第36話 王国奪還編⑦
キャンシーを撃破したかに見えたカルマ。しかし、キャンシーは脱皮して傷付いた身体を脱ぎ捨て、一段階強化された姿へと生まれ変わっていた。
「どうだカルマ……? 勝ったと思ったのに逆転される気分は……?」
「奥の手ってのは、ギリギリまで取っておくもんなんだよ……!」
「……ッ!!」
「“カニ鎌”ッ!!」
再びハサミの鎌攻撃がカルマに襲い掛かる……! カルマも再び炎の蹴り技で迎え撃とうとするが……。
「あぁうッ……!!」
威力が増したキャンシーの攻撃を受け止めることが出来ない……! カルマの脚は切り裂かれ、出血してしまっている。
もう接近戦では対抗出来ないと判断したカルマは、一気に後ろに飛び退け距離を取る。
「“カニ光線”ッ!!」
距離を取ったカルマに向け、真っ白な光線が放たれる。威力も速度も“カニ弾”を上回る攻撃に、カルマは対応出来ない……!
「うああああッ!!」
光線が直撃し、爆発で吹き飛ぶカルマ。黒煙を纏いながら地面に倒れ伏している。
「攻撃が、は、速くて……魔力を狩るのが、ま、間に合わない……」
「よっしゃあ!! どうだカルマ!! お前なんかがアタシに勝てる訳ねぇんだよ!! アハハハハハッ!!」
カルマを見下ろすことが出来たキャンシーは、上機嫌で優越感に浸っていた。
しかし、カルマは諦めていない。体のあちこちを怪我しているにも関わらず、すぐに立ち上がり、闘志と共に身体の炎をさらに燃やしている。
「あ〜もう、そういうの一番、鬱陶しいんだわ……」
「勝てないのに諦めずに、頑張って立ち向かうって奴!!」
キャンシーが再びカルマにハサミを向ける。
「“カニ光線”ッ!!」
「うわあああああッ!!」
「くたばれッ!!」
「“特大カニ弾”ァ!!」
カルマが光線で吹き飛んでいるところを、巨大な炎の塊で追い打ちを掛ける。カルマが炎に飲み込まれると、火球は辺り一面を吹き飛ばす大爆発を起こした……!
「アハハハハハハハッ!! ざまーみろカルマァー!!」
「……まだです。キャンシーさん」
「えっ……!?」
カルマはダメージなど何も受けていないような綺麗な身体をしていた。頭に大きな2本の角、口には牙、両手には鋭い爪、臀部には太く長い尻尾を生やしていた。まるでドラゴン化した少女の姿だった。
「お、お前……今まで“人間の姿”のまま戦ってたのか……!?」
「キャンシーさんとは、諜報活動用の姿でしかお会いしたことなかったですよね……」
キャンシーはカルマと一度顔を合わせただけだった。ナイナの元へ出発する姿のカルマしか見たことなかったのだ。
「ほ、本気じゃなかったのかよ!?」
「だ、だってキャンシーさん言ってたじゃないですか……」
「奥の手はギリギリまで取っておく物だって……」
「あぁん!?」
カルマはキャンシーの言った言葉を大真面目に聞いていた。そして、その助言を参考に、アドバイス通りに戦っていたのだ……。
「どこまで人をコケにすりゃ気が済むんだてめぇはァ!!」
「えぇ……? な、なんでそんなに怒ってるんですか……!?」
「そういうのも全部ムカつくんだよォ!!」
ハサミを振り回しながら大暴れするキャンシー。そんなキャンシーの姿に困惑しながらも、本来の姿に戻ったカルマは攻撃を全て冷静に捌いていく。
「チィッ!!」
攻撃を当てられないキャンシーは苛立ち、攻撃速度の速い遠距離戦に切り替える。
「“カニ光線”ッ!!」
「“龍の息吹”ッ!!」
カルマは自身の持つ、龍の力を解き放った火炎攻撃で迎え撃つ。元々強力なドラゴンの力が、キャンシーから得た炎の力でさらに強化されていた。
「うおおおおおおッ!? こ、光線が押され……!?」
「ぐわああああああッ!!」
火炎弾がキャンシーを飲み込み大爆発を起こす。遠距離戦ですら、カルマはキャンシーを上回っていた。
「アタシは脱皮出来るって言ったよなァ!?」
キャンシーは再び脱皮し、ダメージを回復し、より強化された姿へ生まれ変わる。カルマはそれを見てさすがに焦り始める。何度倒してもキャンシーは全回復して、さらに強くなり復活してしまう。一気に勝負を決めなければ勝機を逃してしまうのだ。
「“龍の息吹”ッ!!」
カルマは一気に勝負を決めようと、必殺技で攻め続ける。
「“カニ増水”ッ!!」
(み、水……!?)
