第4話 狙われる勇者
貧乏勇者ナイナは101号室。僧侶シルクは201号室に住んでいた。そして、勇者の隣の102号室。そこにも訳ありな人物が住んでいた。
早朝、102号室のドアの前で、カルマは長い黒髪をかきあげながら、首からチェーンでぶら下げている綺麗な宝石を何気なく見つめていた。
「あ、どうもカルマさん。おはようございます〜……」
ふと気が付くと、カルマの隣に住んでいる勇者ナイナが挨拶をしてきた。カルマはこれからゴミ捨てに行くところで、偶然鉢合わせたようであった。
「あ、ナイナさん……。き、奇遇ですね……」
「え、えぇ……」
「…………」
カルマは口数の少ないタイプだった。どうやらナイナもカルマと似た性格のようで、そこで会話は続かなくなった……。
「じゃ、じゃあワタシ、ゴミ捨てに行って来ますね……」
「は、はい。いってらっしゃい……」
(勇者のゴミ、し、仕方ない……。今日もチェックするか……)
ゴミ置き場に着くと、カルマは辺りを警戒しながらガサゴソとナイナが捨てたと思われるゴミ袋を漁っていた……。
「普通だ……。特に言うべきことも見つからないくらい普通だ……」
ゴミのチェックが終わるとナイナのゴミ袋を元に戻し、カルマも自分のゴミ袋を捨てた。
それから数時間後。
「むむむ……」
部屋で過ごしているカルマは、今度は壁に耳を付け、勇者の部屋の物音を気にしている。
『はぁ〜あ……』
勇者の部屋からは溜め息が漏れている。カルマにとっては聞き慣れた声であった。
『私はいつまでこんな生活を……』
勇者はひたすら溜め息とネガティブな発言を繰り返していた……。
「ゆ、勇者……毎日同じことを一人で喋っている……」
勇者の独り言を盗み聞きしていた時であった。突然、カルマが首にぶら下げていた宝石から音が鳴った。
「わっとっと! つ、通信が来た……!」
宝石に軽く指を置くと、宝石から映像が浮かび上がり壁に投影されていた。
『どうだ? カルマ。何か分かったか?』
壁に投影されていたのは怪しい真っ黒い格好をした男であった。彼は玉座のような物に座っていた。
「い、いえ魔王様……。いつも通り勇者は、ずっとネガティブなことを一人で喋ってるだけです……」
カルマは壁に投影されている人物を魔王と呼んだ。カルマは魔王から送り込まれた刺客の少女であり、定期的に魔王から連絡が来るのだ。
「あ、あの……。あの人、本当に勇者なんですか……? 全然そういう風には見えないんですけど……」
『だが、勇者と名乗っているんだろう?』
「え、えぇ……。表札にもわざわざ勇者ナイナって書いてありました……」
『じゃあ勇者じゃないか』
「え、えぇ……?」
『あのな。カルマよ。勇者というのは一筋縄ではいかんのだ。一見大したことなさそうな奴でも、実はとんでもない実力を秘めていたりする物なのだ』
「は、はぁ……。そういうもんなんですかね……」
『そうだ。そういうもんなのだ』
『では、引き続き勇者の監視をよろしく頼むぞ』
魔王がそう告げると、映像が途切れ、通信が終わった。カルマは溜め息をついた。
「本当かなぁ……。あの人本当にそんなに凄い人なのかな……」
毎日ナイナの様子を観察しているカルマは、見れば見るほど、ナイナが冴えない可哀想な女の子にしか見えなかった……。
魔王は勇者を警戒していた。その警戒心は異常で、勇者の名を語る人物全てに見張りを付ける程であった……。
「ワ、ワタシはいつまでこんな生活を……」
「あっ……ナイナさんみたいになっちゃった……」
魔王の配下として、人間のフリをしながら潜入捜査を続ける魔族カルマは、いつ終わるか分からない監視生活に、不安と嫌気が差していた……。