冒険者の街ガルタ
とっぷりと陽が落ちたガルタのとある宿屋の入り口にて。若女将がネスターたちの姿を目ざとく見つけて笑いかけてきた。
「おかえりなさい、ネスターさん。夕飯のご用意できていますけれど、すぐ食べますか?」
ネスターは若女将に釣られて笑顔を返した。
「ありがとう。もらおうか」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」
若女将はネスターたちを先導し、食堂の方へ案内する。
「はぁー、疲れた!今日も収穫なしかよー」
ライカが荷袋をどっかりと床におろしながら、声を上げる。
「まぁまぁ、お食事をいただいて明日に備えましょう。今日のメインはステーキらしいですよ」
プラムは大事そうに抱えている、水晶のついた杖をテーブルに立てかけた。
「お肉!はやくたべたい」
ミミはすでに席について、待ちきれないといったようすで椅子を揺らしている。
「お待たせしました。どうぞお召し上がりください」
若女将がテキパキと料理を配膳していく。
「女将さん、ありがとう。では、いただきます」
ネスターの挨拶に合わせて3人の唱和が食堂に響く。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ネスターたちがガルタの街に着いてからすでに数日が経っていた。手始めに宿屋を拠点として、聞き込みを始めていたが成果は思うように上がっていない。
街に来たばかりの旅人が声をかけても取り合ってくれる人自体が少ないというのもある。
しかしそれ以上に、街で生活する一般人はそもそも魔王軍の話をあまり知らないようだった。
たまに知っている人がいても、聞けるのはせいぜい魔王軍の悪事に関する噂程度。居場所に繋がるような話には一向に巡り合えていない。ネスターは次の手段を考える必要に迫られていた。
「やはり、明日からは冒険者に聞いて回ったほうがいいかもしれないな」
追加で注文したエールを飲みながら、ネスターがポツリとつぶやく。
「えー?それ本気かよ!?冒険者の連中、全然話聞いてくれなかったじゃん」
ネスターの言葉に渋い顔をしたのはライカだ。
実際、初日に冒険者たちに聞き込みをした結果は散々であった。その理由は簡単だ。自分たちの仕事に関わる情報をよそ者に話すメリットがないからである。多くの冒険者に嫌そうに対応された事がライカは面白くなかった。
「それでも魔王軍の情報に最も近いのは冒険者だ。なんとか彼らから話を聞き出さないと埒が明かない」
そう言いながらも、ネスターの表情は暗い。なんらかの繋がりを作らないことにはまともに話をするのも難しいことを理解しているからだ。大義のためと割り切り、正攻法以外のやり方も使うべきではないか。そんなことを考え始めていると。
「あら、ネスターさんたちも魔王軍を倒そうとしているんですか?」
重い雰囲気の中会話に割って入ってきたのは、若女将だった。
プラムがすかさずその言葉に反応する。
「ええ、そんなところです。それより、女将さんは魔王軍の話をご存じなのですか?」
「いえ、私は噂を小耳にはさんだことがあるだけです。本当に詳しいのは、ウチに泊まっているメイナードさんたちですね」
プラムは小首をかしげた。
「メイナードさん、ですか」
「あ、みなさんはこの街に来たばかりだからご存じないんですね。ガルタでも有数の冒険者パーティー『赤竜の牙』のリーダーさんです。ちょうど、向こうの席にいらっしゃいますよ」
女将さんが目線で示した先には、4人の冒険者たちが集まって談笑している。
ネスターはすぐさま立ち上がった。
「女将さん、ありがとうございます。同じ志を持つ冒険者に会いたかったんですよ」
女将さんとのやり取りもそこそこに、ネスターは冒険者たちのいる席に向かおうとした。
「ネスターさ……、ネスター。今連中に話しかけに行くのかよ。ならアタシたちもついていった方がいいか?」
ライカが嫌々といった表情で進言する。
「いや、話を聞くだけだから俺1人で十分だ。それに、あまり褒められた方法ではないが。ちょっと試したいことがある。これは俺の独断。手出しは無用だ。気にせず待っていてくれ」
