第32話 王国奪還編③
城壁に囲まれた小さな王国アンシエル。一見、壁によって平和が守られているように見えるこの国では、魔族たちが酒池肉林の大騒ぎを繰り広げていた。
「オラ! 酒が足りねぇぞ! とっとと持って来い奴隷ども!」
「ここは奴隷の人間どもが全部世話してくれるから、ほんと楽で良いぜ〜!」
そんな光景を、城下町を一望出来る展望台に縛り付けられ、王女プリズムは見せ付けられていた。
「どうだ? 自分の国が支配されている景色はよ? 良い眺めだろ?」
「そうですねっ! 良い眺めですっ! みなさん! 虐げられていても懸命に生きていて逞しいですっ!」
「ケッ。そうかよ」
プリズムの泣き顔が見たかったアンデックスだが、プリズムの明るい様子につまらなそうな顔をしていた。
「まぁ、捕らわれの王女ほど優秀な人質はねぇからな。国民の反乱を防ぐためにも、こいつは生かしとかねぇと」
アンデックスは縛られたプリズムを置き去りにして、街のどこかへと姿を消した。
「み、みなさん……」
アンデックスの姿が無くなると、プリズムは涙を流し始めるのだった……。
◇
その頃、街の入口にいる見張りの魔族。
「見張りとかだりぃな〜……アンデックスの分身にやらせりゃ良いじゃねぇか……」
「アンデックスの分身。分身とはいえ、見張りなんかやりたくねぇとかクソみてぇなこと言ってたぜ……」
「マジかよ……幹部じゃなかったらぶっ飛ばしてやりてぇわ……」
「うんうん。そうでござるな〜」
「だよな〜。って、えっ?」
自分たちの会話にわざとらしいござる口調が混じり、見張りたちは呆然としている。
「な、なんだこの忍者……? どっから湧いた……」
「よし……ござる口調で会話に自然に混ざることで、ようやく存在感をアピール出来ましたね……」
「陽動を開始する前に、まず拙者の存在が魔族共に見えるようにする工程から始めなければならないとは……」
「ほんとなんなんですか……。拙者の影の薄さは……」
「な、何をぶつぶつ言ってやがる……。怪しい奴め……とっ捕まえてやる」
魔族が自分を狙い始めたのを確認すると、ウスメはニヤリと笑い、印を結ぶ。
「分身の術っ!!」
「な、何ぃっ!?」
ウスメが一気に50人以上に増え、慌てふためく魔族の見張りたち。
「ほらほら〜ちゃんと見張らないと中に入っちゃいますよ〜」
「くそっ!! こ、こいつら!?」
ウスメたちはわざと入口から遠ざかりながら、魔族たちを引き付けている。
「い、今です! 警備が手薄なうちに城壁の中へ突入しましょう!!」
シルクがそう呼び掛けると、近くの茂みでスタンバイしていたナイナたちが一気に駆け出した。
ウスメたちはそれを確認すると、ナイナたちの援護に向かうため、見張りたちを小刀でさくっと倒した。
「よしっ! みなさん無事に潜入出来ましたね……! 後は手はず通り、拙者の分身はアンデックスの分身たちと戦います!」
「シルク殿とカルマ殿は、担当の幹部の元へ向かってください! 幹部の位置は先程確認しました! 地図に印を付けた位置に向かえば大丈夫です! 護衛に分身を1人ずつお付けします……!」
「ナイナ殿は拙者と一緒に来てください! アンデックスの分身を共に倒し、アンデックスの本体をおびき出します……!!」
「は、はい! 分かりました!」
ウスメはテキパキと指示を出し、幹部との戦いに向けて動き始める。
「みなさん! 逃げる時はちゃんと逃げてくださいね! 作戦を中止し、撤退する時は連絡用の分身をみなさんの元へ向かわせますのでっ!」
「わ、分かりました……! ウスメさんも気を付けてください……!」
「カルマ殿、ありがとうございます! ではみなさん、健闘を祈りますっ!」
ウスメの分身、約40人は城下町のあちこちへと散っていった。ウスメたちは3手に分かれ、ついに戦いの中へ身を投じる。ウスメの本体を含めた10人のウスメたちとナイナは、城下町の中心を突き進む。
「ナイナ殿……! 拙者もおります! 怖いと思いますが、大丈夫です! ナイナ殿は強いんですから……!」
「ウ、ウスメさん……! ありがとうございます……! よ、よし! 頑張るぞ……!」
「おい! なんだてめぇらは!?」
「おっ! さっそくアンデックスの分身がいましたね……!」
ウスメの集団に、呆気にとられている雑魚魔族とアンシエルの住民に混ざって、アンデックスの姿が何人か見えた。その中の一人目掛けてウスメの分身たちは突撃する。
「ウスメ、行きます!」
ウスメの分身は3人がかりでアンデックスの分身に立ち向かう。アンデックスの分身は3本の小刀を必死に捌いている。
「くっ!! うっとうしいぞ!!」
「あうっ!!」
ウスメの分身の1体が骨の刃でやられてしまい、煙となって消えた。だが、アンデックスの分身がそれに気を取られているうちに、2人のウスメは一気にアンデックスの分身を攻めたてる!
