大手ギルドとガルム侯爵フェンリルの娘
ギルドの方へ向かっていくと、ギルドマスターらしき少女が俺の方へ歩み寄ってきた。
「はじめまして。私は、ケイオス帝国出身のガルム侯爵フェンリルの娘ヘル・ラーズグリーズ。このギルド『ヴァナルガンド』のギルドマスターを務めておりますわ」
ヴァナルガンド。
それがこのギルドの名か。
どうやら、十名全員がギルドメンバーらしい。ただし、オーガストだけは傭兵扱いのようだけど。彼によれば、ヴァナルガンドは大手ギルドだとか。
「俺は――」
「存じておりますわ。アビスさんでしょう」
「なんだ、知っていたのか」
「ええ、あなたはケイオス帝国の“ウィンザー家”で有名でしたからね。伯爵家の息子だったのでしょう」
「その通りさ。けど、もう家は潰れちまったし、貴族じゃない」
「風の噂で聞きましたわ。レイラに騙されたとか」
「知っていたのか」
「ええ。けれど、今はシスターとエルフの踊り子とパーティを組んでいらっしゃいますのね。へぇ、可愛い方々ですね」
ローザとミランダを観察するヘル。
俺もヘルのメンバーを見てみる。
パラディン、ルーンプリースト、ブラックスミス、ウォーロック、ドラゴンテイマー、ソウルイーター、グラディエーター、ギャンブラー、重戦士のオーガスト……と、見た目での判断だけど、強そうな人ばかりだ。
って、ギャンブラー?
「銀髪はローザ。エルフはミランダだよ」
「たった三人のパーティでよくここまで来られましたわね。失礼ですが、アビスさんはとても良い装備をしているとは思えないですし。……ていうか、服がボロボロですし」
「これには理由があってね。ともかく、俺は最下層の三十階を目指したい。ギガントメテオゴーレムを撃破したいんだ」
「正気です? その装備ではとてもではありませんが、死にますわよ」
さすがに怪訝な顔をされた。
それもそうか、俺の服装はずっとズタボロの雑巾のまま。捨てられた子犬みたいな感じになっていた。
けど、肝心なのはそこではない。
俺の装備は大半が透明なのだから、他人からそう映ってしまうのは仕方ないのだ。このダンジョン攻略が終わったら、記念に服を買おうと思っている。
それまでは、このままだ。
「大丈夫だ。強い味方もいるし、心配はいらないよ」
「ですが……。ああ、そうです! 私達と“同盟”を組みませんこと。一時的にこちらのギルドに加入するのです。それなら地下三十階まで余裕ですわよ」
その提案は魅力的だった。
確かにこれだけの戦力と共に地下を目指せれば怖いものなしだろう。けど、それじゃダメだ。
ボスモンスターは、俺の手で倒さねばならない。そうしなければ『辺境伯』の褒美は得られないだろう。
勝者はひとりなのだ。
「せっかくのお誘いだけど、悪い。俺は自分のパーティを信じているんだ」
「そうですの。無理とは言いませんわ。気が変わったらいつでも言ってくださいませ。それでは、私達は少し休憩をして攻略を進めますので」
丁寧に挨拶し、ヘルは去っていく。
俺達も少しだけ休憩しよう。
▼△▼△▼△
地下十五階の安全地帯は、明るくて広さも高さも十分にあった。どうやら、セイフティゾーンというのは多くの冒険者が休憩できるように作られているらしいな。
けど、今はたったの十三名。
前はもっといたのに、ここまで冒険者が激減してしまうとは……そもそもの難易度もあるけれど、大体は犯罪者ギルドのせいだ。
などと真面目に頭を巡らせていると、目の前で突然、ローザが服を脱ぎだした。……え?