意味深な指示を残し、ネスターは単独で『赤竜の牙』の下へ歩いていった。
「食事中に申し訳ない。『赤竜の牙』のメイナードと話がしたいんだが、構わないだろうか?」
4人の冒険者たちの視線が一斉にネスターに集まる。盛り上がっていた空気が一瞬で凍りつく。冒険者たちの中で最も体格のいい壮年の男が無言で立ち上がろうとした瞬間、魔法使いらしき風体の女が口を開いた。
「なにコイツ。メイナードの知り合い?」
腰を上げかけた男が立ち上がるのをやめて、それに答える。
「いいや。こんな非常識な奴はしらん」
続けて、奥の席に座っている少女が食事の手を止めずに提案する。
「リーダーが知らないなら、話聞かなくてもいいんじゃないの?」
最後に、細身の優男が立ち上がりながら軽口を叩いた。
「まあまあ、みんな怖い顔しないの。ここはボクに任せておいてよ。丸く収めるからさ」
金色の髪を撫でつけて、青年はネスターの前に立った。
「はじめまして。ボクはフィンレー。キミ、どこのパーティーだい?あと、名前は?」
「俺は『黒の鉄槌』のリーダー、ネスターだ。魔王軍を倒すために情報を集めている」
フィンレーはわざとらしく首をひねった。
「『黒の鉄槌』、聞いたことないな。悪いけどボクたちは付き合う相手は選ぶようにしてるんだ。志が高いのは結構だけど、無名のパーティーと話すことはないんだよね。そういうわけだから、情報集めなら他を当たってよ」
手をヒラヒラと振るフィンレーの眼には軽蔑の色が見え隠れしている。
ネスターはそれでも、真剣な表情で追いすがった。
「悪いがそうもいかない。俺たちは急いでいるんだ。一刻も早く魔王軍を倒したい。お前たちは情報を持っているのにまだ倒せていないんだろう?なら宝の持ち腐れだ。俺に教えてくれれば、すぐにでも片がつく。その方が、この国のためになる。頼むから協力して欲しい」
ネスターがなにげなく放った言葉は明らかに挑発的な内容だった。
フィンレーは目を細めた。案の定、額には青筋を立てている。
「なに、キミ。ケンカ売ってんの?」
言うが早いか、フィンレーはネスターの胸倉を掴もうとした。
しかし、それよりも速く、フィンレーを制するように太い腕が2人の間に割り込まれた。
「メイナード?なんで止めるんだよ!」
フィンレーはさっきまでの柔らかい物腰はどこへやら、怒りを露わにしている。
メイナードはフィンレーの腕を掴みながらも、落ち着いた調子で諭す。
「オマエの気持ちは分かる。だが、ここは宿の食堂だ。女将さんに迷惑をかけるわけにはいかん。ここからは、リーダーであるオレが話をつけよう」
軽い舌打ちと共に腕を振りほどいて、フィンレーは元の席に腰を下ろした。
「ネスターと言ったか。オレの仲間が手を上げようとしたことは謝ろう。だが、アンタはオレのパーティーを侮辱した。その落とし前は別の形でつけさせてもらいたい」
メイナードは努めて冷静にネスターと向き合った。
しかし、ネスターは悪びれずに反論した。
「侮辱したつもりはない。俺は事実を言ったまでだ。なんどでも言うが、魔王軍を倒す実力のないパーティーが情報を持っていても意味がない。それだけの話だ」
ガタンと背後で音がした。プラムが思わず割って入ろうと、席を立った音だ。それを見越していたかのように、ライカがプラムを引き留めた。
「ライカさん、なぜ止めるのですか。あれでは、交渉になっていません」
プラムの手を掴んだまま、ライカが小声で耳打ちする。
「命令聞いてなかったのか?手を出すなって言ってたろ。それに心配しなくても、ネスター様が人間相手に危なくなることはないって」
そんなやりとりをよそに、メイナードは壮絶な表情でネスターを睨みつけていた。
握りしめている大きな拳は怒りで若干震えている。
「それが侮辱だと言っているのが分からんか。強さを証明するには戦って勝つしか方法はない。力比べもせずにここまで好き勝手言われては黙っておれん。ネスター、オレと勝負しろ。負けたらパーティーを解散して、この街から出て行ってもらう」
