罠
ネスターたちは巨人がひしめく森を抜け、ようやく炭坑跡の入り口までたどり着いていた。
「はあー、息苦しかった!ここまでくれば大丈夫だろ。さすがにこの中にまで巨人はいないよな?」
ライカはホッとした様子で息を吐き、気を紛らわせるように喋り始めた。
「ライカさん、油断はいけませんよ。炭坑跡ですから、中が狭いとも限りません。巨人が隠れている危険はまだあります。それに、ここには魔術結界が施されている。つまり巨人より手強い強力な魔術師がいる可能性が高いです」
プラムは冷静に状況を分析している。そして、彼女の言っている事は概ね正しい。
ライカは露骨にめんどくさそうな顔をした。
「なー、今日はもう結構探索してるし、一旦街に帰らないか?」
「さんせい。ぼくもつかれたー」
ライカの提案にミミも乗っかった。
しかし、ネスターは深刻な表情をしている。
「いや、気絶でエティンの洗脳が解けたんだ。術者は俺たちの存在に気づいたとみたほうがいい。ここで退けば敵に逃げる機会を与えることになる。このまま追い詰めて決着を付けるべきだろう」
「そうですね。私も同じ意見です」
プラムは決意に満ちた表情でネスターの言葉に同意する。
「2人とも、もう少し頑張りましょう。私の力を分けて差し上げますから、どうか」
プラムは回復術を使って、ライカとミミに生命力を分け与えた。
「プラム、ありがとう。げんきになったよ。ぼくがんばる」
「すげぇ、力が漲ってくるぞ。これならまだいける!プラム、ありがとな!」
プラムの献身によって、弱気になっていた2人の戦意が戻って来た。
ネスターは仲間達の心強さを感じつつ、入り口に仕掛けられた魔術結界を調べていた。
どうやら強力な迎撃魔術が仕込まれた結界のようだった。このタイプなら、外側から強い魔力をぶつけて結界そのものを破壊すれば無力化できる。ネスターは早速結界を強引に突破しようとした。
すると、突然ネスターたちの足元に魔法陣が浮かび上がる。
「しまった、この結界はトラップか!」
気づいた時にはすでに遅く、ネスターたちは立ち上る光に包まれていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらくしてネスターが目を開けると、そこは暗い通路のような場所だった。
辺りを見回しても、仲間達の姿が見当たらない。自分だけさっきとは違う場所に飛ばされたらしい。
「これは転移魔法か」
「ご名答」
辺りに聞き慣れない男の声が響き渡る。
「誰だ、お前は?」
ネスターの問いに、謎の声は間髪入れずに答える。
「失礼。挨拶が遅れたね。そうだな。ゴーレムマスター、とでも名乗ろうか。この炭坑跡の管理を任されている者だ」
「お前がここのボスか。隠れていないで出てこい」
男は笑いを堪える様にくぐもった声を出して、早口で捲し立てる。
「くくっ、そんな非効率的な事をするわけがないだろう。先ほどの巨人との戦いは見させてもらった。いやあ、大した戦闘力じゃないか。さぞかし名のある冒険者なのだろう。だが、すでに分析は完了した。もうキミたちの力では私には勝てないよ」
すると、正面の床に先ほどと同じ魔法陣が浮かび上がり、そこから巨大な緑色の物体が姿を現した。
「キミの相手はそのゼラチナスゴーレムだ。高い物理耐性を誇る私の傑作の一つだよ。特に斬撃に対する抵抗力には目を見張るものがある。剣士であるキミだけでは倒せまい。まあ、精々あがいてみたまえ」
ブヨブヨとした粘着質の物質が赤く刺々しい形の鉱物のような核を中心に寄り集まり、エティンにも引けを取らない程巨大な人型へと姿を変えた。
ネスターは剣の柄に手をかけつつ、素早く周囲を観察する。壁が剥き出しの岩石であるところを見ると、今いる場所が炭坑跡のどこかであることは想像がついた。
