人のクニ 後編
"RRRRRRRRRRR!!!!!!!”
静かな夕闇の中、突然喧ましい鈴音が鳴り響く。
「ムグゥっ!?」
「急げ!人間が来た合図だ!」
「待って、まだ岩巨人の肉.....」
「言ってる場合かぁ!諦めろ!」
「痛っぁ!」
岩巨人の死体は腹の肉は食われてしまっているが、まだ腕にも足にも多くの肉が残っている。未練がましく見つめるヤブローニャだが、ディムは許さない。かつての跳虫のように跳ねてヤブローニャを叩き、急かす。
「大螻蛄の穴、岩巨人の下敷きになってて良かった!」
「天牛、人間はどっち!?」
天牛は洞窟の前の森の、木々が比較的薄い方角を指す。
「よし、こっちだ!」
ディムは天牛の指した反対側、なるべく木々が鬱蒼と茂った場所に誘導する。
「余り離れんじゃねぇぞ!人間が何してるか見たい!」
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「おいおい......何だぁこりゃぁ...?」
「.......ニッケは周囲に気を配れ。ただし決して手を出さずに俺たちに知らせろ。」
「うっす、隊長。」
近年、ハンター達はより多くの魔石を求めて、森のより深い場所まで潜るようになった。ただし森の魔物を全滅させてはいけない為、魔石協会は専属のハンターを抱え込み、その生息域や状況をマメに調べることになっている。
「....確認だ。今回一般ハンターに割り当てられたのはこの地区で間違いねぇのか?」
「.......確認した。ここで間違いない。印もあるしな。」
「ハンターが最後に来たのは”いつ”だ?」
「計算上は12日前。それより後に誰かが来た痕跡は.....これだな。人に近いが、素足だ。明らかに岩巨人じゃあ無い。」
男達は洞窟の周囲を念入りに調べる。その結果、「大型家畜サイズの魔物、小鬼に近い人型の魔物がほんの数分前までここに居た」という事まで突き止めた。男達は厳正なる試験によって選び抜かれた一流のハンターなのである。この程度は朝飯前だった。
「どう見る?」
岩巨人の死体をスケッチをしながら、一人が訪ねる。。巨大すぎて持ち帰れないので、せめて絵に残すことにしたのだ。
「岩巨人の発生は時期がもうすぐだったからまぁ良いとして…どう見ても突然変異個体が発生してる。それも未知の奴だ。岩巨人を引き摺れるほどパワーのあるやつがな。」
「この森、羆サイズの魔物っていましたっけ?」
「いや、確か十何年か前に全滅させてる。今は大鬼が抑止力になってるから、そうそう発生しない筈だ。」
「これはすぐに本部に報告するべきだ。探し出すにしても、俺たちだけじゃ危険過ぎる。プロを呼び集めなきゃいかん。」
小鬼系は繁殖・進化のペースが早い為、国営の魔石採取場が意図的に増やしてる場合が多い。無闇矢鱈と狩っても全滅しにくく、凶暴故危険な魔物を早期発見・駆除してくれる。しかも古い時代から人間にも襲い掛かってる故、対処法も備えもある。この場での討伐を考えなければ、男達にとっては、1匹の岩巨人1匹より10匹の大鬼の方がすっと安全だ。
「よし出来た。岩巨人の死体はこのまま置いていこう。小鬼どものいい餌になるだろう。もう既に1匹来てるみたいだしな。」
一人の男が、スケッチ道具を仕舞いながら言う。
「...でもこの足跡綺麗過ぎません?小鬼というより、人間に見えます。」
「おいおい、森の中を1人で裸足で歩き回ったのかよ?」
「分からんぞ?魔道具かもしれん。」
「だとしても何でですか?」
「さぁ… 小鬼に化けて、例の人工魔石を仕込みに来たとか?」
「帝国が完成させたっていう噂の?なら確かめた方が良くないですか?」
「アレは噂だろ?これはただの死体漁りだと思うがな。」
足跡はまだ新鮮で、自分達が来た方とは反対に伸びている。自分たちを察知して逃げたとみても良いだろう。既に男たちは、息を潜める何者かの気配を捉えていた。距離はあるが、そう遠くない。
足跡は草むらに伸びていた。獣道すらないほど鬱蒼と茂っているが、しかし高さは精々腰のあたり。プロの男たちにはあってないような障害だ。だが茂みがクッションとなって、足跡が所々途切れてる。
ついに気配の元に着いた。そう大きな気配ではない。視線で合図すると、先頭が鉈を思い切り茂みに叩きつける!
「...っち、ただの粘体か。」
茂みから飛び出したのは、何匹かの粘体だった。驚いてそこら中を跳ね回っている。
「どうする?まだ追いかけるか?」
「いや無理だ。足跡が途切れてる。粘体が踏み潰しちまったんだろ。」
「どの道たかが小鬼1匹にそこまで長い時間はかけれない。.....どうした?」
「......いや、何でもない。急いで本部に戻ろう。」
男たちは小鬼の足跡をひとまず置いて、帰還することにした。リーダの男は途中見慣れぬ白い虫を見つけたが、あまり気には留めなかった。
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「.....いったか。」
「ふー。間一髪。」
男たちが姿を消してから暫く。ディムとヤブローニャが姿を表した。
「本当に人間来たね。」
「俺としちゃあ粘体を召喚出来たことの方が驚きだよ。どう見ても虫じゃないじゃん。」
「それ言ったらディムと蜘蛛だって同じ虫族には見えないよ?」
「そう言われりゃそうだな。」
茂みに飛び込んだ後、足跡を潰す役としてヤブローニャは粘体を召喚した。
突然(粘体呼んで!足跡が見つかっちゃう!)と念話を飛ばされたディムは大層驚いたが、ヤブローニャが盛んに(イケるイケる!今なら多分きっとイケる!)と推してくるので根負けして召喚したら出てきたのだ。突然飛んできた念話と言い、ディムは混乱の極みに居た。
「あ!岩巨人の死体残ってる!やったぁ!」
「流石にデカすぎて持ち帰れなかったらしい。良かったな。」
では本人たちはどこに居たのかというと、ディムは普通に木の葉の上にいた。一方ヤブローニャはというと、木の上に登っていたのだ。粘体が良い感じに囮になってくれたのだが、それだけではない。
一部の木は独特な匂いを放っており、これは樟脳と呼ばれる。ヤブローニャは香鬼としての種族特性でこれを纏って木に登ったのだ。物音1つ立てずに匂いもしなければ、いくらプロのハンターと言えども気付くのは難しい。もっとも粘体という囮や岩巨人の死体という懸念事項も合わさってのことだが。
「むぐむぐ。そういえば人間見つかったけど、どうするの?」
早速岩巨人肉にがっつくヤブローニャ。突然凄まじく腹が減ってきたのだ。
「あぁ。もうあの慧肢蚕を貼っ付けてる。後から俺たちも追いかけるぞ。」
それもそのはず。ディムが虫たちを大量召喚していたのだ。子蜘蛛という極小の蜘蛛や飛蝗、粘体に百足など、人によっては卒倒もののラインナップだ。
大量召喚出来る虫となると、この辺りになる。
「あぁ、”臭いを付けて”って頼まれた奴?」
「コイツらがその匂いを追いかける。一度追っかけたら、しばらくは準備するぞ。」
虫じゃなくて”蟲”