第1話 貧乏勇者
築30年は経過している年季の入った外観。
そこに彼女は暮らしていた。
「ジュルジュル……」
スライムで出来た麺をめんつゆに付けて食べる。腹持ちもよく爽やかな喉越し。お金の無い彼女にとってこれほど都合の良い食べ物はなかった。
『ピンポーン』
「ギクッ」
彼女の体がその音に反応する。私は今、食事中だから。これは居留守じゃないから。と、スライムそうめんを食べることを続行する。
「ナイナさん。家賃払ってください」
大家さんの声が響く。そのフレーズを聞いた途端。彼女の食欲は大きく減退していた。
「ナイナさーん。いないんですか? おーい。ナイナさーん」
大家にしてはやけに若くて可愛らしい声が辺りに響く。そんな彼女に申し訳なくなり、スライムそうめんを啜っていた少女は玄関に向かって歩いていた。
「は、はい。なんでしょう……」
「なんでしょうじゃないですよ! 今月の家賃払ってないでしょ!」
「ご、ごめん。今月もちょっと厳しくて……。す、すぐ払うからちょっと待っててくれる……?」
「まぁ……。なんだかんだナイナさんは最終的には払ってくれますから……。信用していますけど……」
「ごめんね。オーヤさん……」
申し訳なさそうにするナイナを見て、オーヤは困ったような表情を浮かべながら笑顔を向けた。
「早くお金稼いで、世界救ってくださいね……。勇者さん……!」
ここに住んでいたのは貧乏勇者の少女だったのだ。用事が済んだ大家のオーヤは立ち去っていった。
「はぁ〜あ……」
オーヤがいなくなったことを確認すると、ナイナと呼ばれていた貧乏勇者は大きな溜め息をついた。
「じゃ、今日も仕事行くか……」
そう呟くと、ナイナは剣と盾を持ち、アパートから近くの平原へと出発した。
剣と盾を構えながら、何もない平原をひたすらウロウロウロウロするナイナ。すると。
「ポヨンポヨーン」
「おっ。きたきた」
スライムが2体飛び出してきた。ナイナはまずそのうちの1体に攻撃する。ヒットした攻撃は凄まじい音を立てスライムは激しく飛び散った。完全にオーバーキルであった。
「チッ……金は落とさないか……」
もう1体残っているスライムがナイナを攻撃する。しかし微動だにしないナイナ。
ダメージは完全なる0。全く痛みを感じていない。ナイナは冷めた表情をしながら、スライムの体力を大幅に上回る攻撃でサクッと撃破した。
チャリーン。硬貨が1枚転がった。
ナイナはすかさずそれを回収する。愛おしそうにお金を見つめている。
「お金だ……。うひひ……。よ、よしもっと稼ぐぞ……」
勇者ナイナは冒険にも行かず、ひたすらアパートの近くにある平原でスライムを狩る日々を過ごしていた……。
(世界を救うため、勇者として旅立った私だけど……)
(進めば進むほどモンスターは強くなり……私の力ではどうすることも出来ないくらいの実力差になってしまった……)
(私は日和った……。でも、勇者として旅立った手前、
帰るに帰れなくなり、冒険のための全財産を使って、適当にアパートを借りた……)
(冒険するにも装備はいる……。アイテムはいる……。宿賃もいる……。アパートを借りた私には、冒険を続けるなど不可能だった……)
(それで仕方なく、ひたすら近所でスライム狩りする日々になってしまったのだった……)
夢も希望もないような虚無感に満ちた日々の暮らし。ナイナは自分の悲しい現状を振り返っていた。
大量に手に入れたスライムの破片をビニール袋に入れ、またしばらくスライムそうめん生活が始まるのだった。