とある香鬼の話
(そうだ。そいつらなら多分答えられるだろう。)
「ねぇ、隣いい?」
「おう勿論だ。なんだ?嬢ちゃんこの村の子か?」
「いや、さっき到着したばかり。」
「なら尚更歓迎だ。お互いの旅をじっくり話し合おうじゃないの。」
日暮れ直後の近場の村。織識蜘蛛が作ってくれた服をしっかり着込んで村に入り、酒場を探して話を聞いてみる。ウチの今の見た目は、やたら分厚い服を身に纏った小柄な人間。服の下にはナビンと慧肢蚕を忍ばせ、膝の上のバッグにはアシパリを隠れさせる。ディムはここにはおらず、酒場の屋根の上で村全体を監視中。子蜘蛛と空糞の監視ネットワークを築いたのだとか。何かあったら、すぐに刀裁蟷螂を呼んでくれる。
酒場の中は多くの人間で賑わっていた。工場で幾らか手に入れていたお金(多いとはとても言えない)を見せて簡単な食べ物と飲み物を貰う。
ウチが話しかけたのは、同じく旅をして暮らしている人間達だ。その中の大柄でよく笑う無精髭男に話しかける。
「ねぇ、大学ってどんな所?」
「なんだい嬢ちゃん?大学に興味があるのかい?」
「うん、通ってみたいなって。」
「でもあそこお貴族様限定だろ?嬢ちゃん見ない顔だがどっから来た?」
「山の反対側から。」
「質問を変える、生まれた場所は?」
「知らない。」
「なんだぁ?つまり”旅生まれ”ってことか?そりゃあ....悪い。」
「いいよ。それより大学のこと教えて。」
”旅生まれ”ってのは、ディムと決めたウチの身分だ。この国は国土が無駄に広く、昔から村同士・街同士を行き来する行商人や漂白者が多くいた。そしたらいつしか、「生まれた街・村を持たない、物心ついた時から移動しながら暮らしている」という人が現れだしたのだ。前にいた工場街では結構な人間がこの”旅生まれ”で、工場の偉い人に自己紹介をする”旅生まれ”を何人か見ることが出来た。おあつらえ向きだったから、ウチもその身分を名乗る。
「大学いいよなー。確か行けば確定で国軍で働けるんだっけ?」
「どうせ御貴族サマの護衛軍行きだろ?」
「でも入学費払えばその辺は自由だぜ。」
「ばーか。入学費幾らかかると思ってんだよ。」
「えーと....こくぐん?を育てる所なの?」
「ある意味ではそうだな。皇帝サマが自分を守る軍隊を自分で育てよう、っていう魂胆の場所だ。」
その無精髭男曰く。
・”大学”とは魔石や魔物について学び、研究するところ。
・昔からあったが、最近になって平民や旅生まれの者でも学べるようになったこと。その場合は試験を受けなければならない。
・在学中にかかるお金は全て国が支払ってくれること。その場合、卒業後は軍人として軍隊で働かなければならない。ただしお金は自分で払えば軍隊に行かなくてもいいこと。
・在学期間に決まりはないが、大体の人間は三年で出ていくこと。
・昔の名残で、学生には貴族の子供が非常に多いこと。貴族以外の人間は成体になってから入る場合が多く、見下されやすいこと。
(これ俺たちが学生として入るのは無理くさいな。)
(うーん....掃除係として入るとか?)ムグムグ
(あぁそっか。お前は竜について調べたいだけだから、別に三年いなくてもいいのか。)
無精髭達はそのまま貴族への愚痴を吐き出し始める。それを横目に運ばれてきた食事と軽い酒を飲みながら考える。ウエー、この酒なんか酸っぱい......
「うーん...学生になるのは無理かな....」
「そうだ嬢ちゃん。皇帝サマはお許し下さるが、ぶっちゃけ俺らのいく場所じゃない。」
「そうっぽいね。でもさぁ、大学って学生しかいないの?」
「あぁ?そりゃあ先生やらなんやらおるだろうが....」
「掃除係とかいない?」
「そんなのいるわけ....いるか?おーい、大学って雑用係いたっけ?」
「大学は全寮制だー!学生や教師の世話係がいるはずだー!」
「ざーっす!でもなんでそうまでして大学行きたいんだ?」
「....お金。」
「....あぁ、なるほど。嬢ちゃんもしかしてその飯....」
「これでお金は0。どっかで稼がなきゃ。」
「でも今日の寝床はどうするんだよ。」
「森の中で寝るよ。寝床は作ってるし。」
「うわーお...モノホンの野生児かよ.......。でもさぁ、金欲しいだけならそれこそこの酒場で働ければいいんじゃないの?」
無精髭が片手を広げる。それを追って、酒場の中を見渡す。
酒場は村で、1番大きな建物だった。その床面積の大部分は飲み食いのためのスペースで、お客さんでほとんど空きがなかった。酒場の人間が何人も忙しく働いている。一方壁に目を向けると階段があり、2階には数少ないながらも部屋があった。何人かの人間がそこで寝ていることを、ウチの鼻は捉えている。
「うんそうねぇ…正直言って臭いから無理。」
「ガハハ!違いねぇ!飯も酒も古いしなぁ!」
この声を聞いたウエイターの1人が空の盆を怒鳴り声と共に無精髭に投げつける。無精髭は怒鳴りながら投げ返すが、しかし2人の顔は笑っていた。
「それにウチって貴方の言う通り野生児で大自然育ちだから、大学がある大きい街には憧れがあるの。」
「あぁー、その気持ちは分かる。」
「だから大学には行きたいな。最低でもその街には行きたい。」
「大学があるのは王都だぞ。俺達根無草が問答無用で入れるような場所じゃあない。」
「良いよ。もっと近い場所で勉強する。」
「かー若い子は夢があって良いなぁ!よっしゃ気に入った!オジサンに酌しろ。代わりに王都のアレコレを教えてやる。俺はダイナリだ、お前は?」
「ありがとう、ヤブって呼んで。」
無精髭はウエイターに先程の非を詫びると、代わりにヤブが働く事を進言する。事実ダイナリのテーブルは絶え間なく注文をしている為、ただの運び手にすら欠いてる有様だった。ウエイターはこの進言を受け取り、ただの運び手としてヤブを雇う。そこで、ヤブは王都やその近郊に関する雑多な情報と慣習を習うのであった。
子蜘蛛や空糞に物事を見聞きさせる→得た情報を慧肢蚕全体で共有→特定の情報やそれらしい情報はディムへ優先的に報告
これぞディムズ・ネットワーク
旅生まれ:実は国は資源の少ない大平野にあり、昔は小国が沢山あった。それこそ「戦争して得られる利益では赤字になる」というレベル。戦争が全くなかったわけではないが、当事国間を平然と人が行き来できるくらいには穏やかな戦争だった。今ある国は小国を統一して出来たもの。