瞳の中の強敵
「なんだったんだ?今の光。って、誰もいない。どうなってるんだ?」
魔法陣の光が収まり、ライカは辺りを見回した。近くにネスターたちの姿は見当たらない。
ライカが立っているのは、採掘現場の一角らしい。辺りは切り立った崖になっていて高低差が激しい。崖の下は水路になっているが轟音を立てて流れる水流は激しく、水際は垂直の岩肌が剥き出しになっている。足を踏み外して落ちたらただでは済まなそうだ。
「おや。キミは状況を理解していないようだね。ようこそ、お嬢さん。自己紹介から始めようか。私はゴーレムマスター。キミの敵だよ」
ネスターの時と同様に、どこからともなく男の声が響いて来た。
「なんだ、アンタ!どこにいる!敵だっていうなら正々堂々姿を見せな!」
ライカは視線を方々に飛ばして警戒しつつ、戦意を剥き出しにして吠える。
「おお、怖いね。でも、残念だが君の相手は私ではない。アイアンゴーレムだ」
男の声に合わせて、目の前の床に魔法陣が浮かび上がり、そこから大きな銀白色の箱のような物が姿を現した。
その箱は、ガシャガシャと機械音を立てて動き出し、角ばった人型に変形した。
「なんだコイツ?見るからに堅そうだな」
ライカは槍を水平に構えて身構える。
「その通り。そいつは、完璧な物理耐性を備えた私の自信作だ。緩慢で機械的な動きしかできない雑多なゴーレムと違って、完全自律行動が可能な優れモノさ。素早い槍使いであるキミを捉えるだけの機動性も確保できている。逃げようとは考えない方が良い」
「誰が逃げるかよ!」
ライカは先手必勝とばかりに、アイアンゴーレムに連打を叩き込んだ。しかし、ゴーレムの固いボディには傷1つつかない。
「くっ、アタシの攻撃が効かない!?」
「言っただろう。物理耐性は完璧だと。そのゴーレムにはいかなる物理攻撃も通用しない。しかもそれだけじゃない。相手の動きをトレースして、習得する機能もある。今のキミの動きもすでに学習済みだ」
先ほどまでじっとして動かなかったアイアンゴーレムの目が赤く輝くと、まるで瞬間移動したかのようにライカの目の前に踏み込んだ。
乱暴に放たれた拳をライカはなんとか槍で受け流し、その勢いを殺さず横薙ぎを繰り出した。ゴーレムの顔面に槍の切っ先が叩きつけられる。
「あぶねー。なんて速さだよ」
しかし、ゴーレムの滑らかなボディの表面で刃先はピタリと止まっている。ライカの武器がわずかに欠けた。明らかにダメージは通っていない。
「ふむ、見事なカウンターだな。遠心力を利用しているのか。さっきより威力が増しているようだが、その程度なら誤差の範囲だ。この調子ならすぐに決着がつきそうだな」
ゴーレムマスターは失望したように息を吐いた。
「これも効かないとか、どうなってんだよ!?」
ライカは槍を構えて警戒したまま、距離を取った。
――どうする?悔しいけどアイツの言う通りだ。コイツ固すぎる。槍だけじゃ歯が立たない。危なくなったら本気出せって言われちゃあいるが……。このイラつく声の奴、なんか黒幕っぽいし。擬態を解いて見せるのはまずそうだ。とりあえず、もうちょっと試してみるか。
迷いを振り払うように、ライカは渾身の力を込めて槍を振り下ろす。
ゴーレムはその一撃を左手の平でいなし、ライカの攻撃の勢いを利用して回転しつつ右腕の刃で横薙ぎを繰り出した。
ライカは面食らったが、上体を逸らしてギリギリでその攻撃を躱した。
「うっ、身のこなしが変わった!?今の動き、まさかアタシの技を真似したのか!」
「学習は順調に進んでいる。もう時間の問題だな」
声の主はすでにライカに対して興味をなくしているようだ。
ゴーレムは人が中に入っているかと見紛うような身のこなしで間合いをはかり、じりじりと距離を詰めてきている。
――やっぱこのままじゃ無理か。仕方ねぇ。まずは右脚で一発お見舞いしてやる!
