で営業しているので、まだ多感な少女であるシルクが働いていてもギリギリ大丈夫なお店だった。たぶん。夜に営業してはいるが。
「お兄さん何やってる人なのぉ?」
「い、いやぁただの召喚師だよぉ」
店内のあちこちで、若々しくも妖艶な雰囲気を放っているサキュバスの少女たちが、お客さんを相手に接客している。
「うぅ……」
「ちょっとシルクさんっ! そんなお店の隅っこで何やってるのっ!」
「あ、せ、先輩っ……! す、すみません……!」
サキュバスの姿でサキュバス喫茶で働いているにも関わらず、シルクはいつまで経っても恥ずかしがってまともに働けていなかった。
「あなたはサキュバスなのよっ! ちゃんとお客様の前でしっかり、品のない堕落した態度で接客をしないと駄目じゃないのっ!」
(そ、そんなこと言われてもっ……!)
シルクの身体はサキュバス化しているが、心は僧侶のままだった。信仰する神様への罪悪感と羞恥心でもういっぱいいっぱいだったのだ。
「ほら、あちらのお客様に接客して来なさいっ!」
「は、はい……」
あちらのお客様と呼ばれた大人しそうな男性は、このお店が初めてといった様子で緊張した面持ちで座っていた。
そこへ同じく緊張したシルクは、処理落ちしたかのようにカクカクしながら歩いていく。
「こ、こんな所に迷い込んじゃったんですかぁ……?」
これがこのお店の“挨拶”であった……。シルクは必死に品のない堕落した感じを出そうとしていた。
「ごくり……は、はい……」
男性の視線は、布面積の少ないシルクの胸元に向いている。シルクの身体は、特に何もしなくても品のない堕落した感じが出ていた……。
「じゃ、じゃあ今夜は、わ、私と遊んでくれますか……?」
「は……はい……。あ……遊びましゅ……」
必死にマニュアル通りの接客をするシルク。もう顔から火が出そうだった。
(こ、こんな姿をもし僧侶仲間に見られたら、本当に生きていけないっ……! )
そしてシルクは、いかがわしいメニューが隅々まで載っている、なんともいかがわしいメニュー表を男性に手渡した。
「こ、これが私たちのいやらしい気持ちのこもったとっても恥ずかしいメニューです……。い……いやらしく、舐め回すようにねっとり見て、選んでくださいね……?」
「は、はい……いやらしくねっとり見ます……ハァハァ……」
男性は呼吸を荒くしながら、顔を真っ赤にして震えていた。シルクはなんとか持ち前の真面目さで、この場を乗り切ることが出来た。
「……シルクさん」
「は、はい!? 先輩すみません!! だ、駄目でしたよね……!? も、もう私脱ぎます……!! 最後の一枚まで脱ぎますからっ!!」
「……やれば出来るじゃない」
「あ……せ、先輩……!!」
先輩は先ほどの厳しそうな雰囲気から、優しい表情に変わっていた。
「まだまだ硬いけど、それがあなたの個性かもしれないわね……だって……」
「あんな今にも絶頂しそうにプルプル震えながら喜んでいるお客様なんて……なかなか見られないもの……」
「あ、ありがとうございます……!!」
真面目なシルクは、サキュバス喫茶の仕事とはいえ、先輩から褒められとても嬉しかった。
「わ、私、頑張ってもっともっと品のない女になります……!!」
「うん。その意気よ……!」
朝日が昇る前の明朝。
仕事が終わり帰宅したシルクは、自室でうずくまっていた。
「な、なんで私はあんなことを〜っ!!」
ついテンションが上がり、品のない女になると言ってしまった自分が今さら恥ずかしくなり、シルクはしばらく後悔で動けなくなった。