鬼愛でる常世ネ申
”魔物”とは。「魔石を持つ生き物」である。魔石の中には力を優先して通す筋のようなものがあり、生前は思考を、死後は電子回路のような働きを行う事ができる。つまりどんな下等な生き物でも”魔石”を持っているなら、そのサイズ相応の知恵と感傷を持っているのだ。
「.........」
一際大きい跳虫が居た。この虫は白く、太さの割に短い芋虫であった。ただ食べて蓄えるだけのことしか出来ない体だった。
「........」
彼はしかし、この不便な体で懸命に動いた。自分をナマコのように握れるだろうゴブリンの死体を、必死に影へ押し込んだ。近くに咲く花の朝露を、その口へ運んだ。時には飢えに負けて、ゴブリンの死体に口をつける事もあった。しかし内臓は避けて、皮や脂肪の部分だけを慎重に食べた。頭上を覆い隠す葉は「力になる餌」ではなかったし、花は虫にとって毒だったのだ。
「己の尻から糸を出せる」と言う事に気づいたら、ゴブリンの死体を糸で覆った。何の守りにもならない糸だが、結果としてゴブリンの死体は崩れずに済んだ。
そして遂に、その謙信が身を結ぶ時が来る。
「ンン...ココハ......」
虫の柔らか過ぎる糸を引き裂き、ゴブリンが起き上がったのだ。
「オ腹スイタ.....」
起き上がったゴブリンの目は淀んでいた。最早何故生きているのか不思議な容態であった。
そして空腹のままに、目の前の花と虫を食べたのだ!
「......!?!?!?」
だがそれは、この場の誰にとっても幸運な事であった。
【”天”より告示します。】
小鬼の死体から、玉虫色の光が溢れ出す。
【”魂の帰還”、”因子の適合”、”規定エネルギー量の充足”を確認しました。転生進化処理の申請を致します。】
光は小さいが、暖かさを持ってその場を包む。
【問題発生。対象の魔石が欠落しています。】
【対象体内に徒花の魔石と跳虫の魔石を確認。これを対象の魔石の代替物として使用。転生進化に特殊処理を挿入.....認可されました。】
【対象:無名の特殊転生進化を行います。】
眩い光は突如糸状となり、繭のように小鬼を包み込む。巻き込まれた徒花の魔石は砕け散り、新たな魔石として再構築される。そうして生まれた魔石に跳虫の小さな魔石が癒着し、新たな形となって分離した。
【”大地”にアクセス、対象の種族を検索します......該当無し、対象を新種族と認定します。】
小鬼の姿も変わっていく。肉体の崩れは治り瑞々しくなり、美しく整っていく。全身に刺青のようなものが入り、ツノはゴツく、細長くなっていく。総じて人に近いが、確実に人では無い何か。
【因子を元に命名します。新たなる種族名は香鬼です。種族特性は「芳香操作」です。続いて”力”の獲得プロセスに移ります。】
”天の告示”と共に、香鬼から甘い匂いが漂ってくる。それはある星に持ち込めば「合成料みたい」と称されるような、不自然な香りだった。
【”魂の性質”、”因子の適合”、”規定エネルギー量の充足”を元に、”力”を作成します.....完成しました。対象に【傍召式】を与えます。】
声が告げると共に、刺青から光を伴って魔石が生まれた。光は肉となり、白色七彩の蚕となる。
【”大地”に無い新種族を確認しました。対象を鑑定....”天”と”大地”の因子を確認しました。対象は慧肢蚕です。】
【処理の終了と確認の完了を認めます。】
【以上の事象を”主”に報告します。】
「ハァ......美味しかった。」
ここに、新たなる命が2つ、誕生した。
「うわぁ。ウチめっちゃ綺麗になってる。角もすんげぇ立派だ。うわぁ、うわぁ....」
「よくもまぁ呑気に居られるもんだ。こっちは頭割れそうだってのにヨォ。」
「え!?大丈夫!?」
「なーに死にゃぁしない。お前の体から貰った力がデカ過ぎるってだけだ。俺としちゃコレとっとと試してみたいんだがなぁ。」
「何何?早速使ってみようよ!」
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茂みの中から外へ出る。辺りは随分と静かなものだった。人間がゴブリンの巣を荒らした上に、死体を埋めたのだ。異臭も合わせて、近くのほぼ全ての生き物は逃げ出してしまっているのだ。
