誰が殺したヤブローニャ
ぱぱんがぱん
【......此処に来て尚、祈るか。今更、何を願う。】
”助かりたい”
【この場は生死分か断つ大峡涯。今更何から助かろうと言うのだ。】
”痛くなくなりたい....お腹いっぱいになりたい....跳ね虫と、暮らしたい”
【愚かだな。貴様のようなゴブリンには大それた願いだ。蔑むつもりはないが、弱きゴブリン如きに叶う願いではないぞ。】
”でも!アイツはウチが見つけた、たった1匹の宝物なんだ!アイツと居たいんだ!”
”お願い!神様!ウチを助けて!”
【.....私は、神などではない。】
”神様じゃなくても良い!助けて!何でもするから!”
【......私に、お前を助ける力はない。ー私如きに、そんな力はない。】
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後ろを見ると、硬く乾いた、黒い壁。硬くて、ゴツゴツしてる。崖だ。崖の中の出っ張りに、私はいた。前を見ると、茶色い霧で何一つ見えない。上も底も、何一つ見えやしない。誰もいない。一人ぼっちだ。
....
いや、何かいる。
壁の中に、何か見上げるほど大きなものが埋まっていた。覆われてて見にくいけど、まるで竜のようだった。
竜。ゴブリンの英雄だ。人間に襲われる、森中の生き物達の英雄だ。お伽話の竜はとても強く、人間なんて巣ごと吹き飛ばしてしまう、強くて不思議な生き物だ。竜なら助けてくれるかもしれない!!!
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【.....何をしている?】
”竜様を助けるの!そしたらウチを助けてくれるでしょ?”
【待て待て。私は別に助けを求めてはいない。というかそもそも、そんな約束はしていない。】
”そんなことない!姉ちゃんはいつもそうお話ししてたもん!”
【は?いや別にゴブリンに何かした事はないが.....】
壁を掘る。竜様が埋まってるせいか、その部分だけヒビだらけで、脆かった。ウチは兄ちゃん達みたいに力自慢じゃないけど、何とかなる。
ヒビに指を突っ込み、ウンウン引っ張る。小さな石だけが取れる。それは谷底に捨てる。また指を突っ込む。石を引っ張る。捨てる。それを延々と繰り返す。
単純作業の繰り返しは辛かったが、切られたお腹の痛みと人間への恐怖を思えば苦しくはない。それに「破れた皮も、突っ張った足も、潰れた指も、眠れば治る」ということを見つけたら、まるで気にならなくなった。
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【.....頼むからもうやめてくれ。私は負けたのだ。】
”そんな事ないもん!竜様はとっても強くて、最後には絶対勝つもん!”
【........前から言っているが、その”お話し”っていうのはどういうものなのだ?私は知らないが....】
”良いよ!教えてあげる!”
ウチはゴブリンが話す沢山の御伽話を教えた。”竜の住む楽園の話”、”竜が雲に届く塔を焼いた話”、”竜の秘密の宝の話”、”竜が街と城を吹き飛ばした話”.....。私は”楽園の話”が大好きだ。楽園は暖かくて安全で、綺麗で、花々からは甘い蜜が垂れてて、美味しい肉や木の実がいっぱいで......。夢のように素敵だし、美味しい木の実や蜜を探して森中を走り回った。
最初は壁を剥がしながら喋ったけど、気がつけば座ってお話をしていた。
崖は不思議なところだ。時々、上から生き物が落ちてくる。崖から離れて「ビュッ」と落ちてこられたらどうしようもないけど、崖を転がり落ちてくるなら捕まえられる。なぜか皆気絶しているから、簡単に解体出来た。
【私に捧げることなどないぞ。私はもう何も食えないのだ。せめて貴様が食べろ。】
”駄目だよ。竜様は凄いから、捧げ物をしないと駄目なんだよ。”
【私に捧げられても何も返せないぞ?】
”それでも!”
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”ねぇ、竜様は何でこんなところにいるの?”
【死んだからだ。いや、”死に切れなかった”からだ。】
”まだ生きてるの?”
【どこかに体があればな。】
”体はないの?”
【体が無い程度じゃ死なぬこの体が今は恨めしい。】
”何で体が無いの....?”
【....そんな話はどうでも良い。でもそうだなぁ、お前はなぜここにいるんだ?】
”死んだからだよ。”
【何で死んだ?】
”人に襲われたからだよ。”
【何で人に襲われた?】
”それはねぇ......。”
竜様はゴブリンの事も人の事も何も知らなかった。もう死んで長いのかな?ウチは色んなことを話した。ゴブリンの暮らし、時々襲ってくる人間。人間は私達の体から石を取ること。ゴブリンは森中で食べ物を探すこと......
美味しい蜜を作る黄色い虫、とっても綺麗な翅の虫、力強い角を持つ虫、ハサミを持つ格好良い虫。カタツムリや蛙も好きだし、サソリやミミズもウネウネしてて面白い。芋虫は凄く元気だし、蜘蛛は沢山の糸を作る....
【虫が好きなんだな。】
”あ、虫の事ばっかり話てた...。”
【まぁまぁ面白かったぞ。でも虫で思い出したが、貴様確か”はねむし”を買っていなかったか?特別大きい奴。】
”.....うん。でも無理だよ....ウチ死んじゃったんだもん。死んじゃったからどうしようもないもん....。助けられないもん....。”
【............「助けられる。」と言ったら?】
え!?跳虫を助けられるの!?私は竜様を凝視する。
”でもさっき竜様は前に「力が無い」って....”
【あぁ。最早ゴブリン1匹を救う力はない。だがな、”虫1匹を救う程度の力”なら何とかあるぞ?】
【そしてここは生死分か断つ大峡涯。だが”地獄”ではない。まだ戻れる場所なのだ。】
”じゃあ、ひょっとしてこの崖を登れば、生き返れるっ!?
崖を見上げた。硬く、ひび割れだらけの、乾いた厳しい崖だ。とっても高くて、頂上が見えない。時々、生き物が落ちていく。
【あぁ。私を連れて登ると良い。】
突然、轟音がした。物凄い音を立てて、竜様が崖から出てきた!
【貴様を手伝う事は出来ない。だが息を吹き返した暁には、その虫を助け、その力となろう。】
竜様は無残な姿だった。人間のような形をしてるけど、毛皮があって、ハサミのある尻尾があって、透き通った羽があって。でもあちこち破れてて、痩せ細って、枯れ木みたいだ。折れている腕が何本かある。
【だが1つ言っておこう。私に助けられた殻には、もう平凡な人生は送れぬ。多くの敵が現れるだろう。】
体をギシギシ言わせながら、竜様は顔を近づける。ウチなんか噛まずに飲み込めそうなほど大きな口だ。
”でも、竜の楽園があるんでしょ?そこに行けば良いじゃない!”
【.....あぁ。そうだな。だが逃げ込めるかな?】
”大丈夫!ゴブリンは逃げるの得意だもん!”
【...そうだな。お前ならきっと逃げられそうだな。】
突然、翅が巨大化して羽ばたく。暖かい風が吹いて来た。力が漲って来た。しかし、竜様はどんどんボロボロになっていく。元々酷い体だったのに、余計に酷くなっていく。
竜様の羽が止まった。いや、羽の先がボロボロに崩れていく!
”竜様!!羽が!体が!”
【さぁ、この崖を登ると良い。振り返らずにな。】
そう言い残すと、竜様は倒れるように崖の底に落ちていった。
【生きろよお、小鬼。お前は諦めるなよ.....】
それっきり、何も聞こえなくなった。
竜....?
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