第35話 王国奪還編⑥
「シルク殿!! 大丈夫ですかっ!?」
サキュリーとの戦いを終え、満身創痍のシルクの元へ、心配したウスメの分身の1体が様子を見に現れた。
「ウスメさん……はい……。な、なんとかサキュリーを倒すことが出来ました……」
ウスメは、シルクのすぐそばで悶え続けているサキュリーを確認する。あまりにも凄いことになっていたので、ウスメは顔を赤らめていた。
「オ、オホン。さ、さすがシルク殿……! シルク殿なら必ずやり遂げてくれると信じていましたよ……!」
するとウスメは何処からともなく僧侶の服一式を取り出した。普段シルクが着ている物と同じ物だった。
「その格好ではナイナ殿とカルマ殿に姿を見せられないでしょう……。こんなこともあろうかと、拙者、シルク殿の着替えを用意していました」
「ありがとうございま……ハッ!? あ、あのですねっ! これは……!!」
シルクは今頃になって、ウスメにサキュバス化しているのがバレていることに気が付いた……。
「大丈夫です……!シルク殿。拙者は元から知っています! 恥ずかしがることは全くありません……!!」
「サキュバス化しても尚、その姿と力を使い、強く生き続けるシルク殿はとてもカッコいいです……!!」
「あ……ありがとうございます……!」
シルクは初めて、サキュバス化してしまった自分の境遇を認められ、褒められた。シルクは涙が出そうになるのを我慢し、状況の整理を始める。
「幹部は倒しました。わ、私は次どうすればいいのでしょうか?」
「シルク殿はかなり消耗しています……。無理をするのは危険です……。出来ればこのまま街から撤退して、外で待機していてもらいたいのですが」
みんながまだ戦っているのに、自分だけ休んでいるなんて……。シルクはそう思い、申し訳ない気持ちになった。
「……この街にはまだあちこちに雑魚魔族が潜んでいます」
「そいつらが余計な動きをすることも考えられますので、シルク殿には雑魚魔族の討伐をお願いしてもよろしいでしょうか……?」
「はい……! 分かりました……!」
「では、健闘を祈ります……!」
シルクが闘志を燃やしているのを見ると、ウスメの分身は微笑みながら自分の持ち場へ戻っていった。
◇
※時は少し遡り、シルクがサキュリーと戦闘を開始していた頃。
「カルマ。ほんとお前は気にいらねぇな……。魔族のクセに静かで大人しくて」
「人間に危害を加えるでもなく、魔王の言うことをそのままただ聞いているだけの人形かよ?」
キャンシーと対峙しているカルマ。敵意剥き出しのキャンシーを、カルマは静かに見据えていた。
「なんとか言えよオイッ!!」
何も答えないカルマに逆ギレし、キャンシーはハサミを広げ、カルマに向ける。
「“カニ弾”!!」
ハサミから火の玉が発射された……! カルマは冷静にその軌道を読み、静かに回避する。
「当たるまで撃ってやるッ!!」
避けられようがお構いなしに“カニ弾”を連射するキャンシー。避け続けるカルマの後ろでは立て続けに激しい爆発が巻き起こっている。
「片手でしか撃てねぇ訳じゃねぇんだよぉ!!」
「“ダブルカ二弾”!!」
「……ッ!!」
突如、今まで使っていなかった左手のハサミを構え、カルマが右手の火の玉を回避した先に撃ち込む……! 避けきれないカルマに火の玉が直撃した……!
「どうだクソ女? 少しは懲りたか?」
キャンシーが勝ち誇った顔で爆煙を眺めている。少しずつ煙が晴れていく。
「な……!?」
カルマの全身が炎を纏っていた。カルマはキャンシーの攻撃を冷静に見極め、“魔力を狩って”自分の物にしていた。
「“狩魔”……それがお前の異名だったっけか……。マジウザいなそれ……」
炎属性に変化したカルマ。炎を纏いながら静かにキャンシーを見据えていた。
「キャンシーさんは……なんでこんなことしてるんですか……?」
「あん!?」
「人を虐げて、支配して、心が痛くならないんですか?」
「なんだそりゃ!? 説教か!?」
「違います……。分からなくて聞いているだけです……」
カルマは魔族の心を少しでも知りたかった。本当は何か納得出来る理由があるのではないかと、それを探ろうとしていた。
「そんなもん」
「楽しいからに決まってるだろ」
「…………え?」
「何もかも自分の好きなように出来る。思い通りになる。楽しいだろうが」
「そ、それだけ……? ほ、本当にそれだけ……なんですか……?」
「なんなんだお前……? それだけだよ」
カルマは酷くガッカリしていた。期待を寄せていた心はすっかり失せてしまっていた。
「分かりました……ありがとうございます」
「じゃあ、これからは……本気で行きます……!!」
カルマは軽やかな身のこなしでキャンシーに突っ込む。炎を纏った蹴りがキャンシーを襲った。
「アッチィ!! くそっ!! ふざけやがって!!」
キャンシーはハサミを使いなんとか蹴りを防ぐ。しかし、防いだところで炎の蹴りは無効化出来ない。カニの体は熱で焼かれ、食欲をそそる良い匂いが辺りに漂っている。
「“カニ鎌”ァ!!」
ハサミを鎌のように構えるキャンシー。カルマのしなやかな鋭い蹴りとハサミの斬撃がぶつかり合う……!
「くぅっ……!!」
「チィッ……!!」
お互い少しずつダメージを蓄積させながらも、決め手になる一撃を当てることが出来ない。攻撃と攻撃がひたすらぶつかり続ける。
「こいつ……幹部でもねぇクセに……!!」
幹部の自分と互角に渡り合うカルマに、ますますイライラを募らせている様子のキャンシー。カルマは真面目に魔王の精鋭部隊になるための訓練を受けていた。戦うことは好きではないが、確かな実力が身に付いていたのだ。
カルマは一旦キャンシーから距離を取る。助走をつけ、戦局を変えるための一撃を放つ。
「ハァッ!!」
カルマは空中へ飛び上がると炎を増幅させる。全身が炎を纏うと、隕石のような飛び蹴りをキャンシーに放った!
「ぐああああああッ!?」
ヒーローのような蹴りを受け、怪人のような悲鳴を上げながら後方へ吹き飛ぶキャンシー。華麗に着地したカルマはキャンシーに背を向ける。そして、ダメージに耐えきれなくなったキャンシーは大爆発を起こした。
「………………」
戦いに勝利したカルマ。だが、その心は晴れやかではなかった。同じ魔族と戦い、キャンシーを倒してしまった罪悪感。そして理解出来なかったキャンシーの心。カルマの中では複雑な感情が渦巻いていた。
「何勝った気になってんだよ」
「……ッ!?」
突如、キャンシーの声が聞こえ、咄嗟に飛び退けようとするカルマ。だが、間に合わずハサミの攻撃を肩に喰らっていた。
キャンシーはダメージなど何も受けていないような綺麗な体をしていた。キャンシーの後方には、ペラペラに薄くなったキャンシーが横たわっていた。
「な、なんで……!?」
不可思議な現象に困惑するカルマ。キャンシーはようやくカルマを傷付けられニヤニヤしていた。
「アタシ、脱皮出来るんだよ……。ダサいからあんまやりたくないけど」
「一回脱げば、ダメージは全回復し、攻撃も防御も一段階上がる」
「まぁ、これで形勢逆転って奴か?」
「くっ……!!」
回復し強くなったキャンシー。怪我を負ってしまったカルマは絶体絶命だった……。




