第20話 大家とオーヤ
築20年のそこそこボロいアパート『スミヤス荘』。そこの大家はお人好しで細かいことは気にしない性格であった。
「おう! どうだい勇者さん! 101号室の住心地はよ!?」
「いやぁ……そ、そうですね……」
勇者の青年は苦笑いしながら答えた。
「あ、あのですね……昨日部屋に“G”が出たんですよ……!」
「なんだ。“G”くらい出るだろうが」
「えぇっ!? だって怖いじゃないですか! 住心地的には☆1つですよ!」
「おうおう! 男がこまけぇこと気にすんじゃねぇよ! “G”くらい一人でやっつけてみろ!」
「そ、そんなぁ……! 無理ですよぉ! あんな強いモンスター……!」
勇者は“G”が苦手なようだ。今にも“G”に怯えてアパートから出て行きそうな勢いに見えた。
「……ったく、しょうがねぇな……」
大家は勇者の部屋に上がり込むと、“G”に素手で立ち向かっていった。
「えぇっ!? お、大家さん!? 大丈夫なんですか!?」
「おう。やっつけたぞ」
「早っ!?」
“G”討伐の物音を聞き、隣の102号室に住む男が部屋から出て来た。
「なんだ騒がしい。また貴様の仕業か勇者」
「なんだと……? このクソ魔族!」
隣に住む男は魔族であった。勇者と魔族は顔を合わせるたびに喧嘩していたのだ……。
「コノヤロー!!」
「死ね!! 勇者!!」
「おいおい!! やめろやめろ!! 人のアパートで暴れるなぁ!!」
勇者と魔族は大家にゲンコツで成敗されたのだった。
「はぁ……」
騒ぎが一段落すると、大家はアパートの全体が見渡せる場所にある、大きな石の上に腰掛けて座り、大きな溜め息をついていた。
そこに小さな少女が駆け寄ってきた。
「おとうさん。だいじょうぶ?」
「あぁ、オーヤ。大丈夫だ!」
大家は、娘のオーヤの頭を大きな手でぐりぐり撫でていた。オーヤは不器用に撫でられながらも、気持ち良さそうな顔をしていた。
「はぁ……」
大丈夫だと言ったばかりですぐ溜め息をつくオーヤの父親。オーヤはそれを見て頬を膨らませていた。
「やっぱりだいじょうぶじゃないでしょ!!」
「あ……わはははははっ!! まったくオーヤには敵わねぇな……」
オーヤの父親は切なそうに、オーヤに向かって本音を語り始めた。
「なんで勇者と魔族は一緒に仲良く住んでくれねぇのかと思ってよ……」
「誰でも住みやすいように『スミヤス荘』なんて名前にしてるってのに!!」
「そのまんまだし、ダサいよおとうさん……」
「えっ!? マ、マジか……」
大家は空を仰ぎながら、呟いた。
「夢なんだがなぁ。誰でも住みやすく仲良く暮らせるアパートにするのが……」
それを見ていたオーヤは、父親の前で胸を張って宣言した。
「わかった! まかせて! わたしがみんな仲良く
くらせるアパートにするから!」
「へ……? くっ。がはははは!! おいおい。俺がいるのにもうオーヤに任せなきゃいけねぇのか!」
「だっておとうさん頼りないし……そんなだから、おかあさんにも逃げられちゃうんだよ……?」
グサッ。と大家の体に鋭利な言葉の矢印が貫通していた……。
「そ、そうだな……。俺は自分の家を住みやすく出来なかったんだよな……」
「じゃあ、俺には無理だと思った時は、オーヤに任せるからな……!!」
「うん! わたしなら絶対、住みやすくできるから!」
「まったく……頼りになる娘だぜ……!」
オーヤの自信満々な態度を見て、オーヤの父はいつまでも豪快に笑っていたのだった。
◇
「…………」
「…………うぅん……」
オーヤが自宅で目を覚ました。ボサボサの頭を掻いて今まで夢を見ていたことに気付く。
「……ずいぶんと、懐かしい夢ですね」
切なそうな顔で呟くオーヤ。しばらく父親との思い出の中から抜け出せなくなってしまった。
「……今日は家賃の回収の日ですね。気合い入れて取り立てないと!!」
両手で頬を2回叩いて気合いを入れるオーヤ。オーヤの頭に浮かんでいたのはあの人物の顔であった。
『ピンポーン』
「ナイナさーん。家賃払ってくださーい」
オーヤが支度を終え、貧乏勇者ナイナの部屋へ家賃の回収に訪れていた。
「ナイナさーん。おーい」
「は、はい。なんでしょうか……」
「だからなんでしょうじゃないですよ! 分かってるでしょ! 家賃の日だって!」
「ご、ごめんオーヤさん……。すぐなんとかするから……」
心底困った顔をしているナイナを見て、オーヤは心が痛くなってしまった。
「分かりましたから……。無理はしないでくださいね。私はナイナさんのこと心配してるんですから……」
「は、はい……ありがとうございます……」
ナイナの家賃を保留にしたオーヤは、他の住人の家賃をサクサクと回収するのであった。
「はぁ……私はこのアパートを住みやすく出来てるんでしょうか……」
以前の父親のように溜め息をつきながら、オーヤはアパートを後にした。
◇
「だ、大丈夫ですか? ナイナさん……」
「だ、大丈夫大丈夫……。お金無いだけだから……」
「私、借りたアパートがスミヤス荘じゃなかったら死んでたかもなぁ……」
「えぇ……!?」
ナイナが放った死という言葉に驚いたのか、カルマは飛び上がって動揺していた。それを見て、ナイナは慌てて言葉を付け足す。
「だ、だってここの大家さんくらい優しい大家さんなんて、あんまりいないと思わない……!?」
「そ、そうですね……。本当に優しい人ですよね……」
「私、本当にスミヤス荘が住みやすいんだ……」
心の底からそう思うナイナ。だが、変な空気になっていることに気が付いた。
「ダ、ダジャレじゃないからね!?」
「は、はい! 分かってます……!」
ナイナはこの住みやすいアパートで、カルマと仲良く暮らしているのであった。




