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ヤブローニャ 〜蟲愛でる鬼姫は穏やかに暮らしたい〜  作者: ふぐりり
走り出した者たち
15/29

それはおかしくねーか

 ヤブローニャは倒れた。同時に、残された者たちは強烈な飢餓を覚えた。飢えて飢えて、自分の肉ですらご馳走に錯覚した。相手が最高の獲物に見えた。

 全員、直ちにその場にあった食料に手を付けた。牙を持ち、比較的サイズも大きい色蜻蛉とナビンはその辺のネズミや小蜘蛛(スーモスパイダー)濁粘体(マッドスライム)にも口を付け、その毒に苦しんだ。それでも食らっている。無我夢中で食らっている。共食いが起きていないのが奇跡的なほどだ。




(これは一体どうしたことだ?)


 そんな騒動の中心に居て、ディムだけは平常であった。蚕である彼の口は特定の葉っぱしか受け付けず、その葉っぱでは彼の頭脳を働かせるだけの魔力(カロリー)を賄えない。故に”食”はディムには無縁の行いであり、生存の

ためのエネルギーをヤブローニャに頼り切っていた。


(森の方でも全員が急に暴食的になり出した。)


 飢えを感じたのは、その場に居た虫達だけではない。エドマンド王立公園要塞に残してきた虫達もまた、手当たり次第に物を食らっていた。彼らは魔物軍団から逃げ切れる足を持っていなかったので、それまでの巣を守り抜くよう命令されていたのだ。居残り組の音頭は慧肢蚕(ヘルヴィレス)達が取っている。


慧肢蚕(俺たち)が無事なのは生態故として....なんで急に腹が減る?ヤブローニャが倒れたせい?)


 ディムはヤブローニャを診る。肌は恐ろしく青白くて所々落ち窪んでいたが、徐々に徐々に赤みと膨らみを増していく。蚕大だからこそわかる変化であった。


(俺たち...っつか虫達が食った分が反映されてる?慧肢蚕(俺たち)がヤブローニャの魔力で生きられるように、ヤブローニャもコイツらの食った分で生きられる?)


 ディムはあらゆる理由から、ヤブローニャ第一主義であった。「鈴鳴虫(クリケット)の大群に森を食い潰させてヤブローニャの命を保持する」という案を即座に浮かべたが、そのビジョンはひとまず追いやる。


(それより何で腹が減ったかだ.....タイミング的に琥珀蜂(アンブロイドワスプ)への進化、というより”ナビン”という名付けの方が理由のメインか。’名付け’ってのはそんなに魔力を使うのか?)


 魔物は”名付け”などしない。そんな学はないし、体臭で見分けられるのでわざわざ名前などつけない。ヤブローニャは後者の理由で虫に名付けしなかったし、ディムは今いる虫を重要だとは考えない。替えの効くアルバイト扱いだ。



 気づけば虫達の暴食の宴は落ち着きつつあった。大螻蛄(フェイクドモール)魔樹(トレント)を根っこから喰らう事で全員の腹を満たしたのだ。ついでにディムはこれを機に「森で手にした魔石は報告した後で、獲得者が食べてよし」との御触れを森に出す。


「....アレ?ウチどうしたんだっけ?」


 ヤブローニャも遂に目を覚ました。寝ぼけ眼にいくらか痩けた朴、ボサボサの髪。回復はしてきてるが、生命力が急速に衰えていた。


「やぶろおにゃさま!ぼぶじですか?とりいあずこちらえ....」


 覚束ない口調で真っ先に語りかけたのは琥珀蜂(アンブロイドワスプ)改め、ナビンである。彼女は大量の蜜を出すとそれを粘体(スライム)のように固めて、ヤブローニャに受け渡す。不定形の柔らかいクッションは、ヤブローニャの体を優しく受け止めた。


「おい待て、何じゃそりゃ?」

「わたくしのちから【蠢蝋法(ティオゴス)】でございます。なぜかはわかりませぬが、みつをじざいにあやつれるようであります。」


 ナビンの言う通り、クッションは蜜で出来ていた。甘い香りに釣られてヤブローニャは、クッションの端をチロチロ舐める。ディムは、自分達を生み出した(ディム自身に関しては疑わしいが)【傍召式(ゼオン)】の事を連想せずにはいられなかった。突然現れた、あの力と同種の力だ。

(もしかしてヤブローニャが会ったっていう、竜様が.....?)



「ディム、3行でまとめて。」

「虫に名づけるとパワーアップ。でも魔力が持ってかれる。お前は迂闊で間抜けで馬鹿野郎だ。」

「長い....この後に及んでやめてよ....」


 薄くとも全身を乗せられるほど大きいクッションに埋もれた彼女はピクリともしない。今度は疲れ切っているだけのようであった。


「取り敢えずせっかく新しい巣に来たんだからさ、部屋の支度しようよお。明日。」

「休むのは良いが支度は今度でも良いだろ。今は周囲の様子を伺いに...」

「まぁおちついてくださいディムさま。」


 ナビンが間に立つ...厳密には羽ばたく。


「ヤブローニャさまのいうとおり、”巣”はたいせつでございます。”巣”があれば、われわれはそれをあてにしてどんなことでもできます。」


 周りの虫達も、「そうだそうだ。」と言わんばかりに頷いた。


「ディムさまにもかんがえたいことはございましょう。お二人は異心同体、はなれるべきではありません。ならばいっそ、ここを”巣”として万全にしてしまいましょう。まもれる要の場所があるなら、我々としましても安心です。」


「それに今ヤブローニャさまは横になりたがってます。それを妨げるのは臣下の仕事ではありません。」

「おぉぉ!!ナビンちゃん!よくぞ、よくぞ言ってくれたぁぁ!!」


 蜜のベッドから跳ね起き、満面の笑みでナビンに頬擦りをするヤブローニャ。


 ディムはこれからの生活と自分の未来に、暗く重たい影が横たわったのを認めた。

因みに慧肢蚕(ヘルヴィレス)1匹の維持費は魔蜂(マナンビー)5匹分の召喚料と同じ


追記:【蠢蝋術(ティオゴス)】を【蠢蝋法(ティオゴス)】に変更しました。これこっちだ。

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