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第29話 幹部襲撃編⑧

 オンボロアパート『スミヤス荘』。その101号室から、ナイナが剣と盾を持って暗い顔をして出て来た。


「師匠に今日も暗い顔のご享受をお願いしなければっ!」


 プリズムがナイナの部屋に向かおうとしていた。しかし、ナイナはスライム狩りのために、平原へ向かって歩いているところだった。


「あの暗い背中はナイナ師匠……。ど、どこへ行くんでしょうかっ?」


 ナイナがどこへ行くのか気になったプリズムは、ナイナにバレないようにこっそりと後を付けるのだった。


   ◇


「はぁ……もう100匹くらい狩ってるかな……」


 平原に移動したナイナは、無限に湧き出るスライムをひたすら狩っていた。


「それなのに、まだ80G(ガネット)しか手元にない……あぁ、絶望だ……」


 スミヤス荘の家賃はひと月3000G。単純計算で毎日100G稼がなければならない。ナイナは、1日に100を超えるスライムと戦う壮絶な日々を送っていたのだ……。


 その時だった。


「よぉ。遊びに来たぜ」


「…………え?」


 ナイナの元に骸骨の姿をした男が現れた。ひと目で恐怖を煽る外見。ナイナの心は凍り付いていた。


「なんだその目は……? まさかもうビビっちまってんのか……?」


「俺は魔王の幹部……あ、魔王なんてどうでもいいか……。アンデッド族の長。アンデックスだ」


「ま、魔王の幹部……!?」


 ナイナは尻餅をつき、すっかり怯えてしまっている。その姿にアンデックスは目を丸くしていた。


「マ、マジかよこいつ……ここまでヘタレなのか……」


「あのおっさん、こんなのに負けたのか? ……ケケケケケッ!! マジウケるな!」


「ほらほらどうした? 怖いでちゅか? オシッコとか漏らしちゃうんでちゅか?」


「う、うぅ……」


 アンデックスは、まだ年端も行かぬ少女のナイナ相手にセクハラまがいの言葉を浴びせてからかっている。ナイナは、恐怖と屈辱と恥ずかしさで涙をボロボロ零していた。


「おやめなさいっ!」


「あぁ……?」


 そこに場違いな元気な声が響いた。木の陰に隠れ、スライムを懸命に狩るナイナをずっと見守っていたプリズムが姿を現したのだ。


「プ、プリズムさん……」


「大丈夫ですか師匠っ!? なんなんですかこの無礼な男は! こんな奴、わたくしがバシッと追い払ってさしあげますっ!」


「プ、プリズムだと……?」


 アンデックスは、プリズムの名前を聞くと驚いたような目をして固まっていた。そして、ターゲットをナイナからプリズムへと切り替えた。


「いや、まさかこんな所にいたとは……。わざわざ貧乏勇者をからかいにこんな所まで来ちまったが、こいつは思わぬ収穫。ラッキーだぜ」


「何をぶつくさ言ってるんですかっ! 師匠をいじめてタダで済むと思っているのですかっ!?」


 プリズムがアンデックスに向かって説教をしている中、プリズムの足元から何かが姿を現した。


「俺と一緒に来てもらうぜぇ!! “王女プリズム”!!」


「…………ッ!?」


 プリズムの足元から、もう一体アンデックスが現れた! そのままプリズムは腕で締め上げられ、拘束されてしまった。目の前のこと全てに驚きを隠せないナイナだが、まず一番最初に気になったことを口に出した。


「お、王女プリズム……!?」


「気付いてなかったのかお前……。まぁ、こいつの国はかなり小さくて知られていないからな。だからこそ、俺たちはそこを狙って侵略したんだけどな……」


「あ、あなたは……わたくしの国……“アンシエル”を乗っ取った者の一味だったのですかっ!!」


「一味っつーか、俺が首謀者だけどな。管理は他の奴らに任せてるが。まぁ、そんなことはどうでもいいか」


 アンデックスは、地面から現れたもう一人のアンデックスの肩に手を置きながら話を続ける。


「王女が一匹、アンシエルから逃されたって話だったが、ようやく見つけられてほっとしたぜ。まったく」


「こいつを野放しにしてたら、誰かに助けを求められちまうからな」


「まぁ、幸い。こいつの近くにいた勇者はとんだヘタレ女だったみてぇだがな! ケケケケッ」


「うっ……」


「じゃあ、俺は王女プリズムをアンシエルに連れ帰るからよ。そこの勇者の始末はお前に任せたぜ」


「はいよ。こんな雑魚。俺一人いれば十分だからな」


「し、師匠……っ!!」


 アンデックスの本体は分身にナイナを任せると、黒い闇のゲートを生み出し、その中へ、プリズムと共に吸い込まれるように姿を消してしまった。


「プリズムさん……!!」


「おっと。お前の相手は俺だぜ。まぁ、どっちも俺だがな。ケケケ」


「そ、そこを、ど、退け……!!」


 プリズムを誘拐されたナイナは、彼女を助けようと戦う決意を決めた。


「ようやく戦う気になったか。そんじゃさっさと片付けるとするぜ」


 アンデックスは体から巨大な骨の刃を生み出すと、それを両手で構えた。


「俺は分身だが、戦闘能力はそこまで低くねぇ……。覚悟するんだなヘタレ」


 プリズムを助けたい。その一心で立ち向かおうとするが、やはりナイナの足と剣を構える腕は震えている。とても戦えるような状態ではなかった。


「このヘタレがッ!! さっさとヘタレ死ねッ!!」


「ひっ……!!」


 ナイナは怯えて目を瞑ってしまった。そんなナイナに、骨の刃を思いっきり振り下ろすアンデックス。少女の肉と骨を切り裂ける十分な威力を感じさせる一撃だった。


「……あん?」


 骨の刃がナイナの身体に触れると、刃は何故かナイナの身体に弾かれた。アンデックスは弾かれた勢いでバランスを崩しながら戸惑っている。ナイナは薄目でその様子を確認したが、何が起きているのかよく分かっていない。


「っかしいな……? 手元が狂ったか?」


 アンデックスが、今度はナイナの腹部を貫こうと突きの体勢になった。


「今度こそ死ねェッ!!」


 内蔵を抉り、破裂させる。そんな勢いの突きがナイナを襲った……!


「……は?」


 また弾かれた。ナイナは何もしていない。なのに、何故かアンデックスの攻撃がナイナに触れるたびに弾かれる。


「な……なんなんだこいつ……!?」


「もう……来ないでッ!!」


 アンデックスが何か言おうとした時、恐怖の限界に達したナイナが、剣を振り回しヤケクソの攻撃を放った。


 その攻撃は、アンデックスの分身の首を斬り落としていた。


「う、嘘だろ……!?」


 油断していたのか、分身は、ナイナの一撃であっさりやられてしまった。首が地面に落ちると、そのまま胴体と共に塵のようになり消滅した。


「あ……た、倒せた……?」


「分身だから……あんまり強くなかったのかな……」


 分身を倒し終えると、平原に静寂が訪れていた。プリズムの姿はもうどこにもなかった。


「プリズムさんを……助けないと……。アンシエルって言ってたな……」


 心では分かっている。勇者として、自分がやらなければならない。見捨てるなんて絶対に出来ない。しかし、勇気が湧いて来ない。


「うぅッ……!」


 ナイナは泣いた。自分の情けなさに涙を流していた。どうすれば良いのか分からないまま、フラフラとアパートへ引き返していた。

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