第37話 王国奪還編⑧
キャンシーとの激闘の後、カルマは気を失って倒れていた。そこへ様子を見に来たウスメの分身が駆け付けてきた。
「カルマ殿……! こ、こんな状態になるまで頑張っていただいて……」
ウスメの分身は倒れているカルマを抱え、戦線から離脱した。アンシエルの外へ出ると、ひと気のない林へカルマを寝かせ、そこで介抱に務める。
「この作戦がどのような結末を迎えても、カルマ殿の頑張りは決して無駄にはなりません……。カルマ殿のこれからの人生に、繋がっていくと思います……」
ウスメの分身は涙を浮かべながら、カルマの奮闘を静かに称えていた。
「あとはナイナ殿ですね……」
「作戦を成功させるのが目的ではありますが……。ここまで来て戦いに挑んでいることがもう凄いんです……。もしも、作戦が失敗してしまっても、抱え込まないでください……」
ウスメは、スミヤス荘の住人たちの複雑な事情を知り、それをずっと見守ってきた。彼女たちに対する想いは人一倍強く、何よりも彼女たちが楽しく笑って暮らせることを望んでいたのだ……。
◇
「くはっ……!!」
「ウアァッ!!」
アンシエルの各地で、ウスメの分身とアンデックスの分身がぶつかり合っていた。アンデックスの分身の数は減り続けてはいるが、ウスメの分身の方が劣勢だった。
「ま、まずいですね……。拙者の数はもうかなり減ってしまいました……」
「アンデックスの本体はまだ姿を見せていないようですね……。我々全員、このまま分身だけに全滅させられてしまったら、作戦は完全に失敗です……!」
◇
一方、城下町の中央。ナイナとウスメの本体、ウスメの分身数名がそこで戦いを続けていた。
「うあぁっ!!」
「ウ、ウスメさん、の分身さん……!!」
ナイナとウスメたちは苦戦を強いられていた。本体を除いた9人のウスメたちは、もう残り2人までに減ってしまっていた。一方、アンデックスの分身は、この場に10人以上姿が確認出来る。
ナイナはやはり恐怖心を克服出来ず、アンデックスの攻撃を盾で防いでばかりだった。アンデックスを倒しているのはウスメたちだけだった。
(わ、私はアンデックスの分身を倒したことがあるんだ……! だったら倒せるはずでしょうが……!)
ナイナは、なんとか震える手と足に力を込める。しかし、アンデックスが視界に入ると体が震えてしまう。
(こ、怖い……!! ……くそっ!! なんで私はこんなにヘタレなんだ!? みんなが頑張ってるのに……!!)
(怖いんだったらもう見るな!! こうなったら見ないで倒せ……!!)
ナイナはウスメたちが近くにいないことを確認すると、アンデックスの分身を薄目で捉えつつ、一気に突撃する……!
「うわあああああっ!!」
「ぐおあああああッ!!」
ナイナの剣がアンデックスの分身を斬り裂いた! あまりにもあっさり倒せてしまい、ナイナは混乱してしまう。
「な、なんで……? ウスメさんがあんなに苦戦しているのに……」
「う、運が良いのかな……。いや、それはないな……」
自分の貧乏生活の日々を思い出し、ナイナは苦笑いを浮かべていた。
「分からないけど……倒せるなら、やるしかない……!!」
ナイナは“怖いから見ない作戦”で次々とアンデックスの分身を一撃で倒していく……! その光景はまるで“平原でスライムを狩っている時のナイナ“であった。
(怖いなら見るな……! 怖いなら見るな……!)
「クソが!! なんなんだこの貧乏勇者は……!?」
アンデックスの分身たちは、ナイナに無双され狼狽えている。国を乗っ取るだけの戦闘能力を持つ軍団が、たった一人に蹂躙されていく……!
