第18話 オンナノコガスキナオンナノコ
サキュバス喫茶『ベノム』。今日もこのいかがわしいお店で、真面目に僧侶の少女シルクは働いていた。
サキュバス化してしまった彼女は、更衣室の鏡の前で必死に自分に言い聞かせている。
「これは仕事……。これは仕事なの……。私は働いてお給料をいただくの。お客様に喜んでもらわなきゃ駄目なの。私はいやらしいサキュバスじゃなきゃ、だ、駄目なんだから……はぁ……はぁ……」
以前先輩に褒められ、ようやく前向きに働く気持ちが湧いてきたシルク。だが、僧侶である素のシルクは、男の人をたぶらかすような真似をして良いのかまだまだ迷いが生じていた。
「このお店で働いている時だけで良い……。私は男の人に喜んでもらうことを第一に考えて働かないと……っ!!」
「……よしっ!」
ようやく覚悟を決め、お店の中へと踏み込んだ!
「お、お姉さん……。は、はじめまして……。よろしくお願いします……」
本日、シルクが担当することになったお客さんは、大人しそうな“少女”であった。シルクは口をパクパクさせながら固まっている。
「お、お客様、少しお、お待ちしていただいてもよろしいでしょうか!?」
「……はい。私、いくらでも待ちます……」
シルクは急いで先輩サキュバスの元へ向かった……。
「せ、先輩ッ!! はぁ……はぁ……!!」
「な、なに!? どうしたの? そんなに慌てて……?」
「お、おお、女の子が、このお店に、き、来てるんですけど……!?」
「そ、そりゃ来るでしょ……。女の子くらい……」
「えええええ……!?」
女の子が来て大慌てのシルクを、先輩は冷めた目で見ていた。男性を接客する気満々だったシルクは動揺が止まらない。
「まぁ、確かに男性のお客様の方が圧倒的に多いけども、女の子が好きな女の子もいるからねぇ……」
「オ、オンナノコガスキナオンナノコ?」
シルクは初めて耳にする呪文のような言葉を反芻していた……。僧侶として真面目に生きていたシルクは、世間の恋愛事情についてかなり疎い。同性同士でも恋愛が成立することを知らなかったのだ……。
「せ、先輩!? 私は、い、一体、ど、どどどどどどうすれば……!?」
「シ、シルクさん……! ちょ、ちょっと一回落ち着きなさい……!」
いつも以上に動揺し、まともに働けなさそうなシルクを見て、先輩はなんとか落ち着かせようとする。
「シルクさん。女性のお客様も、女性として魅力的なあなたを見に来ているのよ……?」
「だから、男の人じゃないからって困惑してちゃ駄目なのよ……! 女の子だからこそ、いつも通りやらないと意味がないのよ……?」
先輩の言葉を聞き、なんとか平静を取り戻そうと奮闘するシルク。そんなシルクの様子を気にしながら、先輩はアドバイスを続ける。
「よく考えて? シルクさんは男の人と女の人。どっちの方が話し掛けやすい……?」
「お、女の人です……」
「そうよね? だから大丈夫。心配しなくてもいつも通りやれば。お客様はきっと喜んでくださるわ!」
「わ、分かりました……。私、い、行ってきます……!」
女の子を接客する覚悟を決め、再び彼女の元へと戻るシルク。女の子のお客さんは、もじもじしながらシルクのことを見ていた。
「い、いやらしくお待たせして申し訳ありません! お客様……!」
「い、いえ……。私、むしろ、待たされて興奮してます……。そういうの大好きなので……。だから全然大丈夫です……!」
「えっ!? あ、あの、はいっ!? お喜びいただけてなによりですっ!?」
「え、えっと、こ、これが私たちのいやらしい気持ちのこもったとっても恥ずかしいメニューです……! 恥ずかしい部分を、穴が開くまで覗いて、選んでくださいねっ……!」
「は、はい。えーっと。じゃ、じゃあ。この愛の体液トロトロソーダを……」
「そ、それを淫乱コースでお願いします……!」
「い、淫乱コース……!!」
淫乱コースとは、追加料金をプラスすることで通常のメニューに加え、過激でいやらしいサービスが楽しめるコースのひとつである。
(常連で上級者のお客様御用達の淫乱コースを……こ、こんな大人しそうで可愛らしい女の子が……!?)