ネスターは堂々と応じた。
「望むところだ。その代わり、お前が負けたら魔王軍の情報を渡してくれ」
ネスターの答えを聞いて、メイナードは一瞬怪しげな笑みを浮かべた。
「いいとも。決闘は明朝だ。訓練所で待っている。逃げることは許さんぞ」
「もちろん。逃げ出す理由がないからな。そっちこそ、情報整理をしておくことをおすすめするよ」
メイナードはフンと鼻を鳴らして、席に戻っていく。
「心配には及ばん。負けるのはオマエだからな」
「そうか。まあ、楽しみにしているよ」
ネスターは手を振って踵を返した。
仲間たちのところに戻ると、真っ先にプラムが声を上げた。
「ネスターさん、どういうことか説明してくれませんか?見ていてハラハラしてしまいましたよ」
「それは悪いことをしたな。だが、成果はあった」
プラムは心配げな眼差しを送っているが、同時に眉間に皺を寄せてもいた。
「決闘することが成果だとおっしゃるのですか?」
「ああ。最初からそうするつもりだったからな」
ネスターは一仕事したとばかりに悠然と椅子に座った。
「理解しかねます。なぜ彼らとの関係を荒立ててまで決闘しようとしたのですか?」
プラムはあまり納得がいっていないようすだ。
ネスターは考えをまとめるように視線をいったん天井に向けてからおろした。
「戦利品を要求するためだよ。連中のプライドと魔王軍の情報を天秤にかけたのはそのためだ」
「あのような敵対のしかたをしては、禍根が残ります。強引な手段を取ったことで、今後人間たちと協力できなくなるかもしれません」
プラムは熱心に持論を述べる。
「プラムの考えも分かる。だが、目的のためなら時には卑劣な手段を使わねばならないこともある。もちろん、報いはすべて俺が引き受ける」
頑固なネスターの言葉を聞いて、プラムが複雑な表情でつぶやく。
「すんでしまったことは仕方ありませんし、情報に一歩近づけたのは良いことです。ただ、ネスターさんがたった一人で決闘だなんて!護衛である私たちに相談していただけなかったことは正直怒っています」
珍しく声を荒げたプラムの主張に、ネスターは一瞬固まった。
「……そうか。たしかに、俺が一人で突っ走っていたら護衛なんてできないか。すまない。それについては思慮が足りていなかったな。今後は気をつけよう」
「分かっていただけたのならいいです」
プラムは盃を両手で持ってグイっと飲み干した。
ネスターの謝罪で妙に重くなった空気に耐えられなかったのか、唐突にライカが大声を出す。
「まあ、アタシは分かりやすくていいと思ったけどね。要するに、戦って勝てば情報ゲットってことだろ?」
それに合わせて、ずっと食べ物に夢中だったミミも身を乗り出して来た。
「勝てばいいんだよね。ぼくがみんなやっつけてあげようか?」
プラムは少し拍子抜けした表情になった。
「あら?皆さん、決闘自体には乗り気なのですか?」
ライカはプラムの盃に酒をつぎに体を寄せた。
「プラムはちょっとまじめすぎるよな。とりあえず、酒飲んで気持ちを楽にしようぜ!まあ、なるようになるって」
ライカの音頭でひとまず空気が和らぎ、その夜はあっという間に更けていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一夜明け、決闘当日。
「ヤベー、ちょっと飲み過ぎたかも」
前日の酒盛りが響いたのか、ライカは少し気分が悪そうだった。
「おかげさまで昨日は楽しかったですが、少々はしゃぎ過ぎてしまいましたね」
プラムもやや眠たげに目をこすっている。
「戦うの楽しみ!わくわく!」
半面、ミミは決闘そのものを心待ちにしているようだ。
「ミミ、戦うのは俺だけだからな?なにかあっても『アレ』は使っちゃダメだぞ」
ネスターはそうミミに言い聞かせている。
ミミは不満そうにしながらもコクコクと頷いた。
宿の外に出ると、眩しい太陽が4人を出迎えてくれる。
ネスターは顔を叩いて気合いを入れなおした。
「さて、やってやるとするか」
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