第5話 スライムでろでろ
「1枚……2枚……3枚……」
「2999枚……。い、1枚足りない……」
異世界アパート『スミヤス荘』。そこに住む勇者ナイナは、薄暗い部屋でコインを数えている……。
貧乏勇者ナイナが、スライム狩りで得たお金を数えていた。勇者が住んでいる部屋の家賃は、ひと月3000Gだった。
異世界のアパートの家賃としてはかなり格安で、貧乏なナイナでもなんとか払える額だった。しかし、ナイナが収入源にしているスライム狩りは、かなりの体力と時間と精神力を費やす作業だった。
「スライム狩りなんて馬鹿げた仕事(?)しないで、バイトか何かすれば良いんだろうけど……」
「私、人付き合いが苦手だから……。そのせいで、冒険でも仲間が作れず、勇者業もひとりのまま続けて、それで途中で挫折したからな……」
ナイナは自分の社会不適合っぷりに打ちひしがれながら、家賃分の最後の1Gを稼ぎに行くことにした。
外に出ると、槍のような水滴が建物を打ち付ける音が聞こえてきた。ナイナは今まで、お金を数えるのに夢中になっていて気が付かなかった。
「あ、雨じゃん……」
本日はあいにくの雨。それもかなりの土砂降りだった。言うまでもなく、スライム狩りにはあまりにも不向きな天候だった。
「でも、私、家賃滞納してるし……。一刻も早く支払わなければ……」
ナイナは仕方なくレインコートを着込み、剣と盾を装備して、スライム狩りへと赴くのだった。
……いつもの平原に到着した。灰色の空に包まれ、まるで、ナイナの心の中のようにどんよりしていた。
「さて、スライムでろでろ」
いつものようにゲームパッドの方向キーをぐりぐり動かすかのような動きで、ナイナは平原をぐるぐるぐねぐね動き回る。だが。
「で、出ない……!」
雨の影響か、スライムの出現率はかなり下がっていた。いつもは無限にいくらでも出てくるスライムが、今日に限って一匹も出ない。
「も、もうスライムじゃなくても良いよ……! お願いだから何か出て来て〜っ!!」
レインコート越しに雨に打たれ続け、ナイナの肌はだいぶ冷えていた。盾に打ち付ける雨も煩わしく感じ、もう早く帰りたい気持ちでいっぱいだった。
その時だった。
「ポヨンポヨーン」
「あっ! きたき……」
そこにいたのはスライムだった。
だが、そのスライムは普通のスライムではなく、黄金に光り輝いていた。
「レ、レアスライムだっ!!」
極稀にスライムの中に紛れ込む、スライムの希少種だった。ナイナはレアスライムの存在は知っていたが、見るのは今回が初めてだった。
ナイナは今まで、数え切れないほどのスライムを討伐している。それなのに今まで出会ったことはない。それほど貴重な存在だったのだ。
「こ、こいつを倒せば……!! 通常の何千倍もの大金をばら撒くはず……!!」
ナイナは剣を構えながら突撃するが……。
「ポヨヨーン」
「は、速いっ……!!」
レアスライムは恐ろしい速さで動き回る。全力で追い掛け回すが、全くスピードについていけない。
「え……? ヤダよ私……! こんなレアなの見つけて逃がすなんて絶対ヤダよ!?」
ただでさえ雨でびしょ濡れなのに、ナイナは泣きそうになっている。
「ポヨヨヨーン」
「こ、このぉっ!!」
咄嗟にナイナはレアスライムにフェイントを仕掛ける……! 右に攻撃すると見せ掛けて一気に左に回り込んだ……!
「そこだぁっ!!」
ナイナの剣は、確実にレアスライムを捉えていた……!
『MISS』
剣はレアスライムの残像を通り抜けた。当たったはずなのに、レアスライムの“回避率”で攻撃は“当たらなかったことに”されてしまった……。
「ポヨンポヨーン」
そのままレアスライムは、平原の遥か遠くへ姿を消した……。
「あ、あああああ……」
土砂降りの雨に打たれながら、ナイナは膝から崩れ落ちた。
「うわああああんっ!! 私のお金がぁ〜〜っ!!」
ナイナは泣いた。雨にも負けない勢いでいつまでも泣き続けていた……。