第17話 どこでも釣り堀
『ピンポーン』
「……いつもスライムそうめん食べてる時に誰か来るな……」
ナイナの食事中を狙っているかのように、恒例行事の呼び鈴が鳴らされていた。
「誰だろう……。最近、大家さんじゃないパターンも増えてるからな……」
「と、見せ掛けて普通に大家さんかもしれないし……」
心の中でナイナがうだうだ悩んでいる時、玄関の外にいる人物が声を発した。
「すいませーん。お届け物ですー」
「お、お届け物……?」
ナイナがドアを開けると、宅配便の制服に身を包んだ男の人が、大きなダンボールを抱えて立っていた。ダチョウのような生き物が近くに駐車(?)してある。
「ハンコお願いしますー」
「あ、はいはいー」
伝票に『勇者ナイナ』と書かれたハンコをポンと押すと、宅配員は玄関にダンボール箱を置いた。
「重いので気を付けてくださいね」
「あ、はい……ありがとうございます」
荷物を渡し終えると、配達員はダチョウのような物に飛び乗り、次のお宅へと走り出していった。
「な、なんだろうこれ……?」
勇者ナイナは貧乏だ。通販でこんな大きな物を買ったことなど一度もなかった。
伝票を見るとクロスワードプレゼント企画と書かれていた。
「あっ! あれ当たったんだ! やったやった〜!!」
ネガティブ発言が多くいつも暗い気持ちのナイナは、珍しく喜びに満ちた心で飛び跳ねて喜んでいる。
ナイナはお金が無いこの生活をなんとか打破しようと、ほんの少しお金に余裕がある時は、なるべく安い雑誌を買い漁り、雑誌の懸賞に細々と応募していた。そして、その中のひとつが見事当選したようであった。
「あぁ〜……嬉しいな〜……。こんな良いことがあるなんて……生きてて良かったぁ〜……」
自分の身に起きた幸運を心から喜ぶナイナ。さっそく中を確認しようと、あちこちテープで固定されている大きなダンボールを少しずつ開封していった。
「な、なんじゃこりゃあ……」
ナイナの前に“どこでも釣り堀セット”という謎のアイテムが姿を現した。いろいろ懸賞に応募しすぎて、ナイナは何に応募したのかもうよく分からなくなっていた。
「こんなのに応募してたっけ……? とにかくなんでも当たれば良いと思ってるから覚えてない……。でも、なんか見るからに凄そうだぞ……」
ナイナは説明書をじっくり読んだ。ナイナは始めにちゃんと説明書を読む真面目なタイプであった。
「えっと……この釣り堀には、転移魔法が込められています。スイッチを入れると魔力が解き放たれ、各地の釣りスポットと繋がります……」
「付属の釣り竿を使い、実際に釣りを自由に楽しむことが出来ます。……す、凄いアイテムだっ!!」
自力では買うことが不可能な高性能アイテム。その真価は以下ほどか、ナイナは期待に胸を躍らせている。
「これで魚を釣ることが出来れば、食卓に魚が並ぶ……。ついに私はスライム以外も食べることが出来るんだ……!!」
ナイナはスライムそうめんが好きなのだが、さすがに食べすぎて飽きている。これからそんな生活に新たな一品が加わるなんて、ナイナにとってはそれはもう夢のような話だった。
「よし! おいしいお魚を釣るぞ! 何が釣れるかなぁ! 楽しみだなぁ! どうやって食べようかなぁ!」
ナイナは意気揚々とゲートの中へ釣り糸を垂らした。夢と希望を胸に、ナイナは今か今かと魚が釣れるのを待っている。
釣りを開始して30分が経過した。釣りは初心者のナイナ。やはりそう簡単には釣れないと少し焦っていた時であった。
「おっ!? こ、これは! 来てる。引いてる! 引いてる!」
グンッ!と引っ張られる感覚。それなりに手応えがある。逃してはならないと慎重にリールを巻くナイナ。
「つ、釣れたーっ!!」
少し透き通り、赤みがかったスベスベボディ。“イカ”が釣れた。イキが良く元気良く足を動かしている。
「イカか〜! 焼いても、煮ても、お刺し身でも食べられる……! すでにスライムを上回るバリエーション……。感動だ……」
「うへへ。よ、よし。もっと釣るぞ」
再び釣り糸が垂らされる。今度はすぐに食い付いた。慌てて巻き上げるナイナ。
「……ってまたイカか! ここはイカが多いのかな……? でも、食べ方はいくらでもあるから! スライムとは違うのだよ! ふふふ」
流れに乗っている。これを逃すものかとすぐさま釣り糸を投入する。思った通りまたすぐに引っ張る手応え。リールを巻いた!
「イカーっ! なんかそんな気はした! いろいろ釣りたいのは山々だけど、今日はイカを釣りまくろう!」
ナイナは釣った。大量のイカがバケツの中で蠢いている。
「な、なんかこれだけいるとちょっと気持ち悪いな……。まずは焼くか!」
イカが新鮮なうちにすぐに調理に取り掛かる。台所に立ち、釣り堀に付属していたレシピの一例を参考に、イカを下処理する。内蔵やくちばしの処理が終わると、フライパンでイカを焼いていく。香ばしい良い香りが辺りに漂ってきた。
「はぁ……なんて美味しそうな香りなんだ……う、うぅ……っ」
ナイナは泣いた。あまりにも美味しそうな匂いに、もう食べる前から感動して泣いているのだ……。
まずは1品目。“イカ焼き”が完成した。
「よし、次は煮よう!」
今度は鍋を用意して、調味料を投入し、イカを煮付けていく。
2品目。“イカの煮付け”が出来た。
「とりあえず、こんなもんかな……。も、もうお腹ペコペコ。早く食べたいっ」
ちゃぶ台にイカ料理を並べる。まともな料理が自分の目の前にある光景に、ナイナは感動で打ちひしがれていた。
「い、いただきまーすっ!」
美味しそうな匂いをずっと我慢して調理していたので、もうナイナは限界だった。イカ焼きにかぶりつく。
「う、うんめぇ〜〜……」
イカ焼きから滲み出る旨味。それが舌に広がり、味覚が刺激されていく……。あまりの美味しさにナイナは泣きながら震えていた。
「じゃ、じゃあ、こっちも……」
イカの煮付けを頬張る。よく染みた優しい味が、冷えきったナイナの心を溶かしていく……。
「美味しかった……タダでこんな豪華な食事が出来るなんて夢のようだよ……」
貧乏人にとって食費が浮くのはかなり大きい。スライムそうめんだけでは限界がある。ナイナはたまに別の物を買って食べたりもしていたが、これならそれすらも賄えるのだ。……だが。
「どうしよう……。まだこんなにある……。正直もう満足してるし……。また料理するのもめんどくさいし……」
バケツの中にはまだまだイカが蠢いている。考えなしにたくさん釣ってしまった。お腹が膨れて冷静になったナイナは困り始めていた。料理をするにも、一夜干しにするにしても、手間が掛かるのだ。
翌日。
「ジュルジュル……」
「ジュルジュルジュル……」
ナイナは食事をしていた。しかし、これはスライムそうめんではない。“イカそうめん”だった。ナイナは大量のイカを調理する余裕もなくなり、イカそうめんをひたすら食べていたのだ……。
「スライムとあんまり変わらない……」
結局、イカしか釣れないどこでも釣り堀は飽きられ、ナイナはスライムそうめん生活に戻るのだった。