「そこですッ!!」
「ぐあぁッ!!」
ウスメは分身の数を減らしながらも、なんとかアンデックスの分身を1人倒した。
「す、凄い……!」
ナイナの称賛の声に、ウスメは、こんな状況でも嬉しい気持ちが湧いてしまった。しかし、それと同時に焦りも感じていたのだ。
(分身とはいえ、さ、さすがにアンデックスは強いですね……。想定より手間取ってしまいました……)
(やはりナイナ殿がこの作戦の肝です。どうかご自分を信じて……なんとか勇気を振り絞ってください……!)
◇
カルマを引き連れているウスメの分身は、術を駆使してキャンシー目掛けて突き進んでいた。
「火遁の術ッ!!」
「ぐわあああああっ!!」
ウスメの分身が立ちはだかる雑魚魔族たちを掃除しつつ、キャンシーの居場所を探る。その最中、ウスメの分身はカルマと二人っきりになったので、気になっていたことを尋ねた。
「……カルマ殿は魔族ですよね?」
「え……!? あ、あの……!?」
「大丈夫です。拙者はカルマ殿の味方です。ナイナ殿に告げ口なんか絶対にしません……!!」
「拙者が気になっているのは、カルマ殿が同胞の魔族と戦うことについてです……」
「あっ……」
カルマは魔族だということをナイナとシルクに隠している。誰にも相談出来ず、ここまで来てしまったのだ。
「そ、そうですね……。確かにワタシは魔族です……。でも、ワタシ、魔族のことがよく分からないんです……」
「人を誘拐したり、奴隷にしたり、そんなこと……ワタシは許せません……。酷いことだと思います……。同じ魔族なのに変ですよね……」
「そんなことありません……。人間にも心のない者はいます。カルマ殿は、人間にもないような素敵な心を持っているのです……」
ウスメの分身にそう言われ、カルマは俯きながら微かに微笑んでいた。
「魔族と戦うことは、ワタシは平気です……。ワタシはこんなだから、友達とか全然いなくて……。でも、魔王様はどう思うか……」
「魔王殿は、大丈夫ですよ」
「え……?」
「カルマ殿と魔王殿はどこか似ています……。きっと、カルマ殿の考えに共感してくれると思いますよ」
「ウ、ウスメさん……! ありがとうございます……! 心のつっかえが取れたような気持ちです……。これで迷いなく戦えます……!」
「で、でも、なんで魔王様のこと知ってるんですか……?」
「えっ!? い、いやあ……!! そ、そんな気がしただけですよ!!」
(お二人の会話を盗み聞きしたり、ましてや魔王城にもこっそり忍び込んだことがあるなんて、い、言える訳ありません……!!)
◇
ウスメの分身が笑って誤魔化している時であった。
「ぐはっ……!?」
「……あっ!!」
ウスメの胴体を、背後からカニのハサミが貫いていた。苦悶の表情を浮かべながら、ウスメの分身は煙になって消えてしまった。
「ウ、ウスメさん……!!」
「お前ら……何好き勝手やってんのさ。人が楽しく暮らしてるってのに」
「キャ、キャンシーさん……」
「カルマか……!? お前なんでこんなところにいるんだよ……」
カルマとキャンシーはお互い魔族だ。顔を合わせたことはあったのだ。
「お前、魔王に気に入られて可愛がられてるんだよな。アタシは前からそれが気に入らなかったのよ……」
「いい機会だからここでボコっても良いよな……?」
「…………!!」
カルマは戦闘態勢に入る。ここにはナイナもシルクもいない。“本来の力”で思いっきり戦えるのだ。




