天命に任せるとはいうけれども
森の奥深くは鬱蒼と茂っている。魔樹がこれでもかと育樹しているからだ。
少し浅くなると日が入り、所々開けている。大鬼や牙突猪が薙ぎ倒しているからだ。
もっと浅くなると逆に木々や茂みが深くなる。小鬼や石竜子がたくさん潜んでいるエリアだ。
そこからもっと出て行くと、木々はなくなり草原が広がる。いつも人間が居て、魔物も滅多に近寄らない。
草原の向こうには大きな崖があり、崖の上にはいつも光や煙がある。ちょうど盆地のような地形であり、盆地の外苑はぐるりと崖で覆われていた。
偶に群れを成して遠征してくる小鬼も、崖に近づくことは出来なかった。近づけば無数の魔法や砲弾にやられるからである。
「あの向こうには何があるんだろう」
跳虫を乗せた雌小鬼がそう呟いたのは、果たしていつのことだったか。
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「.....おし、こっちは準備完了。そっちはどうだ?」
「...うん、仕込みもバッチリ。それじゃあ木の匂いで誤魔化すね....」
森の中層、木の葉散るエリア。今、そこに三人組の人間が足を踏み入れた。二人は剣と斧を持って周りを見張り、一人は地図と睨めっこをしている。まだまだ夏の暑さを残すこの季節、三人はズボンの裾を巻いていた。先日見かけた狩人には見られなかった特徴である。
「giajgira2jg:wq?」
「ngi2Q"$GOa。。。」
武器を持った二人は何やら話し合っている。その内、お互いに顔を向け合い出した。
(今だ!!)
突然、地図を持っていた男の顔に何かが飛んでくる。不意に顔がベタベタする何かで覆われた人間は慌てふためいた。
「?GRWAGRA?G4G/#Q>!<G"!!!!」
「「!?!?!?!?」」
(次!)
ヴィィィィィィィィィィィン!!!!!!
「「「!?!?!?!?!!?!?」」」
季節外れの蝉の爆音。地図男の顔に完全に意識を向けていた人間達は、意識の外の全方位から叩きつけられる爆音に驚き、思わずたじろいでしまった。
(色蜻蛉、GO!!)
足元がふらついた隙に、抱えるほどの大きさの蜻蛉が突進してくる。堪らず人間達は倒れ込んでしまった。そして倒れ込んだ先で、地面が崩れる。落とし穴だ。人間達は落とし穴に頭から落ちてしまった。
最後に倒れ込んだ人間達の顔を目掛けて、転寝蝶が眠りの粉を振り撒く。目を回していた人間達が徐々に瞼を下ろしていくのを確認して、ようやくヤブローニャとディムは姿を表した。
ディムはまず、進化して力強くなった岩蚯蚓に命じて、人間を一人ずつ縛り上げる。ヤブローニャは小鬼系統特有の見た目にそぐわぬ怪力で人間を達を引き摺り巣に戻る。先ほどの伏蝉の爆音に釣られる生き物がいないとも限らないのだ。事前に確認はしても油断は出来ない。
「ま、ざっとこんなものか。それじゃあ身包みを剥いでっと.....」
ヤブローニャには判らないが、人間達の歳はおよそ15〜17程度。ヤブローニャより少し大きく、顔も悪くない。しかしヤブローニャは情け容赦なく人間達の身包みを剥ぐ。荷物を纏めると断切螂に首を切るよう命じるのだから本当に情け容赦ない。彼女は魔物なのだ。
ディムの指示に従いつつ、ヤブローニャは荷物を改める。必要ならば、他の人間の荷物と見比べる。
一方の人間の死体は、蜘蛛や魔蜂達に分け与えられる。転寝蝶や岩蚯蚓は、散粉蝶や岩染蚯からこうして進化した魔物なのだ。ちなみに人間の顔にベタつく糸を投げかけたのは投蜘蛛と言う、蜘蛛から進化した魔物だ。
「うーん...やっぱりあの壁を俺たちだけで破るのは無理だな。」
「破れないなら忍び込むのは無理なの?」
「いや忍び込むつったってどうやんだよ。」
「例えば...種火用道具で火をつけてさ、騒ぎの内に大きい布を被ってこっそり....」
「残念ながらあの壁は火がつくような代物じゃないらしいぞ。でもそうだな、騒ぎってのはいいな.....」
「あ、ならこう....」
「それならこうすりゃ....」
1匹と1人の悪巧みは続く。
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数日後。真昼間の森の外苑部にディムとヤブローニャの姿があった。森の外にいる、人間の集団を観察している。
「もう何日もあそこにいるね。」
「どっかの誰かさん達が爆音と一緒に人間を消し去ったからな。」
「大変美味しゅうございました。それより大丈夫なの?夜中の方が良くない?」
「夜中だと外にいる人間の数は少ないだろ?それじゃあ俺たちみたいなのは目立つだろうよ。」
ここ数日、森の中は騒がしくなっていた。
一番大きな理由は行方不明者の増大だが、それはキッカケではない。
岩巨人の不審死だ。多くの人間が岩巨人の死体のあった洞窟を訪れ、一部は森の深層まで訪れるようになった。それを受けて数々の魔物も活性化してる。
「はぁ.......。」
「......悪いな。もっと静かな方法を探せればよかったんだが...。」
「あ、気にしないで!ウチじゃ外になんて到底出られなかったもん!引っ張ってくれてありがとう!」
人間が怖い。関わりたくない。なんでワザワザ来るんだろう。なんで放ってくれないんだろう。
外に出るために仕方ないとしても、人とは関わりたくない。
「竜の楽園に行くためだもん!さぁディム!やろう!」
「......あぁ。行くぞ。」
テレパシーで繋がってるからだろう。漠然とした不安と恐怖が共有される。
”何があってもヤブローニャだけは守ろう”。ディムは決意した。