◇
「あああああッ!! す、凄いっ!! 凄いですよナイナ殿おおおおお!!」
ナイナガチ勢のウスメは、涙を流しながら彼女の活躍に大興奮していた。その時であった。
「オイ……何好き勝手、人の分身倒してくれてんだテメェ……!?」
「…………ッ!?」
アンデックスが新たに一人現れた。しかし、他のアンデックスたちとは威圧感が違う。一際凶悪なオーラを放っていた。
「ア、アンデックスの本体……!!」
ついに現れたアンデックスの本体に、ウスメは冷や汗を流している。やはり分身とは違う。忍者としての勘が、早くこの場から逃げろと警報を鳴らしている。
「この前、俺の分身がやられたのは何かの間違いかと思ってたが……。まさか、ここまでやる奴だとは……」
「あのゴーレオンのおっさんが負けるのも頷けるわ……」
「はぁ……はぁ……!」
ナイナはようやく恐怖を乗り越える術を編み出したが、ウスメの緊張感を感じ取り、再び怯え始めている様子だ。
「だが、ここまでだ……。俺が来たからには本気で殺す」
「あ、ああぁ……」
アンデックスに殺意を向けられ、ナイナの表情は曇る。弱々しく震え、過呼吸寸前になっていた。
「ナイナ殿……」
ウスメは怯えるナイナの様子に気付き、彼女を庇うように前へ出る。残り2人の分身を使い、なんとか自分が戦おうと策を練る。
「ナイナ殿はもう十分頑張りました……。煙玉を使ってここから撤退してください……!」
「で、でも……!」
ウスメは小声でナイナに声を掛ける。しかし、ナイナの性格を考えると、撤退することも躊躇うことは予想出来ていた。
「あとは拙者が戦います……! ナイナ殿のおかげで拙者はまだ無傷です……! これならなんとかなります……!」
ウスメは自分の戦力よりも、ナイナのケアの方を優先した。
「あとはお願いします……」
「分かりました……!」
ウスメは自分の分身にナイナを託す。ウスメの分身の一人は煙玉を使い、ナイナを抱えこの場から撤退した。ウスメの残りの戦力は、本体と分身を合わせた2人だけになっていた。
「ウ、ウスメさぁーんッ!!」
抱えられながら、ナイナは絶叫した。ウスメは元より、ナイナのために命を懸ける覚悟だった。
「さて……じゃあなんとかしますかね……」
アンデックスの分身相手に分身3人がかりで戦っていたウスメ。しかし、今は本体を前にして、たったの2人しかいない。絶望的な状況なのは火を見るよりも明らかだった。
「お前も震えてるぜ……? ここにはヘタレしかいねぇのか? ケケケッ」
「拙者のことはなんとでも言えば良いです……。でも、ナイナ殿を侮辱することは絶対に許しませんよ……!!」
ウスメはナイナのためにも、力を振り絞りアンデックスに立ち向かっていった。
◇
「ウスメさんの分身さん……!! 私やっぱり戦いますから……!! お、降ろしてください……!!」
ナイナを抱え城下町を軽々と飛び回り、アンシエルの出口へ向け撤退を続けていたウスメの分身。ナイナは怯えている場合じゃないと勇気を再び燃やすために奮闘していた。だが、ウスメの分身は止まらない。
「大丈夫です……! 拙者は忍者です! なんとかしますよ! 何故なら、忍者ですからね……! うぅ……!」
「ウ、ウスメさん……?」
「す、すみませんナイナ殿……。あ、あとはご自分の足で、逃げて……ください……」
「え……?」
「せ、拙者のこと……気付いて、もらえて、本当に、う……嬉し、かった……です……」
「ありがとう……ございました……」
そう言い残し、ウスメの分身は消えてしまった。ナイナは今生の別れのようなウスメの言葉に血の気が引いていた。
「そ、そんな……ウスメさん……?」
ウスメの本体に何かあったに違いない。そんな予感にナイナは出口に向かえる訳などなかった。
「なんだよ……。結局帰ってきたのか……」
再びアンデックスがいた場所に戻ったナイナ。そこでナイナが目にした物は、骨の大剣に胴体を串刺しにされ、大量に血を流して横たわっているウスメの姿だった……。




