プロローグ
初投稿です。よろしくお願いします!
しばらくは1日1話のペースで投稿予定です。
「ネスター様、大変でございます!」
勢いよく扉が開け放たれてバタンと音を立てた。
豪華な装飾の施されたドアはひっくり返って壁に張りついている。
そうやって派手に執務室へと飛び込んで来たのは、骸骨であった。
上品なローブに身を包んであって、いきいきと動いているさまは実に奇妙だ。それだけではない。むくろは明らかに慌てふためいていた。いかんせん骨なので顔面蒼白とは形容しがたい。
それでも振る舞いに動揺がハッキリと現れている。駆けだそうとしてうっかり衣服のすそを踏んづけてしまった。よろめいた拍子に頭がこぼれ落ちそうになる。そうはいくかと両手の骨で支えたとたん、持っていた紙束がバサバサと散らばった。
「ああ、不覚。不覚」
つぶやきながら、屍は落ちた羊皮紙を手早くかき集める。取り乱したようすは相変わらずのまま。カタカタと乾いた音を反響させながら、やっとのことで部屋の中央に走り寄った。
そこには禍々しい意匠の肘掛椅子と円卓がすえつけられている。ずいぶんと立派な調度品である。だというのに、卓上には書類が山と積み上げられていた。無数の紙片の柱に埋もれて、ひどく不格好な様相を呈している。
そんなハリボテじみた席に1人の男が腰かけていた。彼は辟易としたようすで骸骨に向かって問い返す。
「どうした、ワイゼン。そんなに慌てて」
派手な礼服を身にまとった眉目秀麗な青年である。
月の淡いきらめきを思わせる銀色の髪に、色素の薄い絹のような肌をしている。
どくろ頭の同族にはとても見えない。片方は干からびているのだから、同じ種族と思うのはどう考えても無理である。
とはいえ、違うのは皮膚の有無だけでもない。男の頭部からは緋色に輝く2つの立派な角が生えていた。その威容は見るものを圧倒する雰囲気を醸し出している。
しかし、それはあくまで外見上の話である。実のところ、なにやらくたびれたように机にへばりついているせいで威厳が台無しになっていた。返事にもまったく覇気がない。そんな亜人の反応を意に介さず、動く屍は卓上に右の手骨を叩きつけた。
「ネスター様、一大事でございます。我が軍の砦に人間どもが攻めてきたのです!」
ネスターと呼ばれた男の眉根がピクリと動いた。
「それは、穏やかではないな」
ネスターは大きく伸びを1つして即座に姿勢を正した。先ほどまでとは別人のように鋭い視線を正面に向ける。
「ワイゼン、詳しく聞かせてくれるか」
ワイゼンという名のアンデッドはコックリと頭を下げて承服する。
剥き出しの指骨が奇怪な音を立ててうごめき、抱えていた報告書の中から1枚を器用に抜きとった。
「攻めてきたのは、テスタリカ王国の軍隊、規模は一個小隊程度。今のところ、双方ほとんど被害は出ていません。ですが、人間どもは砦の近辺に陣取って戦力を集中させようとしています。それからおかしなことに……」
早口で詳細を語るワイゼンは不意に一呼吸おき、顔面についた2つの空洞をネスターに向けた。
「彼奴らは魔王軍が先に手を出したなどと口走っているようなのです」
「ふむ、妙だな」
解せない。ネスターはそう言いたげな面持ちになった。
「我は殺し合いが好かん。種族が違うからこそ互いの命は尊重し合うべきだ。ゆえに無用な殺生は極力避けてきた。あちらが殺気立つようなことをした覚えはないのだがな」
ワイゼンはすかさず頭蓋を縦にふる。
「おっしゃる通りでございます。今も人間側に死者が出ぬよう、兵たちには自衛に徹するよう指示しています。ですがこのまま緊張状態が続けば、戦火が広がっていくのも時間の問題かもしれません」
ワイゼンは力なく言った。ネスターは難しい顔をしたが、その瞳は冷静そのものである。
「当面は現状維持でよい。だが、戦争の拡大を避けるのは絶対だ」
ネスターはすっくと立ちあがると、執務室の側面に開かれたバルコニーに足を向けた。
「魔族のしわざとは思いたくないが、我々も一枚岩ではない。我に反旗をひるがえす輩がいないとも限らん。共倒れを狙った第三勢力の工作とも考えられる。とにかく、まずは原因を確かめる必要があるな」
窓の外を眺めながら、ネスターは真剣なまなざしで思索を巡らせる。夜闇に浮かぶ2つの月は澄んだ光を湛えている。やがてネスターは室内に向き直った。
「ワイゼン。幽霊部隊を派遣して情報を集め、人間たちがこちらを攻撃する理由を突き止めよ。話はそれからだ」
ネスターは毅然とした態度で命令を下した。それを受け、ワイゼンは跪く。
「かしこまりました。直ちに手配させましょう」
読者の皆様へのお願いです。
少しでも続きが気になると思った方は
ブックマークしていただけると嬉しいです。
また、広告の下にある★にて
低評価あるいは高評価いただけると
作者の励みになります。
どんな形でも構いませんので
応援いただけるとありがたいです。