衣服の下でライカの右脚が不気味に隆起する。履いていたブーツが膨れ上がり、側面が破けて義肢が露出した。
「これでも食らいなっ!」
構えた槍を囮にライカの回し蹴りがゴーレムの横っ面に炸裂する。
甲高い金属音と共に火花が散り、ゴーレムの体は高速で後ろへと吹き飛ぶ。背後の岩盤に叩きつけられ、ゴーレムはがっくりとうなだれた。
「へへっ、どんなもんだい。これならさすがに効いただろ!」
ライカはふんぞり返って大見得を切った。
「ほお、前回の戦闘データにはない破壊力。その義肢の力か。珍しい技術だ。俄然興味が湧いて来たよ。キミを少し甘く見過ぎていたようだね」
言葉とは裏腹に、その声は落ち着きに満ちている。
「だが物理攻撃である以上、どんな威力でもアイアンゴーレムの前には無力だ」
その言葉に呼応するように、倒れていたゴーレムはなにごともなかったかのように再び動き出す。
土埃で汚れているだけで、ライカの一撃が入ったはずの頭部にもほとんど傷がついていない。
「マジかよ。冗談きついって」
アイアンゴーレムはさらに速度を増してライカの眼前に迫る。繰り出された連打をライカは槍を盾に紙一重で捌いた。さらに再び右脚を振りかぶるが、案の定ゴーレムはいち早く防御態勢に入り打ち込むすきがない。
「ちっ、もう同じ手じゃ触れることもできないってか」
反撃を諦めた途端、ゴーレムは一気に攻勢に出た。全神経を集中して防御に徹するライカだが、ゴーレムの激しい攻撃は確実に彼女の体力を奪いつつあった。
――あんま使いたくはないし、効くかどうかも分からねーが、このままじゃジリ貧だ。もうアレを試してみるしかない
「一か八か、これならどうだっ!」
ゴーレムの足を狙った渾身の突きは最小限の動きで造作もなくかわされた。しかし、そのまま槍を地面に突き刺したライカはすぐさま斬り上げに転じる。
槍は引き絞った弓のようにしなり、穂先がゴーレムの顎下に向けて跳ね上がった。
鋭い斬撃がわずかにゴーレムの目尻を掠める。攻めの姿勢だったゴーレムが一瞬後ろに下がった。
「そこだ!」
ライカはすかさず捨て身でゴーレムの懐に飛び込んだ。ライカの右脚が硬質な金属の胴体にめり込む。密着状態のままライカはゴーレムもろとも壁に突っ込んだ。
ライカはゴーレムの四肢を抑え込み、顔をこれでもかと近づけた。
「さあ、アタシの眼を見なっ!」
ライカの金色の瞳が怪しく輝き、アイアンゴーレムと視線が交差する。
すると、ゴーレムの動きが突然止まった。
息も切れ切れに、ライカは立ち上がり1歩2歩と後退る。
次の瞬間、すっくと立ちあがったゴーレムはあらぬ方向へ向けて動き出していた。まるでなにかと戦っているかのように俊敏に動き回っている。その様子はライカの槍を使った演武に似ていた。
ライカは大きく息を吐き出す。
「どうやら効いたみたいだね。ふー、あぶないあぶない。やられるかと思ったよ」
ゴーレムマスターは途端に慌て始めた。
「む?どういうことだ?急に動作がおかしくなった。幻惑系の能力か?くっ、早く分析を!」
その様子を尻目に、ライカはアイアンゴーレムに向き直る。
「しばらくアタシの幻と遊んでな。でも正直この勝負はアタシの負けだよ。後で絶対リベンジする!まぁ、今は任務が先だし、悪いけど通らせてもらうよ」
ライカはゴーレムの強さに敬意を表して軽く一礼すると、部屋の出口に向かって走り出した。
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