第38話 王国奪還編⑨
「ウ……ウスメさん……?」
ナイナは串刺しにされているウスメを見つめている。ピクリとも動かない。体の中心を貫かれて激しく出血している。人体の構造を想像すると、ウスメはもう……。
「こんなヘタレを守るために死んじまうとは。ケッ。無駄死にも良いところだな!! ハハハハハハハハッ!!」
動かなくなっているウスメを尚も串刺しにし続けるアンデックス。ナイナは意識が遠のいた。自分のせいで、あんなに優しくてカッコ良くて親切で、自分のことより周りのことを優先する、素敵な忍者の少女が、串刺しにされて殺されてしまった。
(わ、私のせいだ……)
(私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ私のせいだ)
「テメェのせいだよ。ケケケッ」
アンデックスはウスメの死体を傷付けるのに飽きると、仲間の死を前に放心状態のナイナに狙いを変えた。
「結局、お前も死んで、あいつはますます無駄死にだけどなァ!!」
アンデックスはウスメの血液がべっとり付着した骨の大剣を、ナイナに向けて振り下ろした……!
激しい衝突音が辺りに響いた。
ナイナの絶望感に苛まれながら、新しく買い替えることが出来なくなった使い古しの安値の剣で、アンデックスの大剣を受け止めている。
「……やっぱりテメェは何かおかしいな」
「分身からお前の異常な強さは感じていた。なんなんだその力は……? なんの能力だ……」
「…………」
ナイナは何も答えない。いや、答えられない。恐怖はとっくにどこかへ行った。後悔と罪悪感と怒り。様々な感情が一気に溢れ出し、現実感が消失してしまったナイナは、自分が悪夢の中にいるかのような感覚に陥っていた。
(私のせいでウスメさんが……私のせいで……私のせいで……)
「まぁ。どうでもいいか……。考えるのもめんどくせぇ……。何回も斬ってりゃそのうち死ぬだろ」
アンデックスは、再び大剣をナイナに向けて振り下ろす。ナイナはそれを反射神経だけで受け止める。剣と剣がぶつかり合う音がひたすら響き渡る。
「なんなんだこいつは……? 何かに取り憑かれてるのか……? なんで俺の攻撃を防ぎ続けられる……」
(私のせいで……私のせいで……私のせいで……私のせいで……)
ナイナは自分を呪い殺すかのように、いつまでも心の中で罪悪感を爆発させていた。攻撃するでもなく、逃げるでもない。しかし、ウスメの死を無駄に出来ず、負けることも出来ない。ナイナはもう、自分がどうすれば良いのか分からなくなっていた。
「いつまでそうやって突っ立ってる気だ? 貧乏勇者」
「勇者ならちょっとは戦えよ!!」
ひたすらアンデックスの攻撃を受け止め続けるナイナ。ナイナは無傷でも、剣の方が悲鳴を上げていた。このままでは武器を失ってしまう……!
「い、今、アンデックス……ゆ、勇者って言ったよな……?」
「あぁ……確かに言った……! あの人、勇者なのか……!?」
雑魚魔族が逃げ出し、奴隷の仕事から一旦解放されていたアンシエルの住民たちが、ナイナとアンデックスの戦いを見ていた。勇者という言葉を聞き、目を輝かせている。
「勇者様なら……アンデックスに勝てるかもしれない……!!」
「みんな……! 勇者さんを応援しようぜ……!!」
『ゆーしゃ!! ゆーしゃ!! ゆーしゃ!! ゆーしゃ!! ゆーしゃ!! ゆーしゃ!!』
城下町の人間が、一斉にナイナを応援し始め、勇者コールが巻き起こる。
「あぁん!? うるせぇな!! クソ人間共が……!!」
意識がハッキリしないナイナの耳にも、城下町の人々の声が薄っすら聞こえ始める。今まで忘れていた自分の使命を思い出し始める。
『ナイナ、勇者になるの? 凄いじゃない! 私は、あなたはきっと選ばれし存在になるんじゃないかってずっと思っていたんだから……!』
『うぅっ! 父さんと母さんのことは心配するな……! お前は立派に、自分の使命を果たして来い……!』
『早くお金稼いで、世界救ってくださいね……。勇者さん……!』
『こ、こんなことお願いするのは本当に失礼だと思うのですが、勇者様であるナイナさんに“G”をやっつけて欲しいなって思って……』
『私、勇者さんしか頼れる方がいないんですっ……!』
『ゆ、勇者さん。ワタシです……! カルマです……!』
『勇者さんでも無理なんですか……』
ナイナの脳裏には、今まで自分を勇者だと呼んでくれた人、頼ってくれた人の記憶が蘇っていた。
(そうか……。私、勇者なんだ……)
「いい加減にしろテメェら……。ぶった斬って黙らせてやる」
「ひぃっ……!?」
勇者コールを続けるアンシエルの住民に腹を立て、アンデックスがナイナから住民へとターゲットを変えてしまう。アンデックスが誰から殺そうかと品定めを始める。
「うわあああああん!! ママあああああっ!!」
幼い子供がアンデックスの迫力に怯え、泣き出してしまった。それを母親が必死になだめようとしている……。
「ケケケ……。自分から殺してくださいってか?」
場違いな泣き声を聞き、アンデックスは面白がって、まずは親子を殺すことに決めた。
「すみません、すみません!! アンデックス様……!! この子だけは許してください!! お願いします!! お願いします!!」
母親の必死の懇願にも聞く耳を持たず、2人まとめて斬り裂こうと大剣を振り上げる。
「ケケケケ……死ね」
アンデックスが親子を斬り裂こうとした瞬間。アンデックスの両腕は宙を舞っていた。
「あ……?」
「その人たちから離れろ……」
ナイナが剣を構えアンデックスを威嚇している。震えも怯えもせず、ただ真っ直ぐに敵を見据えている。
「ようやくやる気になったか……? どんだけスロースターターなんだテメェはよ……。ケケケケ……」