そして、この場所は非常に狭く、ゼラチナスゴーレムの体躯がやっと収まる程度の広さだった。当然、横をすり抜けることはできないし、ネスターの背後は行き止まりだ。戦って倒すしかこの場を切り抜ける方法はない。
ネスターは片手剣を素早く抜き放つと、眼にも止まらない斬撃を繰り出してゼラチナスゴーレムを滅多切りにした。核と思われる中心の赤い球体ごと切り裂かれて、ゲル状の人形は派手に四散した。
「なんだ、大口をたたいた割には大したことない……、ん?」
剣を鞘に納めようとして、ネスターは異変に気が付く。
刀身が侵食され、ボロボロに刃こぼれしていた。
「酸か、これじゃあもう使い物にならないな」
ネスターは溶けた剣をその場に放り投げる。
武器が無くなったのはまずい。ネスターは注意深く今しがた倒した敵の残骸を観察する。
すると、切り捨てたはずのスライムが再び蠢き、体を再構築しようと集まり始めた。
「くっ、再生するのか。核ごと切断したはずだが、しぶといな」
「いやはや、驚いた。まさかスライムコアを切ってしまうとは。だが、表面のグリーンスライムの酸で剣の切れ味が落ちたのだろう。コアの再生力と物理耐性を貫通するまでには至らなかったようだ」
再び通路に響いた男の声にネスターは顔をしかめる。
「お前まだいたのか」
「当然だとも。キミのような類まれな強者との戦闘データは貴重だからね。普通なら、コアに攻撃が届く前に酸で得物を破壊できる。したがって武器で倒すことは不可能なはずなんだが……。キミのような達人が相手では無傷とはいかないらしい。まだまだ改良の余地がありそうだ」
男は1人でペラペラと喋っている。
「口の減らない奴だ。でもまあ、その様子だと核が弱点であることに違いはないようだな。わざわざ教えてくれてありがとう。感謝するよ」
ネスターは腰を落とし、左手に持った鞘を構えた。
すると、鞘を炎のような赤い魔力が包み込んだ。
次の瞬間、復活しかけていたゼラチナスゴーレムの核は真っ二つに両断された。
飛び散った核の破片は、切断面から燃え広がった炎に焼かれて完全に消滅した。
なにかが倒れたような雑音が鳴ったかと思うと、それに続いてゴーレムマスターの焦ったような声が聞こえてきた。
「……そんなばかな。一体どうやって?……そうか、鞘に魔力を纏わせて、酸を防ぐと同時に殺傷力を上げたのか。なんということだ、そんな方法があるなんて」
その声は動揺のせいで震えていたが、どことなく興奮しているようにも聞こえた。
「いや、すばらしい物を見せてくれたね。だが、次はこうはいかない。今のデータをもとにさらに優れたゴーレムを作るのだからね。そして、一つ忠告だ。キミは一先ず窮地を脱した訳だが、キミの仲間が同じように無事だとは思わない事だ。なぜなら、私のゴーレムがキミの仲間達を蹂躙するのだからね!それでは、次に会う時を楽しみにしていたまえ!」
最後にお手本のような高笑いを挟んで、声は聞こえなくなった。
「随分よく喋る奴だったな。しかし、こちらの手の内を分析して個別に対策を立て、転移魔法で分断してから各個撃破か。やられると一番困る戦法だ。1対1で相性の悪い相手をぶつけられたら、苦戦は避けられないだろう」
言葉に出してみて、改めて自分が招いた危機的状況に絶望する。
自分が迂闊に結界を破ったせいで、仲間達を巻き込んでしまった。
ネスターは責任を感じていた。湧き上がってくる不安を拭い去ろうと頭を振る。
「あまり悲観しすぎても良くない。俺の護衛ならそう簡単に負けるはずはない……と思いたいが。……いや、やっぱり心配だな。みんな無事でいてくれよ」
ネスターは仲間達と早く合流しようと、通路の奥に向かって駆け出した。
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