「ちょ、ローザ、なにをやってる!」
「なにって、お風呂です。だって、ダンジョンってシャワーとか浴びれないじゃないですか。さすがに汗とかニオイが気になりますし」
だからって、俺の目の前で脱ぐなよ。というか、他のギルドもいるのに。
「仕方ないな。一度、ケイオス帝国へ戻るか」
「いえ、ここでミランダさんのスプラッシュを出して貰って体を清めますよ~」
「裸で?」
「ええ、もちろん。そうでなければ、どうやってシャワーを浴びるんです?」
当然の答えだ。
けど、ダンジョンで風呂って……温泉とかないものか。あるわけないよなあ。なら、一度、ミランダのワープポータルで帰還するかね。
「ミランダ、悪いんだけど帝国へ戻りたい」
「あ~…すみません、アビス様」
「へ?」
「ちょうど『アクアマリン』を切らしてしまいましたので……触媒がないと使えないんですぅぅ……」
およおよと泣き崩れるミランダさん。マジかよ。触媒がないとダメなのか。
改めて聞いても、同じ答え。
さすがの俺もアクアマリンは持っていなかった。それは、ローザも一緒だった。だから、ここで脱いだんだろうけど。
「ということは戻れないのか」
「はい。この前の行き来が限界でした。あの時、アクアマリンを買っておけば良かったです。ごめんなさい」
ミランダは酷く落ち込む。
いや、そんなに気に病むことはないんだが。俺はミランダを宥めつつ、あまりない脳を巡らせた。
……う~ん、そうだ。
無限初回ログインボーナスで得たアイテムの中に『ドラム缶』があったな。これを何に使うのかサッパリだったけど、今なら使えるな。
「ローザ、ちょっと待ってろ」
「はい?」
俺は、アイテムボックスから『ドラム缶』を取り出し、地面へ設置。木材の代わりに不要なA級木製アイテムを薪にした。
良かった、ウッドアーマーとかウッドシールドとかあって。一応、A級だから取っておいたんだが、まさか薪代わりに使うことになろうとは。
あとは火。
ローザは、火属性魔法は覚えていないだろう。ミランダは水系っぽい。俺は火起こし系スキルは覚えていない。
となると、向こうのギルドを頼るか。
あっちは火が起こせそうなウォーロック、ドラゴンテイマーがいる。
ウォーロック。
魔術師の上位職。火なら余裕で起こせるだろうな。
ドラゴンテイマー。
ドラゴンをペットにしている専門職。火を吐けるドラゴンがいるはずだ。
まずは、ギルドマスターのヘルに交渉した。
「え、うちのメンバーを貸して欲しい、ですか」
「そうなんだ。出来れば、ウォーロックかドラゴンテイマーで」
「なにをする気です?」
「火をつけたい。まあ、タダとは言わないよ。金を払う」
「お金より、情報が欲しいですわ」
「情報?」
「ええ。あの銀髪の少女……ローザさんのことです」
「ローザのこと? 何を知りたいんだ」
「後で聞かせて下さい。今は、こちらのメンバーをお貸しいたしましょう。ナンナ、行きなさい」
ドラゴンテイマーの少女がこちらへやって来た。小さくて可愛いな。赤髪で子供だけど、なんだか只者ではないオーラを持っている。
「よろしく、おにーさん」
「あ、ああ。ナンナちゃんだね」
「うん。どうすればいい?」
「ドラゴンに頼んで、あの薪に火をつけて欲しいんだ」
「楽勝だね。じゃあ、ニーズヘッグを呼び出すね」
するとダンジョン全体が揺れ始め、赤い魔法陣が大きく広がった。……って、どんな怪物を召喚する気だ? かなりの大きさっぽいぞ。
「まった! 君のドラゴンでは危なそうだ。悪い、ウォーロックの人に代わってもらうね」
「残念……。じゃあ、ポケットの中にいるプチドラゴンで対応する」
ひょいっと出てくる掌サイズのドラゴン。最初から、そっちにしてくれよ!
赤いミニドラゴンが現れ、その子が火をつけてくれた。口から可愛らしい火を噴きだして、でも火力は中々あった。
よし、薪の上にドラム缶を設置。それから、ミランダのスプラッシュで水を投入。
「完成だ、ローザ!」
「え? アビスさん、これなんです?」
「ドラム缶風呂だ! この中に浸かって身を清めるんだ」
「え、え? アビスさん、なんでそんな知識があるんです?」
「なんでって……そりゃ」
あれ……俺、どうしてこんな発想が出て来たんだ? 今までこんなことなかったのに。おかしいな……って、なんだ。頭痛がする。
何かの記憶が……。
なんだ、俺は……。
俺は、なにかと繋がれているような。
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