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決闘②

 野次馬の冒険者たちが訓練所の中に続々と詰め掛け始めた頃。

 ようやくクロエからのお呼びがかかり、ネスターたちは決戦のリングに集まった。


「待たせたな。それでは、そろそろ始めようか」


 メイナードは訓練用の戦槌を軽々と担ぎ、準備万端と言った感じだ。

 ネスターも同様に剣を軽く振って応じる。


「ああ。いつでも構わない」


 2人が激しく視線をぶつけ合っているその横で、フィンレーが声を張り上げる。


「では!これより『赤竜の牙』メイナードと『黒の鉄槌』ネスターの決闘を始める!」


 リングを取り巻く観衆たちのざわめきもいよいよ大きくなってきた。

 2人は指示された位置に移動し、互いに武器を構えて臨戦態勢に入った。

 会場の熱気は最高潮に達する。


「用意、始めっ!!」


 フィンレーの合図と同時に、両者は弾けるように動いた。


 お互いに様子見をすることもなく、真正面から打ち合う。

 体格差により、ネスターはメイナードの戦槌を下から受け止める形になった。

 全体重を乗せた渾身の一撃がネスターに襲い掛かる。凄まじい衝撃が走り、土埃が巻き上がった。打ち合った片手剣がしなり、ミシミシと悲鳴を上げている。


 観客たちからはさすがメイナード、と感嘆の声が聞こえてくる。

 たまらず、ネスターはいったん後ろへ飛び退く。距離が開いて仕切り直しの形になった。

 すると、双方隙を見せないようじりじりと間合いをはかり始めた。


 最初の激突は、はたから見る限り明らかにネスターが押されていた。ところが、ネスターの表情にはまだ余裕がある。

 むしろ、メイナードの方が焦ったような顔を作っていた。


「驚いたな。今ので決まったと思ったんだが」


 ネスターは衝撃で少し痺れた右腕を軽く振った。

「驚いたのはこっちだよ。随分人間離れした腕力じゃないか」


「そう余裕ぶっていられるのもここまでだ!」


 メイナードが気合を入れて叫び、積極的に攻撃を始めた。ネスターは冷静にメイナードの動きを見極めて、もろに攻撃を食らわないように立ち回っている。

 それでも、地面を抉るほどの破壊力で果敢に攻め立てるメイナードの猛攻を、完全に避けきることはできていない。時折激しい打ち合いが繰り広げられ、その衝撃は周囲にまで波及していた。非殺傷武器を使っているとは思えないほどの激闘だ。

 実力伯仲(はくちゅう)と言った感じだが、なぜかメイナードは冷汗を流して動揺しているように見える。


「ウソだろ。なんで()()なんだよ……」


 思いがけずつぶやいたのはフィンレーだ。2人が演じる接戦を見て、唖然としている。

 驚愕したのは彼だけでは無いようで、『赤竜の牙』のメンバーたちはみな呆気にとられたような顔をしていた。


「やっぱり。ズルしてる」


 ポツリとミミがつぶやいた。


 プラムもそれに同意する。


「そのようですね。見た目に変化はありませんが、威力が底上げされているようです」


ライカだけはよく分かっていない素振りだ。

「それ、どういうことだよ?」


「おそらく、高位の付与魔術でしょう。術者が魔力を供給することで、身体能力を大幅に強化する術式です。見たところ、単純な能力だけで言えば今のネスターさんを上回っているようですね」


プラムの解説に、ライカは仰天した。

「ちょっと待った。肉弾戦のガチンコ勝負でそれって結構ヤバいんじゃないか?」


 その時、拮抗していた戦況が動いた。

 ネスターがフェイントでメイナードの攻撃を空ぶらせ、連打を叩き込む。重い打撃がキレイに入ったかに見えたが、メイナードはほとんど怯まず横薙ぎでネスターの接近をやり過ごした。ワッと歓声が上がる。


