その力の意義を考えよ
ナビンは掴まれて、どこかに持ってかれた。一方ウチは、動けないのをいいことにあちこち引き摺られた。
何処かで放り投げられて、気がついた時には檻の中で縛られていた。
「しっかし人によく似た姿だなぁ....本当に魔物なのか?」
「バッカお前淫魔を知らんのか?”人間っぽい”ってことは”人間の姿だとメリットがある”ってことだ。」
「確か竜王国王家の竜は人に化けれると聞く。人間に育てられれば人間の姿を真似るのかも知れん。」
「つまり、どこぞの貴族サマが育てた魔物ってか?法律違反だろ。」
「つまり、我らが旦那様絶好のチャンスってわけだ。調べろ。」
身動きも取れないので、人間たちの話を聞いていた。
(....え?ウチ人間の仲間だと思われてる?)
(主様ノ記憶ニモ、猟犬ヲ従エタ人間ノ姿ガアリマス。恐ラクハソノ類カト。)
動けないから翻訳慧肢蚕の視界で周りを見る。周囲は薄汚れていて暗く、無駄にだだっ広い。その空間にウチ1人....
(イエ。弱ッタ人間ガ倒レテオリマス。2人デス。)
あれ?なんで人間が?
人間は倒れてて、もう何日も食べていないようだった。ウチ以上に厳重に縛られていて、こっちにまるで反応を見せない。そうか、ここはヘマした仲間を閉じ込める場なのか。
(でもなんでこんな所に....っ!?)
檻の外に目を向けて、ウチの思考は止まった。
竜だ。檻の外には竜がいた。四つ足の竜が四肢を鎖に縛られ、腹から切り開かれていた。既に魔石はない。死んでいた。
(ディム様ノ知識ニアクセス...アレハ土壌竜デス。人間ナラバ捉エテモ不思議ハナイカト)
生き物が死んだ時は、酸っぱくて甘い独特な臭いがする。土壌竜からは、そんないわゆる”死臭”が殆どしない。代わりに薄っいが、薬品の臭いが漂っている。多分薬で麻痺させられて、生きたまま魔石を抜き取られたんだ。そして、それは少し前のことに違いない。ほんの数分か、数時間か。土壌竜はまだ生きている。
(ヤバい.....ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい!?!?!?!?!?!?)
一瞬、ナビンを掴んだあの無情な手が、ウチの胸から魔石を掴み取る光景が目に浮かんだ。今更になってすくみ上がった。
既に体の痺れは取れかかっていた。しかし体の縄は固く、這って動くのが精一杯だ。
(ここで何かを....うっ!?これは...ナビン?大丈夫!?)
何か虫を召喚しようとしたところで、猛烈に魔力が消え出した。ナビンだ。ナビンが今猛烈に魔力を吸い取ってるんだ。危険なのか?
(くっ...流石にナビンは切り捨てられない...)
仕方ない、翻訳慧肢蚕1匹でどうにかするしかない。
芋虫のように這って、檻の扉まで向かう。そして何度か転びながらもなんとか立ち上がり、翻訳慧肢蚕を鍵穴の辺りまで運ぶ。動きの鈍い慧肢蚕ともいえど、鍵穴に潜り込んで鍵を開ける程度は出来る。
(開いた!今のウチに....イデっ)
開いた扉から、這ってのそりのそりと出ていく。そのまま土壌竜の爪に縄を擦り付ける。四肢が固定されていて助かった。土壌竜の爪は鋭く、すぐにウチは解放された。
解放されたウチは立ち上がると、周囲を見渡す。どうやら此処は、檻の集められた大部屋であるようだ。その多くは空っぽか、中身は片隅にもたれかかっていて生気がない。そして大半の檻から鉄錆の臭いと死臭が漂う。此処は収容所であった。いつ切り捨ててよいものしか此処にはいない。だからか、此処には資料らしきものというのは全くない。殺風景な場所であった。
だが、それでも何もないわけじゃない。恐らくは解体用であろう、大柄な鋸やナイフ、メス、ハンマー、ペンチなどなど、おおよそ解体作業に必要であろう諸々が置かれていた。
(さて、どうする?)
