とある琥珀蜂の話
「さてさてさーてナビンよ、今日は大事な話がある。」
「はっ、承りますディム様。」
「ヤブに関わることだ、お前もよく聞いておくように。」
「おっしゃ来い。」
とある昼下がり。ヤブローニャとディム、ナビンの姿は花畑の中にあった。深い深い山林の中に忽然とある1坪ほどの花畑で、神秘的な秘境であった。
「まずお前らが探り出した通り、この怪鳥の巣というのは山脈の端っこだ。そして山脈の反対側にトルルマンズ大学は存在している。」
「今更確認することある?そこ?」
「前提の確認は重要だぞ?」
花畑の土は濃密な魔力に満ちており、それをたっぷり受けて育った花々は美しく咲き誇っていた。ヤブが樟脳を放つ今は虫もおらず、静謐で美しい空間であった。
「そして大学へは山脈の途中にある峡谷を通れば行き着く。これは大学と大学の街に関わる人間達が行き交う街道だから、まず迷うことぁないだろう。」
「でも同時に、人間が沢山いる道でもある。」
「大学に行くためには街道を通るか、怪鳥犇くこの山脈を突っ切らねばならん。」
「は!ではこの私めがお二人の行く手の敵を退けて見せます!」
「それはありがたいけど、ちょっと待って。」
ナビンは花の上で傅き、毅然と言い放つ。しかしヤブローニャがそれを止めた。
「分かってるとは思うが、山脈を突っ切るのは無謀だ。俺たちは街道を行くしかない。」
天頭鳥という魔物がいる。派手な冠羽根を抱いた大柄な鳥で、自身より大きな山岳羊を仕留めて軽々と運ぶほどの力を持つ。絡繰蜘蛛はこれを、山岳羊の身に潜ませた子蜘蛛たちに持たせた粘着性の糸で引き摺り下ろし、大岩の下敷きにすることで漸く仕留めたのだ。これは戦力とした子蜘蛛の7割が死に、絡繰蜘蛛自身も足が4本潰れるほどの大勝負であった。
ところが、その3〜5日後に再び 天頭鳥が現れたのだ。しかも現れたのは3羽であり、主の居なくなった縄張りを巡って戦いを繰り広げていた。(それを見た絡繰蜘蛛はショックだったのか、足の傷とは別に1日寝込んでしまった。)
「ですが街道を行くには、我々はあまりにも目立ち過ぎる。」
「あぁ。流石に人間運べるサイズの蜻蛉やタックルで家を壊せるミミズは物騒に過ぎるだろうな。」
「一応アシパリもいるけど、基本的に表に出てくるのはナビンだけだろうね。」
ヤブローニャは小鬼時代、魔物の犬を従えて戦う人間を見たことがある。しかし小鬼の記憶はあやふやであり、何よりそれを見たのは武装前提の危険地帯、人間の街道でどこまで通じる手段なのかは皆目分からない。
「なればこそ!私がしっかりと護衛致します!この【蠢蝋法】の力で!」
「それだ。ぶっちゃけ【蠢蝋法】って何が出来るんだ?」
ナビンは恥ずかしげにそっぽを向いた。致し方なし、ナビンは【蠢蝋法】を使いこなせていないのだ。本人は「ヤブローニャのクッションを作る力」程度にしか捉えていない。
「工場から逃げ出した時はびっくりしたよ、体が半分削れてるんだもん。」
「あれお前欠けてる部分を蜜で補ってたよな。どう見ても。」
「あ、あの時は無我夢中で、自分でも正直何をしていたのかさっぱり....」
工場を脱した時のナビンは体が半分しかなかったが、今では全開している。蜜が傷口を塞いだばかりか、食べたものを運んですらいたのだ。
「というわけで、今日はその【蠢蝋法】を調べようの回だ。」
【蠢蝋法】をアレコレ調べてみた結果、取り敢えず状態に関しては相当の自由度を誇ることが分かった。液体にすれば油のようにサラサラとなり、熱源なしでも気化出来、冷やすことなく液体に戻せる。ただし固体にした場合、硬度はあまり期待出来そうにはなかった。ヤブローニャが拳で砕ける程度の硬度なのだ。
「そんな...鎧に出来るかと考えていたのに...」
「ま、まぁ...ヤブは鬼系魔物で筋力が強めだから多少は...な?」
「い、一応分厚くすれば固く出来るから...」
また蜜は、空に浮かばせる事が出来た。蜜の水球は拳より少し大きいくらいで、空中に何個も浮かばせられた。ディムの提案で、それを全てヤブローニャにぶつけて見る。
「あ、ヤバい!痛くはないけどこれ毒入ってる。目回ってきた、やば、止めて止めて!!」
「ストーップ!ナビンストップぅぅ!!」
2人の掛け声から少しして、蜜玉ラッシュが止まる。
「ハァ...ハァ...し、失礼しました.....」
「おぉう.....空が回ってるぁー.....」
「ナビン?もしかして今のって結構疲れる?」
「複数個に分けて動かすのは....少々厳しく......」
「あぁ〜!流れ星みたいに固めた蜜飛ばせたる?」
「い、いえ....ご、御所望とあらば、く、訓練の時間を頂きたく.....」
「取り敢えずヤブから蜜抜きしてやって、なんか目が逝ってる。」
そしてこの通り、蜜は毒性を持っている。蜜自体は高い栄養価を誇っているのだが、ナビンが意図して毒抜きをしないと有毒化してしまうのだ。だが毒は効き目が素早く、撃たれた相手は目を回して倒れてしまう。効果時間自体は短いが続け様に蜜玉をぶつけるか、蜜を琥珀化して閉じ込めて仕舞えば問題ない。
「あ。ちょっと待ってこれ...」
「おい待てよこれもしかして...!?」
「あの、それは如何なるものなのですか?」
そして、新たなる発見もあった。途中で蜜が枯れることはあったが、花畑の花から集め直せば実験は継続出来た。
三人は遅くまで、【蠢蝋法】の研究に勤しんだ。