そんな中、世にも奇妙な光景が繰り広げられる。幼い人間の娘が、角を生やして全裸でいると言うだけでも十分奇妙だ。だが、蚕が光を放っているのはもっと奇妙な光景であった。
光は2匹の鼻先で光球となり、やがて消える。その後には、ミミズが現れた。
「.....何これ?」
「これが俺たちの能力.....【傍召式】って言うらしい。」
「ぜおん...?」
「なんかこー、虫を呼び出せる能力らしい。」
「変なの。と言うかなんでディムが使ってるのさ。今絶対ウチの魔力持ってったよね?」
「知らん。知らんが......多分俺の、というか慧肢蚕の能力、〈博物翅〉のおかげじゃねーかな?さっきから頭が妙に冴えて、【傍召式】のことも何故かスッと理解出来た。」
「へぇ...じゃあ出てきた虫を匂いで操るのがウチの力かな?【傍召式】って二人の力なんだね。もっと試してみようよ!」
「バーロ先に移動じゃ。ここは人間に見つかってんだよ。とにかく今は森の奥へ逃げないと。」
清潔な魔物、人型の魔物、賢い魔物。これらの魔物は総じて”魔石が大きい”と言う傾向があり、人間に狙われやすいという事を森中の魔物は知っているのだ。
また2匹は知らないが、この森はいわば”国立自然公園”。地形どころか、”魔物の巣が発生しやすい場所”まで -浅い場所のみではあるが- 把握されている。今回襲撃を受けたゴブリンの巣も、”魔物の住みやすい場所”として目星を付けられるだろう。
「分かった!じゃあコイツも連れて行こう!着いてこい!」
「.........。」
ゴブリン改め香鬼は大袈裟に指差し命ずる。しかしミミズは動かない。
「アレ?来い!着いてこい!」
再び命ずる。しかし動かない。
「.......何でよ?いうこと聞かないじゃん。」
しかしミミズは応じない。何ならチョイチョイ土を食べている。
「何でぇー?」
「ちょっと待て...えーと、こうか。〈博物翅〉にアクセス、情報を参照....問題確認完了。どうやらコイツ、誰に従えば良いのかが判らんらしい。」
「つまり?」
「俺たちゃ名無しだ。」
「名前ねぇ......?そんないきなり言われても判らないよ。」
「俺たちの種族名を付けるってのもありだぞ?その場合進化しても『コンキ』『ヘルヴィレス』のまんまだが。」
「えーやだ。というかそっちだけカッコいいのがズルイ。」
魔物は魔力を貯める事で進化する。ゴブリンの進化先としては人鬼、土鬼、魚鬼、火鬼、大鬼、小鬼王あたりが有名だ。彼らは小鬼の憧れで、進化したという事を強く誇示する。
「....そうだな。動く前に名前を考えよう。名前が無いということ聞かせられないからな。」
何とはなしに、自分たちの名前を考える。
(ウチの名前......ウチの名前......そう言えば、人間達はウチの事なんて呼んでたっけ.....?)
(ゼオン...ゼオン...悪くは無いけど、一捻り欲しいなぁ.....【小さき物共】は引き出す力だから....使徒、端末..........................〈博物翅〉にアクセス)
しれっと種族由来の情報系能力を使う慧肢蚕。ズルイ。それを共有しないのは”ズル”の自覚があるからか。
「....よし、俺の名前は”ディム・レストン”。”ディム”を名乗ろう。」
「......”ヤブローニャ”。うん、ウチは”ヤブローニャ”だ!!」
「....ヤブローニャ?どういう意味だ?」
「ウチが逃げる時、人間達が”ヤブローニャ!”って呼んでたから。」
「安直だなぁ。それに比べ俺の名前のカッコよさよ!良いか、これは常世からの虹橋と並び立つ守護霊を組み合わせた言葉でな。それぞれの意味は」「あ、長いならパス。」
「(´・ω・`)」
虫の癖に感情がわかりやすいディム。だが、名前自体は呼びやすい。2人とも己の名前、相手の名前に満足していた。
「よし跳虫....じゃなかったディム!早く安全な場所でもっと試そうよ!」
「軽く流してくれるなぁ.....ヤブローニャ。俺的には結構大事なんだけどなぁ。.....」
森の奥に、奇妙な二人組が消えていく。....召喚したミミズを回収してから。
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