第28話 幹部襲撃編⑦
スミヤス荘101号室。元々、元気が無かったここの住人ナイナは、さらに元気が無くなっていた。
「はぁ……」
「こんな感じですか! 師匠っ!」
「あ、あれは一体何をしているのでしょうか……」
アパートの前で溜め息をつきながら項垂れているナイナの隣に、ナイナの顔を真似しているプリズムの姿があった。その奇妙な光景を目撃したシルクが声を掛けてきた。
「お二人とも、な、何をしているのですか……?」
「あ! シルクさんっ! 見ての通り暗い顔の練習ですっ!」
「見ての通り暗い顔の練習……?」
見ても聞いても訳の分からない状況に、シルクの困惑はさらに加速しているようだった……。
「あ……シ、シルクさ〜ん……。助けてくださぁ〜い……」
ナイナは、今の自分の状況を丁寧にシルクに説明した。
「そうですか……。プリズムさんは過酷な目に遭っているのに、明るく振る舞ってしまうのが嫌なのですね……。だから暗い顔がしたいという訳ですか……」
「はいっ! とっても大変で、わたくしツラいのですっ!!」
「でもこんな感じじゃ、それが伝わらないじゃないですかっ!? だから暗くなりたいのですっ!」
「た、確かに……」
プリズムの明るい様子に実際ツラさが伝わっていなかったのか、シルクはしっかり納得したようだった。
「あの……どうしても気になってしまうのですが、プリズムさんのその過酷な状況とは、一体どんな状況なのでしょうか……?」
「あ……あ、あの……」
シルクに自分の状況を聞かれると、プリズムは見事な暗い顔になっていた。
「あっ! 凄い! プリズムさん! 今、凄く暗い顔になってますよ!?」
「本当です! まるで川の中に全財産を落としたような、そんな絶望感溢れる暗い顔です!」
ナイナとシルクは、プリズムの暗い顔に思わず興奮してしまった。
「ほ、本当ですかっ!? やったぁ! 嬉しいですっ! ありがとうございますっ!!」
(な、なんだこれ……)
ナイナは、改めてプリズムの求める物のシュールさに困惑していた。
「え、えっと……それでですね……」
「わたくしの身に現在起きていることなのですが……。ちょっと言いにくいですね……」
「あっ……! す、すみません……! デリカシーのないことを聞いてしまって……! こ、答えなくて大丈夫ですからね……!」
「いえ、実は、どなたかに聞いてもらいたかったので大丈夫ですっ……!」
プリズムは深呼吸をして、ゆっくりと自分の状況を語り始めた。
「わたくしはとある国に住んでいたのですが……。ある日突然、その国が魔族の集団に占領されてしまったのです……」
「ま、魔族に……!?」
ナイナは魔族に襲われたばかりなので、プリズムのことが他人事には思えなかった。
「わたくしは室内にいたので詳しいことは分からなかったのですが、わたくしと一緒に住んでいた同居人がわたくしを逃してくれて……」
「で、でもその人も……国のみんなも……誰も逃げられなかったみたいで……。今もどんな目に遭っているのか分からなくて……わたくし心配で……」
「……とは言え、非力なわたくしにはどうすることも出来ませんでした……。わたくしは逃してくれた者の意を汲み、そのまま逃亡することにしたのです……」
「あ……また暗い顔……出来ましたね……。あはは……よ、良かったです……」
「プ、プリズムさん……」
プリズムは自分の話を終えると、少し微笑みながらボロボロと大粒の涙を零していた……。
(プリズムさんが普段底抜けに明るいのは、防衛反応みたいな物なのかもしれない……)
(自分のことを守ろうとして……。暗い気持ちに押し潰されないように)
普段から暗い気持ちを抱えているナイナには、プリズムの心の奥底にある心理状態が分かるような気がしていた。
「く、国を乗っ取る相手なんて……。どうしたら、い、良いんでしょうか……」
「シ、シルクさん……」
「す、すみません……! また私、よ、余計なことを……」
なんとかしてあげたいと思ってしまったのか、シルクは、解決策を探ろうとしていた。だがナイナには、そんな強大な相手を自分たちにどうにか出来るとはとても思えなかった。
「い、いえ……わたくしの方こそすみませんっ! やっぱりみなさんを困らせてしまいましたねっ……!」
「わたくしのことは気にしないでくださいっ!」
「……では、みなさま、失礼しますっ……!」
プリズムはひと通り自分の話を終えると、気まずくなったのか、精神的に弱ってしまったのか、自分の部屋へ帰っていってしまった。
「プリズムさん……」
シルクは、プリズムのために何も出来ない自分に憤っている様子だった。それは、ナイナも同じだった。
(プリズムさんを助けてあげたい……。でも、私には無理だよ……)
勇者を挫折し、無気力な生活を続けるナイナには、魔族の軍勢に立ち向かう勇気など、到底なかった……。