「あー、惜しい。今のいい感じだったのに!」


 普通に観戦しながら、ライカが足を踏み鳴らす。


「ただ、この戦況はよくないですね。筋力だけでなく耐久力まで補強されているようです。魔法は禁止ですから、このままでは能力差でいつかは押し切られてしまいます」


「まずいじゃん。どうすりゃいいんだよ?」


 プラムは『赤竜の牙』のベルを視線で指し示した。彼女はなにやら集中してメイナードの姿を凝視している。その手には小さな杖が握られていた。


「十中八九、術者はあのベルという少女です。ただ、私たちが手を出せない以上、どうすることも……」


「もう怒った。ぼくが止める」


ミミが突然声を荒げた。


「ミミ、アタシだってそうしたいけど手を出したらこっちの負けなんだぜ?」


ライカが慌てて止めようとするが、ミミは意外なことを口走った。


「わかってる。手は出さない」


 ミミは急いでパタパタと走り出し、リングを挟んでベルの正面に立った。

 そのまま、ベルの目を見つめ始める。ベルはメイナードを目で追っていたが、視界にミミの姿が否応なく入り込む。


『コッチヲミロ』


 不気味な響きを持った言葉がミミの口から放たれた。

 その瞬間。ベルの視線がミミの眼に吸いついた。

 自力で顔をそむけることすらできなくなって、ベルは慌てふためく。


「なにこれ。体が動かない!?」


 すると、ほぼ同時にメイナードの動きが突然鈍くなった。


「どういうことだ?ベルの術が……」


 うろたえるメイナードを尻目に、ネスターはミミの方を一瞬振り返った。

 ミミは得意げな顔でガッツポーズをしている。

 ネスターは大きく息を吐いた。


「『アレ』は使うなって言っておいたんだがな。まあ、正直助かった」


「ちいっ!」


 闇雲に戦槌が振り下ろされ、ネスターはそれを再び正面から受けた。


 2人の武器が激突したが、戦槌の威力は明らかに落ちている。ネスターの剣はびくともしない。

 ネスターはここぞとばかりに、戦槌の柄を押し返しながら切り上げを放つ。メイナードの戦槌が紙切れのように軽々と吹き飛んだ。

 そのままの勢いで鋭い剣閃がメイナードの首筋に突きつけられる。


「まだ続けるか?」


 メイナードは歯を食いしばったまましばらく固まった。そして、ゆっくりと諸手を上げて声を絞り出す。


「参った。オレの負けだ」


 メイナードの敗北宣言に、ギャラリーからはどよめきが沸き上がった。


 まさかあのメイナードが負けるなんて。あの剣士は何者なんだ。


 この結果を見て、冒険者たちは口々に騒ぎ立て始めた。

 収集がつかなくなるかと思われたその時、メイナードの声が会場に響き渡る。


「みな、聞け!この男は『黒の鉄槌』のリーダー、ネスターだ。オレは彼に負けたが、このまま終わらせはしない。必ずリベンジを果たすと宣言しよう。この決闘を見届けてくれたこと感謝する!以上!」


 その口上が合図となり、冒険者たちは各々動き始めた。その場で雑談する者、触発されて訓練を始める者、すぐにその場を立ち去る者。そうして人がまばらになり始めたところでメイナードがネスターに歩み寄る。


「正直まだ信じられんが、アンタがとんでもなく強いことはよく分かった。悔しいが、昨日の言葉がただの妄言でなかったことは認める。魔王軍の情報も渡そう、アンタなら本当に退治できるかもな」


「こちらこそ、いい勝負ができて楽しかった。リベンジならいつでも受けて立つよ」


 汗1つ流さず、ネスターは涼しい顔で手を差し出した。

 メイナードは手ぬぐいで汗を拭いてからその手を掴んだ。


「しばらく先にはなるだろうがな。いつかまた手合わせ願おう」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ネスターが仲間達の下へ戻ると、プラムがいの一番に労りの言葉をかけてきた。


「ネスターさん、お疲れ様です」


「ヒヤッとしたけど、なんとかなってよかったよかった」

 ライカも笑顔で頷いている。


「ああ、これでようやく当面の目標は達成できた」


「ねえねえ。ぼく役に立った?」


 ミミは褒めて欲しそうに、目を輝かせている。


「ああ。勝てたのはミミのおかげだよ。ありがとな」


「えへへ」


 ミミは人懐っこい笑みを浮かべて満足げだ。


「『呪言』はかなり珍しい術だからな。本当はあまり人前で使って欲しくはなかったが。どうやらかかった本人もなにをされたか気づいてないようだし」


 ネスターはそう言って、『赤竜の牙』の面々を横目で見た。

 ベルが大げさな身振りでなにか喋っているが、どうも要領を得ていないようだ。メイナードたちは不可思議なものを見た後のように首をひねっている。


「結果としては上々。後はこいつを使って魔王軍の居場所に乗り込むだけだ」


 ネスターはメイナードから渡されたメモ書きを見て満足そうに頷いた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] メイナードの白々しさが素晴らしいですね。付与魔術使っておいて、負けながら、謝罪なしとは。図々しいというか、図太いというか。戦闘の描写や不利であったところからの不自然ではない逆転など。読んで…
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