依然としてナビンが魔力を奪ってる。つまり腹が減ってる。目の前にある、竜の肉にむしゃぶりつきたい。
しかし、”ナビンが魔力を奪ってる”というのは”ナビンが暴れてる”ということだ。つまり騒ぎが起きていて、こっそり逃げられる可能性が高い。ただしナビンは人間より圧倒的に強いわけじゃないから、このままじゃ遅からず倒されてしまうだろう。竜の肉でブーストしてもそう長くは持たない。というか竜の肉を食べてるとどの道手遅れになってしまうかもしれない。
(くっ...ごめん!必ず助けるから!)
ウチがほぼほぼ無傷で檻に放り込まれたように、ナビンも無傷で捕まえられた可能性がある。それに賭けるしかない。一度外に逃げて、大群を召喚して再び戻ってくるしかない。
(アシパリ!アシパリはどこ!?)
天井に扉があり、そこから梯子が備え付けられていた。登りながら、必死にアシパリに念じていた。僅かな反応はあるから生きてるが、どこにいるかが分からない。まさかアシパリも拘られているの!?
(お願い!来て!)
アシパリに必死に念じる。
その時、ウチの体から不意に光が放たれた。これは...召喚の時の光!?でも弱々しいような...
弱々しい光が集まり、消えて、そしてそこに黄色いスライムが現れた。
「も、もしかして、アシパリ!?」フルフル
信じられない!もう召喚した虫を呼び寄せる力もあったっていうの!?
だがアシパリを呼び出したことで、元から減っていた魔力がより減ってしまった。これ以上は危険だ....ナビンは呼び出せそうにもない...
(アシパリ、扉を溶かして!)
アシパリの体積は随分と減っていた。何かひどいことをされたのか!?
体積が減っていたので、アシパリが解かせたのは蝶番と鍵の部分だけだった。そっと扉を開けて飛び出す。
駆けて駆けて、いくつも部屋を通り過ぎた時、ナビンと出逢った。人間の持つ瓶の中に。
無惨な姿だった。羽も腰も引きちぎられ、身体中から蜜が溢れてる。呼びかけるが、応答はない。
「ナビンを離せぇーーー!!!!!」
無惨なナビンの姿を見た途端、体の中に激情が走った。ナビンを無惨な姿にした人間が、憎たらしくて堪らなかった。
頭から突進する。角が相手の腹に刺さったようで、人間は怯んで瓶を手放した。すかさずそれをキャッチ。
しかし今の叫び声で、余計に人間が集まってしまった。多分元々近くに居たのだろう。ナビンの入った瓶を抱え、必死に体当たりし、殴り蹴るが、人間の力の方が強い。あっという間に取り押さえられる。
(あぁ、人間とはこんなにも強かったんだな。)
今更になって、ディムがアレほど閉じこもってた理由がわかる。このままでは、遠からずウチは魔石を抜き取られるだろう。
(ディムのいうこともっとよく聞いとけばよかったなぁ)
(あぁ、全くだ)
遠くから、強い振動が響き渡ってくる。
土壌竜
体長3m、体高1.5m、重さ数百kg
その見た目は鎧を被ったサイに似ている。竜種の中では最も下等。鉱物と植物をエネルギー源とし、地竜種の生息地には基本掃いて捨てるほどいる。上位の竜は時折土壌竜の大群を引き連れて外界を侵略する。その際は土壌竜は畑と城壁と建物を食い荒らし、その死骸からは樹木が生えてくるという、さながら王蟲の如きドラゴン。
ただその外角は頑丈な鉱物資源となり、その骨は砕けば植物の成長を促進し、肉は猪にも似た旨味を持つ。また卵から育てれば人間にもよく懐くし、過去にはあえて荒地に地竜軍団に侵攻させて土壌を回復させる作戦も行われたりと、どう転んでも美味しい生物。
地竜王がポコじゃか産んでる(と言われてる)、格の低い竜なのでヤブローニャも”様”はつけない