(淫乱コースはお客様がお食事を楽しんでいる間、官能的な台詞で妄想力を掻き立て、楽しんでいただくいやらしいサービス……)
(私はまだ担当したことがない……。で、でも幸いにも相手は女の子……。そ、それならなんとかなるかも……)
シルクが注文を裏の厨房へ伝え、トロトロのいやらしいソーダが用意されていく。
◇
……シルクがいなくなるのを確認すると、少女はメモ帳とペンを取り出し、目を細めながら素早く何かを書き留めている。
(サキュバス喫茶『ベノム』。なかなかの人気店らしいけど……。確かにみんな可愛いし、いやらしいわ。でも、接客のレベルはそこまで高くなさそうね……)
(ライバル店の偵察に来たけど、これは拍子抜けね……)
この少女は、普通の客を装い、他店のサキュバス喫茶から偵察に来ている少女であった。シルクがいない間に、次々と偵察で得た情報をメモしていく。
シルクがトロトロしたソーダをお盆に乗せ、店内に戻ってきた。偵察に来ている少女がそれを遠目で確認すると、素早くメモ帳とペンをしまい、再び大人しそうなフリをする。
「淫らにお待たせいたしました……! こちら愛の体液トロトロソーダです……!」
「わぁっ……! 糸を引いていてとってもいやらしいです……」
「そ、それでは、い、淫乱コースを、は、始めさせていただきますっ……!!」
(こんなたどたどしい子に、淫乱コースなんて難易度の高いサービスがこなせるのかしら……)
少女がトロトロソーダを飲み始める。それに合わせて、シルクが淫乱な台詞を添えていく。
「わ、私の恥ずかしい体液、お、美味しいですか……?」
(……やっぱりイマイチね。こんなに恥ずかしがっちゃって……。追加コースでこのクオリティーは話にならないわね……)
少女がシルクのぎこちない淫乱台詞に呆れながら、淡々とソーダを飲み続けている。
「きょ、今日はいっぱい出ちゃったのでシルク……恥ずかしいです……。は、恥ずかしくて……ほ、本当にな、何か、出ちゃいそう……!!」
「ぶっ!?」
シルクが顔を真っ赤にしながら恥ずかしそうに、必死でいやらしい台詞を続けようとする。少女はソーダを吹き出しそうになるのを必死で堪えている……。
(な、なんなの……? こんなに恥ずかしがっているのに……。な、なんか凄くいやらしい……)
偵察に来ているのに、ドキドキし始めている自分に困惑している少女。なんとか平静を装おうとする。
「あぁ……やめてください……! 私の体液……そんなに飲まないでくださいぃ〜!」
(顔を覆って恥ずかしがってる!? 嘘でしよ!? そんなサキュバス見たことないわよ……!?)
サキュバスとは思えない恥じらう姿に背徳感を感じる少女。完全にシルクのペースになっていた。
(ヤバイ……なんだか私……本当にこの子の体液を飲んでいる気分になってきちゃって……!!)
体の奥底が熱くなるのを感じながら、のぼせた気持ちのまま少女はソーダを飲み干した。
「はぁ……はぁ……」
「あ、あの……お客様……? 大丈夫ですか……?」
「ふぇ……? あ、はい……だ、大丈夫れす……」
店内からいろんな意味でトロトロになった少女がフラフラとした足取りで出て来た。少女が最後の力を振り絞りメモを取る。
「サ、サキュバス喫茶『ベノム』。要警戒……。店員シルク……。ウブで恥ずかしがり屋の恐ろしいサキュバスである……」
純度100%のサキュバスにはない、清楚な魅力を持つシルク。その噂は、サキュバス界隈に少しずつ広がっていくのであった……。




