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第26話 幹部襲撃編⑤

 異世界アパート『スミヤス荘』。そこに住み始めた202号室の住人プリズムは、初めての一人暮らしにワクワクしていた。


「あぁ〜これが部屋でゴロゴロするという行為なのですねっ!」


「なんという気持ち良くて、駄目人間の気分を味わえる背徳感のある行為なんでしょうっ!」


 プリズムは“部屋でゴロゴロする”という行為そのものが初めてだった……。何もせず、敷いたままの布団の上でゴロゴロし続けるプリズムはひたすら感動していた。


「次はお掃除しましょう!」


 プリズムは、ほうきとチリトリ、雑巾を用意すると部屋を掃除し始めた。大家が、202号室に入居者が来るまでの間、軽く手入れをし続けていたとはいえ、年季の入ったオンボロアパートからはいくらでもゴミと汚れが出て来た。


「うわぁっ! 汚いっ! めちゃくちゃ汚いですっ! わたくし、感動ですっ!」


 プリズムは、絶え間なく溢れ出る部屋のゴミと汚れに感動しながら、夢中で掃除を楽しんでいた。


「ううぅぅ〜……」


 満面の笑みで掃除を楽しんでいたプリズムだったが、突然、笑顔のままポロポロ涙を流し始めた。


「わたくしは訳あってこのアパートに身を隠し、逃亡生活をしている身! 悲劇のヒロインなのですっ!」


「それなのに楽しくなって、つい一人暮らしを満喫しちゃいます〜っ!」


 プリズムは、自身が過酷な運命に晒されているにも関わらず、ハイテンションで楽しく過ごしてしまう自分の性格に悩んでいたのだ……。


「もっと全てに絶望しているような、最底辺の人間の顔をしないとっ!」


 プリズムは口角が上がりそうなのを必死で堪えて、指で無理やり押さえ付けながら暗い顔をしようと努力する……。


「そ、そうだっ! 勇者様!」


「わたくしはこの前、悲劇的な自分の状況を勇者様に助けてもらおうと考えた時、頼むのに気が重くなって暗い顔になっていましたっ!」


「勇者様のそばにいれば、きっと暗い顔になれるはずですっ!」


 プリズムは暗い顔になるために、勇者に会いに行こうと決めた。


   ◇


『ピンポーン』


「だ、誰だろう……」


 勇者ナイナの部屋の呼び鈴が鳴らされた。だが、ナイナは今まで以上に呼び鈴に警戒心を抱いていた。


「こ、怖い……怖いよ……うぅ……」


 ナイナは先日、魔族の幹部に襲われたばかりだった。そのトラウマで玄関の様子を見に行くことが出来ない……。子犬のように弱々しく玄関を見つめ続けている。


「こんにちわーっ!」


 そんな追い詰められているナイナとは対照的な、底抜けに明るい声が玄関から聞こえた。明るい少女の声を聞き、ナイナはキョトンとしている。


「わたくしプリズムと申しますっ!」


「プ、プリズム、さん……? この前引っ越してきた人か……」


 玄関の前に立っている人物がプリズムだと分かると、ナイナはゆっくりと腰を上げた。ナイナとプリズムは1回軽く挨拶をしていた。だが、その1回きりで今まで特に交流はなかったのだ。


「ど、どうもこんにちは。プリズムさん……」


「…………っ!!」


 玄関から出て来たナイナは、魔族へのトラウマと日頃の貧乏生活のストレスで、この世の終わりのような暗いテンションでプリズムに挨拶した。そんなナイナを見たプリズムは瞳を輝かせている。 


「し……師匠っ!!」


「えぇっ……!?」


 いきなり師匠と呼ばれ困惑するナイナ。プリズムはそんなナイナにお構いなしにグイグイと身を乗り出している。


「あなた様はわたくしの理想の暗い顔を持つ人物ですっ!! わたくしをあなた様の弟子にしてくださいっ!!」


(い、意味が分からない!!)


 プリズムの意味不明な申し出に、ナイナは困惑してますます暗いテンションになっていた。


 とりあえずナイナはプリズムを部屋に招き入れ、詳しく説明してもらうことにした。


「……な、なるほど。プリズムさんは暗い境遇なのに、明るく振る舞ってしまう自分に悩んでいたんですね……」


「はいっ! そうなんですっ! どうすれば師匠のような、全ての幸運を逃がすような、とびっきりの絶望フェイスが出来るのでしょうかっ!?」


「え、えぇ……?」


 プリズムから褒められているのに、全く褒められている気がしないナイナ。好きでこんな顔をしている訳ではないので、ナイナには教えられることなど特になかった。


「あの……プリズムさん……? べ、別にわざわざ暗い顔する必要ないと思いますよ……」


「どんなツラいことがあっても明るく過ごせるなら、それに越したことないと思います……」


「し、師匠……!」


 ナイナは師匠っぽいことを言い、プリズムは分かってくれたと思っていたが……。


「駄目なんですそれじゃっ!! ちゃんと暗い顔したいんですっ!!」


「ちゃ、ちゃんと暗い顔……」


 引き下がる様子のないプリズム。ナイナの気持ちはウンザリしてどんどん暗くなっている。


「それですっ! その顔ですっ! 素晴らしいっ! 最高です師匠っ!」


(も、もう勘弁してくれ……)


 こうしてプリズムは、強引にナイナの弟子になってしまった。

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