キャンシーは炎の塊を、圧縮された強力な水の弾で迎え撃つ。ここに来て、初めて見せるキャンシーの技にカルマは狼狽えていた。
「奥の手は1個じゃねぇんだよ!!」
炎を水で打ち消し、水蒸気の中に突っ込みながらカルマの目の前まで接近するキャンシー。さらに新たな技で奇襲を掛ける。
「ブクブクブク……!!」
「あ、泡……!?」
キャンシーが口から大量の泡を放つ。カルマの全身はみるみるうちに泡に飲み込まれていく……!
「く、苦しい……息が……!!」
特殊な泡に包まれ、身動きも呼吸も出来なくなってしまうカルマ。キャンシーはそのまま余計な攻撃はせず、カルマが泡で力尽きるのを静かに待っている。
「それは魔力じゃねぇから、狩ることも出来ないだろ……?」
「ううううッ……!!」
どんどんカルマの意識が遠くなっていく……。力尽くでも取り除くことが出来ない。力が抜けていく。死期が近付いているのが分かる。
(ナ、ナイナさん……)
死の寸前まで追い込まれてしまったカルマ。その脳裏に真っ先に浮かんだのはナイナだった。最初は任務として監視していただけの存在だった。
しかし、ナイナは自分が困っている時は助けてくれた。解決に導いてくれた。大事な落とし物を届けてくれた。殴られた時は本気で怒ってくれた。魔族の友達のいないカルマにとって、ナイナは初めて出来た親友だった。
(ナイナさんが安心して戦えるように……ここで負ける訳にはいかない!!)
かろうじて残っている意識を振り絞り、カルマは全身の炎を燃やし始める。しかし、泡に包まれ上手く炎が回らない。それでも諦めることなく炎の力を高める……!
「うがああああああッ!!」
カルマの咆哮が辺りに響く。なんとか炎の力を爆発させて、全身を包んでいた泡を吹き飛ばした……!
「はぁ……はぁ……!!」
「いい加減にしろよ……お前……」
泡でカルマは弱っている。それを見てキャンシーは再び泡を吐き出そうとしている。……その隙に、カルマは一気に間合いを詰めた。
「ぐぼぉっ!?」
キャンシーの腹にカルマの拳がめり込んでいた。泡を吐こうとしていたキャンシーが吐いたのは血液だった。
「うおおおおおおッ!!」
カルマはそのままの勢いでキャンシーに猛ラッシュを仕掛ける……! 龍の力でひたすら殴る! 殴る! 殴り続ける!
「がはっ!! うあッ!! ク、クソがッ……!! ア、アタシには……ハァッ、だ、脱皮があるんだ……!!」
ダメージを回復しようと脱皮を試みるキャンシー。しかし、殴られ続けるキャンシーに脱皮する隙などあるはずがなかった。
「ちょ、待て!! やめろォ!! だ、脱皮させろォ……!!」
「カルマ……! 頼む! やめてくれぇ!」
「…………ッ!!」
カルマの拳から力が失せる。キャンシーはそれを見逃さなかった。
「い、痛いよカルマ!! やめてよ!! し、死んじゃうよ……ッ!!」
わざとらしく弱々しい台詞を放つキャンシー。カルマは攻撃を続けるのを躊躇ってしまう。
「う、うぅ……ッ!!」
自分が優勢なはずなのに涙が止まらない。カルマは、自分の攻撃でキャンシーが痛がっているのが可哀想になってしまう……!
だが、カルマはやめろと言われやめそうになるのを必死で堪えている。ナイナの顔を思い浮かべて、作戦成功のために、この瞬間だけは獰猛な龍であり続ける……!
「チ、チクショオ!! ア、アタシがこんな奴にッ!!」
悔しがるキャンシーを、カルマが渾身の力で殴り飛ばした。
「うあああああああッ!!」
凄まじい速度で吹き飛んだキャンシーは城壁に叩き付けられ、壁にめり込み気を失っていた。
「ハァ……ハァ……よ、良かった……。た、倒せた……ナ、ナイナさん……」
全ての力を出し切って戦ったカルマは、意識を保つ力すら残っていなかった……。そのまま倒れ、気を失った。




